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夏。水は、命を育み、同時に奪う。

その無色透明の底には、数え切れない記憶と怨念が沈んでいる。

海、川、井戸、そして人の心――すべては繋がり、ひとつの迷宮を形作る。

「水の迷宮」


目を開けると、美咲は水の底にいた。

息は苦しくない。周囲は青白く光り、魚の影がゆっくりと漂っている。しかし、次の瞬間、魚たちの体は裂け、内側から無数の黒い糸のようなものが伸び、美咲の体に絡みついた。


「……やっと見つけた」

背後から聞こえた声に振り返ると、長い黒髪の少年が立っていた。瞳は深い海のように暗く、肌は透き通るほど白い。

彼の名はリク。井戸の少女の“兄”だと名乗った。

だが彼もまた、この世界で命を落とし、魂だけの存在になっているらしい。


美咲は彼と行動を共にしながら、水の迷宮を抜ける方法を探すことになった。

そこへ現れたのは、漆黒の鎧を纏った女性・ユナ。彼女の鋭い視線は、リクには冷たく、美咲には優しかった。


三人は互いに警戒しながらも進んだ。迷宮の奥では、壁一面が人間の顔で覆われ、苦悶の表情を浮かべている。

顔のひとつが口を開き、悲鳴とともに血混じりの水を吐き出した。

その水滴が頬に触れた瞬間、美咲の頭に、過去の光景が流れ込む――

リクとユナがかつて愛し合っていたこと、しかし村の掟で禁じられ、引き裂かれたこと。

さらに、井戸の少女は美咲自身の前世だったこと。


「だから…あなたを助けたかった」

リクの声は震えていた。

ユナは彼を見つめ、わずかに唇を震わせる。

三人の間に絡み合う愛と憎しみは、迷宮そのものを揺るがすほど強い力を持っていた。


そのとき、迷宮の天井が裂け、無数の水の刃が降り注いだ。

血と水が混じり合い、視界が赤く染まる。

美咲はリクとユナの手を同時に掴み――


次の瞬間、三人は別々の場所へと引き裂かれ、再び闇に飲み込まれた。


「裂けた世界」


水の刃が天井から降り注いだ瞬間、視界は真紅に染まった。

気づけば、リクは暗く濁った川の中に立っていた。

足首に何かが絡みついている。引き上げると、それは青白い子どもの腕だった。

腕の主は、笑っていた。歯の間から水が流れ、口元には藻が絡んでいる。


「お兄ちゃん、どうして助けなかったの?」

それは、かつて自分が見殺しにした弟の声だった。

リクの胸を締めつけるような痛みが走る。過去を思い出すたび、全身の骨が水圧で軋むような感覚が襲う。


水面に浮かぶ影が増えていく。

それは村で溺れた者たちの顔。老人も子どもも、皆が水の中からリクを見上げている。

彼らの眼球は膨れ、瞳が破裂し、血の筋が川全体に溶けて広がった。


「俺は…もう…」

呟くリクの耳元で、別の声が囁いた。

それは美咲だった。けれど声には、あの優しさがなかった。


『助けてあげる。ただし――代わりにユナを殺して』


川面に映った美咲の顔は、笑っていた。

その目は、井戸の少女と同じ深い闇を宿していた。

リクはその顔に手を伸ばし、水面を割る。

指先が触れた瞬間、彼の意識は再び引き裂かれ、闇と光の境目に投げ出された。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

水という題材は、静けさと暴力性を同時に秘めています。

穏やかな水面の下に広がるのは、誰もが知らない過去、そして決して口にできない感情。

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