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14.混乱の夜

「あこぎ」はどこかの格子の上がる音が聞こえた気がして、起き上がろうとしました。


「何かしら。姫様の部屋の方から聞こえたけど」


 けれど惟成は「あこぎ」を離してくれません。


「ちょっと、離してよ。姫様が心配だわ」


「気にすることないよ。どうせ犬か鼠がたてた音だろう。落ち着けって」


「離してったら。なんで邪魔するの。そういう音じゃなかったでしょ」


 姫が心配なのに惟成は離してくれそうにありません。こんなに心配してるのにどうしてと思ううちに、「あこぎ」はピンときました。


「惟成。あんた、姫様に何をしたの」

 あこぎの身の内に怒りが湧いてきます。


「何もしてないさ。気にしないで黙って寝てろよ」

 惟成はますますしっかりと「あこぎ」を抑えつけます。


「ううん、絶対姫様に何かあったんだわ。ひどいわ。私をだましてこんなことをするなんて。離してよ、離してったら」


「あこぎ」がどんなに強くもがいても惟成に抱きかかえられてしまって、どうする事も出来ません。明らかに惟成は何かたくらんだのでしょう。


「ああ悔しい、情けないわ」

「あこぎ」は悔しさに涙がにじむばかりです。


 ****


 姫の落ちくぼんだ部屋と「あこぎ」の部屋は、それほど離れていないようです。人の居なくなった静かな邸の中では、建具の音も響きやすくなっていたのかもしれません。

 何かが当ってたてた微かな音ではなく、はっきりと戸の開けられた音がしたのでしょう。だから「あこぎ」は惟成が犬か鼠だと誤魔化すようなことを言ったのでピンと来たんです。

 けれど惟成は少将から「あこぎ」の足止めを頼まれているので、離してはくれません。信頼していた夫にこんな裏切られ方をするとは思っていなかった「あこぎ」は、どれほど悔しい思いをしたことでしょう。


 ****


 少将は姫君を抱きしめたまま、装束の紐を解いて横たわりましたが、姫君の方は突然部屋に入ってきた男に抱きしめられて、恐ろしさに脅えて震えて泣くばかりです。


「そのように世をはかなんで悲しまないでください。私が世の中の素晴らしさをお教えして差し上げますから。あなたが望むなら人に見つからぬ巌を探してあげましょう。悲しまれるあなたのお姿を見て、どうしてもお慰めしたいがために失礼を承知でここに参ったのです」

 少将はそう言って、姫に落ち着いてもらおうとするが、姫はただ泣くばかり。


「……あなたがどなたかという事より、このようなひどい身なりを見られてしまって、もう、わたくしはすぐにも死んでしまいたい……」


 姫は辛そうに身を隠そうとしながら、涙にくれています。そんなにも女性は身なりを気にするものなのかと、少将はかける言葉も見つけられずに、そんな自分がわずらわしくさえ思えて来て、姫を抱きしめるばかりです。


 そのすすり泣く声は「あこぎ」の部屋にも届いていました。


「やっぱり、少将様が来ていらっしゃるのね。しつこく私を呼ぶから変だと思ったのよ。あんたって、なんて憎らしい事をしてくれるの」


「あこぎ」腹立ち紛れに力を込めて、強引に惟成を跳ねのけて起き上がります。男の力を振りほどくほど、本気で怒っているのです。


 けれどそんな姿が惟成には愛らしく見えてしまいます。「あこぎ」が姫に向けている純真な思いが可愛らしく思えるのです。


「知らないことを俺のせいにされてもな。姫の所に物を盗みに入る者はいないだろ。男君が忍んで来たに決まってるじゃないか。今から行ったってどうにもならないさ。かえって二人の邪魔者になるだけさ」惟成はそう言って笑っています。


「とぼけないで。知ってるに決まってるじゃない。ひどいわ。今頃姫様は訳の分からない思いで、ひどく驚かれているに違いないのよ。ああ、お可哀そうに」


 とうとう「あこぎ」までぽろぽろと泣きだしてしまいます。


「子供だね、まるで。泣くようなことじゃないだろうに」


 惟成にそう言われると「あこぎ」はますます腹が立って来て、


「こんな思いやりのない人と一緒になってしまったなんて。ああ、悔しいったらないわ」


 と、本当に心から悔しそうな顔をしています。


 ****


 男性は、女性を愛おしく思ってはくれますが、なかなか女心を理解してはくれないですね。突然忍びこんだ男性になぐさめられても、急に心を開けるはずもないのに。

 驚いて涙にくれる姫の方が普通の女性のように思えます。

 しかも姫は自分の姿のみすぼらしさを恥じて死にたいほどだと言うのに、少将は途方に暮れているようです。そういう身なりの女性に会ったことのない少将には、男性にそういう姿を見せる女性の辛さを、分かっていないんですね。


「あこぎ」の悔しさもよく分かります。いくら惟成は少将様の味方とは言え、よもや自分を裏切ることはないだろうと安心していたのに、夫にこんなことをされるなんて、姫君思いの「あこぎ」にしてみれば青天の霹靂のような思いがしたことでしょう。

 惟成もそうなる事は分かっていたのでしょうが、その「あこぎ」の純粋な怒りが惟成には愛おしくさえ感じるようです。「あこぎ」がどんなに怒っても、一緒になって喧嘩をする気にはなれないようです。


 その惟成の姿に、「あこぎ」の方は余計腹が立ってしまうのですね。


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