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夕方の、グラウンドにて

掲載日:2026/05/23

 あっ、なんかあるなあと思ったら前の席の常葉子がくしゃみをした。なんだこれかあと思っていたら先生に問題を解くようにとあてられたりとか。虫の知らせかたまたまか、何かに呼ばれたということも。妙な力を持ってるとは思わない。でもなんとなく、という予感めいたものはあったりする。うまくいかないような気がするなあ、友だちになれそうだなあ、人間関係のほうでは特に。そういった思いが知らずのうちに顔に出て、わたしの知らないうちに相手がそれをキャッチして。うまくいってほしいものがうまくいって、避けたいものが避けられたのなら、それでもいいのかも。それぞれの結果が逆になってしまうよりは、ずっと。


 部員集めはしてきたつもり。残されることになるわたしを含め数人の部員では試合に出られない。時間をかけてそのあたりのこと何度も話し合ってきた。来年の新入生が入部してくれるかも、勧誘にかけてみるか、との意見も当然のようにあった。けれど本音ではみんな、気持ちは折れていた。あっけなく、先輩たちの引退に合わせて女子野球部は、活動を休止することになった。ああ、まあ、そうだよねえ部員らしいことひとつもできなくってさ、予感はあったわけでさ。だからそこまで落ち込んでないよ、とそれはたんなる強がりで、いつだって別れや挫折や後悔というのは悲しいものなの、決まってる、でもね、だけどね。


 ほかを知らないから比べられない。でも思う。ここの女子野球部は異常だ。結局最後までその展開にはついていけなかった、ってことになりそう。部室の窓から空を見て、あ、雨降りそうかも、と思って気持ちを戻したときにはもう話があらぬほうへと動いていたりする。はやすぎる展開についていけないままひとまず笑顔でうなずいて、ワンテンポ遅れて手を叩きながら大笑いして。笑いながらわたしだけなのかなそんなこと思っちゃってるの、周囲をこそっと盗み見る。みんなココロから笑ってるように見える。ああ、そっか、わたしのほうがおかしかったか。ユニフォーム姿のカッコよさに憧れてそれだけの理由でなんとなく入部したわたしは、でも最近やっと、楽しいかもなあと思いはじめていたところだった。


 わたしの女子野球人生も今日で最後だ。試合が終わって三年生の先輩たちは、これで引退となった。終わって早々、受験モードに切りかえるという同じ学年の子もいるらしい。しばらく放課後時間を楽しむ、なんて子もいるみたい。わたしは…


「あー、終わっちゃったかあ」


 試合のあと、河川敷のグラウンドでひとり、ひたっていたらタカキが来た。野球部の練習終わりのようだ。


「ちゃんと練習してきたの?」


「おお、もちろん」


「連れてくって約束、きちんと守ってよね」


「お、さっそくマネージャーみたいなこと言ってえ」


「みたい、じゃなくて、マネージャーなんです、明日から、だけどさ」


「おー、こわっ」


「ねえ、ちょっと相手してよ」


「あ?」


「男子がどれくらいなのか見ておこうと思って」


「はいはい。ほいじゃ見せちゃうかな、オレのジツリキ」


 とかぬかしながら、流れで一打席勝負をすることになった。


 女子野球部の先輩たちは、いつのときでも、なんでそんなにイライラしてんだろってくらいイライラしていた。なんでこんなこともできないかな、まったく、といった具合の表情は、つくってるのではなく元から張り付いてるモノみたいで、わたしのような未経験者に対して笑顔のひとつも見せてくれない。わたしに対して、何をそんなに怯えてるんだろう、抜かれることがそんなに怖いの? 活動休止が決まって、わたしたちに教える意味をなくした先輩たちは、人が変わったようだった。女子会的な雰囲気が急激に加速したのは、そのあたりからだった。なんか、ココロにトゲみたいの刺さってたのかな。そんなのさっさと抜いちゃったほうがいいよ。ココロに刺さったトゲ、いつ抜くの? いまでしょ、ってね。ふははははは…


「ふふっ」


「あ? いまなんか、おかしなとこあったか?」


「…いいから、はやく入んなよ。バッターボックス」


「へいへい」


 ヘンな気をまわして三振とかしたらグーで殴ってたとこだった。あっさり初球を、バチーン、ひっぱたかれて川まで飛ばされた。まあ、休部しちゃう女子野球部の控えピッチャーなんでね、だからってあんな遠くに飛ばすことないだろ、って。


「必ず連れてってやるからさ」


「あのさ、自信満々に言ってくれちゃう前に一回戦、勝ってよねって話でしょ」


「まあ、そうなんだけどさ」


 タカキがあまりにおもきし飛ばしてくれるから悔しさなんかまったくなくて、さっぱりした気持ちで女子野球人生を終えることができたのだった。まあ、こういう終わりかたも… あんがい悪くない。









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