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魔法使いの嫁  作者: ふとん
12/14

その空の下で

 目を覚ますと、すっかり見慣れた森が視界に開けた。

 朝日が差し込んでいる森は静寂に包まれていて、寄りかかっていた木から身を起こすと衣ずれが大きく聞こえた。改めてごく周りだけに張り巡らせた結界を補強してから、昨日補給した食糧で手早く朝食を済ませる。

 

 この生活がもう幾日続いただろうか。

 ガードウィンは、ひと月を過ぎた頃から日を数えることをやめてしまった。

 

 この世界の戦争は、まず魔法使いが駆り出されて、強力な結界で定められた戦場で争うのだ。

 勝敗は、負けを認めるか、魔法使いの死亡。この条件は争う内容によって異なる。

 

 ガードウィンの住む国は隣国との領土問題で小競り合いを続けてきたが、今回の隣国側はいつもと違う。今年の穀物の不作を受けて本格的な侵攻をしたいらしい。ガードウィンが負ければ、今度は兵士たちによる戦争になる。


 魔法使いがほとんど日常的に組まれる対戦は、模擬戦争もしくは代理戦争だ。だから、各国は優秀な魔法使いを集めたがる。しかし、ほとんど場合は抑止力のためだ。実際に戦闘を繰り返しているのは、ガードウィンの住むこの国と隣国ぐらいのものだ。

 隣国との折り合いは建国以来から険悪で、二つの国は競い合って力を蓄えてきた。それこそ、ガードウィンの家系にかかる呪いをかけてまで。

 けれど、その呪いもガードウィンの代になると薄れ、ガードウィンが戦っているのは兵士たちのように言いかえれば、愛国心や忠誠心といったものだろう。

 ガードウィンは、懇意にしていた王太子が即位した際に呪いの契約を更新させた。

 先代、ガードウィンの両親は幾人もの魔法使いが投じられた戦役で命を落とし、先々代、ガードウィンの祖父もたくさんの戦場を経験してきた魔法使いだった。彼らは呪いに縛られてはいたが、すでに薄い呪いとは別にこの国を守るために戦った。だから、この家系に生まれたガードウィンも、この国を守るために契約をした。それは祖父や両親のためでもあったし、城下の人々のためでもあって、目に映る人たちを守りたい一心だった。

 けれど、その誓約に解雇条文が付け加えられた。

 それも、ガードウィンの結婚。

 なんとふざけた条文を付けられたと思ったが、裏を返せば、結婚する気もないガードウィンにとって、あって無いような条文だ。

 しかし、放置していたこの条文を、いつまで経っても実行に移そうとしないことに業を煮やされ、とうとうガードウィンが苦肉の策で言った条件に見合う娘を連れてこられてしまった。

 そして、不運だったとしか言いようのないフェネルという娘は、ガードウィンの予想を上回る娘だった。

 魔法使いの格好をしていたガードウィンの正体を見破ってしまったのだ。

 人は、思いこみに左右されやすい生き物で、ガードウィンが少し想像を刷りこむ魔法を加えるだけで、容易くガードウィンの姿を老人だと思いこんだり、ごく普通の青年だと思いこんだりする。彼女にも当然、出会った瞬間から魔法をかけていた。けれど、彼女はガードウィンの魔法を破り、ドアを覗いてしまった。それが生来、魔力のないせいなのか、彼女だからなのか。解いてしまった反動で、彼女が熱を出してしまったことには魔法をかけたこと自体を悔やんだ。魔法による負荷を退ける方法は魔法使いであれば誰にでもできることだが、何も知らない彼女ができるはずがなかったのだから。

 そして、彼女にそのことを謝る間もなく、この戦場へ召喚されてしまった。


 ガードウィンは荷を結界の中に封じ込めると、改めて森の茂みに身を隠した。

 ひと月経った以上、あちらも精神的に追い詰められているはずなので、夜襲も警戒していたが、何の気配もなく一晩が過ぎた。

 敵の姿は未だに確認できていない。

 一日に何度か動かす囮に遠距離攻撃が当たるという具合で、正体すらつかめていない。

 魔法使いの代理戦にはっきりとしたルールは二つしかない。勝敗は負けを認めるか、魔法使いの死亡。そして、負けを認めた魔法使いを殺してはならないこと。

 いつものように幾つかの囮を茂みの裏側で広げたチェス盤で動かすと、手ごたえがあった。囮が何かを捕まえている。

 ガードウィンの囮には簡単な戦闘と独立した思考が出来るように作ってある。チェス盤で繋いでいる囮とガードウィンは情報の交換ができるはずなのだが、何者かに阻まれて囮は自分の捕まえているものを申告しようとしない。

(行って、確かめるしかないようだな)

 あからさまに罠だ。

 けれど、他の囮を動かすわけにもいかない。

 魔法使いの戦争に人数制限はない。

 ガードウィンは囮に警戒するよう命令してから、自ら報告の途絶えた囮の居る場所へと向かった。


 広い結界戦場には、森や荒野が大きな街一つ分ほど広がっている。その中で囮が居たのは、ひどく開けた荒地だった。岩と枯草ばかりで、過去に何度も魔法で焼かれて生き物の気配は無くなって久しい。チェス盤の反応を見ながら向かった先には、不自然に白い大きな籠と白い馬が見えてくる。その傍らにはやはり真白な甲冑を着たナイトが静かに佇んでいる。

 籠には、一人の男が閉じ込められていた。

 痩せぎすで長身、そして、ガードウィンと同じく金髪の男。魔法使いの装備は動きやすい脛当てや胸当てぐらいで、見た目には歩兵と変わらない。

 男はガードウィンの姿を見とめると、青空を貫くような指笛を鳴らした。


 ピィイイイイイ!


 甲高い音に呼応するように、今まで従順にガードウィンの命令に従っていたはずの囮たちが一斉にこちらへと集まり出した。そして、目の前のナイトは甲冑と同じ大理石色の剣を大仰に抜き放つ。

 ガードウィンはチェス盤を閉じる。

 普通ならばこれで囮が全て消えるが、制御を乗っ取られたナイトは止まらず流れるような動作でガードウィンに向かって剣を振りかぶる。


 ブン!


 勢いよく振り下ろされた鋭い剣筋を交わし、ガードウィンは男が捕えられている籠へと走る。

「殺せ!」

 男が悲鳴のように声を張り上げた。

 ガードウィンは迫りくるナイトを顧みて、勢いよく突き出された剣先を見つめて、そして寸でのところで籠を背に刺突を避ける。


 ガキィィイン!


 籠の鉄柵を剣は貫き、ナイトはそれを引き抜こうとするが剣は同じ色の柵に縫い止められたように動かない。剣を辛うじて避けた男は、ナイトの様子に苛立ち、視線を上げて顔を引き攣らせた。

 いつのまにかナイトの背後に回りこんだガードウィンが、チェス盤を放り投げたかと思うとそれが一振りの槍となったからだ。

 男は慌ててナイトに捕獲の魔法を解かせようとするが、頑丈な檻は一向に消えない。


 当然だ。あれは、ガードウィンの魔力で動いている。ナイトが使ったように見えても、魔法がガードウィンの手を離れることはない。

 ガードウィンは無造作に槍をナイトの背に向かって投げた。普段はこの程度の槍がナイトの甲冑にすら刺さることはないが、槍は容易くナイトの心臓と、

「あ、悪魔め!」

 金髪の男の腹を抉った。

 男の血を浴びたナイトは真っ赤になったまま籠と共に消え失せ、あとには男が荒地に放り出される。

 腹から生やした槍をガードウィンが引き抜くと、男の口から血が溢れ出す。

「負けを認めてください」

 ガードウィンの静かな声に、男は血を吐きながら笑った。

「それはお前だ!」

 その声に、二人の周りを取り囲んだのは、ナイトと同じような大理石色の囮達だ。キングは鎚矛を、クイーンは銃を、ビジョップは錫を、ルークは戦鎚を、ポーンは槍を構えて一斉に襲いかかろうと飛び上がる。

 ガードウィンは再び槍を放り投げた。それは一瞬で空中に溶けたかと思うと半瞬でナイトが持っていたような長剣に変わる。それをガードウィンが掴み取った瞬間、今まさに銃を構えたクイーンの胸へ吸い込まれるように剣が貫く。

 隣からビジョップの錫を手甲で弾いて、戦鎚を振り上げたルークの腹を薙ぐ。ポーンの鋭い槍の突撃をビジョップの前で避けると錫をガードウィンに取られたビジョップはポーンの槍に突かれ、ポーンもガードウィンの剣に首を思いきり切り裂かれる。

 残ったキングは地面に倒れている男を守るように立ち、鎚矛を手にガードウィンを睨み据える。しかし、ガードウィンはまた剣を放り投げ、次に掴んだのは小型の斧だった。造作なく投げ放つと、それをキングは避けることもせず額に斧が刺さる。

 キングが倒れ伏すと他の倒れた囮達も共に溶けて消えた。

 残された男は茫然とそれを見送り、腹の痛みに呻いた。

「負けを、認めてください」

「こ…の、悪魔!」

 ささやくように言うガードウィンに、男は語気荒く叫ぶ。

「親を殺した子供の末裔! 親を裏切り、禁忌を犯したその罰は消えぬようだな!」

 男が指したのは、ガードウィンの赤い瞳のことだ。

 金の髪は代々受け継がれているものだが、この赤い瞳も持った者は五十二人の魔法使いの中では二人きりだ。ガードウィンと、そして親を恨んで王を恨んでこの国に呪いをかけられた魔法使いの息子。

 彼は、呪いを受けてしばらくのち、この代理戦で実の父親を殺した。

 その後、彼の青かったはずの瞳は赤に変わったという。

「―――あなたは、彼の血筋なのですね」

 この、倒れて脂汗をかいている男は、息子の父の血筋なのだ。

 その証拠に彼は金髪に青の瞳で、顔立ちもガードウィンの祖父や父によく似ている。

「罪深いお前の一族と一緒にするな!」

 叫ぶ男の額に呪いが刻まれている。

 ガードウィンと同じ呪いだから視えるのだろう。

 もっとも、この男に刻まれているのは、国への強い忠誠心と命乞いを出来ない呪い。

 ここで呪いを解いてやったとしても腹の傷を手当てされるのかさえ怪しい。

 きっと、この男はたとえ無事に国へ帰っても殺される。

「赤の悪魔! 裏切りの道化! お前さえ、お前さえ居なければ…!」

 これまでずっと言われてきた言葉だ。

 代理戦で戦うような者は隣国以外に滅多に居ないが、同業者は口をそろえてガードウィンを赤目の悪魔と呼ぶ。それが才能のせいなのか、この、遠い肉親にも同情の一つも湧かない恐ろしく冷めた心を言うのか。

 いつもであれば、傷つけることも殺すことさえもが仕方ないと、国の人々のためだと剣を振り下ろす手を止めたりしない。

 けれど、今に限ってひどくガードウィンの心を責める者がいる。


 彼女は、いったいどう思うのだろう。


 白く、美しい彼女の水銀の瞳に、ガードウィンのこの血濡れた姿はどう映るのだろうか、と。



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