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魔法使いの嫁  作者: ふとん
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改めて自己紹介

 金色の髪を無造作に束ねて、何の変哲もないブラウスにカーディガンを羽織った姿は何処からどう見ても普通の青年だった。

 背が高いことと少しばかり整った容貌を除けば、街を歩いていても異様さなど感じられない。禍々しくさえある紅玉の瞳も、彼の平凡さに飲み込まれてしまう。

「改めてご紹介いたしましょう」

 リビングに火をいれて、トールと三人で広いテーブルに座した。各自の前にはフェネルが入れたココアがある。

「こちらが魔法使いのガードウィン殿です」

 トールが顔を向けたのは、バリーと名乗っていた金髪の青年である。

 困惑気味に、魔法使い、ガードウィンは顔をあげた。しかし、すぐに頭を下げる。

「すみませんでした」

 唐突に謝られて、フェネルは唖然とした。だが、それがガードウィンにわかるはずもなく、頭を下げたまま続ける。

「私はこのまま一週間あなたを騙すつもりでした」

「……ああ、そのこと……」

 ようやく飲み込めてきたフェネルは鷹揚に頷く。先ほどまでは何に対してかわからないほど怒りを感じていたのだが、ココアを飲んでしまうともう、自分の中でほとんどわだかまりがない。フェネルは自分の醒めやすさに呆れた。

「私も悪かったわ」

 今度はガードウィンが驚いたように顔をあげた。

「わざわざ芝居うってまで、関わらせないようにしてたのに、私が覗いたりしたから計画が潰れちゃったわけでしょ? ごめん」

 ごめんで済まされることではないのだが、ガードウィンは訳がわからないというように眉根を寄せている。

 それはそうかもしれない。一時前まで、激昂していた相手が今は物分りよく謝りさえしているのだ。だが、フェネルにしても、怒ってもいない相手を怒鳴りつける趣味はない。

 かたわらで様子を見ていたトール宰相が含み笑いを漏らした。

「……いや、失敬。しかし、フェネル様は素晴らしい御方ですな」

 今度はフェネルが顔をしかめる番だった。

「怒る必要もないのに、怒る趣味はありません」

「泣くとか、叫ぶとか、他に選択肢はいくらでもあるでしょう。なのに、あなたは謝るという選択をした。実に素晴らしい」

 確かに、いくらでも選択肢はあったはずだ。だが、結局フェネルが選んだのは、泣くでもなく、怒るでもなく、ただ素直に謝るということだけ。自分でも不思議には思うが、それが正直な感情だったのだから、仕方が無い。そう告げると、トール宰相は目を細めて無愛想な笑みを作った。次に彼が口走りそうな言葉が思い浮かんだので、フェネルは早々に話し相手をガードウィンに戻した。

「そういえば、どうしてあんな格好を?」

 まるで老人にしか見えない、魔法使いの格好を、わざわざする必要があったのか。

 ガードウィンは苦笑する。口の端を上げただけの笑みだったが、それだけで彼の周囲の空気が和らいだ。

「リューネリア王家に仕える魔法使いは、代々あの格好を。魔法使いとして少しは箔がつくでしょう?」

 そうかもしれない。隠者のような格好は、それだけで信憑性がある。

「王家に仕える魔法使いは、ガードウィン殿で五十二代目です」

 トール宰相の生真面目な補足で、あ、とフェネルは合点する。

 魔法使いが何百年も生き続けているというのは、同じ格好の魔法使いがいるからだったのだ。

「そんなことしなくても、あなた、街の人にも色んな薬を作ってあげてるのに。格好なんて……」

 今度こそ、ガードウィンは困った様子で肩を竦めた。

「ナイショですよ。これは誓約になりますから」

 初めて会った時と同じ、穏やかな声音だった。

 そう。ここで見たこと聞いたことは、決して口外しない約束だ。

 フェネルは改めて頷いて、失笑する。

「でも、弟子だなんて……。私、毎朝、あなたより早く起きようとしてたのよ? 起きるの大変だったでしょ?」

「おかげさまで。近頃寝不足です」

 たおやかに微笑みながら話せば、貴族達の集う夜会に出てもすぐに馴染むだろうと思われた。だが、その優男の容姿とは裏腹に、ガードウィンの口調は何処か不器用で、生真面目だ。

「その姿で行けば、娘さんにモテるのよね?」

 面白半分に尋ねれば、彼は少し目を細めて顔をしかめた。

 応えたくないようだ。しかし、隣からトール宰相が相槌をうった。

「ええ。夜会に出られてもあまりにご婦人方の興味を一身に浴びられるので、主催者側から出入りを禁じられてしまわれました。それに、街でも薬の受け渡しの時に幾つもの恋文をいただいているとか…」

「……トール宰相」

 このままではあらぬことまで喋られそうだと感じたのか、苦々しくガードウィンが口を開く。

「夜会に来るなといわれたのは幸いでしたよ。あんな魑魅魍魎の棲家に行くのは二度とごめんです。それに、ラブレターなんて受け取っていません」

「受け取る前に断っておいでですからな」

「………………」

 付け加えられて言葉を失うガードウィンを尻目に、トールは優雅にココアを飲んだ。

 気まずそうにフェネルも見遣るので、彼女は思わず微笑んだ。だが、それも束の間で、少し醒めた。

「――どうして、私の前にその姿で出てきたの?」

 本来ならば、一番初めに聞きたかった質問。だが、尋ねる気は失せていた。だから、気が緩んでしまったのか。

 ぽつりと呟いた言葉を受けて、ガードウィンは少し視線を反らした。

 逡巡するように、目を伏せたまま、口を開く。

「あなたと少し話がしてみたかった」

 聞きようによっては、好意をもっている、と言っているような言葉だ。しかし、この口下手な魔法使いはただ漠然とした事実を述べているだけだ。

「魔法使いの姿だと、あなたは警戒するでしょう?」

 わずかに視線を投げられて、フェネルはためらいがちに頷いた。

 怖がっていたのを知っていたのだ。

「でも、私はこの姿で名乗るつもりは毛頭なかった。――今となっては、あなたにお話するべきだと思うので、お話していますが……。そんな私情もあって、弟子という架空の人物をかたりました。実際に、私は弟子だということで街でも通っています」

 不器用で口下手。それでも彼は誠実だ。ここ数日での印象だった。

「……それで、話してみてどうだった?」

 尋ね返すと、ガードウィンは苦笑する。見慣れた柔らかな笑みが少し陰って見えた。

「あなたは、少し感情に走りやすいところがあるけれど、とても素直な方ですね」

「大変だった?」

「楽しかったですよ」

 そう言って、ガードウィンは目を閉じる。

「久しぶりに、人と話せた気がします」

 嘘ではない。

 そうわかれば、フェネルは満足した。

「私も楽しかったわ。一時とはいえ、こんな贅沢な暮らしをさせてもらえたんですもの。ありがとう」

 礼を言ってしまうと、まるで別れの言葉のようだ。

 だが、ガードウィンはそれを待っていたかのように目を開いた。

「フェネルさん。やはりあなたのような方をここへ留めおくことはできません」

 覚悟はしていた。だが、不思議と寂寥感が胸をついた。

「……申し訳ないが」

 トール宰相が咳払いした。

「あと四日は暮らしていただきます」

 その言葉に、フェネルとガードウィンは顔を見合わせて苦笑した。



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