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魔法使いの嫁  作者: ふとん
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手のひらと熱と

 もしかしたら、自分で思っていたよりも気を張っていたのかもしれない。


 そうでなければ、ありえないのだ。



 フェネルが熱を出してしまうなどということは。




 ココアを飲んでいて、しばらく魔法使いと宰相と一緒に机を囲んで他愛のない話(確か目玉焼きの焼き方についてだ。フェネルは半熟が好きだが宰相は両面焼くそうだ。世の中は広い)をしていたら、唐突にフェネルは意識が遠のいた。

 それは本当に突然で、とっさに自分の体をどうにか持ち直すことも、持余し気味だった空のマグカップを避けることも自分では出来なかった。


 だから、次に目を覚ました時に、ここ数日で見慣れた天井が見えることにも、見慣れない金髪がこちらを覗き込んでいることにも、不思議なことにフェネルは驚きはしなかった。

 予想以上に重い体が自分のベッドに沈みこんでいる。

 これは相当にひどい熱だ。

 目の合った赤い瞳に謝罪を口にする。

「ごめんなさい」

 思いがけない掠れた声の方にフェネルは驚いた。

 そんなフェネルに向かって、金髪の青年はほっとしたように微笑んだ。

「気分はどうですか?」

 滑らかで穏やかな声だ。

 聞いているこちらの方が安心するような心地がする。

 そんな不思議な感覚にも内心驚いて、フェネルは少しだけ視線を逸らした。

「お仕事先には休むと報せておきましたから、今日一日は静かに寝ていてください」


 仕事!


 なんとしたことだ。

 思わず枕から顔を上げようとしたフェネルだったが、やんわりと額を押されて再び天井を仰ぐ。

「まだ熱が高いですよ」

 大きな手だ。

 片手でフェネルの額を覆ってしまうほどの。

 まるで、自分が小さな子供に戻ってしまったかのような錯覚に陥りながらも、フェネルは再び紅い双眸を見上げた。

「……私、今月やばいのよ」

 家賃が突然いらなくなったのはこの一週間だけのことだ。勝手に部屋を解約されているから、出ていくには新しい部屋を探さなくてはならない。

 仕事をしながら部屋を探すには、意外と体力が消耗していたようだ。

フェネルの心配を知ってか知らずか、ガードウィンはおっとりとこちらを見下ろす。

「体がちゃんとしていなくては、何もできないですよ」

 彼は、知っているのだろうか。

 フェネルがこの家から、一刻も早く出て行きたがていることを。

でも、と思う。


きっと、彼は知っても知らなくても、フェネルをこの家から出すつもりだ。


 ガードウィンの視線はいつだってフェネルを自分の境界線に入れようとせず、そしてそれはフェネルも同じだ。

「何も心配はいりませんよ」

 そう言ってフェネルの額を柔らかに撫でるガードウィンは錯覚を起こしそうになるほど優しい。

 

 フェネルを本当に、心配しているかのようで。


 どう返して良いのかわからず、フェネルは何も答えないまま目を閉じる。



 ――――ふたたび意識を取り戻すと、魔法使いは忽然と姿を消した。




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