『宣言』
花々が新婚を祝福するかのように舞い踊っている。
その中心には邪念さえ覆すと断言できる、第二の太陽のような輝きを有している現人神がこちらを見つめている。
その煌々たる輝きは、草花までもが崇め、歩調に合わせるかのように動いている。
思わず、自分までもが立ち尽くしていることさえが無礼かのように自然と頭が下がる。
易々と頭を下げないことに謎の自信を抱えていたプライド、人生初の敗北。あまつさえ、目の前にいるのは二人の少女と。
はたから見られたら、笑いどころではない。
ここが、元の時間軸だったら瞬く間に新たな伝説が出来上がって広められてしまう。しかしながらそれが、今喜ぶべき出来事なのかとは全く思えないのだが。
なぜなら、既に小さな目撃者が二人、こちらを見下ろしているのだから。
「あのぉ‥‥‥大丈夫ですか‥‥‥?」
大丈夫なはずがない。
何せ、『MCT』のメンバーが目撃しておらずとも、目撃者が二人であろうとも、その目撃者が少女だったら恥晒しどころではない。
新たに作り出された三つ目の黒歴史を必死にこらえつつも目の前の惨状に目を向ける。こんな所で立ち止まっていたら、『記憶の巣窟』の一つや二つ、治すことすらままならない。
「お前、ここらでは見ない服装だが‥‥‥誰だ?」
強気な黒髪ショートの幼女が警戒心丸出しでこちらの心中を覗いてくる。それに対してもう片方の少女は、優しく、包容力が強い。
母性とは異なるが、無意識に甘えたくなるような性格の持ち主な白髪の少女がこちらを本心から心配してくれる天使のような微笑みを向けてくれる。
「私のことは、心配しなくていいよ。お気遣いありがとうね」
少女たちの気遣いを無為にするのは申し訳ないが、特に異常もない私に、幼少期の貴重な時間を浪費させる権利はない。懇切丁寧に感謝を述べ、人の少女の顔を見合わし、この場から去ろうとする。
しかし、そこには少女らしくない大人びた不服な表情がポツンと残されていた。
「ちょっと待て。お前、自分の事をなんだと思ってる?自分のことが心配されてると思っているのなら図々しいにもほどがあるってもんだ。そもそも、自分の言いたいことだけ言って、去ろうとするなんてどういう思考だ?俺の質問くらい答えたらどうなんだ?」
唐突に並べられたディスの大群が波のように押し寄せてくる。原因は、半分自分にあるが。
パニックで相手の話聞いてないとか自分ダメすぎでしょ。何回失態を犯すつもりなんだ。
「ごめんね、スルーしちゃって。私は‥‥‥」
ふと気づいてしまった。ここで未来の人間と答えても、MCTのメンバーと言ってもどちらも伝わるはずがない。えっと、こういう時の定石は‥‥‥
「私は、明華雅。旅人で遠く離れた村からやってきたんだ」
よし、これならどこでも通用するし、絶対大丈夫なはず!
「お前の名前なんて聞いてないから。というか、遠い村とか怪しすぎるだろ。今すぐここから離れてってくれないか?」
「雅さん、旅人なんだ。すご~い!私の名前は、花里彩花。ねぇ、一緒に遊ぼう?」
リアクションが見事に逆。容姿もそうだが、すべてがまるで反転しているような少女たちだった。
「何、勝手に見知らぬ不審者に名乗ってる。もう少し、警戒心ってものを‥‥‥」
「え~、でも全然危なさそうな人間には見えないけどな~」
少女の眼には先ほどの様子とは異なり、こちらの心の中を透き通してくるかのように突き刺してくる視線をこちらに向けてくる。その様子に思わず息が詰まる。少女は純粋な眼のままでありつつも下手な大人よりもずっと冷酷な視線で見つめているように見えた。
しかしながら、もう片方の少女はそれに気づかず、不満気な顔を維持し続けている。もしかしたら単に私の見間違いなのかもしれない。ぽっと出の私がおそらく長い付き合いである少女より彼女の事を理解しきれているはずがないし、他にも見慣れているから表情が変わらないだけかもしれない。
「そこまで言うなら‥‥‥まぁ、いい。だが、俺は、お前と馴れ合うつもりはないからな?」
そこまで警戒心丸出しで話されたら流石に私は少女相手でも悲しい。
「雅さん、かくれんぼしようよ。範囲は、この先にある『澱みの森』だけ。そこで三十分以内に私たちを見つけられたら、怪しくないって認めてあげる。ちなみに時間内に見つけられなかったら村中に報告して、入ることは疎か、近づくことも許さない。颯爽と帰って行ってもらうよ。それでいいでしょ?」
先ほどの態度とは異なり中々と厳しい。今更だが、この空間では、何故か言語が通用する。本来ならば、江戸や明治などといった時代に行くとしたら少しは会話が通じなくなるはずだが。何故か通用する。この空間はやはり謎だらけだ。
澱みの森とやらがどのくらい広大なのかは見当もつかないが、森というほどだ。間違いなく、一筋縄ではいかないだろう。
その上、三十分間で小さな少女二人。且つ、彼女らはそこから見晴らしが悪い場所に隠れ、失敗したらこの辺りの調査が出来なくなる。これは、俗に言う無理ゲーというやつなのではないだろうか。この少女。賢い、賢すぎる‥‥‥
「確かにそれだったら、いいかもしれないな。だが、の俺の予想では、そこの独特な髪色の女は必ず負けるぜ?それだとつまらないだろ。だからこうしよう。先に森の探索を三十分、探す時間は、一時間でどうだ?これなら少しは、勝機があるだろ?」
と、少女は含み笑いしつつ提案する。こちらを軽蔑しているのだろう。初対面の相手に対して全員あのような態度を取っているのだろうか。友達が少なさそうだ。
「ちょっと時間が長いけど、まだ一時だしね。お姉さんもここまでされてるんだから勿論勝ってよね」
太陽のような微笑みを向けながら挑発的な挑戦を向ける。勿論下がるわけにはいかない。彼女たちには悪いが、ここで悠長していたら、この記憶の被害者が手遅れになる場合だってあるのだ。早めに片づけて調査を進めさせて頂こう。
基本的には、事件が起きてしまうのは、平均三日間ぐらいなのだが、私の経験でも最短で一日ということもあった。
最終的なルールをまとめると、事前準備に三十分、本番が一時間ということだ。
この挑戦必ず白星を取らせてもらう。
「勿論!私は絶対に勝ってみせるから。」
ずっと残っていた蟠りも今だけは、忘れていることができた。
今は目の先の事象に目を向けなきゃいけないから。例え、それが遊びだったとしても、命懸け当然なのだから。
彼女らは何も発しなかったが、その代わりに太陽のように放つ白髪の輝きとその太陽を吸収するかのように吸い込まれる黒髪の艶やかさが周囲を支配する。何も言わずとも、彼女らの返答は、何となく感じ取れた気がした。
「それじゃあ、行こっか」
そして、少女たちは澱みの森へと足を運び始めた。
道中では、相変わらず黒髪の子は、口を聞いてはくれなかったが、彩花ちゃんは、話をよく振ってくれた。気まずい空間には変わりなかったけど、見ず知らずの私に話しかけてくれてとっても嬉しかったし、何よりも楽しかった。
でも、主に花の話ばかりで、分からなかったから、相槌を打つことと感想を述べることしかできなかったけど。それでも、あの子は私を見限らなかった。それが何よりも一番嬉しかった。
時々、黒髪の子もこちらを見て話に混ざりたそうだった。案外、彼女は寂しがり屋さんなのかも。
そこまでするなら拒絶しなくていいのに‥‥‥
「お前は勘違いしているようだが、私はお前が邪魔なんだ。私は、こいつと二人で話がしたいんだ。だから、さっさと負けて失せてくれ」
やはり嫌われているのか。MCTとして話術は鍛えているから、ここは警戒心を解いたほうがいいのだろうが、生憎、彼女は私の言葉を聞いてくれないし、言葉をあまり重要視しないタイプだから、何か言ったら地雷を踏んで関係を悪化させるかもしれない。
これから先のことを考えると、ここで悪化させたら、手に負えないかもしれないし、私自身の気持ちでも、良好な関係でいたいと思っている。だからこそ、ここでは口惜しいが、ここは一旦引いて、様子を見続けることが肝心要なところだろう。
そんなことを思い続けながら気づけば、目の前には太陽の光が一切合切届かず、森に入る前から感じられるものすごい湿度がこちらへ流れてくる。ここでずっと生活していたら体にキノコが生えてきそうだ。考えるだけでおぞましい。本当にこんなところでかくれんぼするつもりなのだろうか。
「どう?これが澱みの森だよ。気味悪いでしょ」
あぁ、実に気味が悪い。こんなところによく来ているのだろうか。先ほどの花畑にいたのが噓みたいだ。
「別にここには、ほぼ来ない、たまに行くんだよ」
その言葉を聞いて一安心。流石にこんなところばかりいたら、少女たちの美形が台無しだ。
「安心して、化け物が出るわけでも何でもないから。それにもし、雅さんが勝ったら、とっておきの場所に案内してあげるよ」
化け物のことについて心配されるなんて一体いつぶりだろうか。それにとっておきの場所とは‥‥‥
「おい!あそこに連れて行こうっていうのかよ。ふざけんな!」
少女の顔面は、恨み100%で作られた恐ろしい形相に面替わりした。余程彼女にとって大切な場所なのだろう。
「お前、絶対に見つけられない場所に行ってやるからな?精々、身体全身の体力を使い果たして苦しみ藻掻くがいい」
かなり怒らせてしまったようだ。これはどうすればいいのか、本当に難しく悩みどころだった。
やはり、私もまだまだなのだろう。そもそも私は、人の心を救うなんてことが得意ってわけではないのだから。
落ち込んでも仕方ないし、ここで諦めるわけにはいかない。少女には悪いが、私も譲れないのだから。
その上、下手に彩花ちゃんの話を断るわけにもいかない。彼女の機嫌も損なう訳にはいかないのだから。彼女の心中も、私にはまだまだ一割ほども覗き込めてすらないのだから。彩花ちゃんは、黒髪の子より掴みにくい。
それに、全て掴める情報は、捨てないで行きたい。全ての出来事は何かしらの因果関係で成り立っているんだから。
「悪いけど、負けるわけにはいかないんだから」
彩花ちゃんは、その言葉を聞いて何だか嬉しそうだった。隣から、物凄い負のオーラを感じるけど‥‥‥
私はそう宣言し、身体中を蝕むかのような泥濘に飲み込まれていった。