1.女の出世物語
日本の古典の中で、シンデレラストーリーと呼ばれる「落窪物語」。これは古典の中でもかなりの人気作品のようです。
現代語訳でも初心者にもやさしく、分かりやすい作品がたくさんありますし、内容的にも爽快感を感じる事が出来る、とても読みやすいお話です。
薄幸なヒロインに訪れる意外な恋の幸福。しかしその幸福を許そうとしない妨害。そしてヒロインの絶体絶命のピンチ。そこから展開される逆転劇……。
読みやすい上に読んでいて気持ちのいい作品ですね。それに堅苦しくもない。平安時代のライトノベルと言ったところでしょうか?
このお話には二つの大きな特徴があります。一つは読み手にとって共感しやすい「勧善懲悪」の物語だという事。
不幸なヒロインを、ヒーローが剛腕を持って助け出します。それも平安風の雅やかな権威によってだけではなく、力ずくでヒロインを救出するのです。そしてヒロインを苦しめた者たちを、ヒロインの夫となったヒーローが懲らしめます。豪快です。
本家の(?)シンデレラならこれで「めでたし」なのですが、このお話はそこで終わらない。
ヒーローの夫はヒロインの姫をとても幸せにします。その、幸せぶりが半端じゃない。
どんどん出世していく夫に守られ、何不自由のない暮らしをし、夫の母親、つまり姑にも可愛がられ、不遇時代に自分を助けてくれた人々が皆、幸せになり、子宝にも恵まれる。
しかもこの夫、姫を虐げて来た継母や言いなりだった父親を、優しい姫が心痛めることのないようにと、見事に姫と和解させてしまうのです。
この夫、どれだけ姫にベタ惚れなんですかね?
本当にすごい惚れ込みようです。当時の常識では考えられないくらいに。
当時は一夫多妻制です。本人に養う地位と能力さえあれば、妻は何人持ってもかまいません。
しかも彼は世間が認める出世頭で多くの権門の家が、彼からの将来にわたって得られる利益や栄誉を見込んで、狙い定めている人物でした。本人がその気になれば妻なんて選び放題です。
にもかかわらず、彼はヒロインの姫一人を生涯愛し続けます。
実はこれがこのお話のもう一つの特徴です。当時の一夫多妻制は男心を満足させるためのものだけではありません。家門の出世をかけた政治的戦略でもありました。貴族の男性は一つでも多く権勢のいい家に婿として通い、その家の世話を受けながら人脈を広げ、出世の足掛かりとし、自らの地位の後ろ盾となってもらう大切な手段としていたのです。
ところがこのヒーローは後ろ盾などあてにせず、気に入った姫を薄情な家からかっさらい、その姫以外の女性には目もくれず、自力でどんどん出世してしまうのです。
完全に一夫多妻制度を真っ向から否定した話ですね。
ヒロインは本当はとても身分の良い人だったのに、母親を亡くして継母にいじめられます。それが物語の発端で、これは一夫多妻制度の歪みがもたらした弊害でもあります。身分が物を言うはずの当時の貴族社会が内封していた、多数の縁故に頼った制度の危うさを示しています。
この物語は後ろ盾などものともせずに、一夫一婦制を通す夫に救われた姫の、理想的な「女の出世物語」でもあるのです。