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魔法使いの嫁  作者: ふとん
2/14

お城からのお触れ

『魔法使いの花嫁』

 紙面にはこう書かれている。

 魔法使いはこの世に幾人もいるが、この町に魔法使いは一人しか知られていない。

 町中で嫌われている、というよりも恐れられている魔法使いが。

 一週間ほど前に町の角に張り出されていたのを、フェネルは記憶していた。

 曰く。

 魔法使いの花嫁候補を探している、と。

 馬鹿馬鹿しいと呆れてさっさと店仕事に戻ったフェネルは今の今まですっかり忘れていた上、詳しい内容までは覚えていない。ただ、店に帰ると従業員の大半がその話題で持ちきりだった。後はその日食べた夕飯の献立ぐらいしか思い出されない。

 フェネルは上質の紙を慎重に裏返した。

裏に印刷もされていないまっさらな紙である。おまけに封筒までついていた。普通、庶民が封書を郵便に預けることは少ない。ただ手紙を書いた紙を封筒のように折って送るのだ。それも稀なことで、貴重な紙を使ってわざわざ連絡するような豪気なことは急ぎの用でもない限りほとんどない。

 特典はまだある。封書には蝋が捺してあるのである。ただの蝋印ではない。

「……王家の紋章よね」

 盾の両脇に二匹の鷲を従えた紋章は、リューネリア王国のものである。

 フェネルは目の前に座っている男に目を遣った。

「左様でございます。その蝋印はリューネリア王家のものでございます」

 紳士はフェネルの独り言にも律儀に応えて、フェネルが用意した安い茶をすすった。こうも上品に飲んでもらえれば、骨董市で買った安物のティーカップも本望というものだろう。

 三つ揃えのフォーマルスーツを一分の隙もなく着こなす壮年の紳士である。白髪の混じり始めた髪をきっちり撫でつけた姿は人に長年に仕えてきた者らしく緊張感を他人に与えず、それでいて人形のような正確さで身じろぎもしない。それが滑稽に見えるのは、彼の座している椅子が普段フェネルが裁縫の仕事用に使っている小さな丸椅子だからだろうか。

だが、仕方が無かったのである。

このベッドと古ぼけたソファのない椅子とテーブルと小さな棚しかない家に他の椅子などない。彼に勧めた唯一椅子の形をしているソファのない椅子は断られ、フェネルが座らされてしまったために、ベッドへ座ってもらうわけにもいかず、苦肉の策で丸椅子を取り出して勧めたのである。

 その丸椅子は、フェネルでも少し屈んで座るような小さな椅子だ。長身の紳士が座ると子供用の椅子のように見えた。

「……わたくしのような者に何のご用がおありなのでしょうか」

 努めて下手に聞こえるように作った声も、紳士は冷静に返した。

「そのご書状にある通りでございます」

 紳士に問うことを諦めたフェネルは再び手紙に視線を落とす。

『先達て触れた魔法使い殿の花嫁候補の厳正なる審査の結果』

「見事、あなた様が魔法使い殿の花嫁に選ばれました」

 まるで手紙を透視でもしていたように紳士は続きを読み上げた。

 ただ、フェネルは現実主義を自負しているので紳士がこの手紙の内容を幾度も聞かされていたか、実際に彼が書かされたかしたのだろうと推測する。――それはこの際どうでも良いことなのだが。

 彼女は溜息をつくが、紳士は微動だにせず静かにテーブルの上にカップを置いた。

「突然のことと驚かれているとは存じますが、一度、魔法使い殿とお会いになっていただけませんか」

 内容はふざけているが王直々の勅令である。強制的に連行されるものとばかり思っていたが、一応、フェネルの意向は確認してくれるようだ。

 フェネルの応えは決まっていた。

「お断りいたします」

 誰が好き好んで、嫌われ者の魔法使いと結婚したいと思うだろうか。

 まして、フェネルは魔法など信じてもいない。生まれてこの方、手助けされたこともないのだ。

 魔法使いの嫁ならもっと信心深い女を選んでやるべきだ。

 それに、魔法使いが町外れに住み始めて既に三百年が過ぎていると聞いたことがある。

 伝えられている姿は、今と同じ姿だ。馬鹿げたことに、魔法使いは一般人と違うのだろうから齢三百歳を超えていても不思議はないのだろうと考えられている。

 噂を鵜呑みにするつもりはないが、外見から判断すれば充分高齢だと思われた。遺産狙いの結婚ならまだしも、逆に実験体にでも使われてしまいそうな魔法使いの嫁になど毛頭なるつもりも起きない。

「ご高名な魔法使い様にわたくしのような粗忽者では吊り合いが取れませんわ」

 体の良い断り文句を並べて、フェネルが今度はどうやってこの紳士にお帰りいただくか考え始めると、紳士は殊更、納得したように頷いた。

「承知いたしました」

 この際、自分が貶められる名誉よりもこの先の実を取る。それがフェネルのモットーだった。

「仕方がございません」

 紳士は何時の間にか取り出した杖でトンと床につく。

 その音が反響し、膨張したかと思うと、ついには部屋中を包み込んだ。

「な、何をするんですか!」

 甲高い鳴動を遮るために耳を押さえたフェネルは大声で叫ぶ。だが、紳士は一向に表情を変えず涼しい声で返した。

「このまま私と共にきていただきます」

「どこへ!」

 憶測は最悪の結果を予想したが、フェネルはなるべく考えないように問い返す。

 紳士はフェネルを一瞥した後、杖をもう一度ついた。

「魔法使い殿のご自宅へ、でございます」

 フェネルは出せうる限りの声で叫んだ。



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