第12話(終) 「白線の街、余白の矢印」
翌朝、無通告で参謀室を離れた。
標準日課は壁の札に。
赤室副次長=ピア/白室副次長=ノエル/現場統括補=トマス/監査世話役=レオン。
鐘の節、札の巡回、白線点検、紙の監査三角。
僕なしで始まる一日だ。
市場の角で、長音が一打伸びた。
人が自然に集まり、白札が滑り、青縁が退路を太くする。
小さな火には砂が先、偽札には麦刻み、偽の短打には声の長音。
仕組みが歩いている。
僕は何も言わず、ただ余白を見ていた。
昼、外史が掲示される。
「公開監査の記(要約)」――ノエルの字は速く、読みやすい。
**“人ではなく手を断つ”**と太字である。
子どもが指でなぞり、大人が頷く。制度が人に移る瞬間は、静かで強い。
王城の陰で、黒い外套。
オドが並んで歩く。「城を去る。紙は残る。……参謀殿、最後に一局?」
僕は笑って黒白の盤を受け取り、駒を一つだけ置いた。
白の中央、D4。
「先手は“公開”。後手は“余白”。――引き分けで終わろう」
オドは指で机を三度叩いた。了解の節。
「次は畑で争おう。収穫量のKPIで」
「負けない」
二人で笑って、握手の代わりに紙を交換した。往還窓口――王都参謀室白室/黒角侯参事局。
戦の外に紙の橋が一本、渡った。
◇
夕刻、御前。
王はまだ床にあるが、目は澄んでいた。
王太子リオネルが短く言う。「参謀殿、連日の功。常設参謀室の初代“室長”を命ず」
「拝命します。ただし――」
僕は白布に四角を描いた。
『室長のKPI(短い)』
**一、**寝る(最低6時間)
**二、**任せる(副次長に権限移譲)
**三、**残す(外史・写し板・手順)
**四、**余白(誰かの矢印が置ける白)
王が笑う。「六時間か。よい」
セラフィナが鐘を一打。
宰相カロルは静かに頭を垂れ、外史編集監に異動となった。刃から鞘へ。
副官は机の外へ外され、帳場は白室の三角へ固定された。
ステータス板が、最後に一度だけ大きく光る。
――――――――――
《都市参謀》:赤室/白室を束ね、合図と暮らしを分けて運用できる。
《引き継ぎ》:自分が不在でも24h回る標準日課を設計・維持できる。
《余白設計》:誰かが矢印を置ける“白”を残し、制度を生かす。
――――――――――
◇
夜。
参謀室の灯は低く、紙の匂いは穏やかだった。
ノエルが札の端を揃え、「室長」と少し照れた声で呼ぶ。
「今日、あなたがいなくても、街は回った」
「うん。……回ったね」
その実感が、どんな勲章より重かった。
ピアが節の譜を置き、トマスが白線の粉を払い、レオンが手洗い桶に塩をひとつまみ。
グレイスは肩の留め具を外し、笑う。「灰麦に戻る。段取りの種、持ち帰る」
「王都の矢印を、畑に」
僕は頷き、彼女の手を短く握った。
「困ったら、鐘を三打。紙で走る」
「わかった。寝ろ、参謀殿」
僕は笑って、時計に布をかけた。
寝る参謀は、明日を守る。
六時間。
初めて、自分で決めた最低ラインを越えて眠る。
◇
朝。
鐘は一打=集合から始まり、長音が街の輪郭をなぞった。
白線は一本だけ新しく塗られ、札は薄く光っている。
外史の前で、少年が声に出して読む。
「押さない・手を離す・右へすすむ・足をひろげる」
「火は砂・水の順」
「紙で決め、鐘で守り、札で暮らす」
僕は白布の余白に、小さな矢印を一本だけ置いた。
始点が、誰かの明日に変わることを願って。
王都の空は澄み、合図は整い、暮らしは動く。
社畜ゲーマーは、ここで都市参謀になった。
そして今夜も――
寝る参謀は、明日を守る。
(完)