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49.女の身

 四の姫の結婚で蔵人少将は三の姫に、


「世の中には多くの人がいるというのに、なんだってわざわざ「面白の駒」なんかを、それこそ馬を引いてくるかのように引き寄せなさったんですか。世間におおいに姫君の良さを広めた意味がないじゃないですか」と言ってあきれています。


「あんな者と同じ邸を出入りするなんて私はまっぴらです。あの者は殿上の駒とあだ名をつけられて笑い者になっているんですよ。引きこもってどこにも頭一つ出すこともできない愚か者が、木陰で足を休めようと寄り木に来る馬のようにこの邸に寄ってこようとは。まあ、あなた方の御目には叶ったのかもしれませんが」


 と、皮肉たっぷりに嘲笑っておられるので三の姫は、


「そんな。こんなこと、知っていたはずが無いに決まっているじゃありませんか」


 そういい返しながらも、四の君を可哀想に思って嘆いています。


「ああ、こんな変わり者だったから、あんなふうな恋人同士が贈るとは思えない、ひどい文を書いてよこしたんだわ」


 心でそうは思いますが、まさかその文のことを蔵人少将には言えず、とてもひどいことになったと思うばかりです。北の方の心中などは、ただ、ご想像いただくしかありません。

 

 の時も過ぎ、うまの時になっても誰も兵部少輔の世話を焼こうなどとは思いません。手も洗わせず、粥も食べさせる事もなく、放っておかれています。

 この御結婚に向けてありとあらゆる人たちが、右近少将と結婚すれば華やかにおなりになったはずの四の姫に仕えようと集まった侍女たちでしたが、誰がこんな愚か者になど使われる物かと、一人も出てこないのです。四の姫は一人途方に暮れるばかりです。


 四の姫が兵部少輔の横になっている姿をつくづく見ると、顔は見苦しく、鼻の穴など人が通れそうなほど大きく膨れ上がり寝息を立てて寝ているので、愛想尽くし、うんざりしながらそっと、何かの用でもある振りをしながら起きて、御帳台から出て行くと、北の方が待ち受けていて、それはひどく叱りつけました。


「穏やかに、初めからあの男を通わせていると教えてくれれば、世間に知られずに事を済ます事も出来たのに。大袈裟に所顕しの披露宴までしてしまって、私も家族もこれまでにないようなひどい恥をかく破目になった。一体誰があなた達の仲を取り持ったんだい」


 男を通わせているなんて、姫君には寝耳に水の話です。驚いて口ごもっていると、


「いいから、おっしゃい!」


 と、北の方は責め立てます。姫君は何がなんだかわからず、ただ悲しくて泣くばかりです。自分はこんな者がここにいる訳も知らずにいるのに、兵部少輔がもっともらしい説明をしてしまったので、姫の言い訳は通用しなくなっていたのです。蔵人少将までもが嘲笑ったと聞くと、どんなふうに思われているのかと思い、


「女の身とは、こんなにも悲しいものなのですね」と四の姫は泣いています。


 北の方もこうなっては四の姫を責めても仕方がないのだと肩を落としました。


 ****


 蔵人少将は中納言家の人々の嘆きをよそに、容赦なく三の姫に嫌みを当てつけます。この人はもともと、褒めたり褒められたりするのが大好きで、逆に不満を感じると徹底的にやり込めないと気が済まない性格のようです。でも、三の姫は自分の世話を焼いてくれる相手には鷹揚ですが、それ以外の人には冷たいところがあります。せっせと面倒を見てくれる北の方や、自分の日常の世話をする、以前の「あこぎ」のような使用人にはそれなりの態度をしますが、自分の邸から世話を受けるだけの夫には、どうも冷たいようです。


 蔵人少将はこのところ自慢の種だった装束の仕立ても悪くなり、この邸に魅力を感じなくなってきた所にこの騒動。ここぞとばかりに妻にあたっているのでしょうか? よくもこれだけの嫌みが出て来るものです。三の姫も「落窪の君」を見下してお針子扱いしていたり、「帯刀」の落した手紙を母親に見せたり、どちらかと言うと意地の悪い、気位の高い人のようですから、褒められるのが好きな夫を立てて喜ばせる人ではないのでしょう。 

 自分が馬鹿にしていた者と相婿になって、顔に泥を塗られた蔵人少将。この夫婦にも暗雲が立ち込めてきました。四の姫の結婚は大きな余波を呼びそうです。


 ここに集まった侍女達も冷たい人ばかり。兵部少輔の世話をしなければ、四の姫は自分の手洗いや食事も取れず、御帳台から出る事も出来ません。いつまでも居座られてしまい、しかも相手は姫君になんの配慮もないようです。世話をしてもらえないならと、鼻を膨らまし、寝息を立てて眠ってしまいました。とうとう耐えかねて四の姫はそっと御帳台から出てきてしまいます。


 ところが北の方からとんだ濡れ衣で責め立てられてしまいます。しかもそれを姉の婿君に嘲笑われたというのです。身に覚えのない姫は当惑して泣くばかり。それに真実はどうあれ、結婚はすでに成立してしまっています。姫君が三日間男君を通わせてしまった時点で、もう、いい訳は立たないのです。北の方は一方的に傷心の姫君を責めてしまいます。あんな手紙が送られたのに、気づかずに兵部少輔を喜んで迎えてしまった北の方にも落ち度はあるはずなんですが。


 ****


 兵部少輔がいつまでも横になったままなので、中納言は、


「可哀想だ。あの者に手を洗わせてやれ、何か食べさせてやれ。あんな者に四の姫が捨てられたとあっては、この上なくみっともないことになるだろう。これも宿命だったとあきらめるしかない。今更泣きわめこうとも今度の恥が洗い流されるわけでないのだから」


 と、あきらめたように言います。でも、北の方は納得できません。


「大事な娘を、何が悲しくてあんな者にくれてやらなければならないんです!」


 そう言って取り乱しています。


「悪く言ってはいかん。あんな者に四の姫が捨てられたと世間に言われたら、どれほどみっともないことになるか」中納言は苦々しげにおっしゃいます。


「ええ! 通って来なくなれば、世間ではそう言うでしょうね。ただ、今は、いっそ、そうなってもらいたい気持ちです!」と北の方は言い返しました。


 結局、ひつじの時まで侍女達も世話をしなかったので、兵部少輔は居づらくなって帰っていきました。


 その夜も兵部少輔が来たので、四の君は泣いて出て行くのを拒んでいました。けれど中納言は腹を立てて、


「そんなに嫌な相手を、どうして忍ばせてまで呼び寄せたのか。世間に披露してしまってからそんなわがままを言っても通用しない。親兄弟にみっともない婿の恥と、その婿に捨てられた恥を二重に味あわせるつもりか」


 と、姫君の真横で責め立てますので、姫君は大変つらく思いながらも泣く泣く兵部少輔の所に行きます。兵部少輔は姫が泣いているのは変だとは思いましたが、言葉も掛けずに共寝してしまいました。


 こうして四の姫は辛い思いに苦しみ、北の方は二人を離縁させようと取り乱しますが、中納言がこれ以上の恥をかかせるなとおっしゃるので、どうする事も出来ずにいました。

 四の姫は兵部少輔のもとに出る日もあれば、出て行かない日もありましたが、四の姫の宿命は悲しいものでした。あれよと言う間に懐妊してしまったのです。北の方はことさら嘆き、


「どうしてもと望んだ蔵人少将の子は生まれずに、この愚か者の子孫は広まってしまう事よ」


 と言うので、四の君ももっともだと思い、どうにかして死んでしまいたいと思いました。


 ****


 少将の復讐の結末は、これでもかという結果をもたらしました。

 四の姫の結婚は相手をすり替えられ、中納言一家に大恥をかかせ、四の姫を傷つけた上、四の姫は中納言の体裁の為に、近寄るだけでも泣くほど嫌な相手と夫として逢わなければならなくなりました。成人したばかりの十三、四の姫君には、もう、これは拷問に近いでしょう。


 せめて兵部少輔に思いやりがあって、四の姫の心を慰められれば救いもあったのでしょうが、文中を見る限り、泣く泣く寄り添う姫君を見ても変だと思いながらも自分の想いだけは遂げているようなので、妻としてどころか、人としても思いやって姫君と接した様子が見当りません。

 本当に「痴呆の君」かと思ったのですが、少将とはきちんと会話をしていますし、自分に必要な言い訳は(少将の入れ知恵とはいえ)中納言に訴えています。残念ながら、やはりこの人は無神経すぎるわがままなだけの人のようです。


 日頃は邸の事も子供の事も北の方に任せっぱなしの中納言ですが、家の体裁や自分の恥がかかってくると容赦はありません。「落窪姫」の事も普段は無関心でも「帯刀」とのスキャンダルをでっちあげられた時は激昂して、「責め殺す」とまで言っています。


 それでも当時も離婚と言うのは少なからずあったことですし、親が本気で姫君を守りたと言う愛情を持っているのなら家族が姫君の名誉を守る努力をして、ほとぼりを冷まし、望んだほどではなくともそれなりの婿を取れるように取り計らうのが親心のはずなのですが。

 どうもこの中納言は、我が子への愛情がすぐに薄くなってしまう人のようです。


 北の方も世間体を気にする人でしたが、我が娘の憐れな境遇にさすがに胸が痛んだのでしょう。二人を離婚させることを願い、取り乱しさえしています。

 けれど中納言は許してくれません。邸の中の内うちでの事ならいくらでも発言が強い北の方も、こういう表立った事になるとただの女性でしかありません。一家の主が許可しない限り、どうする事も出来ないのでした。


 当時の女性の立場って、男性や家族の愛情だけに支えられていたんですね。


 そうして四の姫は辛い日々の中で、とうとう妊娠してしまいました。そばに寄りたくもない、顔も見たくない相手で、しかも家の恥のように言われている相手の子供です。当時の出産は貴族と言えど生死を分かつような大仕事です。誰よりもショックを受けているのは四の姫本人のはずですが、北の方に「愚か者の子孫が広まる」などと言われたら針のムシロでしょう。少将はこの復讐で特に北の方を苦しめたかったのかもしれませんが、この一件で一番苦しんだのはおそらく四の姫。


「落窪の君」への虐待を、見て見ぬふりをしていた代償としては、あまりに重すぎたような気がします。


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