表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/100

47.ひどい手紙

 少将は四の姫の結婚がどうなったことだろうかと考えると、面白くて仕方ありません。ついつい姫に、


「中納言殿は昨夜、四の姫に婿君をお迎えになったそうですよ」と話してしまいます。


「まあ。どちらの方とご結婚なさったのかしら」姫は何も知らずにお聞きになります。


「私の叔父の治部卿が、外にも出さずに大事にしている息子で、兵部少輔になっている人です。大変美男で、鼻が特に素晴らしい方をお迎えになりました」


 少将はそう言いながら、姫に気づかれないよう笑いを懸命にこらえます。


「鼻ですか。おかしな事をおっしゃいますのね。鼻なんて普通は特に褒めたりなさる所ではないものですよ」そう言って姫はおかしそうに笑っています。


「いえ、いえ。その方の中でも、特に優れて素晴らしいところを申し上げたのですよ。私の身内ですから、すぐ、お目にかかる事になるでしょう」


 少将はそうおっしゃると、従者達が詰めている「侍所」という詰め所に行き、姫に知られない様に兵部少輔に手紙を書きます。


「昨夜はいかがでしたか。後朝の文は、もう贈られたのでしょうか。まだなら、こう書いて贈られるといいでしょう。とても素敵な歌ですよ」


 という言葉と共に、


  『世の人の今日の今朝には恋すとか

    聞きしにたがふ心地こそすれ

  

(世間の人は今日のような朝には恋しく思う物と言いますが、聞いていたのとは違うものですね。私はあなたをちっとも恋しく思えませんから)


 玉まく葛の』


 と、例文まで添えてお書きになり、兵部少輔に届けます。

 ちょうどその時、兵部少輔は四の姫に苦手な歌をどう書いて贈ったらいいものかと困っていた所でしたので、少将の例文を「これは助かった」と思って、急いでその歌を書き写し、四の姫に贈ってしまいました。


 少将への返事には、


「昨夜は何事も上手く行きました。人に笑われるようなこともなく、嬉しく思っています。詳しくはお目にかかってお話します。後朝の文はまだ贈ってはいなかったので、喜んであの歌を書いて贈らせてもらいました」とお書きになりました。


 これを見て少将も少し良心が咎め、


「四の姫に恥をかかせるのは可哀想だったかな」


 とは思いましたが、いかんせん、


「早く、何としてでも姫君が受けた苦しみの報いを受けさせてやりたい」


 というお気持ちが強く、止める事が出来ません。


「気の毒とは思うが、報復を十分に遂げたら心持をすっかり変えて、お世話して埋め合わせればいいだろう」そんな気持ちが深くなるばかりです。


 ただ、姫がこの事を知ったら大変悲しまれる事は分かっていますので、こんな話は聞かせられません。けれど自分の心ひとつにしまっておくのもつまらないので、「帯刀」にだけは話して聞かせ、笑いあいます。「帯刀」も、


「それは嬉しいことをして下さいました」と、一緒に喜んでくれました。


 ****


 男二人、ちょっとタチが悪いです。報復のためとはいえ、四の姫と兵部少輔を完全にもてあそんでしまっています。「帯刀」も一緒になって嗤ってしまっています。少将自身も四の姫にたいしてはやり過ぎている事が分かっているのに、止められません。

 なぜ、直接北の方に報復せずに四の姫を巻き込んでいるのか? これは四の姫が北の方の末娘だからです。


 兄弟姉妹が多くなると、親にとって末の子ほどかわいく思えてしまうのは、当時も今も変わらないようです。中納言家では末の三郎君と同じように、この末姫である四の姫も大変可愛がられていた事でしょう。特に、姫君達の結婚に力を入れていた北の方は、四の姫の結婚にはことさら心血を注いでいたに違いありません。少将は北の方憎さのあまり、四の姫の結婚を思いっきり恥さらしなものにしたいと思っているようです。前にお話ししたように、当時の貴族は恥をかく事をとても恐れていましたからね。


 少将は姫が苦しめられることで自分自身の苦しみよりも、自分の愛する者が苦しめられることの方が、どれだけ苦しいかを中納言や北の方に身を持って味あわされました。少将の恨みは中納言達に単純な恥をかかせるだけでは治まりがつかないところまで来てしまっています。

 自分が味わった苦しみ、姫が長年味あわされた苦しみを同じように味あわせなければ気が済まなくなっています。


 けれどやっぱり少将は姫には弱いようです。兵部少輔への手紙は姫に気付かれない様に、わざわざ邸の召使たちの詰め所である「侍所」まで出向いて書いています。何としても姫に知られてはいけないと思っているんです。自分がこんな事をしたと姫に知られたら、どれだけ姫が悲しむか分かっていますから。姫は少将の良心その物になっているんですね。


 これでもし姫が一緒になって嗤ってしまうような性格の持ち主だったら……。

 少将、今頃貴族としても、人間としても、道を踏み外しているかもしれません。決して悪い人間性ではない人ですが、ちょっと危なっかしいところもあるようです。


 ****


 中納言邸では婿君からの後朝の文が届いたと、急いで四の君にお渡しします。

 でも四の姫は文に書いてある歌を見ると、その内容に大変恥ずかしい思いをしています。文を下に置くことさえできず、身体はすくみこわばり、固まったようになってその場に座っています。何も知らない北の方は、


「どうです。御筆跡はいかがでしょう」


 と言って文をご覧になるので、四の君は死にそうな思いです。四の君にとってはあの「落窪姫」が自分の名を「落窪」と呼ばれている事を恥ずかしがったことよりも、さらに勝るほどの恥を感じていました。


 北の方は文を見て不可解な思いに駆られました。これまで他の婿君の文を見て来た北の方ですが、こんなにひどい内容の文など見た事がありません。これはどうしたことだろうと、胸のつぶれるような思いをしています。

 中納言は文を手に取り、離してみたり、目に近づけたりしましたが、老いた目では読む事が出来ません。


「色好みで評判の少将殿は、随分薄い墨でお書きになるものだ。誰か読んで聞かせてくれないか」


 とおっしゃるものですから、北の方は慌てて文を取り返すと、以前三の姫がいただいた後朝の文の言葉を覚えてたので、


「お文には『堪えるは人の』と書かれています」と、とっさに言います。


 中納言はにやりと笑って、


「さすがは好き者の婿君。言葉をよく知っていらっしゃる。早くお返事を書いて差し上げなさい」


 と言うので、四の姫はその場にいたたまれない思いで辛さのあまり物に寄りかかり、伏してしまいます。

 あまりの文の内容に北の方は三の姫と話し合っておられます。北の方が、


「どうして少将殿はこのようなお文を贈って来たのでしょう」とおっしゃると、


「いくら嫌だと思ったとしても、このようなお文を贈ってくるのは考えられませんわ。やはり、ありがちな『今日は恋し』などでは古めかしいと思いになって、わざと様変わりな言い回しをなさったんじゃないかしら。よく分かりませんわ。奇妙なお文ですね」


 と、三の姫はお答えになります。それを聞くと北の方も、


「成程。そうかもしれない。色好みな人は人がなさらないようなことをなさろうとするものなのでしょう」と納得なさいます。


 北の方は四の姫に「早くお返事を」と促しますが、親や姉が落ち着きなく不審がって嘆くのを聞くと、とても起き上がる気になどなれません。物に寄りかかったまま、ずっと伏したままでいらっしゃいます。仕方がないので、北の方が、


「では、私が代筆しましょう」と筆を取り、書き始めます。


「 老いの世に恋もし知らぬ人はさぞ

    今日の今朝をも思ひ分かれじ


(老いて恋のし方も知らない人なら、今朝の後朝の心も分からないのでしょうけれど、お若いあなたがそんなことをおっしゃるなんて)


 残念なことです。と、娘は思っております」


 そう書くと使いの者に褒美の衣装と共に返事を持たせて帰らせました。


 四の姫はとうとうその日は一日中起き上がる事が出来ませんでした。


 ****


 さて、少将が兵部少輔に贈らせたひどい内容の後朝の文に、中納言家は大混乱です。こんなひどい歌を書き写しても気がつかないのですから、兵部少輔はよほど歌が苦手な人なのでしょう。それでもひどすぎるほどの手紙です。初めて姫君に贈る歌とは思えません。

 契りを結んだ姫君に、「あなたは大したことがなかった。ちっとも恋しい気にもなれない。がっかりした」と言って来たんですから。


 しかも付け加えられた一言がひどい。本文では『たまたまなきの』となっていて、意味未詳とされていますが、これは『たままくかずの』の誤りとみられています。『玉巻く葛の』とは和歌の一部で、『秋の萩に巻きついてくる葛はうるさい、うるさい。私はあなたに恋の想いなど持っていません』という、かなり辛辣な内容の歌です。うっとうしいから私の事は思ってくれるなという訳です。


 こんな歌にこんな添え言葉を加えられた手紙を、一生の記念となる初めての後朝の文に受け取ったら、四の姫はたまったものではないでしょう。ショックのあまり身体が硬直し、手紙を置くことさえできずにいます。当然北の方も愕然とし、高齢で中納言の目が見えない事を良いことに、とっさに手紙を取り返して、嘘で言い繕いました。


 もちろん、北の方も四の姫も大混乱。多少の不手際や手違いで相手に不快な思いをさせたとしても、常識があれば初めての結婚の姫君に、こんなあからさまな言葉を、しかも親も目にするであろう後朝の文に書いてくるとは普通は考えられません。戸惑い、混乱するのも当然です。

 思い余ったのか北の方は三の姫にまで相談しています。


 三の姫も混乱しながらも、いくらなんでも本気でこんなひどい手紙をまともな人間が贈るはずがない、わざと奇抜な真似をしたと考えたようです。北の方もその考えにすがる思いで飛びついています。もう、これだけで中納言家は混乱してしまっています。

 これがとんでもない罠の、ほんの一旦だと知ったら中納言家はどれほど衝撃を受けるのでしょう。もうすでに四の姫は起き上がれないほどのショックで、一日寝込んでしまっているのです。

 少将の復讐は、十分に中納言家への報復として、効果を表しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ