67.双方の言い分
衛門督が内裏から右大臣の邸に参られたので、右大臣は早速老中納言に聞かされた話を衛門督にします。
「老中納言殿がやって来て、お前が三条の邸を老中納言殿から奪ったと苦情を言って来たのだが、それは本当の事なのか。一体どういう事だ」
「ええ、確かにその通り。老中納言のおっしゃった通りです。私は長年移り住むつもりでこのところその邸を修理させたいと思って、人を使わしてみたのですが、突然、『あの中納言が移り住むつもりらしい』と噂に聞こえたものですから、これはおかしいと思い、今日、本当の事かどうか確かめに従者を遣わして様子を見て来させたのです」と衛門督はお答えしました。
「しかし老中納言殿は『自分の他に領有する人はいないはずの家を奪うとは、道理にはずれている』と言いたそうな御様子だったぞ。お前はその邸をいつから領有していたのだ。地券はあるのか。誰から与えられたのだ」
「二条でお暮しの人の家です。母方の祖父だった宮の家を伝領なさっていたのですが、あの老中納言は耄碌してしまい、妻の北の方にばかり従っていて、思いやりもなく、二条の人を不愉快がってばかりおられたので、憎らしく思い、この家も老中納言には取らせたくないと思ってしたことなのです。地券はきちんと確かに持っております。地券もないままに勝手に邸を造り『自分の他に領有する人はいない』とおっしゃる方こそが、おかしいではありませんか」
衛門督がそうおっしゃるのを聞くと、右大臣は、
「わざわざ私が口出しするようなことではなさそうだな。早くその地券を老中納言に見せてやるといい。大変嘆かわしいと思っていらっしゃったから」とおっしゃいました。
「近いうちに老中納言にお見せします」
衛門督はそう言うと二条の邸にお帰りになり、明日のご前駆の人々をお召しになり、また、侍女の出だし車(女性が衣のすそをのぞかせて乗る車)の準備を人々に割り当てられました。
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衛門督はお父さんの右大臣には事情をすべて説明しました。というか、このお父さんは二条の北の方(女君)が老中納言の娘だとすでに知っているようですね。衛門督が結構細かく普段から話しているようです。出仕もしてるし、二条の邸にも通ってるし、こまめに家族と会話してる人なんですね。邸にそういう雰囲気があるのでしょうか?
身内って揉めやすいところもあるし、貴族の一家では邸は同じでも暮らす場所が違ったり、同じ邸の中で手紙のやり取りしたり、会って話をするにも先に使者を立てて来訪を告げさせたりと、家族でもよそよそしそうな気がしてしまうんですが、この家族にそういう雰囲気は感じられませんね。なんだか気軽に人が集まって、気軽に会話を楽しんでいるんじゃないかと錯覚してしまいます。
だから衛門督に邸を取られたと老中納言が血相変えて飛んで来ても、「ウチのバカ息子が何かやらかしたか?」とは思わずに、冷静に対処してるんですね。家族にも、主従関係にも、確かな信頼があっての明るい家族。こういう貴族の中では珍しい家族なのかもしれません。
きっと衛門督や、衛門督のお母さんだけではなく、この家族は全員が良い家族に恵まれなかった二条の女君に深い同情心を持って迎え入れた事でしょうね。こういう家族を持った衛門督と結ばれたことも、女君の幸せの一つなのでしょう。
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老中納言は一晩中嘆き明かし、まだ朝早くに太郎(長男)の越前守を右大臣邸に参上させました。
「父は『自分で参上したい』と思っていたようですが、昨日帰りついてから気分が悪くなってしまい、来られませんでした。御意向をお伺いしたことは、どうなりましたでしょうか」
と越前守はお聞きになります。右大臣は、
「衛門督にすぐに尋ねてみたが『地券は手元にある』との事だったが、詳しい事は衛門督本人に聞いて欲しい。私は知らない事なのでどちらが正しいと決める事ができないのだ。衛門督は地券もないのに領有したと言っている方がおかしいと言っていたから」
と、御簾越しにおっしゃいました。
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一方、老中納言はすべてを注ぎ込んだ邸を失いかけて、必死に右大臣に訴えかけには行きましたが、そっけない返事と邸がどうなるのかの不安で、あらためて話を聞きに行く元気を失ってしまったようです。それはそうでしょう。この事が知らされるまで出仕はおろか、装束に着替えることもできないほど、耄碌していたというんですから。
仕方がないので自分の長男に返事を聞く役目をお願いしたようです。
この中納言の長男は越前守、つまり越前という国の国司です。ですから彼はずっと自分の任ぜられた国の任地にいました。それもこの後の話を読むと、彼は随分長い間その任地に赴任していたようです。つまり、「落窪の君」の事や「あこぎ」の事は知ってはいても、それはずっと昔のことで、この人は「落窪の君」が北の方からどんな扱いを受け、家族からどんなふうに見捨てられていたのか知らないのです。ですから自分の父親に自分の邸を取られたと泣きつかれたら、普通にそれは衛門督にとんでもないことをされたと思っているんですね。
事情を知らずに「ひどい話だ」と思って右大臣の邸に乗り込んだ越前守。行ってみたら『地券は手元にある』と言われ、事情を知らないから何も言えないと、なんの詳しい説明もないまま追い帰されてしまいました。彼としては自分の父親を衛門督が何故苦しめるのか納得のいく説明が欲しかったはずですから、何とも肩すかしだったことでしょう。
こんな調子で、この三条の邸をめぐる話は、まだ、続きます。




