『怒沫の想いは色褪せず』
路面電車を用いて1.5時間。本来であれば、多少なりとも金額は持っていかれる。しかし、後であいつに払わせてやろう‥‥‥とはならなかった。
その原因はこの一つのパスだった。このパスを用いると、全ての国内の乗り物を無料で使用することが可能になるのだ。これのお陰であいつは、料金を払わないで済むので感謝してほしい。
というか私も唯一、組織のこのシステムには感謝している。というのも、これさえあれば、任務外でも無賃乗車が可能なのだから遠いところにも遊びに行けて大変、便利である。
私の住んでいる場所は、家に出るとコンビニよりも先に神社、田んぼ、田んぼ、田んぼなどを発見することができるため、あぜ道を自由に歩けることくらいが唯一の誇りなのだ。
――最も私は、必死に汗水垂らしている農家のみなさんには申し訳ないが、アクセスに毎回困るので感謝は正直に出来なかった。
駅から降りるとそこは、果てしなく終わりの見えない神秘的な広い湖が広がっていた。
まだ例の花園は刮目していないが、十分そこに広がる景色は、人、一人感じさせない異様さを放ちつつも、文句の言いようのない魅力を存分に放っていた。
「何だ、この時点で絶景じゃないですか」
その湖の美貌に吸い込まれる。その表現はこのために作られたと説明してもバレないのではないかという確証が持てた。
吸い込まれるようにして辿り着いた湖、畔から肉眼で覗いて見るとその実態は、意図せぬ輝きを発揮する。
私の稚拙な表現力で奮闘するならば、それはまるでお風呂に青い宝石を敷き詰めたような、まさしく宝石風呂と表すほかなかった。
なるほど確かに、これ程美しいものがあったら研究者も夢中になるというものなのだろう。私にも少し理解することができた気がした。
そうなるとこの湖についてもっと知りたくなる。だが、しかし時間をかけるわけにも今はいかない。
流石の私でも状況くらいは読み取れる。
その場でくるっと一回転し、名残惜しくも元いた場所に戻ろうとした。
したが、偶然にもそこには都合のいいように立て札が。
「わぁ、こんな都合よく立て札ってあるものなんだ‥‥‥」
驚き感嘆しつつも私は、早くも元の目的をも忘れ、立て札に食いついた。
私ってもしかしなくても、研究家の素質があるのかもしれない。元々、私は何かと一度興味を持っと、没頭するタイプなのだ。だが、よっぽどのことがない限りは直ぐに飽き、忘却するが。
甘い樹液を舐める昆虫のように立て札の文字を読み進めると、そこには次のようなことが書き記されていた。
『誘念の湖水』
昔、ここら一帯には、名も無き小さな村がポツンと存在しており、その村の住人である少女が2人、この辺りでよく遊んでおり、ある日、片方の少女がここで大切な装飾物を落とした。そこでもう片方の少女が飛び込み、捜索しに行った。
湖はそこまで深くなく、少女は何ともなく戻り、無事にそれを受け渡すことができ、少女は大層、喜び感謝をし続けた。
――しかし、日が暮れ、それぞれが解散した後、事件は起きた。
湖に飛び込んだ少女の容態が急変したのだ。無論、ただの症状ならば騒ぎにはならない。
ところが、少女の身体は、一目見ただけで異常だと感じられた。
‥‥‥少女の身体は、全身が鱗で覆われていたのだ。村の一同は恐れた。‥‥‥それは肉親さえも。
村人は一丸となり、少女の原因となった湖に少女を投げ捨て去った。
少女が出来事のいきさつを知ったのは、夜明け後だった。
少女は顔を青ざめ、昨日の湖へと向かった。少女は出来る限りの声で呼びかけた、その呼びかけも虚しく、返答は帰って来なかった。震えと同時に痺れを切らした少女は颯爽と飛び込んでいった。
彼女が昨日飛び込まなかったのは、嫌がらせでも何でもない、彼女は金槌だったのだ。
もれなく彼女も湖の奥深くへと沈んでゆく。
意識が薄れつつなる最中、間一髪で、少女は、偶然通りかかった村人に救助された。
少女は命拾いしたが、再び湖に飛び込もうとする。
彼女の死に物狂いな様子を見た村人は、昨夜の出来事、少女による呪いだと結び付けた。
そして、少女までを畏怖の対象として、彼女を湖へと放り込んだ。
それから少女は、泡沫の想いと共に溺水した。
村人は脇目も振らず村中に昨夜の少女によって呪われ一人の少女が自殺しようとしていたこと、湖には近づいてはならないことについて吹いた。
それ以降、この湖には、一人たりとも寄り付かなくなり、この湖を『誘念の湖』と名付けた。その湖は、今も少女の涙と悲しみによる晴れることなき蒼を醸し出し続けている。
以降、この湖近辺への立ち入りは強く禁止されている。
――正直壮大な出来事過ぎて頭が理解を拒む。
それ以前として、私には何一つ共感出来る要素が存在しなかった。
彼女たちは何もしていなかったというのに。
過去の出来事に対する逆上が燃え上がるも、心の中では、理解している。
‥‥‥今の私に出来ることは、何一つないということくらい、そしてここで立ち止まって、萎縮している暇がないことくらい。
せめてもの安寧を願い、黙祷を済まして、私は心に晴れない靄を抱え、目的地へと駆けていくことにした。
そこは、華やかさに致命的な欠陥という言葉すらを知る由もないと主張するしているのではないかというほどに霞んでおり、花とは無縁である私に親近感を感じさせた。
生憎、今の私にそんなこと考えるスペースは毛ほども残ってないが。
目を閉じ、手と手を合わせ追悼の意を込め、強く想う‥‥‥そして入らせてもらう。
その行動自体には意味はないが、今は亡き人の記憶に入るのだから、私にとっては当然のことだと思って行動している。
痛くも、苦く酸っぱい熟していないレモンのような感覚を味わい、微睡む頭は風景と共に、光に捕食されるように包まれていき、覚醒する。
目を覚ますとそこには自らを世界の中心と主張し、熱を放つ球体によって照らされる花鳥風月が広がっていた。
――そして、その花園の中央には、そんな風景など眼中になくなる輝きを放つ異様さ。
そこには、頭がチカチカする程、見惚れる百合が咲き誇っていた。