『任務にも花やかさを』
プルルル‥‥‥その音は、悔しくも日常とは、離れがたい音だった。
手慣れた手付きでポケットからトランシーバーの改良品のようなもの‥‥‥名前は覚えるのが苦手で覚える気がさらさら起きないため、適当に『とらっち』と呼んでいる。
前半はトランシーバーから来ており、後半はただのノリだ。そっちの方が可愛らしいだろう?
我ながらネーミングセンスがあるのではないかと感嘆する。
しかし、そのかわいらしいネーミングセンスは、惜しくも聞こえてくるおっさんの声のマシンガンに打ち殺されてしまった。
「誰の声がマシンガンボイスだって?」
「すみません、ショットガンレベルでしたね!」
いつものやり取り、繰り返しの連続、その日常茶飯事を華麗にスルー‥‥‥というご都合主義は起きない。
もちろんそれも周知の範囲内だ。‥‥‥が、習慣さんは止まることを知らず、変化さえも見ず知らずの様子だ。
――それが自然の摂理なのだから。
「わかったような口でお決まりのクサい台詞言ってんじゃねえ、青二才」
「そういうボス。『青二才』って女性に使う言葉ではないんですよ?ミイラ取りがミイラになってますよ。」
普段私はそこまで頭の回転が速いほうではない、むしろ鈍感過ぎる。
過去、初任務のとき、上司と共に行動した任務の最中、とある事情で刀身を向けられたことがあったの
だが、よほど混乱していたのだろうか。
あろうことか、その一味を友好的だと錯覚してしまったのである。
――いつ思い返しても呆れ話だ。
でも、妙に殺意は感じなかったことだけは体に染みついている。
――まぁただ単に、敵さんがこちらより一枚上手だったのだろう。
話は戻るが、この話は、誰にも内緒‥‥‥というわけにはいかず、今では、うちに所属している一員全てに認知されてしまっている。
いやはや、困ったものだ。で、済めばよかったのだが、なんということだろう、嫌がらせのつもりか、みんな揃って、都合の悪い時に限って私にそのセリフで辱めるのだ。
何という性格の悪さ、諸悪の根源そのものに違いない。
物事に無駄な話は存在しない。そう、まさしくこの会話が例外なわけがあるはずがないのだ。
来るぞ?予想だと「うるせぇ、鈍感野郎がこんな時だけ回転、速めてんじゃねぇよ」とか「お前はあんなことが起きるのにご都合主義な、こった」とか良い線行ってるのではないだろうか。
「――まぁいい、お前と言葉を交わすこと程、無駄な時間は存在しない。さて、お前には新しい『任務』を受けてもらう」
ついに無視されたか、予想の範疇と言えば範疇なのだが、こうも切られると寂‥‥‥いや。んなことないや。
「場所は、『双鈴の花園』。‥‥‥お前も耳にしたことくらいはあるんじゃないか?」
『双鈴の花園』か‥‥‥ふむ、私に花を愛でる趣味はないから実物は知らないが、流石の私でもどこかで耳にしたことのあるくらい有名なスポットだ。
何やら今では見ることが叶わない、全ての万物を魅了する花がどこかに存在しているとかなんやらで、研究者などで有名なスポットと聞いたことがある。しかし、そんな有名な場所で『あれ』が発生するとは…
「研究家の連中も相当、気が荒立っている。早急に対処しなければならない。何せ、俺たちにしか対処できず、指を加えて見物してるしか手はないからな。‥‥‥研究家ってのは、探求欲が止まらねぇもんなんだよ」
まるで実体験をしていたかのような物言い。もしかしたら、研究に関する仕事を志望していたのかもしれない。
まさか、ね‥‥‥何よりおっさん改め、城守玲にはそんな知性は身についてるような気配は一ミリたりとも感じたことがないのだ。
「とにかくお前に『記憶の巣窟』の【破壊】を任命する。地図のデータをお前の『トランスヴォーリア』に送信する。 ――ちゃちゃっと片付けちゃって。じゃね」
手荒に話は簡潔に終わったが、そうかトランスヴォーリアと呼ぶんだったか。尚更呼ぶ気にはなれなくなった。
――とらっちの方がかわいらしくて良いに決まっている。
雑に散らばって貼られている名前も知らないビジュアルがかわいいから貼っているステッカーたちでデコレーションされているそれをいじりつつ、場所を確認する。
どうやら、場所は、大して遠くないようだ。無論、決して近いとは言い難いのだが。15kmが近いだなんて軽口を自分も叩けるようになったのだなと自身の精神の成長を感じつつ化け物になりつつある己を恨んだ。
さて、早めに終わらせて、ついでに伝説の花も見つけて爽快に気持ち良く終わらせてやりますか。
さぁ、始めようか。 ――【破壊】ではない、【解剖】を。
空気と共に溶け落ちていったその言葉と裏腹に、明華雅は身体を廻りまわる熱を忘れ去る、冷え切った炎を心の臓に宿して、風と共に駆け抜けていった。