10.当て外れ
「帯刀」は中納言家に行くとさっそく「あこぎ」を呼び出しますが、
「ね、絵はどこなの」
と、足を運んだ夫の事より絵の方を気にしています。
「それよりこの文を姫に渡してくれ」
「いい加減ね。絵を見せてくれるなんて、本当なの」
そう言いながらも「あこぎ」は手紙を受け取って、姫の所へ持って行きます。
姫も今日は仕事を言いつけられていないので退屈していました。いつもは見ようともしない少将の手紙を今日は開いてご覧になります。
ところがそこには「絵をご所望」とか、「ゑみせない」とか、意味の分からないことが書いてあります。「あこぎ」に、
「私が絵を見たがっていると、少将様に言ったの」と聞くと、
「「帯刀」への手紙にそう書いたのを、少将様がご覧になったのでしょう」といいます。
「嫌だわ。家宝の絵を見たがっていると思われただなんて。さぞ、ずうずうしい女だと思われたことでしょう。私のような者はそういう事に関心が無いと思われていた方がいいのに。物欲しげに見られたのではないかしら」と、姫はご不快な様子です。
そこに使いの子が「帯刀」が呼んでいると言いに来たので「あこぎ」はそそくさと出て行きました。
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「あこぎ」ちゃん、新婚なのにちょっと冷たいかな? 自分達もゆっくり逢える絶好の機会でもあるのに「残ったのは夫の為じゃないわ、姫様の為よ」と言わんばかりだし、せっかく足を運んでもいきなり「絵はどこ?」と聞いてくるし。これじゃ「惟成」君も可哀想。
でも「あこぎ」もきっとアテにしていたはずです。夫がこの機会に少将様をお邸に連れて来ることを。
自分にとって大事な、大事な姫君様と、せっかくお近づきになれるチャンスを知らせてあげたって言うのに、肝心の少将様はいないし絵も持ってきていない。「あこぎ」の方でもがっかりしたんでしょうね。
そうは言っても絵の方も、少将の妹君が帝の女御なら帝と一緒に見るための絵な訳ですから、それはもう名画中の名画でしょう。「あこぎ」にとっては一生見ることができないような絵のはず。
ついつい、期待しちゃう気持ちも分かりますね。
それに姫の方でも気持ちに変化が起きているようです。退屈だったとはいえ、今まで見向きもしなかった手紙に興味を持って開いていますし、自分が物欲しげに思われたのではないかと少将の心の行方を気にしています。こんな時に限って、少将の手紙も子供じみたイラスト入りの甘えた文面だったのは運が無いとは思いますが、それを見た姫が、少将に悪い印象を持たれたのでは? と気にしているのですから、案外それが姫の心を動かしやすく、良い方向に働いたのかもしれません。
とにかく姫にも脈はあるようです。手紙を見てはいなくても「あこぎ」の様子や、聞かされる少将の人となりから、淡い憧れを持っていたのでしょう。
自分を虐げている北の方もいない時なので、安心して本心が出ているのかもしれません。
でもこの時「あこぎ」は知らなかったんです。まさか夫が自分に内緒で少将を姫の所に忍び込ませるつもりだったなんて。
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少将に頼まれている「帯刀」は、
「留守番には誰が残っているんだい」
とさりげなく「あこぎ」に聞いて、邸の様子を探ります。邸にはほとんど人がいないことを知ると、
「へえ。さびしいんだな。母さんの所に使いをやって、菓子でも持ってきてもらおう」
と、あらかじめ母親にお菓子を頼んでいたそぶりなどまったく見せずに「あこぎ」のご機嫌を取ろうとします。
届いたお菓子は見た目も美しく、姫や「あこぎ」が喜びそうな物が餌袋という旅行の時に食べ物を入れる袋に、美しく整えられて入っていたのですが、もう一つの袋には焼米という実用的で見た目のそっけない物が入っています。
「ウチにいる時でさえお前は焼米をせわしなく、みっともない食べ方をするから、よそでもそうしているんじゃないかい。そちらの人はどう思う事だろう。恥ずかしい。焼米はお前が食べずに、使いの子に上げなさい」こんな手紙が添えられていました。
母親はひもじい思いをさせないようにと気を使ったのでしょうが、若い女の子や姫君様が喜ぶようなような代物ではありません。
「ちょっと、これって姫様の所にお出しできるものじゃないわよ。変な物を頼まないで」
と、あこぎはふくれます。
「ち、違うよ。俺がこんなもの、頼むわけないじゃないか。母さんが余計な事をしただけだよ」
そう言って「帯刀」は焼米の方は使いの子にあげてしまいました。
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惟成のお母さん、ちょっと余計なおせっかいが過ぎたようですね。
惟成も若い新妻や姫君が食べるお菓子なんだから、女親ならそれ相応に気を使ってくれると思ったのでしょうが、お母さんは気を使いすぎてしまったようです。
若い二人がお腹をすかせないようにと、見た目がまったく野暮ったい、ただお腹が膨れるばかりの携帯食を一緒に用意したようです。
今でいうなら彩のいい、可愛らしいケーキの箱と一緒に、素朴な食パンが詰まった袋が添えられているようなものでしょうか?
「あこぎ」の気を引いておいて、ついでにいいムードになりたかった惟成としては、
「母さん、勘弁してくれよ」と言ったところでしょう。年配者のセンスのなさに、頭を抱える様子が目に浮かびます。まあ、下心の罰が当たったんでしょう。




