第9話 「見ているのに、消える」
いつもお読みいただきありがとうございます!
第6話となる今回は、これまでの冒険で一番「わけのわからない恐怖」が5人を襲います。
「5歩に一回の点呼」。
一見すると笑ってしまうような光景ですが、今の彼らにとってはこれ以上ないほど切実な防衛策です。けれど、その執念すらあざ笑うかのような不可解な現象が、ついに目の前で発生します。
「見ているのに、消える。消えた瞬間の記憶がない」。
剣の腕も魔力の強さも通用しない、認識の隙間を突くような怪異。
まばたき一つが命取り(とお財布の危機)になるような、極限の緊張感をお楽しみください。
1. 執念の「五歩に一回の点呼」
残された三つの箱を、クレアは穴が開くほど見つめていた。
街道を一歩進むたび、首がもげるほどの勢いで後ろを振り返る。
「いち、に、さん。……よし、ある!」
「……ねえクレア、五歩ごとに数えるのやめない? 見てるこっちが酔いそうなんだけど」
カノンが呆れたようにため息をつくが、クレアの目は本気だった。
「当たり前でしょ! 今回は絶対、一個も減らさないんだから!」
セインも眼鏡の奥で鋭い視線を荷台に固定している。
「同感です。全員で監視のサイクルを回しましょう。**『誰も見ていない瞬間』**を、一秒たりとも作らないように」
「了解。アタシもしっかり見てるよ」
ケットルが慎重に荷車を押し、ミルは瞬きすら忘れたように箱を見つめ続けた。
2. ほんの一瞬の「ゆらぎ」
森は、相変わらず不気味なほど静まり返っていた。
自分たちの足音だけが、やけに大きく響く。
「……ねえ」
ミルが、消え入りそうな声で呟いた。
「なに? ミル」
「さっき……ちゃんと、三つあったよね?」
「あったよ。今も、いち、に、さ……」
クレアが言いかけた、その時だった。
――ふわっ。
冷たい風が、森の奥から吹き抜けた。
ほんの一瞬、木の葉がざわめき、視界がわずかに揺らぐ。
「……あ」
ミルが何かを言いかける。
「どうしたの!?」
クレアが弾かれたように振り返り、箱を数えた。
「いち、に…………」
指先が、二つ目の箱で止まる。
「……え?」
3. 「消えた瞬間」の記憶がない
空気が凍りついた。
荷台の上には、二つの箱だけが、何食わぬ顔で鎮座している。
「いやいや、待って! 今、みんなで見てたよね!? 私も、カノンも、ミルも!」
クレアがパニック気味に叫ぶが、カノンの顔からも血の気が引いていた。
「……見てた。ずっと、目を離してなかったはずなのに」
「音もなかったねぇ。盗賊が掠めていった様子もありゃしない」
ケットルが荷車を止め、周囲を警戒するが、そこにはただ静かな森が広がっているだけだ。
「……消えた。今、目の前で、消えたの」
ミルの手がガタガタと震え出す。
セインは一人、目を閉じて、今の「一瞬」を反芻していた。
「……視線は外していませんでした。ですが、私たちは**『見ていたつもり』**だったのかもしれません」
「……どういうこと?」
クレアの問いに、セインが静かに、恐ろしい事実を口にする。
「クレアさん。今の『消えた瞬間』、どんな風に消えたか説明できますか? 煙のように? それとも透明に?」
「え……それは……風が吹いて……その、あと……」
思い出せない。
箱がそこにあった記憶と、なくなった今の光景はある。
けれど、その中間の記憶だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
4. 守れない「二」
「最悪だね」
カノンが乾いた笑いを漏らす。
「物理的な盗賊なら戦えるけど、**『記憶の空白』**をどうやって守れってのさ」
ミルの呼吸が浅くなる。「……怖い。ねえ、戻ろうよ……」
けれど、クレアは震える拳をギュッと握りしめた。
「でも、進むしかない。依頼主さんに顔向けできないもん」
クレアは残された二つの箱を、これ以上ないほど強く睨みつけた。
「……残り、二つ。これは、死んでも守る」
「守れるかな。さっきも同じこと言ってたよ」
「……今度は、守るの!」
根拠なんて、どこにもない。
それでも進むしかないのが、最弱パーティの宿命だ。
ケットルがゆっくりと荷車を動かし始める。
二つの箱。
誰も目を離さない。
まばたきすら、恐怖の対象になる。
それでも、彼女たちは気づき始めていた。
見れば見るほど、守ろうとすればするほど、**「何か」**が自分たちの意識を削り取っていくような、奇妙な感覚に。
森の奥へと続く道。
静けさはさらに重くなり、五人の背中に冷たい汗が流れる。
最弱パーティ、今日もちょっとだけ成長中。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ついに、預かった荷物は半分になってしまいました……。
セインが指摘した**「見ていたつもり」**という言葉。単なる消失ではなく、自分たちの脳が強制的に「なかったこと」にされているような感覚は、どんな強敵と対峙するよりも恐ろしいものです。
意地でも守ろうとするクレアの叫びと、限界が近いミルの震え。
精神的に削られていく5人が、この不気味な森の出口にたどり着けるのか。あるいはその前に、荷物以外の「何か」を失ってしまうのか……。
物語は、いよいよ引き返せない領域へと入っていきます。
次回の展開も、ぜひ見守ってあげてください!




