席替えは色恋模様
学期が変わり中学二年生になった井田寛は新しい教室へと廊下を歩いていた。すると、恰幅のいい男子が教室の前の廊下で談笑している声が聞こえてくる。
「このクラスにめちゃくちゃ可愛い子がいる」
「まじか?羨ましいな。どの子?」
「ほら、座席表を後ろで見ている子いるだろ、あの白い肌をしたツインテールの子だよ」
「ほんとだっ!大当たりじゃん。僕もこっちのクラスがよかったな」
「へっ、残念だったな。めっちゃタイプだし彼女にしてぇ~」
そんな青春真っ盛りな男子の会話を通り過ぎ、教室へ入る。
中に入ると、黒板の前に人垣ができていた。
生徒の登校時間は往々にして被るもの、誰もが新しい教室で自分の席とクラスメイトの名前を確認するように陣取っている。
仕方ないからと井田は一旦黒板から離れて空くのを待っていると、
「う~ん、見えないよ」
か細い声が横から聞こえてきた。
小顔に白い肌。身長は普通ぐらいだが揺れるツインテールが彼女を幼く見せている。
廊下で男子が話していたように、とても美人な子という印象。
「君、名前は?」
井田の声にびくっと肩が上がり、その女子は小さく俯いてしまった。
「大丈夫。俺が見てあげるよ」
「えと……、夢野由香です」
ナンパだと思われないように、笑顔を見せて目的を伝えると夢野が小さな声でぼそっと呟いた。
井田のいる位置はちょうど机が並んでいる一列目と二列目の間。
座席表を見ている人垣の合間を探すようにもう一列後ろへと下がった。
右手をおでこに当てて、敬礼するポーズを作ると座席表の紙に夢野由香という名前が見える。
てっきり、人の頭で見えないのかと思っていたが、夢野の名前は紙の上部に書かれているため、人の合間を縫わなくてもすぐに発見できた。もしかしたら夢野は視力が悪いのかもしれない。
「分かったよ。真ん中の一番後ろの席だ」
「ありがとう。でも、後ろかぁ」
「もしかして目悪いの?」
「うん、最前列じゃないと黒板に書かれている文字が読めなくて」
夢野はため息をついて眉を曇らす。
確かにそれなら大問題だ。授業のノートを取るのも一苦労だろう。
だけど、大抵そういう生徒は前の席に座らされるから問題はないはず。
「それなら先生に伝えたら前の席にしてくれるんじゃないか?」
「そうだけど……。私のわがままを聞いてもらっているみたいで申し訳なくて」
どうやら、とても気が小さい子らしい。
本当に言い出せなかったら、可愛そうなので勇気づけてあげることにした。
「気にすることじゃないよ。もし、夢野が言えなかったら俺が代わりに伝えてあげるよ」
「それは、わ、悪いよ……」
「なら、ちゃんと自分で意思表示しないと」
「む~、頑張る」
ほっぺを膨らませている様子がリスみたいで可愛いかった。
黒板前が空けたので、座席表を見に行こうとすると後ろから制服を引っ張られて振り向く。
「あの、まだ名前聞いてなかった」
「あ、ごめんな。俺は井田寛だ。一年間よろしく」
座席表を確認した井田は窓側の中央の席に座る。
なんとなく夢野のほうを見ると、目が合った。
それに気づくと、慌てたように俯いてしまった。
彼女の周りに座っているのは男子ばかりで、女子は仲のいい子同士で固まって雑談している。
きっと心細いのだろう。
井田は欠伸をしながら、教室を眺めていた。
「おいっ!これお前見えるか?」
一際大きな声をした方に視線を向けると、廊下で話していた恰幅のいい男子が黒板を指さす。
同じクラスになった男子が三人で集まって視力検査で使うCの英単語が書かれた黒板を見つめていた。
「そんなの楽勝。右だろ」
「これはまだまだ序の口だぜ」
壇上に立つ恰幅のいい男子の前で、別の男子二人が自らの手で片目を隠している。
どうやら、視力検査ごっこをしているらしい。
声が大きいので、その様子に手持ちぶさたの生徒から視線を集めていた。
「もうちょっと下がれ、よし、そこでいいぞ」
井田の席の横に二人の男子が並ぶ。
その際に机にぶつかられるも謝罪の言葉はまるでなく、視力検査に夢中な様子。
「うわー急に難しくなったぞ。うーん上だ」
「いや、下だろ。お前視力悪っ」
二人は言い合いを始めたが、結果は左で恰幅のいい男が満足げに笑みを浮かべた。
すると、立場を変えて今度は恰幅のいい男が最後尾まで下がっていく。
夢野は近づいてくる男に気が付き、逆方向に顔を背けていた。
「これは、右だろ!」
「正解。まじか、めっちゃ目いいな」
「シャッア!」
自信満々に言い当てた恰幅のいい男は腹を弛ませ、大げさにガッツポーズ。
ただでさえ大きかった声のボリュームが上がる。
井田の席でそうなのだから、夢野からしたら相当に不快だろうなとぼんやりと考えながら時間をつぶした。
担任の先生が入ってくるなり、みんな磁石に引き寄せられるように自分の席に着席。
秩序だった空間が戻ってきたことに安堵する。
しばらく、連絡事項などを話し終えると、手を叩いて注目を集めた。
「それじゃお待ちかねの席替えタイムといこうじゃないか」
待ってましたと言わんばかりに恰幅のいい男子を中心に声が沸き上がる。
学生にとって席替えは重大イベントだ。
誰と隣同士になるか、前後関係等によって人間関係の構築に影響が出てくる。
特に気になる異性がいれば、まさに死活問題。
今後の人生を左右することだってある。
「っと、その前に視力が悪い子いたら手をあげろ。前の席に決めてクジから外すから」
ざわざわと騒がしい教室で一人の手が上がる。
肘を曲げた控えめな挙手に注目が集まった。
「え~と、君は……夢野さんだね。了解。じゃあ、真ん中の最前列にしよう」
小さく、唇だけ「はい」と動くのが見えたが、空気を振動させるほどの力はなかったのか声としては聞こえなかった。
井田は夢野を見ながら、心の中で頑張ったなと褒めていると、目が合う。
今度は小さく手を振ってきてくれた。
「あっ先生!」
今度は廊下側の後方に座っていた恰幅のいい男子が手を上げる。
「えーと、武田君か。どうした?」
「あっ、そのっ、俺も視力悪いんで前の席がいいです!」
その言葉に何人かの生徒が反応した。
ホームルーム前にやたら視力自慢をしていたのを聞いていたクラスメイトが眉を顰める。
井田は椅子から転げ落ちそうなほど体が傾く。その拍子に見えた夢野の白い顔は真っ青になっていた。
話してみた感じ、とても繊細な女子のようだから声が大きくて態度がでかい男は苦手なのだろう。
井田は廊下で武田が話していた会話を思い出す。
『へっ、残念だったな。めっちゃタイプだし彼女にしてぇ~』
視力自慢をしていた武田があえて前の席を選ぶ理由なんて一つしかない。
席替えは今後の学校生活を左右する。
井田は自然と手を上げていた。
「武田君もか……ん?君は……井田君。どうしたんだ?井田君も視力悪いのか?」
先生はクラス名簿片手に慎重に名前を確認して、尋ねてきた。
夢野も目を大きく開いてこちらを見ていた。
「すみません。俺も視力が悪くて、できれば夢野の隣がいいんですけど」
「ほほう、井田君。場所指定とはやるじゃないか」
先生はにやけた顔で井田を見るが、そこに武田が口を挟んできた。
「ちょ、先生!俺のほうが早く手を上げたぞ!場所を選ぶ権利は先にくれよ!」
「武田君。別に前列は自由に選んでもいい席じゃないんだぞ?」
「なら井田だって、同じじゃないか。俺だって夢野の隣の席がよかったし……その、場所的に」
途中で恥ずかしくなったのか、言葉を濁す。
「困ったな。それなら、いっそ夢野に決めてもらうか」
「ぇっ」
夢野のか細い声が今度はしっかりと空気を揺らした。
突然の提案にクラス中が異様な雰囲気に包まれる。
まるで二人の騎士から求婚される姫のように、三人にスポットライトが当てられた感覚。
「安心しろ、どっちも嫌なら井田も武田も端っこに追いやるから」
その発言は悪手だろ……と井田は憂慮の瞳を夢野に向けた。
どちらかを選べば脈あり、選ばなければ一年間、二人の男子から恨みを買われる。
なんて思考が夢野の中でぐるぐる回っているんじゃないだろうか。
「ちょ~先生、勘弁~。夢野頼むっ!」
武田は両手を握り頼み込むように頭を下げた。
彼の下心を知っている井田からしたら、とても薄っぺらい男だなと呆れる。
「先生。武田は視力悪くないですよ。ホームルームが始まる前に視力自慢してましたから」
「そうなのか?どうなんだ武田君」
「い、いや、それは……」
井田に指摘されて、武田は口ごもる。
「先生、私も聞きましたぁ~」
「あ、僕も同じく視力自慢聞いてました」
だが、一人また一人と井田の言葉を証明していく。
「武田君。いくら夢野さんの隣に座りたいからって嘘はだめだぞ?」
先生がそう言うと、クラス中に笑いが起きた。
だが、当の夢野は下を向いてしまっている。
「それじゃ、真ん中の最前列は夢野さんと井田君で。夢野さんはそれでいい?もし、あれなら隣の男子はくじ引きで決めるということでも……」
「い、井田君が……いいです」
先生が言い終わる前に、夢野が勢いよく声を出した。
誰かが口笛を吹き、それが合図でクラス中から謎の拍手が巻き起こる。
そうして、姫を奪い合う騎士の戦いは終わりを迎えた。
その後は無事にくじ引きがおこなわれ、席替えはつつがなく終了。
ホームルームも終わり先生は教室を出て行った。
「あの、井田君。よろしくね」
隣の席になった夢野が明るい声音でそう言った。
勝手なお節介で嫌われてないか心配だった井田は胸をなでおろす。
「ああ、こちらこそよろしく」
「井田君は嫌じゃなかった?私がその、指定しちゃって」
「いや、もともと俺が夢野の隣を希望したんだし、嬉しかったよ」
「あう……」
夢野の白い肌が赤く染まっていく。
「あれ、でもそういえば朝に私の席を遠くから見て教えてくれたような……」
朝の出来事を思い出したのか、疑問が口に出る。
それに対して井田は人差し指を唇に持っていき片目を閉じたのだった。




