逆鱗
3
かつん、かつん、とローファーの靴音が、
しんと静かな廊下に響き渡る。
後頭部で一つ括りにされた明るい茶髪は、
歩を進める度に背中の辺りを
振り子のように揺れ動いていた。
黒に近い紺色のスーツを身に纏う、若い女。
地味な、ピンクベージュ色のルージュを引いた
唇は固く結ばれ、眼鏡から覗く
大きな双眸は、真っ直ぐ前を向いて
揺るがない。
静寂な空気を裂くように
颯爽と歩いていく先には、とある一室のドア。
女は三回ノックした後、声を掛けた。
「穐枝です。遅くなりました。」
しばらくして、ドアが開く。
中から顔を見せたのは、女よりも
頭一つ背の高い、精悍な顔つきの男。
スーツの上からでも、
その体格の良さは把握できる。
会釈をすると、招き入れるように
更にドアを開いて、言葉を添えた。
「わざわざ来てもらうのは
申し訳ありませんでしたが・・・・・・
異例の事態で、保存したまま見てもらう方が
最善だと思いまして。」
間取りは、ワンルーム。
玄関を入ってすぐに、
リビングの様子が窺えた。
ベッドに横たわる、青年らしき姿。
はっきり把握できないのは、
彼の身体中から突き破っているものが
あまりにも多い為だった。
それは、植物の芽。
手足、胴体、頭、目や口に至る所まで
息づいている。
青年の身体を、培養土としているように。
「・・・・・・こんな酷い状態は、
初めてかもしれません。」
呟くように吐いた男の目は、鋭く
青年を見据える。
浮かぶ感情は、恐怖というよりも
怒りに近い複雑なものだった。
女は、横たわる青年へ静かに歩み寄り、
静かに見下ろす。
男の感情豊かさとは正反対で、
表情には何も浮かんでいない。
ただ眼光だけが、強く注がれていた。
ぽつりと、言葉が投げられる。
「・・・・・・発見者は?」
「彼の友人です。遊びに行く予定で
待ち合わせをしていたらしく、
時間になっても来なかった為
連絡したみたいなのですが、返事もなく。
気になって部屋を訪れたら、という
経緯ですね。」
「後、これを見た人間は?」
「アパートの管理人、私と部下、
鑑識課の数人です。特例と判断したので、
メディアも抑えています。」
男の言葉を耳に入れる間、女は瞬きもせず
青年から目を離さなかった。
「・・・・・・種子が育つ前に発見できた事は、
幸いだったと思います。
ラボへ運ぶように、
手続きしてもらえますか?」
「はい。」
これが、最初ではない。
今までに何度か、あった。
だが、ここまで育ったものは、初めてだ。
確実に、成長している。
*
自分のマフラーを掴む、両手。
長い指に付けられた黒いマニキュアが、
ふんわりと優しく、溶け込んでいる。
真っ直ぐに自分を見据える、黒く大きな瞳。
口の端が少し緩んでいると、
不敵に笑っているようにも見える。
優しい眼差しなのに、
挑発しているような。
自分を、落とそうとしているような。
落ち着かない自分を、観察するような。
そんな固まった状態が、続いている。
逃げられない。
だって、こいつの目力すごくって、
目を逸らせない。逸らしたら、それこそ
何をされるか。動かない方が、いい。
でも、心臓が強く胸を叩いている。痛い。
耐えられなくなりそうだ。
奥底から、血が溢れているような。
どく、どく、と音が聞こえてきそうなくらい
鳴っている。
これって、あれよ、ほら、蛇に睨まれた、猫?
・・・え?なんだったっけ?
自分が、こいつの支配下にいる、的な。
逆らえない、みたいな。
違う。これは、やけに美しくて、
整い過ぎてるこいつの顔が良くない。
こんなヤツからガン見されたら、
誰だって、こうなる。そうっしょ?
彼は、自分を見つめるだけで、何も喋らない。
何か、喋ってよ。
見つめなくていいから。ねぇ。
ふふふ。
彼は、小さく笑った。
『―。』
え?何て言ったの?
聞こえなかった。
『―・・・・・・心依架ちゃん。朝だよ。』
*
ぱちりと、瞼を上げる。
目に飛び込むのは、枕のサーモンピンク。
スマホを、左手に握り締めていた。
枕に顔を埋めていたせいか、よだれが。
「きったなっ。」
慌てて、口元を拭う。
スマホの画面を見ると、通知が溜っていた。
殆どが、“あけおめ”のコメント。
―そうだ。推しのカウントダウンライブ配信を
観ていて、それから・・・・・・
寝落ちしたと思われる。
記憶がない。
“あけおめ”のコメントの中で、一際
目を引いたもの。
白夜の、“あけましておめでとう”という一言。
身体中の血が、騒いだ。
―え。何。嬉しくもなんともないし。
変な夢見たから、余計に腹が立つ。
マフラーの両端を掴まれて、見つめられる。
何、その夢。しかも、最後、朝だよって。
どういう事?えっ。夢よね?
“間”、とかじゃないよね?
周りの景色、白くなかったし。
でも、リアル過ぎたんだけど・・・・・・
「・・・・・・元旦から、やな夢見た・・・・・・」
ぽそりと愚痴る。
初夢ってやつ?
初夢が、あいつと見つめ合う夢?
やめてよ。
今年の幕開け、不安すぎない?
クリスマス以来、顔を合わせていない。
言っても、一週間程度。
しかし、遠く感じる。
めっちゃ近所に住んでるのに。
会おうと思えば、会える距離なのに。
彼のSNSは、更新されていない。
気ままなフォトグラファーが撮った一枚の、
笑顔の画像で止まっている。
どんな交流が行われているかも、分からない。
出逢って一ヶ月も経っていないし、
一緒に過ごした時間といえば、膝枕と、
散歩して変な世界に行った事と、
一緒にコーヒー飲んだこと・・・・・・
よく考えたら、エグい。
自分、都合いい愛人じゃん。
考えるの、やめよ。
正月から、あいつの事で、悩みたくない。
ほんわか漂う、出汁の香り。
この匂いを嗅ぐと、正月だと思える。
穂香が作る雑煮は、
白菜に椎茸、鶏肉とシンプルな具材。
餅は、餅つき機で作ったもの。
つきたてなので、とても美味しい。
飾りに、桜の花びらに象った人参と
紅白の蒲鉾が添えられる。
この雑煮が、心依架は大好きだった。
どんな豪華なおせちよりも、ダントツで。
洗顔を済ませてリビングへ行くと、
雅人がソファーに腰を下ろして
放映されるテレビを眺めていた。
朝の、この光景を見るのは、
久しぶりかもしれない。
自分に気づき、笑顔を向ける。
「おぉ、おはよう、心依架。
明けましておめでとう。」
「あけおめ。」
一応、言葉を返す。
その流れで、
ダイニングテーブルの椅子に座る。
所定の位置だ。
「明けましておめでとう、心依架。
お雑煮のお餅何個食べるー?」
キッチンの方から、穂香の声が掛かる。
「あけおめ、ママ。2個。」
「雅人さんは何個ー?」
「5個いっちゃおうかなー。」
「はーい。」
このやり取りだけなら、きっと
誰にも分からないだろう。
離婚寸前の夫婦だとは。
テーブルには、毎年恒例の
お取り寄せおせちの重箱が、
綺麗に広げられている。
今年も、華やかだ。
その隣には、屠蘇器が置かれていた。
自分はまだ、それを飲んだことはない。
酒とかタバコとか、あまり興味はない。
欲しくなる時が、来るのだろうか。
三人で食卓を囲むのは、ここ最近でいうと
この元旦くらいじゃないだろうか。
お正月効果というやつなのか。
空気が和んでいる。
「心依架。母さんに話は聞いたが、
本当に進学しないのか?」
雅人はソファーから立ち上がると、
ダイニングテーブルの椅子へ移動する。
そこ一応、気にするんだ?
「・・・・・・うん。とりあえず、
友だちんとこでバイトする。」
「後悔する事にならなければいいが。」
「無理に勉強しても、意味ないっしょ。」
スマホを扱いながら、受け答えする。
進路の事は、穂香と話し合った。
ここで広げる話題ではない。
雅人の表情を横目で窺うと、
呆れているように見えた。
理解できない、という溜め息をついて。
話題を変えようと、心依架は問い掛ける。
「パパのお仕事、いつから?」
「元旦は流石に休みを取ったんだが、
明日から出張だよ。」
明日は、愛人の所ってやつ?
「ふーん。大変だね。」
「家に戻って、やっと息がつけたよ。」
柔らかい笑顔。
その優しい表情好きだけど、
それが見せかけなんだと思うと、寂しい。
「お待たせー。」
お盆に三つの器を乗せて、穂香が姿を現す。
それぞれの前に、丁寧に置いていった。
ほわほわと、立ち昇る白い湯気。
透き通った汁に沈む餅が、やけに白く見える。
「それでは、いただきましょうか。」
穂香の表情には、
穏やかな微笑みが浮かんでいた。
離婚を考えて苦悩している彼女と、
同一人物とは思えない。
押し隠して、押し殺して、
油断しているところで、喉元に
刃物を突き刺す。
母親の、ささやかな復讐。
自分には、そう見えてしまう。
「今年も、無病息災で過ごせますように。」
「雅人さん。お屠蘇どうぞ。」
「ありがとう。」
盃を持つ父親と、屠蘇を注ぐ母親。
仲睦まじい光景にしか見えないこの空間も、
実は戦っているのだと思ったら。
何も、感情が浮かばない。
この食卓が、家族最後の晩餐になるのだと。
頭の何処かで、理解していた。
雑煮を堪能して、十分暖まった後。
「出掛けてくる。」
マフラーとコートを装着して、心依架は
ショートブーツを履きながら声を掛ける。
「初詣、一緒に行かないの?」
穂香が、玄関先まで出てきた。
「一人で行ってくる。ママはパパと
お話しないと、でしょ?」
彼女は、何とも言えない表情を浮かべている。
「・・・・・・そう、だけど。」
「心依架がいると、話しづらいと思うし。」
「・・・・・・
今日じゃなくても、いいと思って。」
「今日しかないよ。ゆっくり話し合えるの。」
「・・・・・・」
怖気づいているのだろうか。
正月の晩餐が、彼女の決意を
揺るがせているのだとしたら。
自分が、席を外さなければ。
「きちんと話し合ってよ、ママ。
後悔するよ。」
「・・・・・・ええ。」
心依架の、背中を押すような視線に
穂香は、腹を括ったように相槌を打つ。
「ありがとう。心依架。」
「明日、一緒に初詣行こ。」
微笑んで、玄関のドアを開ける。
自分の踏ん切りはもう、ついている。
マンションの廊下には、強く
冷たい風が吹き込んでいた。
髪を舞い上げ、頬を撫でていく。
「やばっ。」
せっかく雑煮で温まったのに、もう
くじけそうなくらい寒い。
マフラーに顎を埋めて、身を縮める。
雪が降って積もるという
予報もあるくらいなので、
この気温は当然なのかもしれない。
しっかり、手袋も着けていた。
このマンションから出て
徒歩5分の所に、小さな神社がある。
名も知られていない場所なので、参拝客は
地元の住人が殆どだ。
おみくじとかあれば、もっと人が
来るはずなのだが。
しかしその、こじんまりとした聖域が
堪らなく好きだった。
そこも、いつもの撮影スポットだ。
せっかくだから、そこで初詣しようと思う。
エレベーターに乗って降りようとしたが、
上の階から誰かが降りてきているのを
確認した為、階段で下りることにした。
顔も知らない住人と
密室状態になるのは、苦手だ。
とんとんとん、と足取り軽く下りていくと、
エレベーターも丁度一階に下りてきた。
ドアが開いた先にいた人物を
目の当たりにして、心依架は
この上なく驚く。
「・・・・・・あれ?心依架ちゃん?」
銀色に染めた、アシンメトリーな髪型。
深い紺色のロングコートに、もふもふと
襟と裾に付いているファー。
何で、夢に出てきたままの格好なわけ?
「・・・・・・な、何で、ここにいんの?」
聞かざるを得ない程に、動揺している。
「何で、って言われてもねぇ。
自分、ここに住んでるから。」
ふんわりと、笑顔とともに
甘い香りが届く。
しばらく、忘れていた匂いなのに。
心依架は離れるように、
エントランスから出入り口へ歩いていく。
白夜も、その後に続いて歩を進める。
「あけましておめでとう。」
新年の挨拶。言い忘れてた。
「・・・・・・あけおめ。」
ぼそっと返して、出入り口ドアを抜ける。
「どこか出掛けるの?初詣?」
足を止めて、並ぶ彼を横目で見た。
「・・・・・・いつもの散策。白夜は?」
「自分は、今から用事があってねぇ。」
へー。元旦から用事ですか。
「初詣、行かないんだ?」
「人、多いし。」
ホントは、親たちの離婚会議に空気読んで
外出しただけ。で、近くの神社なら
お詣りする人も少ないし、行こうかなって。
「少しだけなら時間あるよ。確か、近くに
小さいけど神社があったから、
一緒にお詣り行こうよ。」
えっ。
「神さまに、ご加護をもらいに。」
「・・・・・・よ、用事あんでしょ?別に、
無理して行かなくても・・・・・・」
「ふふふ。心依架ちゃん、
嘘つくの下手くそだよねぇ。」
な、なんでバレる?
「一人で初詣するの、見過ごせませんねぇ。
自分で良ければお供しますよ。お姫さま。」
「営業口調じゃん!」
「その方がいいでしょ。遠慮しなくて。」
「・・・・・・」
心依架は、ぷい、と
ふんわり笑顔の白夜から目を逸らして
歩き出す。
あんな夢見るから。変に意識しちゃってる。
考えてみたら、あの状況おかしくね?
やっぱアレ、夢なんだ。
割り切れ、心依架。
早歩きする心依架に、白夜は笑顔のまま
一糸乱れぬ距離で後を追う。
「元旦から、警察呼びたくないんだけど。」
「始業式っていつ?」
「・・・・・・10日。」
「じゃあその時に、明日葉ちゃんと
一緒に会う約束しよっか。」
“明日葉”という単語を聞いて、
歩く速度を緩める。
それが許すと判断したのか、白夜は
心依架の横に並んだ。
「・・・・・・明日葉んとこに、
メディアが殺到したみたい。」
「だろうねぇ。」
『神隠し事件』の、奇跡の生還者。
公開捜査をしていたせいか、
隠しきれなかったようだ。
どんな状況だったのか、犯人は複数いるのか、
どうやって逃げられたのか、様々な角度から
質問攻めにあったらしい。
彼女は、実際起こった
“常世”に迷い込んだ事を口にせず、
「憶えていない」という、一言を通した。
その一点張りで、メディアを黙らせている。
か弱そうな印象の明日葉だが、
しっかり肝が据わって
動じない強さを持っている子なのだと、
心依架は改めて知った。
連絡を取り合う仲にはなったが、
遊びに行ったりはしていない。
相手は、受験の追い込み期間中だ。
勉強の邪魔をするわけにはいかない。
「会うっていっても、明日葉は受験生だから
手短に終わらせてよ。」
「うん。そうだね。
要点だけ、聞かせてもらいたくて。」
「・・・・・・自分、
一緒に会わなくてもいいっしょ。」
ぼそ、と聞こえないように言ったつもりだが、
彼の耳に届いたようだ。
微笑んで、言葉を返してくる。
「心依架ちゃんがいないと、始まらないよ。」
どういう意味だ。
「メインは勿論、君。
明日葉ちゃんの話を聞いた後、
一緒に行きたい所があるんだけど。」
不覚にも、ドキッとした。
「・・・・・・どこに?」
「まだ秘密。」
また出た。得意技。
「秘密主義って、良くないと思う。」
「どこに行くとか知らない方が、
楽しいと思わない?」
「思わない。」
「自分は、心依架ちゃんとだったら
どこに行っても楽しめると思うよ。」
その思わせぶりなセリフ、チャラい。
「今から用事って、女の人と会うんでしょ?」
「ふふふ。気になる?」
「別に。」
「残念ながら、仕事。この間、マンションで
仕事仲間と会ったでしょ?
その人と会うんだよ。」
女の人じゃん。
「元旦から仕事とか、大変ですね。」
「何か、引っ掛かる言い方するねぇ。」
「初詣デートって、言えばいいじゃん。」
「もしかして、やきもち焼いてる?」
「違うし。」
「かわいいね、心依架ちゃん。」
「うるさい。」
話していたら、あっという間に
近所の神社に着いた。
普段は人ひとりいない空間だが、
正月元旦という事もあって
何組か参拝している。
出入り口付近には、迎えるような
二本の大きな常緑樹。
その間には、石鳥居が建てられている。
「んー。いい空気。いい場所だね。」
立ち止まって深呼吸をした後、白夜は
鳥居の手前で一礼する。
「流石、心依架ちゃん。
いいとこ知ってるねぇ。」
のんびり言って、参道へ入っていく。
普段、参拝というより
庭で遊ぶ感覚だったので、彼が一礼して
歩いていく後ろ姿を、心依架は
呆然と眺めていた。
あ。撮ってないし。
もう一回、入る所からやり直してほしい。
そう思いながら、スマホを
ポケットから取り出して、彼の後ろ姿を
ぱしゃりと撮る。
「きちんと手を清めてから、
お祈りしようね。」
そう言って白夜は、
真っ直ぐに手水舎へ向かう。
スマホ撮影禁止と、
言われたような気がする。
ここでいつも、撮ってんだけど。
心依架は渋々、ポケットにスマホを直して
彼の後を追った。
右手で柄杓を持って水を汲み、
左手に少し注ぐ。そして
柄杓を左手に持ち替えると、右手も同様に
少し注いだ。
再度柄杓を右手で持って、左手で水を受けると
それを口へ運ぶ。
柄杓に残った水で左手を洗い、
柄を洗うように縦に立てた。
一連の動作を、黙って見届ける。
「こういうの、きちんとするんだ。」
「神さまがいる場所だよ。
失礼のないようにね。」
意外と、真面目。
先に行く白夜に倣って手を清め、
遅れて心依架は拝殿へ歩いていく。
丁度一組参拝し終わったところだったので、
直ぐに本殿と向かい合うことが出来た。
がらんがらん。
彼が鈴緒を引いて、本坪鈴を鳴らす。
二拝。
二拍手。
作法は何となく知っていたので、彼と
タイミングが合うように行う。
―・・・・・・
みんなが、楽しく、
平和に過ごせますように・・・・・・
これ以外は、浮かばない。
心依架は瞼を上げ、一拝すると
横に並ぶ白夜に目を向けた。
彼はまだ、祈願している。
その姿は清らかで、美しい。
これは、撮らないと。
怒られてもいいし。
スマホを取り出して、その姿を
ぱしゃりと収めた。
その直後、合わせていた手を下げて
一拝すると、白夜は
こちらに視線を向けてくる。
彼は微笑むと同時に、小さく息をついた。
「その撮ったやつ、送ってね。載せるから。」
怒るというより、諦めたという様子だ。
よし。勝った。
「心依架ちゃんは、何をお願いしたの?」
「世界平和。」
ぱしゃり。
「自分は、ね。心依架ちゃんの膝枕が
日常化しますようにって、お願いした。」
ぱ・・・・・・
「・・・・・・なにそれ。」
「言葉通り。」
神さまへの礼儀は、きちんとしてたのに、
お願いが不純すぎるっしょ!!
「きもっ!」
すかさず、白夜から離れるように歩いていく。
見越していたのか、彼は
寸分たりとも遅れずに付いてきた。
「またしばらく
膝枕してもらってないからさぁ、
かなり飢えてるんだよねぇ。」
さっきまでの、厳かな雰囲気は
どこにいった?
「仕事仲間の人と会うんでしょ?!
その人にしてもらった方がいいってば!」
「もうね、心依架ちゃんの膝枕じゃないと
ダメな身体になってしまって・・・・・・」
「嘘つくなっ!」
「嘘じゃないよぉ。」
言い合いながら鳥居を抜ける自分たちを、
参拝しに来た家族連れが目で追う。
「不公平じゃない?心依架ちゃんは
好き勝手に、ぱしゃぱしゃ撮ってるのに。」
「それとこれとじゃ、話が違うっしょ!」
「同じでしょ。お互いに、
生きる為に必要なことでしょ?」
そんなに、大げさな事ではない。
「少しでいいからさぁ。してよ。」
「早く用事に行けっ!」
「ほら、ねぇ。“心”に、
あけましておめでとうって
言いたいと思わない?」
“心”という単語で、ぴたっと足を止める。
―・・・・・・
“心”に、新年の挨拶。
確かに、したいかも。
「・・・・・・“間”に、行くって事?」
振り返ると、
満面の笑みを浮かべている、ヤツ。
してやったり、的な。
「自分たちの子に、挨拶しないと。」
「言い方おかしいから。」
「これからも、お世話になるからねぇ。
どんな事が出来るかも、事前に
把握していけたらいいなぁと思って。」
膝枕してもらいたいだけの、言い訳っしょ。
そう思って、じっと睨むように
見据えていると、コートの内ポケットから
何かを差し出してきたので、身を固める。
「はい、これ。
自分とこの部屋の、カードキー。
好きにしてていいから、待ってて。」
・・・・・・はい?
「・・・・・・ど、どういうこと?」
「家に帰りづらいんでしょ?
今日は冷え込むよ。散策は控えて、
ゆっくり部屋で過ごしなさい。」
言われている事を、
受け入れるのは難しかった。
ただ彼を見据えて突っ立っていると、
自分の手を取って、カードキーを渡してくる。
「用事済ませて、すぐ戻ってくるから。」
ぽん、と頭に手を置かれた。
その事すらも、反応できない。
颯爽と歩いていく白夜の後ろ姿を、
心依架は呆然と見送る。
―・・・・・・何で?
どうして、お見通しなわけ?
自分は何も、詳しい事を告げていない。
そんなに、滲み出ていたのだろうか。
今日は、家に帰りたくないな。
このまま、どっか遊びに行こっかな。
元旦は、ほとんどの人が
家で過ごしているから、外の静かな空気を
いっぱい味わえるし。
でも、冷え込むのは嫌だなぁ・・・・・・
と、考えていたのが。
―・・・・・・どうすんの、これ。
追って突き返そうと思ったが、
もう姿が見えない。
思いも寄らなかった事が起こって、
身体が動かなかったのだ。
これを持っている以上、部屋に行って
迎えなければ、あいつが家に入れない。
行って待つしか、ないではないか。
深い溜め息をついて、空を仰ぐ。
灰色だ。
あいつの、髪の色みたい。
今にも、雪が降りそうだ。
あの時みたいに。
初めて出会った時も、
前回も、悔しいが
最終的に彼のペースで持っていかれる。
マイペースを、保てない。
マンションのエントランスを抜け、心依架は
エレベーターへと歩いていく。
丁度一階で、待機していた。
自分が戻ってくるのを、
待っていたかのような感覚に陥る。
さぁ、どうぞ。お姫さま。
あいつの声が、聞こえてきそう。
頭を振って、上向きのボタンを押す。
ドアがスライドして開いた後、中に乗り込むと
深呼吸をして、“10”のボタンを押した。
気を抜くと、“5”のボタンを
押してしまいそうだ。
まだ帰るには、早すぎる。
あっという間に、最上階へ辿り着いた。
自宅のマンションなのに、この
余所行き感は何なのか。
自分とこの階よりも、風が強い気がする。
今日は特に、寒い。
身震いしながら、
1003号室のドアへ足を運んだ。
少しの間、じっと見据えて立ち尽くす。
見慣れたドア。でも、違う。
ここを開けると、引き返せないぞ。
頭の何処かで、囁かれる。
いや、そんなに構えなくていいっしょ。
気楽な自分が、言い返す。
あいつは何故か、
自分の保護者を演じている。
本心なのか、取り繕っているのか。
それを確かめるには、いい機会だ。
気の良い友人でいられるのか、
男女として過ごす事になるのか。
どちらでもないのが、今の自分たちだ。
そんな関係で、このままずっと
共有する時間を楽しめるのか。
とりあえず、暖を取ろう。
その結論に行きつく。
カードキーを差し込んで
ドアノブを掴んで下げると、
がちゃん、とロックが解除された。
お邪魔しまーす。心の中で唱える。
最初に迎えたのは、フレグランス。
この匂いだけで、彼に結び付いてしまう。
自分の城へようこそ。お姫さま。
また、そんな声が聞こえてきそうだった。
いや、ちょっと。これは、完全に
自分が作り上げたあいつの声だ。
いつの間にか勝手に、居座っている。
この前訪問した時は、玄関先を
ゆっくり見渡せなくて気づかなかったが、
シューズクロークの側に
観葉植物が置かれていた。名前は分からない。
自分の肩ぐらいの背丈で、
葉っぱが生き生きと茂っている。
こんにちは。
小さく声を掛けて、ショートブーツを脱ぐ。
自分の家のリビングには、
穂香が好きなパキラが置かれている。
それに小さい頃から慣れていて、
話し掛けるのが日常になっていた。
自分の部屋には、
丸いトゲトゲのサボテンがいる。
その子にも、毎日声を掛けている。
だから植物を見ると、
話し掛けずにはいられない。
リビングへ進むと、ぐるりと部屋を見渡す。
こうして改めて見ると、
無駄な家具がなくてスッキリしている。
そして所々に、おしゃれアイテムが。
掃除も行き届いているし、彼が
こんなものを、という
意外な物は見当たらない。
ここで、探求心が生まれる。
彼の実態に触れる、何かを見つける事。
『白夜』は本名じゃないし、
生い立ちも謎だ。
―【好きにしてていいから、待ってて。】
好きにしてて、いいんだよね?
見るだけならいい、って事にしとくけど。
その代わり、撮るのはナシで。
一先ず、部屋を暖かくしよう。
心依架は、エアコンを点ける。
マフラーを解き、手袋を外した。
それぞれを、コンソールテーブルに置く。
コートは、もう少し
部屋の温度が上がってから脱ぐことにした。
―よし。どこから行く?
んーっと・・・・・・
目に留まったのが、スタイリッシュな冷蔵庫。
どんな食生活を送っているのか。
とても気になった。
開けてみると、思ったよりも
様々な物が入っていて、
自分ちの冷蔵庫よりも整理整頓されていた。
保存容器に入った、何かの料理。
中身が気になるけど、開けて調べるまでは
ちょっと気が引ける。
ビール、牛乳、水、酎ハイ、
シャインマスカット、チーズ、生ハム、
魚肉ソーセージ、サラダチキン・・・・・・
よく見ると、お酒が多い。つまみ的な物も。
コラーゲンゼリーに、プロテインゼリー・・・・・・
ここら辺は、美容に繋がるのかな。
特に、偏食というわけではなさそう。
妙な納得をして、冷蔵庫を閉じた。
キッチン周りも、綺麗に片付いている。
そして、ボトルが綺麗に並べられた
スリムなワインセラー。
ここは、ホスト繋がりだろうか。
お酒、好きなんだ。まぁ、そうだよね。
程よい温度になってきた。
コートを脱いで、ソファーの背に掛ける。
その流れで目に留まったのは、
銀色の線で幾何学模様が描かれた
黒色の遮光カーテン。
その先にある、景色が気になった。
両手で少し開けると、バルコニーが映る。
綿雪が降り注いで、
コンクリートの地面を埋めようとしていた。
あいつ、大丈夫かな。
帰ってくる、よね?
もし電車で出掛けているとしたら、
遅れたり停まったりして
足止めされるかもしれない。
メールを送ろうか。でも、
送るのもどうかと思う。
とりあえず、さっき神社で撮ったやつ
送っとこう。
コートのポケットからスマホを取り出して
画面を見ると、彼からメールが届いていた。
《玄関のドア、
ロック掛けないでおいてね》
主は彼だ。当然である。
現に、ロックを掛けずにいる。
《あまり遅くならないでよ》
その一言を送った。これで、いいだろう。
そして、ついでに画像も。
スマホをテーブルへ置いた拍子に
目に留まったのは、この間
白夜がロングコートを脱ぎに入った部屋。
恐らく、彼の部屋だ。
じっと、ドアを見つめる。
入るか、やめておくべきか。
リビングとか、ゲストルームと呼ばれる部屋は
きっと、誰かに立ち入られても
問題はないところだろう。
でも、寝室は。
彼の実態に触れる何かが、
ありそうな気がする。
踏み込んで、いいのか。
・・・・・・
部屋に入るのがダメなら、
“入っちゃダメ”って言われるよね。
好きにしてて、という言葉は、有効だよね?
葛藤した挙げ句、ドアノブに手を掛ける。
入るなと言わなかった、彼が悪い。
心依架は、彼の部屋に踏み込んだ。
深海を思わせる、濃い青色が目に入る。
壁の色が、一面青い。
電気を、点けよう。
壁伝いにある、照明のスイッチをオンにする。
壁、ベッドシーツ、掛け布団、枕、
クローゼットに至るまで。
目にするものは全て、様々な青色で
統一されている。
何、この部屋。
自分は暖色系が好きなので、落ち着かない。
黒が好きかと思ったのに。
しかも、置かれている家具は
サイドテーブルだけだ。
スタイリッシュなライトスタンドと、
その下に飾られた、フォトフレーム。
その、写る二人の子どもが気になった。
二人とも、10歳前後に見える。
「・・・・・・え、これ・・・・・・」
一人は、きっと白夜だ。髪の色が黒いけど。
面影というか、綺麗な顔立ちで分かる。
女の子に見えるくらい、かわいい。
はにかむ様子の白夜に対し、
横に並ぶもう一人の子どもは
とびっきりいい笑顔で写っている。
かわいい、女の子だ。
―・・・・・・誰だろう、この子。
「やっぱり入っちゃったねぇ。」
ふわりと、囁きが耳元に置かれる。
心臓が飛び出そうになった。
死ぬ程驚いて振り返ると、
用事で出掛けたはずの白夜が、立っている。
「君の事だから、入ると思ったよ。」
頬を緩ませているが、
自分を見据える眼光は、鋭い。
獲物に狙いを定めたような、強い視線。
狩られる。そんな錯覚に陥る。
「な、なんでっ?!
帰ってくんの、早くないっ?!」
当然、動揺は隠しきれない。
用事を済ませたにしては、
帰ってくるのが早すぎる。
遅くなるのだと、思い込んでいた。
彼は、こちらに向かって
静かに、ゆっくり歩み寄ってくる。
ただならない雰囲気に気圧され、
心依架は後ずさった。
「雪で、電車が見合わせちゃってねぇ。
急用ってわけでもなかったから、
用事は後日に変更したんだ。
心依架ちゃんが、
家で待ってるのもあったし・・・・・・」
彼は歩みを、止めない。
真っ直ぐに注がれる視線。
それを、逸らせない。
さらに後退すると、ベッドの縁に足を取られ、
そのまま尻もちをつく形で
ベッドの上に倒れ込んでしまった。
はっとして顔を上げると、白夜は
表情を変えずに、こちらを覗き込む。
どくん、どくん、と、激しい動悸が起こる。
こんな状況で、平然でいられる程、
自分は強くない。
今までの、ふんわりした彼ではない。
踏み込んではいけない領域、
だったのかもしれない。
「・・・・・・す、好きにしてていいって、
言ったっしょ?」
「言ったねぇ。」
「で、でも、と、撮ったりとか、
してないからっ!」
「してたら、もっと、
ただじゃ済まなかったよ。」
にっこりと、笑う。
怖いと、思った。
今、多分、笑うところじゃない。
彼は背伸びをした後、自分を見下ろしながら
コートの留め具を外す。
「かなり飢えてるって自分、言ったでしょ?」
その場で、コートを脱ぎ捨てた。
「拒否は許さないから。」
心依架は、自分の身体が震えるのを
抑えきれなかった。
怖い。
震えて、見上げることしか出来ない。
彼の顔が近づくと、思わず
ぎゅっと目を瞑った。
「・・・・・・ごめんなさい、は?」
囁きは、追い打ちを掛けるように
動悸の波を激しくさせる。
「・・・・・・ご、ごめん、なさい・・・・・・」
素直に、謝った。
怖いもの知らずの探求心で
彼の心に土足で踏み込んでしまった、代償だ。
バレなければいいと、思ってしまった。
その甘さと配慮の無さが、この状況を生んだ。
色々覚悟して身を固めていると、
ふふふ、と彼の息吹が耳に掛かる。
「・・・・・・自分の、何が知りたかったの?」
目が、開けられない。
「ホントに・・・・・・面白いね、君って。」
―・・・・・・面白い?
恐る恐る目を開けると同時に、
腿に温かい重さが掛かる。
文字通りの膝枕で、仰向けに寝転がる
白夜に、心依架は戸惑い、状況判断に困った。
―・・・・・・え?
・・・・・・膝枕、だけ?
それで、許してもらえるの?
問いたいが、出来ずに
ただ、彼の顔を見つめる。
もう、寝息が聞こえそうなくらい、
安らかな表情だ。
眺めていると、あんなに激しかった動悸が
緩やかに宥められていく。
深く、溜め息をついた。
色々覚悟した自分が、恥ずかしい。
―その気にならないって、言ってたじゃん。
そうだった。それが頭から飛んでいた。
この人からしたら、いたずらした子どもを
叱るような感覚・・・・・・
・・・・・・でも何か、楽しんでなかった?
すー、すー、と、既に寝息を立てている
彼の寝顔を、複雑な気持ちで眺める。
―ガチギレだったのに・・・・・・
もう寝てるって。
そんなに自分で、膝枕したかったの?
何が、そんなにいいのか・・・・・・
狩られる心配から解放されて
安堵したら、急に瞼が重くなった。
尋常じゃない、眠気。
前回の、うとうとする感じじゃない。
寝落ちの、レベル。
座る形を、保てなくなる。
丁度、ここはベッドの上だ。
このまま、後ろに倒れても、問題は・・・・・・
考える間もなく、気を失うように
身体が脱力した。
*
―・・・・・・
・・・・・・ん?
・・・・・・えっ、海の、中・・・・・・?
口から、空気の水泡が出ている。
なのに息が出来る。それが、不思議だった。
身体は、ゆりかごのように揺られて
浮かんでいる感覚。水面が、上に見えている。
腰の辺りが、引っ張られた。
そのせいで、こぽこぽと水泡もたくさん生まれる。
腹部に目を向けると、
黒絹のような髪の毛が
漂うように広がっていた。
―・・・・・・誰かが、自分に、しがみついてる?
背丈からすると、子どもだろうか。
その子に引っ張られるのと、圧迫される感覚。
水面が、遠ざかった。
『もっと、深い所へ行こうよ。』
顔を上げて、大きな双眸を向けてくる。
この子は。
フォトフレームに飾られていた、白夜だ。
驚いていると、今度は後ろから
誰かの両腕が伸びてくる。
ふわりと、背後から抱きしめられた。
「この子とは、遊べないんだよ。
百夜。」
この声は。
気づいて、鼓動が高鳴る。
『咲茉の所に行きたい。』
「咲茉はもう、いないんだよ。」
『嘘つき。』
「嘘じゃないよ。」
二人の、言葉のやり取りが続く。
挟まれた状態で、どうすることも出来ない。
『・・・・・・どこに行ったら、咲茉に会えるの?』
「・・・・・・いつかきっと、会えるよ。」
小さな白夜の顔が、泣きそうになって歪む。
『会いたいよぉ。』
「自分も、会いたいよ。」
小さな彼から
しがみつかれていた腕が緩み、外れる。
同時に、姿が薄れて、
海の青色に溶け込んでしまった。
後ろから包まれる温かさだけが、残る。
ゆらゆらと、とくとくが、漂った。
「・・・・・・“百夜”の、
百の一本線を取ると、“白夜”。」
優しい響きが、波紋のように広がる。
直ぐに、分かった。
「・・・・・・百夜、って・・・・・・
白夜の、ホントの名前?」
「・・・・・・そう。」
「あの子って・・・・・・?」
「自分の、ちっさい頃。」
もう、分かってるでしょ。
笑い混じりで、紡がれる。
「咲茉、っていうのは・・・・・・」
「まだ、教えない。」
そこで、得意技使う?
「白夜の、友だち?」
「さぁねぇ。」
「初恋相手、とか。」
「すぐ、そういうのに繋げたがるよねぇ。」
だって、それしか
思い浮かばないじゃん。
「言葉には、できないんだよ。
彼女の存在は。」
・・・・・・
それ程、大切な人。
彼の声が、聞こえてきそうだった。
「・・・・・・ねぇ。」
「ん?」
「ここって、“間”?」
“夢”じゃないことは確かだ。
「“常世”に近い、“間”、かな。」
・・・・・・
分かんない。
ちっさい白夜がいて、海の中で、
白夜にバックハグされる空間とか。
包まれる温かさは、まだ続いている。
「・・・・・・何で、離れないの?」
温かいのは嫌じゃないけど、
よく考えたら、これってずっと、
ハグされてる状態で・・・・・・
「心依架ちゃんって、
あったかくて気持ちいいんだもん。」
ふふふ。彼の笑いと共に、水泡が踊る。
「カイロじゃないし。」
「そんな、使い捨てとか悲しいでしょ。
もっと、もっと、貴重で、あったかくて、
綺麗なものだよ。」
もうちょっと、このままでいようよ。
囁きが、届く。
いいけど、いいけどさ・・・・・・
この、とくとくだけが、
気になるんだよね・・・・・・
嫌じゃ、ないけどさ・・・・・・
*
《セーブモード、終了します。》
機械的な声が響く。
その声で瞼を上げると、
天井のない真っ白な空間が覆っていた。
「“心”のお陰だったんだね。ありがとう。」
すぐ隣で、彼の声が紡がれる。
飛び跳ねた鼓動の勢いで
目を向けると、床のない床で
白夜は自分と一緒に座り込んでいた。
《どういたしまして。白夜様。》
自分の胸元には、“心”がいる。
両手で、しっかり握りしめていた。
状況が、掴めない。
「・・・・・・えっ、あれ、何だったの?」
騒ごうとする鼓動を抑えつつ、尋ねる。
「正直自分も、あの空間は初めてだったから
分からないよ。ただ・・・・・・
“心”が助けてくれなかったら、
ちょっと危なかったかもねぇ。」
可笑しそうに、白夜は笑う。
言われている事は何となく分かるが、
笑えるところじゃない気がする。
《心依架様の意識レベルが
急低下しましたので、セーブモードに
切り替えました。
ご満足いただけたのなら、幸いです。》
「ふふふ。“心”は、すごいねぇ。
流石、自分たちの子。」
ツッコむ余裕がない。
「あけましておめでとう。“心”。」
《あけましておめでとうございます。
白夜様。》
「ほら、心依架ちゃんも。ご挨拶。」
促されて、ようやく
“心”の画面に向き合う。
「・・・・・・あけおめ。“心”。」
《あけおめ、です。心依架様。》
あけおめ、通じた。
「“心”。そのセーブモードっていうのは、
いつでも出来るの?」
《緊急事態は勿論、ご要望でも
一定時間内で可能です。》
「そうなんだ。良かったね、心依架ちゃん。
また一緒に、ゆらゆらしようよ。」
屈託なく言われて、動揺する。
確かに嫌じゃなかったけど、
何ていうか、くすぐったい時間だった。
笑いたくなるくらいに。
「今度から頻繁に、お世話になると思うから
よろしくね。“心”。」
頻繁?
《承知致しました、白夜様。》
何を、承知した?
「そろそろ起きよっか。」
だから、一体何を、頻繁に承知するって?
重い瞼を上げる。
部屋内全体の青色のせいで、まだ
海の中にいる錯覚を、起こしそうになる。
しかし、腿の温かい重さで
これが現実なのだと、把握していく。
「・・・・・・んー・・・・・・
よく寝た・・・・・・」
白夜が声を漏らして背伸びした為、心依架は
叩き起こされたように半身を起こした。
腿の上にある彼の顔と、対面する。
「おはよ、心依架ちゃん。」
ふんわりと笑顔を向けられ、目が合う。
騒ぐ心臓に耐えながら、言葉を返した。
「もう、いいっしょ?起きてよ。」
「いいわけないでしょ。
ここに入った罪は重い。」
急に真顔になって言われて、息を飲む。
「これからも、膝枕してもらうよ。
君が自分を、ぱしゃぱしゃ撮るように。」
「・・・・・・だから・・・・・・
それと、これと、じゃ・・・・・・」
しどろもどろになり、目を逸らす。
毎回、この胸騒ぎと
戦わなくてはならないのか。
「分かりました、は?」
「・・・・・・頻繁って、どのくらい?」
「会う時は必ず。」
「義務?」
「そうと捉えるのなら、悲しいね。」
言われて、ずきんとした。
「君が楽しまないと、意味がない。」
「・・・・・・」
「共有できる時間を、
少しでも長く過ごしたいんだ。」
何で、自分?
そう問う事が出来ず、強制的に心依架は
両腿に乗る白夜の頭をずらして、落とす。
「うわっ」
「咲茉って人に、頼めばいいっしょ?」
そう言い放ってベッドから立ち上がり、
白夜の部屋を出た。
リビングに戻ると、ソファーに掛けていた
コートと手袋、マフラーを手に取る。
―咲茉という人は多分、この世にいない。
それが分かっていて、言ってしまった。
自分、性格悪すぎ。
コートのポケットに手袋を突っ込んで
羽織ると、マフラーを首に掛けながら
玄関へ歩いていく。
ぐい、と、後ろから右腕を引っ張られた。
驚いて振り返ると、
彼の強い視線が、ぶつかる。
ずきんずきんと、胸が痛んだ。
―“咲茉”という単語は、明らかに
触れてはいけない領域。
分かってる。深い傷跡だって事くらい。
それを、抉った。
何で、そんな事をしたのか。
頭の何処かで、自分は“彼女”に敵わないと
決めつけているのかもしれない。
そうなるとこれは、嫉妬だ。
海の中で見せた、“彼女”に対する
彼の表情。遠い目。
大切な人との思い出を、過ぎらせる姿。
それを見て、思った。
自分が、ここにいるのに、と。
怒られる。
そう思って身構えていると、白夜は
マフラーの両端を掴んできた。
そこで、初夢の事を思い出す。
正夢だったのか。
でも、何かが違う。
優しい眼差しとは程遠い、
自分を、射抜こうとする目。
激しい動悸が襲った。
ぐるり。
ぐるり、ぐるり、とマフラーで
顔半分まで、ぐるぐる巻きにされる。
この行動の意味が分からず、心依架は
目を丸くしていると、彼が
ぽろっと言葉を漏らした。
「その意地悪さ、かわいすぎるよ。」
頭を、ぽん、とされる。
「もう少しで、押し倒すところだった。」
白夜は玄関のドアを、ガチャリと開けた。
びゅうっ、と冷たい風が吹き込む。
ぐるりと身体を反転させられ、
背中を押された。
「もう、家に帰りなさい。またね。」
がちゃん。
―・・・・・・
これは。
締め出された、ということ、かな。
冷たい風が自分を煽ってくるが、
それよりも、彼の言葉の方が気になった。
【もう少しで、押し倒すところだった。】
―えっ。ど、どういうこと?
うわ。ちょ。エグい。
考えない方が、いいかもしれない。
考えたら、死んでしまうかも。
あいつが、分かんない。
その気にならないって、言ったくせに。
雪混じりの横風が、
涼しいと感じるくらいに、火照っていた。
灰色の空から、
千切れていくように降り注ぐ、綿の雨。
街並みはもう、雪化粧している。
澄んだ夜空で迎える元旦もいいが、
こっちの方が、自分は好きかもしれない。
彼の、隠された過去。
そこには、大切な人がいて。
当然だけど、触れてはいけなくて。
でも。
一瞬だけ、真っ直ぐ
自分を見つめてくれた。
それが分かって、嬉しい反面、
動悸がヤバいことになってしまって。
めんどくさいな、自分。
景色を、ぱしゃりと撮って
ため息をつく。
危険すぎるよ。これ以上踏み込むのは。
*
三学期は、大学入試の準備が主で
授業というより、
補習と自習時間が多いと聞いている。
進路変更の面談は後日になるが、
受験勉強から解放された心依架は
気楽で、始業式を迎えた。
始業式といっても、教室で席に着いて、
オンラインで校長の話を聞いて終わる。
そして実質、午前中のみの登校だった。
「みぃ。いつからでもバイトに来ていいよ。」
「お世話になりまーす。」
「でもさ、ガチでウチに来たいって
言ってくれるなんて思わなかったー。
あははっ。」
「まよごんパパママ、迷惑じゃないよね?」
「大歓迎。パパママ二人だけだったし、
最近売れ行き良くて
人手が欲しいところだったからさー。
売り子してくれると、めっちゃ助かる。」
ホームルームが終わり、心依架と真世心は
皆が補習自習する為に残る中、
下校する支度をしながら会話していた。
「パン食べ放題だかんね。」
「やった。」
「売りに出せないやつだけどね。」
「味は同じっしょ?めっちゃいいじゃん。」
「自分が作った試作品一号、
みぃに食べてもらうからね~。」
「楽しみにしとく。」
二人がリュックを
背負おうとしているところに、
歩み寄ってくる女子がいた。
「あの、心依架、さん。」
その人物に、真世心は目を見張る。
心依架は苦笑しながら、声を掛けた。
「さん、は、いらないっしょ。」
「まだ、言いづらくて・・・・・・」
「自分は遠慮なく言うよ、明日葉。」
「・・・・・・ふふっ。」
笑いながら言葉を交わす二人を、
真世心は呆然気味で見守っている。
朝、彼女が教室に姿を見せた時、
皆は温かく迎えていた。
その中でも、久我の喜び方がハンパなくて
とても印象的だった。
クラス委員長、副委員長。
成績は学年で、トップクラス。
二人はライバル仲だと思っていたが、
自分の見る角度が変わってしまったのか
とても、良い雰囲気に見えた。
互いに、どうなのだろう。
「待ち合わせ時間は15時だから、
ちょっと早いけど・・・・・・どうする?」
「今日は、心依架、と一緒に過ごすって
決めてる。」
追い込み最中に、ごめんね。
「自分はこのまま、
まよごんとランチ行くよ。」
「自分も、お腹空いたから・・・・・・
ランチしたいな。」
「あらっそ。一緒に行こ。」
そこで、久我の事どう思っているのか
聞いてみよう。
「ねぇ・・・・・・二人とも、いつ
仲良くなったわけ?」
問わずには、いられなかったのだろう。
真世心が、疑問符に埋もれている。
―そうだ。
イレギュラーかもしんないけど・・・・・・
まよごんがいたら、心強い。
いつか話そうと思ってたし。
「明日葉。まよごんにも、さ。
話聞いてもらおうと思ってるけど・・・・・・」
「ふふっ。楽しそう。」
明日葉も、乗り気のようだ。
「えっ?何、分かんないけど?
ウチも、行っていい感じなわけ?」
「いいっしょ。」
「帰る準備、してくるね。」
微笑みから生まれた
和やかな風を吹かせて、明日葉は
自分の席に戻っていく。
それを二人は、温かく見守った。
「かなり、話したいことがあって。」
「うん。聞くけどさ・・・・・・」
自分と明日葉の組み合わせは、
真世心にとって想像できなかったのだろう。
あの出来事がなければ、自分だって
明日葉と関わることはなかったはずだ。
クラスメイトも、受験生である明日葉が
就職組の自分たちと帰る光景は、
想像もしていなかったのだろう。
かなりの注目を浴びて、見送られた。
元旦以来、白夜とは会っていない。
自分から訪ねるのもどうかと、思ったし。
締め出された立場としては。
どんな顔で会えばいいのか、
分からないのもあった。
なので、真世心と明日葉が
一緒にいてくれるのは、とても心強かった。
待ち合わせの連絡は、メールで一言。
“渋谷に、15時”
意外に、渋谷好き。
まぁ、知ってる場所の方が安心する。
でも、アバウトすぎない?
追って連絡するという事なのか。
ランチと言っても、自分たちの財力では
ファストフードが限界である。
それでも、美味しいから良き。
「明日葉って渋谷は、よく行くの?」
真世心の適応力は天才的。
もう、呼び捨てだ。
「塾の通り道だから・・・・・・」
「へー。渋谷を通り抜ける塾なんて、
あるんだねー。」
明日葉は、幸せそうにポテトを一本ずつ
もぐもぐさせている。
真世心は、というと
右手にダブルチーズバーガー、
左手にポテトの両刀使いだ。
「神隠しにあったのって、
塾に行く途中だったんしょ?」
「うん。交差点を歩いている時、かな。」
「憶えてないってのが、怖いよねー。」
彼女が両方を口に頬張る様を、
心依架は見守りながら
紙カップのジンジャーエールを
紙ストローで吸い込む。
「憶えてないっていうのは、ウソ。」
「えっ?」
「話しても、信じてもらえなだろうし・・・・・・
色々聞かれるのも、嫌だったから。」
「じ、じゃあ、ホントは・・・・・・?」
なぜか明日葉は、自分に目を向ける。
塩っ気強いな、と思いながら
ポテトを二、三本、咀嚼しながら頷いた。
「自分も、詳しく聞きたい。」
―あいつが来る前だけど、
事前に聞いといても、いいっしょ。
その言葉を聞き入れて、明日葉は
口の中のポテトを
完全に無くした後、語り出す。
「自分ね、小さい頃から
何かに没頭すると、
“世界”に迷い込む事が多かったの。」
心依架は、驚いた。
―じゃあ、アレが
初めてじゃなかったってこと?
「えっ?“世界”って、何?」
「現実とそっくりなのに、違う世界。」
「???」
「心依架、が知ってると思ったから、
話を聞きたかったの。」
「?・・・ここで何で、みぃに聞くの?」
突然自分が出てきて、真世心は
混乱している。
そうか。
明日葉は、知らないんだ。
でも、自分の説明で分かってもらえるのか。
二人から注目されて、
息をついた後に告げる。
「この現実が“現”という世界だとしたら、
明日葉が迷い込んだ場所は、
“常世”という世界。簡単に言うと、
“この世”と“あの世”ってやつ。」
「あ、あのよ、って・・・・・・」
「心依架。あの世界、“常世”なの?」
「そうらしい。」
「ちょ、待って!“あの世”って、
幽霊が住んでる、あの“あの世”ってこと?!」
「声が大きい。」
「激ヤバじゃん!」
「いつもなら、しばらくすると
“現”に戻ってこられるんだけど・・・・・・
今回は、いつまで経っても
“常世”から出られなくて。
とにかく、ひたすら歩いてたの。
全然疲れないから、ずっと。」
明日葉の対応力も、天才的。
「よく戻ってこられたよね!」
疑問を持たず、明日葉の話を信じて
相槌を打つ親友は、大丈夫かと思う反面
有り難い。
「戻って来られたのは、心依架のお陰。」
「また、みぃが出てくんの?どゆこと?」
「正確には、えっと・・・・・・実は今日、
自分と明日葉が待ち合わせてる
ヤツなんだけど・・・・・・そいつが、
自分と組んで“常世”に行ったわけ。
そしたら、さまよい歩いている
明日葉を発見して、連れ出したというか・・・・・・」
「な、なに?なにそれ?ゲームみたい!
エクソシスト的な?ヤバっ!
さまよってる明日葉を助けたって事?!
かっこよすぎじゃん!!
みぃ、そんなことしてたの?!すごっ!
で?その組んでるヤツって、どんな人?」
「・・・・・・んー・・・・・・」
聞かれる勢いが、もの凄い。
処理しきれない。
「とてもふんわり優しくて、強い人。」
するりと、明日葉が答える。
「男?」
「綺麗な顔立ちしてる。」
「やっば!ちょっと、みぃ!
何で隠してたの?!男、いるじゃん!」
あー・・・・・・
「違う。」
「付き合ってないの?!」
「そんなんじゃない。」
「男女仲、という枠を超えてる。」
「・・・・・・ん?明日葉?」
「なになにそれ!もっと詳しくっ!!」
女子トークに、変わってしまった。
いいや。聞いてもらおうと思ってたし。
この流れで、心依架は
白夜と出逢った経緯、“間”の事、
出来る限り話せることを、二人に語った。
「うっそ・・・・・・ガチで?やっば。
白夜の本カノって、心依架の事だったの?」
真世心の見解は、色々間違っている。
「素敵・・・・・・」
明日葉は、なぜかうっとりしている。
「自分、さ。正直分かんなくて。」
「何が?みぃ。それ、確実に
恋愛ルート辿ってんよ?」
「はぁ??」
「悩むことある?それ、好き以外の
何があるっての?」
「だから、好きとか、分かんなくて。」
「どう考えても、ガチ惚れされてるじゃん。
両想いじゃないの?
付き合う以外の、何があんの?」
「・・・ち、違うし。」
“咲茉”の事と彼の部屋の事は、伏せている。
気軽に話してはいけない領域だと、
きちんと分かっている。
そして、彼が想っているのは、彼女だ。
「そっか。みぃ、怖いんでしょ?
分かる。分かるよー。
でもさ、突っ走ってもいいんじゃね?
ぶつかってなんぼっしょ?」
それは、真世心だから成立する話で。
「心依架、が受け入れたら、
もっともっと素敵な時間が過ごせるよ。」
にこにこしながら言う明日葉の言葉は、
さっきからよく分からない。
「これって、恋愛?」
「当然っしょ。」
「恋愛よりも、素敵な関係。」
「自分、そいつのこと、好きなのかな?」
「かわいっ。気づいてないの?」
「好きよりも、さらに上。」
「正直、恋愛めんどくさいんだよね。」
「ガチ恋は、めんどくさくないよ?
楽しいよ?楽しんだ方がいいって!」
「どんな形でもいいと思うよ。」
「あっ。そうだ。明日葉は、
久我のこと、どう思ってんの?」
さっきから変な事を口走っている
明日葉に、質問を投げた。
ぶつけられた本人は、きょとんとしている。
「・・・・・・えっ?」
「うわぁっ。それも気になるわーっ。」
真世心も、気になっていたようだ。
「久我は多分、明日葉のこと
好きだと思うよ。明日葉は?」
「・・・・・・好き、といえば好き、かも。
でも、そんなんじゃなくて・・・・・・」
「ぐはぁっ。あんたもかっ。
二人とも、かわいすぎかよっ!」
唯一、恋愛真っ只中の真世心が、
頭を抱えている。
「男女なんて、恋愛してなんぼだってば!
その素晴らしさが分かんないのって、
人生半分損してるよ?自由なのって、
今しかないんだよ?」
「めんどくさいし・・・・・・」
「受験、あるし・・・・・・」
「お前ら。」
「恋愛が、全てじゃないし。」
「恋愛を超える友情も、あると思う。」
「男女間に、友情はないっての。」
三人三様の意見が、面白い。
「とにかく、みぃ。あんたは、
覚悟しといた方がいい。」
真世心が自分を見据えて、宣言する。
「相手は、女を知り尽くしてる有名ホスト。
そんな男がガチ惚れしてるってことは、
確実に落とされる。」
「・・・・・・ちょ・・・・・・
なに、それ。怖いんだけど。」
「怒らせたりとかすると、逆効果。
さらに、追い込まれる。」
「お、追い込まれる?」
怒らせた心当たりがあるので、
どきりとした。
「諦めな。もうあんたは、
ヤツの術中にハマってる。」
お前はもう、死んでいる的なこと言うな。
「気ままなフォトグラファーって、
みぃの事だったのかー・・・・・・
そっかー・・・・・・」
「ねぇ。怖いよ。まよごん。」
「かなりの女を、敵に回すね。」
「だから、怖いってば。」
「白夜さんは、心依架、のこと
とてもとても大切に考えてると思うよ。」
黙って聞いていた明日葉が、
微笑みながら零す。
「とてもとても、大事にしてくれると思う。」
言われて、心当たりがない、
というわけではない。
保護者っぷりが気になるけど、確かに
自分のこと、気遣ってくれている。
「いいこと言うじゃん、明日葉。
・・・ぶつかってみなきゃね、
どんな人かなんて分かんないよ。
一回、ぶつかってみたらいいじゃん。」
「真世心、も、いいこと言うね。」
「だろぉ?」
―自分の中ではまだ、解決には遠い。
でも・・・・・・それでいいのかも。
二人に、話を聞いてもらって良かった。
「・・・・・・ありがと。二人とも。」
「進んだら、即教えてよ?
めっちゃ気になるから。」
「二人が仲いいとこ、ずっと見ていたい。」
二人とも、ありがとね。
「今、何時?」
「もうすぐ15時になるよ。」
時間経つの、早いな。
「連絡・・・・・・」
「楽しそうだねぇ、お姫さま方。
自分も混ぜてほしいなぁ。」
ふんわりと落とされる声。
冗談抜きで、心臓が飛び出そうになった。
なぜ、この場所で。この、タイミングで。
「えぇっ?!」
真世心の驚いた声が、響き渡る。
当然、注目を浴びた。
自分たちが座るソファーの後ろに立つ、人物。
見間違える事がない、灰色のアシンメトリー。
「ど、どうして・・・・・・」
「さぁ。なぜでしょう。当ててごらん。」
―後ろから付いてきた、とか、
そんな答えでは、説明がつかない。
三人いて、気づかないはずがない。
待って。まさかとは思うけど・・・・・・
話、聞いて、なかった、よね・・・・・・?
「やっば、生白夜、ちょーキレー・・・・・・
かっこよすぎ・・・・・・」
「ありがとー。ふふふ。
君は明るくて、とってもかわいいね。」
ひゃあぁぁぁ、と奇声を上げる親友は
置いといて、明日葉は驚いた様子もなく
笑顔で迎える。
「どうもです。白夜さん。」
「どうも。明日葉ちゃん。」
マイペースに挨拶を交わす二人を、
呆然と眺める。
「黙っていてくれて、ありがとねぇ。
お陰で、とても面白かったよ。」
「こちらこそ、
二人には見えてないんだなぁって思って
とても楽しかったです。」
会話が、読めない。
だが、それが、ますます不安にさせた。
どうやったのか、とか、そんなのは
考えもつかない。だけど・・・・・・
何となくこいつなら、エグい事を
やってしまいそうな気がする。
それで、自分らの会話を聞いていた、とか。
もし、そうだとしたら、ヤバい。
嘘。やめて。お願いだから、
この予想当たらないで。
青ざめていく心依架を、白夜は
穏やかな笑みを絶やさずに眺めて、
のんびりと告げる。
「分かってきたねぇ、自分のこと。ふふふ。
お二人とも。早速なんだけど、
心依架ちゃん借りていくよ。」
「はい。どうぞ。」
「えっ、いや、ま・・・・・・」
ひゃあぁぁぁ、と、真世心は
彼が言葉を発する度に、奇声を上げている。
自分も別の意味で、叫びたい。
「あ、明日葉に・・・・・・
話、聞くんじゃなかったの?」
「もう聞いたよ?」
「もう話したけど。」
・・・・・・い、
いやあぁぁぁぁっ!!!
「さぁ、お姫さま。
自分と一緒に、出掛けましょうか。」