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魔法使いの嫁  作者: ふとん
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疑惑の城

 街が夕暮れに赤く染まる頃、フェネルは城の門の前へとやってきた。

 不審そうにフェネルを見る門番は、今戦争が起こっていることなど感じさせないほど、のんびりしている。

 この国では市民が意見書を出すことが許されているから、フェネルのような若い娘が城の門までやってくることは珍しいことではない。

 けれど、夕暮れ時にはみんな家へ帰る時間だ。交代したばかりの夜勤の門番たちは赤い夕焼けを受けているというのに、顔色の悪いフェネルを見て訝しげに様子を伺う。

 フェネルは声が震えないように門番へと話しかけた。

「お願いでございます。トール宰相にお目通りを」

 静かな細い声を聞きとって、けれど門番のひとりは首を横に振る。

「だめだ。明日にしろ。宰相はお忙しい方だが、意見書に宰相へのお目通りを願えば叶えて下さることもある」


 厳しい言葉だが、門番の声音はフェネルを気遣うものだ。

 そして願えば、宰相への目通りも叶うというのは本当のことだ。他の国では貴族と平民が厳密に隔てられていて声をかけることすらできないというのに、この国ではその壁は限りなく薄い。以前はそういう風潮もあったようだが、前王や現王が辛抱強く徐々にしこりを取り除いてきたのだという。

 それでもフェネルは繰り返した。

「お願いでございます。宰相にお目通りを」

「だめだ。……日も暮れる。お前のような娘が一人で歩いていい時間ではなくなる。今日はもう帰るといい」


 良い国だ。

 フェネルのような孤児にも優しく、フェネルは望まなかったが、孤児も望めば学校にだって行ける。兵士も騎士も街では気のいい人気者だし、貴族も特別に市民を虐げるような者はいない。

 フェネルは泣きそうになりながら訴えた。

「今すぐでなければならないのです。トール宰相に一刻も早くお目通りをお許しください」

 そして、今までの自分であれば決して口にはしなかったことを、フェネルはすでに震えた声で静かに告げた。

「宰相にお取次ぎください。……わたくしは、宰相さまに魔法使いガードウィンさまの花嫁候補として選ばれておりました者です。かの魔法使いのことでお話がございます」


 ほの暗い影の中で、フェネルは言いようのない淀みの中に放り込まれたような感覚に陥った。

 街の建物の影へと沈んでいく太陽の最後の光がフェネルの影を伸ばしていく。

 時が止まったかに見えたのはほんの一瞬で、門番の低い声であっという間に動き出した。


「……お前は魔女か!」


 二人の門番はフェネルの長い銀髪をつかんだかと思うと、彼女の細い腕をひねりあげた。

 抵抗もままならないまま、フェネルは痛みの中でぼんやりと思った。

(そういえば、私の髪も瞳も、珍しいのだったわ…)

 促されるままに城の中へと引きずり込まれ、フェネルは冷たい夜が落ちようとしている整然とした石畳を歩かされる。


「―――何をしているのです」

 静かな声に顔をあげると、執事然とした杖を持った紳士が記憶と変わらない顔でフェネル達の正面に立っていた。

 一国の宰相が、きっと牢があるのだろう城のはずれに突然現れたのだ。

 兵士たちは恐縮して声を張り上げた。

「この娘、かの悪名高き魔法使いの花嫁候補だと名乗っておりまして、きっと危険な魔女だと思われますので連行しております!」

 トールは兵士を見、そしてフェネルを見てから静かに告げた。

「彼女は私が選び出したお嬢さんです。客人としてお招きしますので、そのように」


 兵士たちは戸惑いを隠せないようだったが、フェネルの腕を離してトールへと突き出した。トールは兵士たちにこのことを口外しないように命令すると、フェネルについてくるよう促す。


「―――知らぬこととはいえ、手荒な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」

 城の回廊へとフェネルを招きいれながら、トールはいつもの平板な声で話しだした。

「この国では、魔法使いというものは恐れられているのです。……聡明なあなたであれば、おいそれと口に出すことはないと思っていたのですが…」

 城の中だというのに誰ともすれ違わないことを不思議に思いながら、フェネルは今までひねりあげられていた自分の腕をさすった。よほど力を入れられていたのか、手の形の赤いあざになっている。

「……それなら、どうして宰相様は恐れられていないのですか?」

 トールは「おや」というような顔をして、目を細めた。

「それも、この国では禁句にあたるのですよ」


 物の道理もわからない子供を諭すようにいわれ、フェネルは口を噤む。

 フェネルをいとも簡単に黙らせたトールは、一度では決して覚えられないほど幾つもの回廊を通り、大きな扉のついた部屋へとフェネルを招いた。

 結局、そのあいだもただの一人の使用人の姿も見かけなかった。


 部屋ではすでに暖炉が温かく部屋をともし、天井にはおしげもなくシャンデリアが下げてある。いつもランプで過ごしているフェネルにとっては、夜ではとうていあり得ない明るさだ。飾棚と布張りのソファセットとテーブルしかない部屋だが、毛足の長い絨毯はトールの上等な靴の足音さえ吸うほど柔らかい。

 この部屋だけでも、フェネルを畏縮させるのに十分だった。

 今更ながら居心地悪そうにドアの前で立ちすくむフェネルに、トールはソファを勧める。

 白い手袋の誘いを断るように、フェネルは意を決して切り出した。


「今日は、宰相様にお伺いしたいことがあって、参りました」

 トールは表情の分からない顔で手袋を手の杖へと戻してフェネルを見つめる。

 読み取れるはずのない宰相の顔を見ながら、フェネルは思った。


 きっと、彼は自分の質問をわかっている。


 けれど、フェネルは質問を投げることにした。


「魔法使い様は、いったい何処へ行ったのですか?」


 辣腕を揮う宰相は、眉ひとつ動かさないまますぐに応えた。


「それをあなたが知れば、私はあなたを殺さなくてはならなくなります」



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