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7.こない返事

 少将は一通目の手紙を出した後、また、お手紙をすすきに付けてお贈りになりました。


「 ほに出でて言ふかひあらば花薄はなすすき

    そよとも風にうちなびかなむ 」


(私はこの薄の穂が出るように、あなたへの想いを出しているのです。僅かな風のように、私の心に靡いて下さいませんか)

 

 お返事はありません。


 時雨の激しく降る日、


「 さも聞き奉りしほどよりは

    もの思し知ら座りける 」


(あなたはこういう思いを分かって下さる方だと聞いておりましたが、それほどご存じな訳ではないようですね)


 と、書いて贈ります。


「 雲間なき時雨の秋は人恋ふる

    心のうちもかきくらしかり 」


(雲が覆って絶えまなく時雨の降る秋は、あなたに恋する私の心も暗くなってしまいます)


 お返事はありません。また、


「 天の川雲の架け橋いかにして

    ふみるるばかり渡し続けむ 」


(天の川に雲の架け橋を架け恐る恐る渡るように、あなたに文ばかり渡し続けているのですが)


 毎日と言う訳ではありませんが、少将は堰を切ったかのように次々姫に手紙を贈りますので、姫のもとには絶えまなく歌が贈られてきます。でも、肝心の姫からは何の音沙汰もありません。

 

「閉じ込められるような生活で人付き合いもない人だから、恋文の返事の仕方も知らないのだろうか。でも、思いやりのある方だと言うなら、どうして短い返事すら返してくれないんだろう」

 

「帯刀」は「あこぎ」に、北の方が大変意地の悪い方で、姫が自分の目を盗むような真似をすればひどい目に合わせると言われているので、とても脅えていると聞かされたことを伝えます。


「うーん。それでは姫の気持ちを知るには、やはりこっそり忍びこんで会って見るしかないようだな。なんとか手筈を整えてくれ」


 少将様に何度もそう言われて「帯刀」も隙はないかと邸の様子をうかがうようになりました。


 ****


 本当なら最初の手紙で付き合う気があるのかどうか、はっきりしてもらうのが手順だったにもかかわらず、そういう事さえ知らなそうな姫に少将は、姫が失礼なことをしたと思うどころか、

(なんでうぶな姫なんだ。可愛い!)と思ったようですね。きっとそう思わせるように、「あこぎ」も「帯刀」も姫がどれだけ世間知らずか、納得のいく説明をし続けていたのでしょう。


 二人にしてみれば相談できる人もなく、肝心の姫は(自分が相手にされる訳が無い)と思いこんでいるのですから、姫に悪意が無く世間知らずなだけなのだと説明するほかなかったのでしょうが、それが少将には魅力的に思えたようです。きっと、遊びなれた少将には男性との駆け引きのない姫の様子が新鮮だったんでしょう。

 継母に目の敵にされている事への同情も加わって、一層興味が湧いたようです。


 ****


 少将は十日ほど手紙を書くのを我慢して、思い出したようにまたお手紙をお書きになります。


「ここ数日、


  かき絶えてやみやしなましつらさのみ

    いとどます田の池の水茎

(書くほど辛いのですっかりやめて、このまま終わってしまおうかと思いました)


 我慢していたのですが、このままではいられずお手紙を差し上げました。とても他人にはいえませんが、人には聞こえの悪いことでしょう」


「帯刀」は少将に、絶対返事をもらうようにと言い含められて手紙を持たされてしまったので、「あこぎ」に泣きつきました。


「今度こそ、返事をもらってくれよ。俺が本気でやってないせいだって、八つ当たりされるんだから」


「あこぎ」も夫の頼みを聞いてやりたいのは山々ですが、

「それが姫様はまだお返事の仕方も分からないとおっしゃって、ちっとも書いて下さりそうもないの。でも、なんとかお願いしてみるわ」


 と、姫の所に行ってみるのですが、折悪く姫は二の姫の夫の急な用で、内裏に来ていく衣装を縫わされている所でした。大忙しでとても返事を書くどころではありません。


 それを聞いた少将は、

「やっぱり本当に返事の書き方も知らない人なんだ」

 と、恋の手段を知らない姫にますます思いが募ります。


 何が何でも姫に逢いたくなった少将は「帯刀」が手引きしてくれるのをまだか、まだかと待っていますが、中納言家にはそれぞれの姫の婿君が足げく通っている頃なので、常に人が多く、騒々しくて、そんなうまい機会はありません。

「帯刀」はどうする事も出来ずに、ただ、ウロウロとするばかりでした。


 ****


 返事のない姫に少将は、完全に煽られてますね。恋の手腕に長けた少将に恋の「こ」の字も知らない姫は大変手ごわい相手です。駆け引きならまだやりようがあっても、相手は恋をしようという気持ちさえまだ持っていないのです。さすがの少将もどう口説けばいいのか見当もつかなかったのではないでしょうか。姫も「あこぎ」もそんなつもりはなかったかもしれませんが、結果、少将は姫にどんどんのめり込んでいます。



男君が返事のない姫君に執着して恋心を募らせる。

美しい姿を思い浮かべますが、現実には当時の結婚観は現在とは比較にならないほど割り切って考えられていました。


政略結婚が当たり前の世界で、何のうまみもない落窪姫のような女性は、まずは恋の火遊びの相手。

そして気に入れば愛人候補と言ったところだったでしょう。

この時点では少将もそういう考え方だと思います。


けれど姫は返事一つしないそっけなくて冷たい相手。

普通の貴公子ならこの時点で諦めて「他にいい女ならいっぱいいる」

と考えたことでしょう。

それなのに少将は姫にのめり込む。一夜の遊びでもよい相手だからこそ、冷たくされるほどに一度は手に入れてみたいと言う思ってしまう。

少将は特別執着心が強いタイプと言っていいかもしれません。

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