44.少将のはかりごと
日が暮れると少将は二条の邸に帰ってきました。少将は、
「あの四の姫との縁談ですが、しつこいので『そんなに言うなら私を早く婿に取ればいい』と言っておきましたよ。この際、私だという事にして他の人を探して結婚させてしまおう」
と、意地わるげに言うので姫は、
「まあ、なんて良くないことを。嫌だと思ってらっしゃるのなら、素直にそうおっしゃればいいのに。あちらの御心にそわないことをなさったら、どれほど四の姫は悲しく思われることでしょう」とたしなめます。でも少将は、
「あの北の方に、どうにかして悔しい思いをさせてやりたいんですよ」と言います。
「そんなこと、早く忘れてしまって下さい。わたくしは四の姫が憎かったわけではないのですから」と姫は言いますが、
「本当にあなたは御心が弱くていらっしゃる。あの邸の姫君達がどれだけあなたを見下して、冷たくなさったか。あんなひどい態度を取られても、憎み心を残しておくという事がないのですね」とあきれ、
「まあ、それもいいか。私が何をしても、あなたは憎むお気持ちを忘れて下さりそうですしね」
と言って少将は寝転がってしまいました。
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少将は、姫を助け出したとたんに、北の方をとっちめてやりたくて仕方がないようです。でも姫の言う事ももっともです。四の姫には直接の関わりはなさそうなことです。
けれど少将はそうは思っていないようです。中納言家の姫君達に姫を助ける様子はありませんでした。良くあることと言ってしまえばそれまでですが、狭い世界で誰かがいじめられると、誰もが自分可愛さに、それを「見て見ぬふり」をしてやり過ごそうとします。中納言の邸ではまさにそういう事が起っていました。
少将はあの邸では部外者でしたから、その空気を冷静に見る事が出来ました。姫を苦しめていたのは北の方の仕打ちや、それに加担してしまう中納言は勿論、姫になんの味方にもなってくれない、他の姫君の態度にも苦しめられていたはずです。その場の中にいては、「自分は無関係」と思いこんでいても、外から冷静な目で見れば「見て見ぬふり」も十分卑劣な行為です。少将はそこに憤りを感じているのかもしれません。
現に「あこぎ」は演技とは言え三の姫に取り入ることで、三の姫の口利きによって北の方から邸をすぐに追い出されずに済みました。召し使われている人達では無力だったかもしれませんが、他の姫君達が北の方と一緒になって姫を見下す事がなければ、あの邸の雰囲気は多少なりとも違っていたかもしれないのです。
関わらなければ責任はないという考えは少将にはないようです。少将の中納言一家への恨みは強いものがあるのでしょう。
姫の心の優しさは認めている少将ですが、人を徹底的に卑下し、追い詰めた人達に何の反省もさせない姫の心弱さにあきれています。どうもこれで少将は、一層の復讐心を燃やしてしまったようです。「まあ、それもいいか」と口では言っていますが……。
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一方、中納言邸では仲立ちの侍女が、
「少将様は『良い話だ』とおっしゃっています」
と言って来たので、北の方は大喜びで騒ぎたてながら結婚の準備を進めます。ただ、
「もし今「落窪の君」がいれば色々な婚礼の為の衣装を預けて縫わせることができただろうに。それが出来ればどんなに良かったことだろう。仏があれを生かしておいでなら、ここに戻って来させてほしいくらいだ」
と思うと悔しくてなりません。それと言うのも「落窪の君」が居なくなってからというもの蔵人少将も、
「装束の仕立てが悪い」
と言って来るにも帰るにも不満げに、用意した装束を身に付けてくれないことがあるのでとても困ってしまい、どこかに縫物が上手な人はいないものかと、ここかしこに手分けして探しまわっているのです。
「少将殿が『良い話だ』とおっしゃっているうちに、婿に取ってしまわなくては。気が変わるといけない」
と言って中納言は熱心に事を勧めます。結婚の日取りも師走の五日と決め、霜月も下旬になるので急ぎ準備が進みます。
三の姫の婿君、蔵人少将も興味を引かれて、
「四の姫はどなたを婿に取られるのか」と聞くので、
「左大将殿のご長男、右近の少将とか聞いております」と三の姫が答えます。
「それは大変素晴らしい方だ。そのような方と同じ婿としてこの邸に出入りできるのは、実にすばらしい」
と蔵人少将が喜んで下さるので、北の方も映えあることと嬉しく思いました。
でも実は少将は北の方がとても腹立だしく憎らしいので、
「どうやって悔しい思いをさせてやろうか」
という思いが心に沁み込んでいて、はかりごとを頭に巡らせていたために、
「『良い話だ』とおっしゃっている」と伝えさせていたのでした。
こうして二条邸では、十日ほど経つと新参の女房達が十人以上集められ、とても華やかで美しい様子です。和泉の守の従妹の方は、少将の妻が暮らす二条の邸で女房を求めているという事を伝えられて参上し、名を兵庫とします。「あこぎ」は一人前の女房となり、女房の長として衛門と名づけられます。
衛門となった「あこぎ」は新参の女房達から見ると、まだ小さく、可愛らしい少女ですが、人を使うには迷ったり戸惑ったりすることもなく、てきぱきと指図をしています。少将や姫君がこの上なくこの少女に目をかけているのも、もっともな事に思えました。
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北の方、あれだけ姫をこき使って逃げられても仏様に「あれを戻って来させてほしい」とまで祈っているんですね。そんなに必要な人なのに、憎み、貶めずにいられない……。人間ひねくれてしまうと厄介なものです。持ち出される仏様まで気の毒です。
それにしても蔵人少将は用意した装束を身につけない。袖も通そうとしないってことでしょうか? 姫がいなければこの邸にはそこまでまともな本当のお針子さんまでいないのか。それとも蔵人少将がすっかり贅沢になり過ぎたのか。どちらにしてもこの邸の魅力はどうやら「美しい装束を用意してもらえる」という事しかなかったようです。確かに装束はお金の代わりにもなる、大切な財産ですけどね。
三の姫も「落窪姫」をお針子扱いしたり、北の方に手紙を見せたり、無遠慮で薄情なところがあるようですし、蔵人少将も人の恋文を取って人に見せて笑ったり、どんなに世話を焼いてもらおうとも装束の出来で機嫌を損ねたり。この夫婦も色々と問題がありそうです。財力と権力をあてにした政略結婚が普通ではありますが、共に毎日暮らすうちに少しは情がわいて夫婦らしくなっていくはずなのですが……。この夫婦は相性が決して良くはないようです。北の方は一層焦りの色を見せていることでしょう。
そんな焦りの中にいる中納言邸に右近少将との縁談に色よい返事が返ってきて、少将をよく知っているらしい蔵人少将も喜んでいる様子。北の方も張り切っているようです。日取りも決め、準備も着々と進めているようです。でも少将は何かをたくらんでいるようですね。
「あこぎ」はついに侍女見習いのような立場から、二条の邸に召し使える人たちの長という邸の召使の頂点に立ちました。名前も衛門という名を新たに付けられました。でもこのお話では「あこぎ」個人に関する事はこのまま「あこぎ」の名前で通されていきます。衛門と呼ばれたり、「あこぎ」と呼ばれたり、少しややこしいことになりますが、御容赦ください。
その「あこぎ」は早速手腕を発揮したようです。叔母から探し出してもらった新たな女房たちを、彼女らしく物怖じせずに指図して、うまく仕事をこなしているようです。その新参の人たちも彼女を少女だからと言って甘く見たりはしていないようです。自分たちの主が彼女に目をかけるのも、もっともだと納得しているくらいですから。「あこぎ」らしく、手際も要領もいい仕事ぶりなんでしょうね。




