さあ、始まりましたよ。
さあ、始まりました、新学期。
何もない冬休みを過ごしていたせいか、波留の奇声と藤川の絶叫が懐かしい。
かじかむ指でげた箱を開け、靴を履きかえる。
と、
「ギャァァァアアアアア!!!」
「ウキョキョキョキョ~~~!!」
さっそく、困った奇声・絶叫が聞こえる。
今回は何をしているんだろう。周りのみんなは、冬休み明けで感覚が元に戻ったのだろう。いつもなら平気で無視する騒音を、今は何事かと見つめている。
「波留、なにしてるの」
ちょうど目の前に来た波留を捕まえる。
実はこの学校のげた箱、わたしや波留や藤川の教室とは程遠い場所にある。なのに、こんなところまで走り回ってるって・・・。
「見て見て、瑞穂~」
そんなわたしの心配をよそに、満面の笑みの波留。
なんと波留は、その細い腕で大きな水槽を頭に掲げていた。水槽には、
「ナマコ?」
「うん、そう!正太郎の反応が面白くて、今追っかけまわしてるの~」
え、藤川、ナマコ嫌いなんだ。
って、そこじゃなくて。
「可哀そうだからやめてあげなさい。ほら、教室行こう」
とにもかくにも、波留を教室に連行した。
「米山、助かったよ」
4時間目が終わり、ほっとした顔を全面的に表に出しているのは、今日朝っぱらから追いかけまわされていた藤川。
「そうですか」
正直、興味ない。感謝するくらいなら、ナマコ見ても叫ばないくらい成長したらいいのに。
そんな勝手なことを思いながら、黙々と昼食の準備。お弁当をとりだせば、
「あ、正太郎!」
どこかで、悪魔の声がした。
「見て見て、ナマコ~~」
「ギャァァァァアアアアア!!」
・・・波留よ、今朝の喜劇をまたも繰り返す気か。
しかたないので、波留を呼ぶ。同じ喜劇を見せられても、観客は白けてしまうだけだ。
「なぁに?瑞穂。今、正太郎追っかけるのに忙しいの」
「いいから」
不満顔の波留を、とにかく一時停止させる。
「なにするの~」
止まったはいいものの、口が止まらない波留。そんな子供っぽい様子に苦笑しながら、わたしは波留の抱える水槽に手を突っ込んだ。
「え、米山!?」
遠くで藤川が叫んでるのを聞きつつ、水槽の中のナマコをむんずとつかむ。
「え、ちょ、止め止め止め!」
相変わらず、藤川が叫んでいる。
「瑞穂?何してるのってば」
背が低く、水槽を頭の上に掲げている状態では、今わたしが何をしているのかが分からないらしい。
「米山!」
「瑞穂~」
二人の声がしたと同時に、水槽から手を出す。そして、その勢いのまま、ナマコを窓の外へと放り投げた。
「うわぁ」
「え、ちょっと瑞穂!」
藤川と波留の騒がしい声を聞きながら、ハンカチで手を拭く。
「二人とも、お弁当くらい静かに食べさせてください」
にっこりと笑ったつもりなのに、教室中がしんとした。
後日。
「米山、すげぇ」
「カッコイイ~~」
「男らしいな」
「同性でも惚れるわ」
などとクラス中が噂していたのは、言うまでもない。