第14話 「嘘と駆け引き」
森で相手にしていたのは、目に見えない「ズレ」。
けれど街に戻れば、
今度は目に見えているはずのものが、平然と奪われる。
剣も魔法も通じない相手。
力ではなく、隙と油断を狙ってくる敵。
そんな相手に必要なのは、
強さではなく「見抜く力」だった。
今回は、戦わずに勝つための準備の話です。
「もう一度、依頼を受けたいんだ」
クレアが身を乗り出して言うと、商人はほんの一瞬だけ目を細めた。
すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべる。だが、そのわずかな**「間」**をカノンは見逃さない。
「おや、またかい? 助かるよ」
「前回、なにかおかしなことはなかった?」
「……ありました」
クレアが正直に口を開いた瞬間、カノンが横からひょいと口を押さえた。
「なーんにもなかったよ。ねっ?」
カノンはにやりと笑って、商人の顔を覗き込む。
商人の目がわずかに泳ぎ、肩の力が抜けた。
「そうか、それはよかった」
「ええ、とっても。だからもう一回。……同じ条件でいいよね?」
「ああ、もちろんだとも。準備してくるよ」
商人が背を向ける。
その瞬間、カノンの目が細くなる。**「確定」**だ。
「ちょっとカノン! なんで止めるのよ!」
商人の姿が見えなくなるなり、クレアが声を荒げる。
「今言ったら終わりだよ。“証拠は?”で押し切られる」
カノンは軽く肩をすくめた。
「だから、もう一回。今度はみんなで**『現行犯』**を押さえる」
セインが静かに頷く。
「冷静にいきましょう。今回は戦闘ではなく『観察』が最優先です」
カノンが指を三本立てる。
「ポイントは三つ。荷車、報酬の袋、それから……あの人の“指先”」
「指先? なんで?」
クレアが首を傾げる。
カノンはいたずらっぽく笑った。
「いいから見てなって。ギャンブラーの勘」
出発してからも、五人の視線は常に商人へ向けられていた。
「……普通に見えるけどなぁ」
クレアが小声で呟く。
「しー。右手、見て」
カノンが囁く。
「腰の袋、何度も触ってるでしょ?」
言われてみれば、商人は何度も袋を指先でなぞっている。
「……ほんとだ」
「気にしてるんだよ。中身か、タイミングか……どっちにしても“やる気”ってこと」
「……緊張、してる」
ミルが小さく呟く。
後方で荷を担ぐケットルが、酒瓶を揺らして笑った。
「悪いこと考えてる顔だねぇ。そういうのは、見りゃ分かるさ」
「よし……来るよ。一番分かりやすいところで」
日が傾き、休憩の時間。
商人がふいに背を向け、少しだけ距離を取った。
「……今だ」
カノンの低い声。
全員の意識が一点に集中する。
商人が袋をわずかに開き、指を滑り込ませる。
カチ、と小さな硬貨の音。
「――はい、そこまで」
カノンの声が空気を切った。
クレアが飛び出す。
「ちょっと待って! 今、何したの!?」
「な、なんだい急に」
「ごまかさないで。その手、見せて!」
カノンが横から手首を取る。
指の間から、金貨が一枚こぼれ落ちた。
「……あ」
クレアの表情が固まる。
怒りと、ほんの少しの失望。
「やっぱり……抜いてたんだ」
「……少しだけなら、バレないと思って。いつも……やってたんだ……」
商人は視線を落としたまま、かすれた声で言う。
「最低だよ。うちら、あんたを信じてたのに」
クレアの声は静かだったが、強く響いた。
ケットルが腕を組む。
「信用削って稼ぐ金なんて、酒の肴にもなりゃしないねぇ」
商人は震える手で、これまで抜いた分も含めて報酬を差し出した。
カノンがそれを受け取り、素早く数える。
「……これで全部。次はもうないよ」
五人は商人と別れ、夕暮れの道を歩き出す。
袋は、今度こそずっしりと重かった。
「……守れたね」
クレアがぽつりと言う。
カノンが肩を軽く叩いた。
「お金もそうだけど、“プライド”もね。ちょっとは冒険者っぽくなってきたんじゃない?」
「ええ、今回は及第点ですね」
セインが穏やかに微笑む。
「……爆発させなくて、よかった」
ミルが小さく息を吐く。
五人の足取りは、来た時よりもほんの少しだけ、しっかりしていた。
最弱パーティ、今日もちょっとだけ成長中。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は「現行犯を押さえる」という、
シンプルだけど一番確実な方法での解決でした。
森での経験を経て、
ただ守るだけでは足りないと理解した彼女たちが、
一歩踏み込んで「見抜く側」に回った回でもあります。
相手は魔物ではなく人間。
嘘をつき、隙を突き、笑顔で奪ってくる存在です。
だからこそ、
同じように隙を見抜き、確実に押さえる必要がありました。
大きな力はまだありませんが、
確実に「負けないための知恵」は身についてきています。
また少しだけ、成長しました。




