第145話 勝利の祝杯、賭けの行方と「二人の料理人」
リビングに設置された青いポータルの光が収束し、泥と胞子にまみれた五人が、懐かしい我が家のフローリングへと崩れ落ちました。
迷宮の深部から一瞬で、自動洗浄トイレの水の音が聞こえる聖域へ。その安堵感は、どんな治癒魔法よりも深く彼女たちの身に染み渡っていきました。
「……ふぅ。……かえってきた。……空気、……おいしい。……ミルの……お鼻、……もう……胞子……吸わない。……あとは……ごはん。……お腹と……背中、……くっついちゃう」
ミルが、玄関先で**『もう壊さない杖』**を傘立てに預け、一番にリビングのソファへとダイブしました。
吸血鬼の彼女にとって、戦いの後の「飢え」は、理性を失わせるほどに深刻な問題です。彼女の虚ろな視線は、すでにキッチンの方へと注がれていました。
「ガハハ! 冗談じゃないよ! アタシの洗浄砲の予備タンクまで空っぽになっちまった! ――さあ、セイン、今日こそ決着をつけようじゃないか。アタシの『ドワーフ流・豪快肉煮込み』と、あんたの『エルフ流・精密栄養スープ』、どっちがミルの胃袋を掴むかねぇ!」
ケットルが、**『巨大背負い袋』**からメンテナンス道具ではなく、なぜかお気に入りの「鋳鉄製の巨大鍋」を取り出しました。
ドワーフの彼女にとって、料理は金属加工と同じ「熱と素材の芸術」です。一方のセインは、眼鏡を指先で押し上げ、冷蔵庫の中身を「構造解析」の視線で射抜いていました。
「……論理的に見て、……現時点での……各員の……グリコーゲン……貯蔵量は……枯渇……寸前……です。……セインの……演算に……基づく……黄金比の……ポトフ……こそが、……今の……私たちに……最適……です。……ケットル、……火加減……だけは……任せます……!!」
セインが、エプロンを風のように翻し、包丁を握りました。
ハーフエルフの精密な千切りと、ドワーフの豪快な炎の処理。キッチンはさながら、もう一つの「戦場」へと変貌を遂げていきました。
「……あはは、……一秒……、……あたい……、……この……勝負に……どっちが……勝つか……、……今夜の……お皿洗い……全部……賭けても……いいよぉ!! ……ねえ、……クレア……、……あんたは……どっちの……料理に……張る……!?」
カノンが、銀靴を脱ぎ捨ててソファの背もたれに飛び乗り、瞳を怪しく輝かせました。
そう、彼女の「ギャンブル好き」の本能が、戦場を離れた瞬間に目を覚ましたのです。彼女にとって、日常の些細な選択さえもが「丁か半か」の博打の対象でした。
「……えっ、……ええっ!? ……私……!? ……そ、……そんなの……選べないよぉ……。……二人とも……一生懸命……作って……くれてるんだし……」
クレアが、**『銀竜の絆』**を丁寧に手入れしながら、カノンの突飛な提案に困り果てた声を上げました。
かつてのパーティでは、食事はただの「補給」であり、誰かが自分のために作ってくれることなどあり得ませんでした。そんな彼女にとって、この賑やかなキッチンの喧騒こそが、何よりの報酬でした。
「……あはは、……クレア……、……相変わらず……真面目……だねぇ!! ……じゃあ……あたいは……ケットルの……肉料理に……一枚……!! ……勝ったら……明日の……索敵……一回休みねぇ……!!」
カノンが、指の間で銀貨を弄びながら、楽しそうに笑いました。
彼女にとって、勝敗の結果よりも「賭ける瞬間の高揚感」こそが、死線を潜り抜けた後の生きている実感でした。
やがて食卓には、肉が骨から解けるほど煮込まれたドワーフの傑作と、野菜の旨味が論理的に抽出されたハーフエルフの宝珠が並びました。
リトル・リンク、今日も(二人の料理人の意地と、カノンの危うい賭けに巻き込まれながら)ちょっとだけ成長中。
第145話をお読みいただき、ありがとうございました。
カノンのギャンブル好き設定、完全復活です!
戦場では冷静な回避タンクですが、家に戻れば「皿洗いを賭けて博打を提案する」お調子者。この二面性こそが彼女の魅力ですね。
そして、キッチンでのケットルとセインの「料理対決」。
技術と論理がぶつかり合う食卓は、これからのリトル・リンクの新しい日常になりそうです。
しっかり食べて、しっかり休んで。
次は、あの「記憶の種子」が示した第二階層の真の深淵へ……。
「カノンの賭けっ振りが潔すぎて好きw」「セインとケットルの共同作業が意外と噛み合ってる!」と思ってくださった方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援いただけると励みになります!




