第15話 「話さないことと、話せないこと」
戦いの中で強くなることもあれば、
戦いが終わったあとに、ようやく見えてくるものもある。
名前や役割は知っていても、その人がどこから来たのか、何を失って、何を抱えているのかまでは分からない。
けれど、それを少しだけ知ったとき、「仲間」という言葉は、ほんの少しだけ重くなる。
今回は、戦わない時間の話です。
依頼を終えた夜。街の片隅の安宿の一室は、いつもより少しだけ静かだった。
窓の外では夜風が揺れ、テーブルの上では一本のロウソクが小さく灯っている。
「……ねえ」
クレアが膝を抱えたまま、ぽつりと口を開いた。
「たまにはさ、みんなの昔の話とかしない? 私、みんなのこと、まだあんまり知らないなって思ってさ」
「急にどうしたの。熱でもあるんじゃない?」
カノンがベッドに寝転んだまま、片目だけ開ける。
「知る必要がありますか?」
セインも本を閉じて視線を向けた。
それでもクレアは笑う。
「必要っていうかさ……知ってたほうが、もっと『パーティ』っぽくなる気がするんだよ」
ミルが小さく頷く。
ケットルは酒瓶を揺らして、ふっと笑った。
「まあ、悪くはないねぇ」
「じゃあ、カノンから!」
「はあ!? なんで私からさ」
カノンは面倒くさそうにため息をつき、グラスの酒を指で揺らした。
少しだけ間を置いて、ぼそりと吐く。
「……金だよ。全部」
視線はグラスの中に落ちたまま。
「家も、仲間も……信じてたもの、全部。金でなくした」
軽く言っているようで、その声はどこか乾いている。
「だから、今こうしてる。珍しくもない、よくある話でしょ」
沈黙。
クレアがまっすぐにカノンを見る。
「……でもさ」
「全部なくしたわけじゃないよ。今、ここにあるでしょ。うちらが」
カノンは一瞬だけ目を細めた。
何も言わない。ただ、否定もしなかった。
「……私も、ちょっと似てるかも」
ミルが小さな声で続ける。
「昔、すごく怖がられてたの。この力のせいで……」
自分の手を見つめる。
「でも、ここは違う。……怖くないの。みんなが、隣にいてくれるから」
「今もたまに怖いけどね」
カノンがぼそっと言う。
「う、うるさい……」
ミルは俯いたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
「次はアタシかねぇ」
ケットルがゆっくりと体を起こす。
「ドワーフは長生きでねぇ。昔は山で工房を構えて、弟子もそれなりにいたんだ」
少しだけ遠くを見る目。
「けどね、自分の打つ剣が『守るため』じゃなくて、『壊すため』に使われていくのが、どうにも我慢ならなくなってさ」
肩をすくめて笑う。
「火を手放した鍛冶屋なんて、ただの荷物運びさ」
自分の腕を軽く叩く。
「でもまあ、今は悪くない。あんたたちの装備いじってる方が、よっぽど気楽でねぇ」
「……私の話は、面白くありませんよ」
セインが静かに言う。
「元は教会の聖職者でした。ただ……少し理屈に寄りすぎていまして」
眼鏡を指で押し上げる。
「『祈れば救われる』という考えに対して、『まずは食料と衛生を』と繰り返していたら、居場所がなくなりました」
わずかに苦笑する。
「私は奇跡より理屈を信じる人間です。ですが……」
視線が四人に向く。
「このパーティには、理屈では説明しきれない“何か”がありますね」
「……最後は私だね」
クレアが小さく息を吐く。
暖炉の火を見つめながら、ゆっくりと言葉を探す。
「私は、ただの落第生。剣もダメ、魔法もダメ。騎士学校でもずっとビリでさ」
苦笑する。
「何回も、やめようって思った」
顔を上げる。
一人ずつ、ちゃんと見る。
「でもさ。一人じゃ何もできなかった私が、こうしてみんなと一緒にいる」
拳を軽く握る。
「それだけは、ちょっと誇れるかなって思うんだ」
少し照れたように笑う。
「落第生がリーダーって、変だよね。でもさ」
一歩、言葉に力が乗る。
「みんながいるから、私は前に進める」
「だから――」
少しだけ間。
「なくしたものも、居場所がなかったことも、全部ここに持ってきていいよ」
「……ここ、みんなの居場所にしよう」
静かな言葉。
でも、ちゃんと届く。
少しの沈黙。
けれどそれは、どこか温かい。
「……ほんと、おめでたい頭してるね」
カノンが鼻を鳴らす。
けれど、その声は柔らかい。
「……うん。ここ、好き」
ミルが小さく呟く。
セインが眼鏡を外して、軽く息を吐いた。
「……非効率ですが、悪くありませんね」
ケットルが酒の栓を抜く。
「よし、じゃあもう一杯だけ付き合いな。アタシらの“今”に乾杯だ」
「乾杯!」
グラスが軽く触れ合う音。
夜はゆっくりと更けていく。
話したことも、話さなかったことも。
全部が、少しずつ五人の中に積み重なっていく。
昨日までは、ただの寄せ集めだったかもしれない。
でも――
今日からは、少し違う。
最弱パーティ、今日もちょっとだけ成長中。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は戦闘も依頼もない、五人の過去と向き合う回になりました。
それぞれが失ったもの、それぞれが抱えているもの。
それを少しだけ言葉にして、少しだけ共有したことで、パーティの形がほんの少し変わった気がします。
強くなったわけではありません。でも、簡単には崩れなくなった。
そんな小さな変化が、これから先の戦いでどう影響するのか。
また少しだけ、成長しています。




