01 こうしてわたしは死んだ
夕食も取らずに仕事をしても、もう真夜中だ。終わりにしようと思ったときに追加の仕事が入ってきた。
王太子妃が明日、隣国からの客の前で読むスピーチの原稿作りだ。
係員は暖炉に火を入れなかった。
「あなた一人だけにはもったいないですよね。早く仕事が終わっていれば問題ないですね」と帰って行った。
急に冷えてきた室内。手に息を吹きかける。凍えて体が動かなくなって来た。
やっと書き終えた。清書する時間がない。
床の絨毯のインクの染みが見える。それにダブって子供の頃の情景が浮かんだ。フレデリックとギルバードとわたくしが三人で話している・・・・あそこまで行こうねぇ・・・・
もう、疲れた。これで終わり・・・・それでいい・・・・しまった。また自分の名前を署名した・・・
◇◇◇
「エリザベート様、王太子殿下がお見えになってますよ」
ノックと同時にドアを開けた侍女、確かケイトって名前だったかな?は早口で言うとすぐにドアを閉めてどこかに行った。エリザベートの身支度を手伝う、気はないようだ。
ドアをノックするが、返事がない。もう一度ノックして少し待った。
するとドアが開いた。王太子の侍従が開けてくれたようだ。
ロザモンドの侍女のリリーが、かすかに笑ってエリザベートを見ている。侍従はばつが悪そうだ。
彼女はソファに並んで座っている二人の向かい側に座った。
エリザベートの挨拶に顔を背けて答えた王太子だが、、ロザモンドが顔を覗き込んで、話しかけると優しく返事している。
二人だけで会話が進む。子供の頃から慕っている相手だ。諦めていても胸が痛い。
以前、エリザベートはお茶を出すように注意したこともあるが、もう面倒なのでなにも言わない。
「もうそれって意地悪ですわ、リックったら」
王太子殿下を愛称で呼ぶ事も何度か注意したけど、無駄だ。
ロザモンドがそのことをいじめられたと母の侯爵夫人に言いつけたせいで、侍女の見ている所でぶたれただけだった。
時間となり王太子殿下が帰って行くが、玄関までロザモンドがぴったりとくっついて見送った。後ろを殿下が持参した花束を抱えたリリーが続き、その後ろをエリザベートが付いて行く。
ここで侯爵夫人が現れて、にこやかに殿下を送り出した。
エリザベートは自分の部屋に戻る。この二人と一緒にいるのは苦痛だ。
自分の部屋に戻ろうとする彼女を夫人が呼び止めた。ロザモンドとリリーは自分の部屋へ向かった。
「はい、お母様」
「あなたが遅れて行くからロザモンドが気を使っておもてなしをしているようね。もっと王太子妃の自覚を持ってちょうだい」
「わたくしは知らせを受けてすぐに向かいましたが、ロザモンドがすでにお部屋にいましたわ」
「あなたの侍女が知らせたでしょ」
「わたくしの侍女?」とエリザベートが驚いた。
「あなたの侍女よ」と侯爵夫人は繰り返した。
「それは申し訳ありません。わたくしに侍女がついているとは存じませんでした」
「な・・・な・・んですって・・・」と侯爵夫人はおもわず手を振り上げたが
「それでは失礼します。まだ課題が終わっておりませんので」とエリザベートは落ち着いて答えた。その目は侯爵夫人を通り越して後ろを見ているようだった。
『あの無礼な侍女が専用かしらと、いないのと同じね』と思いながら部屋に戻った。
その頃、フレデリック王太子は馬車のなかで侍従と話していた。長い付き合いの侍従だ。
「ほら、見ろ。エリザベートはしぶしぶやって来たじゃないか。僕と結婚するのはいやなんだ」
「そうではありませんよ。あの家の侍女と夫人はロザモンド様を王太子妃にしようと画策してるんですよ。侍女はわざとエリザベート様に知らせないようにしてるんですよ」
「いや、信じられない・・・・僕だって嫌われている相手より可愛く寄り添う相手がいい」
フレデリック王太子の笑みは歪んでいた。