エピローグ
その病室のベッドには、相沢 悠生が
仰向けに横たわっていた。
輸血を済ませ、鉄分を補う為の点滴が
静かに投与されている。
絶対安静と、師匠でもあり同僚でもある
『ラッヘン』に強く言われ、渋々彼は
言われた通りに天井を見上げていた。
本来なら、このくらいの事では
彼としては何ともない部類に入る。
しかし、今回は確かに
致命傷ではないが傷も深く、
火災から逃げる為に走って
眩暈が尋常ではなかった。
この、応急処置がなければ。
動けなかったかもしれない。
そのすぐ側の丸椅子には、
高城 由梨が腰を下ろしている。
彼女は、じっと彼を見据えて
1ミリも動かない。
監視、に近い。
彼が幸いだと思ったのは、
彼女が何事もなく無事だった。
流石の身体能力とはいえ、
あの変則的な枝の動きから
逃れられたのは、奇跡に近い。
「・・・・・・ごめんて。
いい加減、許してくれへんか?」
自爆しようとしたのを、まだ
許してはもらえないのか。
刺すような視線に耐え切れなくなった彼は、
問うとともに彼女へ目を向ける。
「・・・・・・あんたは、いっつも
裏腹な事ばかりしたり言ったり、裏切る。」
やっぱり、まだ許してもらえていない。
それは分かるが、“裏切る”という言葉には
心当たりがなかった。
「裏切るぅ?何の話や?」
「嫁にならへんか~?とか抜かしたのに、
全然その気がない。」
「へっ?あ、はっ、それはっ、誤解やで?」
―勢いで言ったの、意外と
真に受けとったんか。・・・・・・へっ?
それでブチギレとんのやったら、
かわいすぎるで?
「生きるためやから仕方ないわ~って
あの女の言いなりになってた割には、
あっさり自爆しようとした。」
「いや、それはな、その・・・・・・
なんや・・・・・・」
―ヒーローになりたかった。なんて、
おもろないし言えるわけないやろ。
「どれ一つ、本物がない。」
「何やて?ほんまもんがないってのは、
ちょっと違うで。」
―俺がハンパもんなのは、否定せん。
せやけど。
「あんさんは鼻で笑うと思うて
言わんかったけど・・・・・・
大事にしたいって思う気持ちは、
ほんまや。」
「・・・・・・」
―ごっつぅ、睨んどる。せやから、
言いとうないんや。
「口だけちゃうからな?」
「あんたの言葉は、軽すぎる。」
「俺の愛、伝わらへんかったんか?」
「・・・・・・よくそんな事、真面目に言うね。」
「今、押し倒してもええんやで?」
「できるもんならやってみな。」
―いててて。できひんわ。
「痛くて、できないくせに。」
「な、なんやて?」
「そういうとこだよ。」
―・・・・・・わ、分かっとるやないか。
こんこんこん。
ノックの音が響き、二人は目を向ける。
「・・・・・・私よ。
入ってもいいかしら?」
「あ、はい。どーぞ。」
ドアがスライドして開くと、
微笑みながら『ジーン』は
中へと入っていく。
「二人とも。大変お疲れさまでした。」
「へへっ。先生のお陰で命拾いしたわ~。」
「ふふっ。逆に、謝らなくては。
ただの手榴弾ではなかった事を。」
「・・・・・・由梨。先生に椅子。」
「誰に指図してんの?何様?」
「あぁ。いいのよ。すぐに出ていくわ。」
『彼女』は二人の顔を交互に見て、告げる。
「お陰さまで、今回の目標としていた件は
無事に解決したわ。本当にありがとう。
・・・・・・ただ、樹海の調査は
今後も行ってもらうつもりよ。」
「お安い御用や。了解っすわ。」
「とにかく、しばらくは
ゆっくり休んでもらうわ。
今回の報酬、何でも好きなの言ってね。」
「ほんまっすか?!うれしいわ~!
へへっ。なんがええやろなぁ~。」
「・・・・・・何でもって、本当なわけ?」
由梨が向ける強い視線に、『彼女』は
怯むどころか笑顔で受け止める。
「ええ。何でもどうぞ。」
何事かと、じっと悠生が注目する中
彼女は言葉を紡いだ。
「家が、欲しいんだけど。」
予想外すぎる要求に、彼は目を丸くする。
「はぁっ?あんさん、それは流石に・・・・・・」
「建てる場所は?」
すんなり受け入れた『ジーン』にも、
驚きを隠せない。
「いや、先生、こいつは冗談を・・・・・・」
「ちょうど、焼けてスッキリした所が
あるだろ。そこでいい。」
「建てるのに時間が必要だけど、
それでもいいかしら?」
「構わない。」
進んでいく話の行方を、彼は呆気にとられて
双方の顔を見て聞くことしかできなくなる。
「とても素敵な考えだわ。良ければ
家を建ててどうしたいか、
教えてもらえないかしら?」
動じない『彼女』は、にこやかに尋ねる。
「ここは、常に監視されている気がして
落ち着かないから。」
「ごもっともね。否定しないわ。
・・・・・・だけど、もっと素敵な理由が
あるはずだけど?」
「・・・・・・」
ちらっと、由梨は
呆けている彼に目を向ける。
「この男が、どうしようもないから。」
その言い分に、『ジーン』は吹き出した。
「それは間違いないわ。うふふっ」
「へっ?せんせ・・・・・・」
「誰にも干渉されない時間が欲しい。」
「それは要するに、濃密な
結婚生活が送りたいって事ね?」
「・・・・・・は?」
「なっ・・・・・・」
呆けていた彼は、『彼女』の言葉で
目を見開き、みるみるうちに
顔を輝かせていく。
「そっ・・・・・・
そういう事やったんか?!」
「ちが・・・」
「子どもを育てるには、
とても良い環境だと思うわ。」
「だからちがっ・・・・・・」
「いやいやいや先生!気が早いわ~!
せやなぁ~!せっかくやったら、
5人くらい増えてもええくらいの
ひろ~い家にしてもらえます?」
「ちょっ・・・・・・あんた、
何勝手なこと言って・・・・・・」
「あらっ、いいわね!
賑やかで楽しくなりそう!」
「建てんの、早めにお願いしますね?」
「了解!早急に進めさせてもらうわ!」
「やめろっ!もういいっ!この話はナシだ!」
立ち上がった由梨の張り上げた声で、
部屋内は一旦しんと静まり返った。
黙り込み、俯いて立ち尽くす彼女を
悠生は、笑顔を絶やさずに見守る。
例え、どんな理由でも
彼女が生きようとする考えを持つのは、
とても嬉しいことだった。
「・・・・・・家の件は、前向きに
進めさせてもらうわね。実は、
まだ決定事項ではないけれど
この場所を、一般解放する方針なの。」
『ジーン』が紡いだ事実に、二人は
目を向けずにはいられなかった。
「一般解放って・・・・・・」
「言葉通りよ。」
「・・・・・・誰でも自由に、
行き来できるって事?」
二人が聞きたい事は、一致している。
答えを求める注視に、『ジーン』は
真摯に向き合って紡ぐ。
「どんな形になっても、
『私たち』の存在は変わらない。
・・・・・・この意味、
分かってもらえるかしら。」
謎掛けのような返答に、
二人は押し黙る。
『彼女』は、顔を綻ばせた。
「本当の意味で、渡り歩く事になるわ。
これからも、ずっとね。」
景色は、灰色の世界。
ここに存在できるのは、
藤波 晴と『片桐 朋也』だけである。
涙を流し、嗚咽を繰り返す彼女を
『彼』は、無言で抱き留めていた。
そんな時間が、
どのくらい経っただろうか。
ようやく、彼女の口から言葉が零れる。
「・・・・・・彼を、あんなに、
狂気に変えたのが・・・・・・
深い悲しみだったなんて・・・・・・」
頬に伝う彼女の涙を、彼は尚も紡がず
そっと拭い取る。
「何もかも、
あの子の為だったんだね・・・・・・」
非道で、赦されざる行為。
人を踏みにじり、抑えつけ、
勝手な理想郷を創り上げようとした、
彼の視界は。
ずっと、見失った小さな愛を。
探し求めていた故の、
歪んだ世界を映していた。
『・・・・・・君は、
どこまでも優しいな。』
やっと紡がれた低い声は、
泣き崩れる彼女を慰めるように包み込む。
決して拭いきれない、
残酷な産物を刻まれたというのに。
彼女は、憎悪さえも
哀哭に変えてしまう。
『重ねられた罪は、重い。
刻まれた現実は、消えない。
どんな背景があったとしても、俺は
奴の事を赦すことはできない。』
赦してしまったら。
どこまでも心優しい彼女を、支えきれない。
「・・・・・・朋也の方が・・・・・・
ずっともっと、優しいよ?」
顔を上げて紡がれた晴の言葉に、
朋也は小さく笑った。
『しまった、な。ここでは、
通じてしまうのを忘れていた。』
「・・・・・・ありがとう。
ずっと、傍にいてくれて。」
涙で潤んだ目を細め、彼女は微笑む。
ありがとう、など。
いつも感謝の言葉を紡ぎ、笑顔を向ける。
その度に、どんなに絡んだ糸も
解してくれて、こちらも
笑顔にならざるを得ない。
『・・・・・・それは、こちらの台詞だが。』
彼は顔を綻ばせて、頭を垂れる。
『拾ってくれて、ありがとう。』
「ぶっ。なにそれ。ふふっ」
彼女の心理の記憶は、閉ざされている。
共鳴している為、自分自身も
その部分は記憶が抑えられているが、
何となくは理解している。
『君に出逢えて、本当に良かった。』
それこそ、誰かの台詞のようだ。
「な・・・・・・なぁに?
急に改まっちゃって。」
晴は、頬を赤らめている。
表情が豊かなのも、魅力の一つだ。
『当初よりも、さらに綺麗になった。』
「や、やだ。ホントどうしたの?」
照れて焦る彼女を見ると
意地悪したくなるのは、言うまでもない。
『言葉で伝えるのは、大事なことだ。
俺たちは特に、な。』
「・・・・・・うん。それは、そうだけど。」
『まぁ、伝える手段が
言葉しかないのもある。』
自分たちは、触れ合うことができない。
温もりとして、伝えることはできるが。
それは、暗黙の了解である。
「・・・・・・そうだね。」
彼女は、少し寂しそうな様子で
相槌を打つ。
「・・・・・・でも、十分伝わってるから。」
彼の懐へ顔を埋め、ぎゅっとする。
「今が一番幸せ。」
『・・・・・・ふははっ。言うようになったな。』
もっと照れて焦る君が、見たかったが。
「成長したでしょ。」
『ああ。魅力的になった。』
「歳だって、朋也を超しちゃったもん。」
それも、悩ましい点ではある。しかし。
『歳を重ねる君を傍で見守れるのは、
俺にとって一番の幸せだ。』
「・・・・・・」
彼女の鼓動は、力強く跳ね上がる。
「・・・・・・もう・・・・・・ホント、
どうしちゃったの・・・・・・?」
この上なく嬉しい言葉だった。
年老いて変わっていく自分と、
変わらない姿のままの彼。
それは、止めることができない。
だけど。歳を重ねて
物事を理解できるようになっていく度に、
彼との時間が
何よりの幸せなのだと。噛み締める。
『白夜たちに感化されたのかも、な。』
「ふふっ。分かる。あれだけ堂々と
イチャつけるって、逆に
ちょっと羨ましいって思っちゃった。」
『ほぉ。君に、そんな願望があったのか。
俺は別に構わないが。』
「えっ?いや、だから
自分たちは、その、無理でしょ?」
『どうかな?試したことないからな。』
「えっ。・・・もう!イジワル!」
『ふははっ』
第三者の視点からすると
彼女たちの仲の良さも、羨ましいだろう。
『・・・・・・あれだけの力を持つ心依架もだが、
操っている白夜の制御力は、類稀で
群を抜いている。』
自分たちとは違う、反響の力。
互いに独立し及ぼすそれは、
人知を超えている。
「確かに、すごい力だよね・・・・・・」
『普通、心理の記憶を保ちながらの行動は
現時点の人格を破壊してしまう。
調和が取れているのは、奇跡に近い。』
あの二人の存在は、
神の領域だと言っても過言ではない。
「・・・・・・大丈夫、かな。」
ぽつりと、彼女は懸念を零す。
「今回の力って、【彼】と共有する事で
発揮されたものだよね。
・・・・・・負担が大きいと思う。」
『・・・・・・』
「何も影響がなければ、いいけど・・・・・・」
【奴】に関わっていた故の、彼女の懸念。
『影響、か・・・・・・』
「ううん、大丈夫だよね。きっと・・・・・・」
『ああ。』
それすらも、白夜は把握していただろう。
『乗り越えるさ。二人なら。』
何が起ころうとも。
二人なら、笑顔で。
はっ、と佐川 ゆりは、顔を上げる。
隣に座っていた蔵野 恵吾は、
それに気づいた。
「・・・・・・どうした?」
彼は問い掛けるが、彼女は答えない。
二人を乗せた車は、走行中である。
運転席には、腰まである
長いベージュ色の髪の女性。
リアシートに座る二人の領域を
邪魔することなく、
前方を向いたまま動かない。
「・・・・・・懸念していた件が。」
彼に目を向け、ようやく彼女は紡ぐ。
ゆりが見通した未来は。恐らく。
蔵野は、驚く様子もなく告げた。
「すぐに対応する。・・・・・・ゆり。
君に、伝えておくべき事がある。」
『小百合』ではなく、“ゆり”と呼ばれる時。
彼女の胸の奥は、疼いてしまう。
それは未だに、治ることはない。
「・・・・・・はい。」
改まった様子で背筋を伸ばす彼女を、
彼は真っ直ぐに見据える。
未だに彼女が改まってしまうのは、
自分に対して遠慮しているからだろう。
敬語が抜けないのも、そのせいだ。
仕事で一緒にいる時間が、長いせいでもある。
彼女と二人で過ごす時間が少ないのは、
ずっと悩みの種だった。
「改めて言うが・・・・・・
これからは、君との時間が
多く過ごせると思う。」
「・・・・・・はい。」
これは、彼女も見通していたであろう。
一生懸命に目を逸らさず
頬を赤らめて応える姿は、いじらしい。
「だから君には、
包み隠さず事実を伝える。」
やっと、前を向いて歩き始めたところを。
僕は、足止めするようなことを。
しかし、これは。
伝えなければ、僕の気が済まない。
「“彼”の意念は・・・・・・生きている。」
「・・・・・・?」
“彼”というキーワードで、
分からないという事は。
彼女は本当に、“常世”に関する事は
見通せないようだ。
「調査していた二人の件、実は
“彼”が関わっていたんだ。」
「・・・・・・あの、申し訳ありません。
仰っている意味が、分かりませんが・・・・・・」
この事実は、『ジーン』と白夜、そして
高城 由梨だけが知っている。
高城 由梨に関しては、事実を伏せるようにと
“彼本人”から伝えている。
「“彼”がいなければ、
相沢 悠生を救う事ができなかった。」
「・・・・・・それは・・・・・・」
彼女の瞳は、困惑の色に染まっている。
彼女の目には、全て高城 由梨の処置だと
映っているからだ。
「“彼”の教えがあったからこそ、高城 由梨は
完璧な応急処置ができた。」
“彼”は。“彼”の意念は。
尚も、彼女の幸せを願っている。
「それは・・・・・・一体、
どういう意味ですか・・・・・・?」
まさか、という光。
小さな光だが、それを
見逃すわけにはいかない。
「見えているものが、
全てではないという事を・・・・・・
君に伝えたかった。」
そう。高城 由梨の幸せと同時に。
ゆり。君の幸せも、“彼”は。
「言葉では・・・・・・全てを、伝えきれない。」
蔵野の手が、ゆりの手を覆う。
それに、びくっとしながらも
彼女は、彼の眼差しを受け入れた。
「僕に、ぶつけてくれ。
君の全てを、僕は愛したい。」
ざぁざぁと、雨音が鳴りひびいている。
この雨は、止むことはない。
それは、分かり切っている。
傘を差した、あの時も。
“彼”の心には、雨が鳴りひびいていた。
私の、ちっぽけな光では。
彼の、血潮のような雨を。
拭いきれるとは、到底思えなかった。
だけど。せめて。少しだけでも。
雨宿りができたらと。
幼いながらに、そう思って手渡したのだ。
“彼”が亡くなったと知らされてからの時間は。
怒涛のように流れて、息をつく暇もなく。
仕事に身を任せ。
考える事を閉ざし。
ただ、“彼”との思い出だけを追っていた。
それでは、いけないと。分かっていたけれど。
こんなにも、自分は弱かったのかと。
思い知らされた時間でもあった。
恵吾さんという、大きな光が。
私を包んでくれて。
ようやく、前に踏み出せた。
どんな時も、寄り添ってくれる彼は。
本当に、大きな存在で。
自分なんかでは、彼の支えにはなれないと
いつもどこかで否定し、
仕事という名目で何とか納得させて
必死に付いていった。
これで、いいのかと。
ずっと、自問自答しながら。
『ゆりは、ゆりのままでいいだろ。
何で、否定するんだよ?
十分お前は、素敵なのに。』
雨音が、遠ざかった。
同時に、後ろから掛けられる声。
『俺が認める人なんだからな?
もっとぶつかっていけって。
全部、包んでくれるから。』
差される、赤い傘。懐かしい。
でも、それよりも、この声の方が。
「そんなっ、簡単に、言わんでよっ・・・・・・!」
涙の雨も、溢れ出す。
心のどこかで。もう一度。
夢でもいいから、“彼”に会いたいと。
願っていた。
『ゆりは、本当に頑固だよなぁ。』
何も、変わってないな。
笑い混じりの、“彼”の声は。
それこそ、何も変わらない。
「俊が、軽すぎるんよっ・・・・・・」
久しぶりに発音した、“彼”の名前の一部。
発音する事を、心のどこかで
禁じていた気がする。
『俺なんか、忘れていいって言ってるのに。』
「忘れられるわけ、ないやろっ・・・・・・!」
あんな別れ方して。
心を置き去りにされて。
忘れろ、なんて、ひどすぎる。
『俺は、もう十分なんだ。
今まで、本当にありがとう。ゆり。
温かいものを、いっぱいもらった。』
「・・・・・・だから、勝手すぎるんよ・・・・・・」
知らない所で、人助けをして。
妹の傍にいる為に、医学を志して。
自分を、他の人に託すなんて。
命を捨ててまで、
全てを護ろうとしたあなたを、
どうやって忘れろというの?!
『あの人の頼みで来たけど・・・・・・
こうして会うのは、最初で最後だ。』
「また、そんな、勝手にっ・・・・・・!」
『俺の意念を尊重して
ずっと黙っていてくれたあの人を、
責めないでやってくれ。
全部、俺が悪いんだから。』
振り向いて、文句を言いたかった。
でも、それはできないと思った。
責めるよりも。
こうしてでも会えた喜びの方が、大きいから。
振り返ってしまったら。
もう本当に、いなくなっちゃうのでは、と。
根拠ない不安を抱いてしまった。
「・・・・・・もう、行っちゃうん?」
『ああ。お姫さまとやらを助ける準備に
取り掛からないと。手遅れになる前に、な。
俺が行かないと、
きっと、誰も治せない。』
その、使命感には。
もう私には、立ち向かう程の余力は
残されていない。
『幸せになれよ。ゆり。』
彼が、そんなんやから。
強がるしかなくなる。
「・・・・・・言われんでも、なるけん・・・・・・」
『おおっ。いいね。その調子。』
どこまでも、この人は。
「・・・・・・羨ましいなぁって思って、
化けて出てきても、知らんけん。」
『ははっ。うん。それでいい。
それでこそ、ゆりだ。』
大馬鹿。と、言ってやりたかった。
でも。それよりも。
「・・・・・・
会いに来てくれて、ありがとう。」
こんな、どうしようもない私のところへ。
『こちらこそ。・・・・・・こんな俺を、
愛してくれてありがとう。』
もっと、ゆっくり話したかった。
おばあちゃんの家の、居間とかで。
お茶でも飲んで。
ゆっくり、まったり、世間話とか。
・・・・・・
せっかく、会いに来てくれたのに。
またすぐに、お別れだなんて。
大号泣するのは、これで二度目だ。
その時は、泣くことしかできなかった。
でも、今は。
“彼”から、
返されたはずの自分の傘を渡されて。
彼の表情を窺ってもいないのに、
笑顔で離れていく姿が目に映り。
晴れ渡る青い空が、虹を掛けて広がり。
清々しい空気が、自分を包んだのを知ると。
映り込んだのは。
恵吾さんの、澄んだ瞳だった。
嗚咽する声は、
車が走っていく音の中に響いている。
止まらない。
何とか言葉を紡ごうとするが、できない。
蔵野の、真っ直ぐ見据える瞳に囚われて
目を逸らせず、ゆりは只々涙を頬に伝わせ
嗚咽を繰り返す。
―“俺の意念を尊重して
黙っていてくれたあの人を、
責めないでやってくれ。”
責めるなんて。
できるわけがない。
この人は、私から非難されるのを承知の上で
口を閉ざし、“彼”の意念を尊重していた。
意念が強ければ強い程、比例して
“常世”での存在感も濃くなるという。
恐らく“彼”は、その世界で生きる事を
自ら選んだのだろう。
「・・・・・・晴れ渡る、空・・・・・・」
やっと口から出た言葉は、
頭に浮かべていたものとは違っていた。
「見渡す事が・・・・・・できた・・・・・・」
私は、何を言おうとしているのか。
「“彼”は、笑顔で送り出してくれた。
もう、雨は、上がったから・・・・・・」
彼は、私を見つめるだけで何も言わない。
「あなたじゃなきゃ、嫌。」
・・・・・・えっ?
待って。何を言うつもり?
「あなたと、一緒に歩いていくって
もう決めたっちゃけん。」
待って。やめて。私。
「また“彼”の事で私が思いとどめるって
心配したと?あははっ。ごめんなさいっ。
そんなに軽くないんよ、私。
“彼”にも言われた。頑固だって。
物事決めて進むの、私の場合
ばりっっっっばり悩んで
ばりっっっっばり時間かけて
結論出すんよ?知らんかったと?
そんなに簡単に、意見とか意思とか
コロコロ変えて決められんっちゃけん。
だから、あの時だって、あなたと、その、
一夜を共にした時だって、
相当覚悟して受け入れたんやからっ。
分かっとる?流されたわけやないから?
それに、本当に嫌だったら、
ぶっ倒してたけん?
・・・・・・
・・・・・・えっ?
えっと、何、言って・・・・・・
あぁ、だから、ずっと、傍にいてくれないと
困るって話で・・・・・・」
―あぁっ、もう!私何言っとるんよ?!
支離滅裂やん!どうしよう!これ、
怒って責めてるのと一緒やないと?!
しばらくの間が、空いた。
蔵野は、堪らずに吹き出す。
「ははっ・・・・・・」
―“叔父さんの怖いところは、
狙いもせずに女性を
とろけさせちゃう天然素材ですね・・・・・・”
「だから、その・・・・・・」
―“自覚しないと、痛い目に遭うし
勿体ないですよ?”
「君の言いたい事は、分かった。」
そういえば、ずっと前に
そんな事を、白夜に言われたな。
微笑む彼の両手が、ふわりと
惑う彼女の頭を捉える。
視線が行く互いの距離は、
あまりにも近い。
「よそ見なんてしないから、抱きしめろ。」
「えっ?」
「考える隙を与えないくらい、キスをしろ。」
「け・・・けいごさん?」
「自分たちしか味わえない時間を、
とにかく、たくさん欲しいと。
君は、そう僕に言っているんだね?」
「・・・・・・そっ・・・・・・?
それはっ・・・・・・・??
ちょっと、違うような・・・・・・?
あぁ、でも、合っとるような・・・・・・?」
彼女の困惑と鼓動の波は、大きく
荒れ狂っている。
こうして魅了する試みは、不得手だ。
不得手だからこそ。
白夜の言葉に、乗せられた方がいい。
そう、勝手に納得させた。
「僕も、たくさん欲しい。
全然足りない。君の温もりが。
心が。君に関わる全てが。」
彼から紡がれるものは、本当に。
胸の奥を疼かせて、止まない。
「・・・・・・私、も・・・・・・」
小さく、彼に届ける。
「私も、もっと、たくさん欲しい・・・・・・」
二人だけの、時間が。
初めての重なりは。
“彼”への想いを閉じる為の、きっかけだった。
今、強く重ねるのは。
新しい道へ、踏み出す為の一歩。
しっかりと、放さないように。
手を繋いで。
晴れ渡る、澄み切った空が。
二人の上に、広がっていく。
*
―“「心依架。
何か違和感があったら教えて。」”―
白夜に掛けられた、その一言から始まった。
違和感・・・・・・?
そう言われると、確かに
おかしいのかもしれない。
膝上には、まだ、彼の温もりがある。
膝枕をしている状態、なんだろうか。
それなら、どうして
彼の姿が見当たらないんだろう。
まだ視界は、真っ白のままだけど。
―“「白夜・・・・・・今、どこにいるの?」”―
そう問いかけると、少し、間が空いた。
―“「・・・・・・君が今、
膝枕してくれているよ。」”―
分かり切ったような答えが返ってくると、
頬に優しい温かさ。
白夜の、手。
掴もうと、自分も手を頬に持って行く。
触れる感覚はある。
迷わず、もう一方の手も。
・・・・・・
あれ?そういえば。
自分の手も、見えてない。
―“「・・・・・・見えてないね。」”―
彼の、真剣な声。
間近なのに、真っ白で何も映らないのは
確かに大きな、違和感。
―“「・・・・・・心依架。もう、自分たちは
現実に戻ってきているんだよ。」”―
・・・・・・そう、だよね。そんな気がした。
どうやら、違和感があるのは視界だけ。
耳とか匂いとか、触れる感じとかは
全然問題なさそう。
それを自覚してからの時間は、
急激に過ぎていった。
お医者さまかと言わんばかりの
白夜の、問診と触診を受けていると
叔父さまとゆりさんが
この部屋に戻ってきて。
―“「大丈夫。すぐに治るからね。」”―
と、優しくて甘いイケボ。
叔父さまの声って、ヤバい。
見えてない分、それが改めて分かった。
勿論、白夜の声が一番だけど。
―“「私が傍にいます。
何でも言ってくださいね。」”―
凛とした声が、どことなく柔らかい。
こんなに優しい声だったっけ?
ほのかに香るシトラスに、とても癒される。
ゆりさんは優しく自分の手を取り、
寄り添ってくれた。
そして、自分を囲むような形で
三人の会話が飛び交った。
―“「しばらく、ここで過ごすのはどうだろう。
訪問の期日を延期しても構わないよ。」”―
―“「いえ。それだと不具合が出ますよ。
一旦彼女を連れて、自宅に戻ります。」”―
―“「差し支えなければ、治るまで私が
身の回りの事のお手伝いを。」”
―“「・・・・・・そうですね。助かります。
知らない人間が寄り添うよりも、
その方が安心だと思います。」”―
―“「・・・・・・それは確かに、そうだね。」”―
・・・・・・これって、すぐに治るんだよね?
そんなに、過保護にならなくても・・・・・・
『過保護になるのも無理はないのじゃ。
お主のお陰で、乗り越えたものは多い。』
真っ白なはずの視界に、
和装の紳士の姿が。
“おじいちゃん!”と、
嬉しくて叫びそうになるのを堪える。
みんな、おじいちゃんが来ているのに
気づいていないみたいだったから。
『気を遣わせて、かたじけないのぅ。
どうやら、儂ら“常世”の住人は
捉えることができるようじゃな。
・・・・・・言葉を返さなくて良いから、
話を聞いてくれぬか。』
話し合うみんなに
バレないように、小さく頷いた。
『今、お主の目を直す為の
空間錬成を施し途中じゃ。
・・・・・・前にも言うたが、こればかりは
ちと時間が掛かる。早くて、
一週間程じゃろうて。』
一週間。なるほど。
それは長・・・・・・えっ。一週間も掛かるの?
『それまで、不自由な思いをさせてしまうが
必ず治す事を約束する。二言はない。』
約一週間、自宅待機・・・ってことになるのかな。
白夜の家なら、どこに何があるのか
手探りでも分かるからいいけど。
この状態だと、流石に
お仕事はできないし。
まよごんに、どう説明しよう。
あと、ママにも。
『百夜たちに任せておけばよい。
・・・・・・あぁ、そうじゃ。お主は
らぶらぶしたら良いのじゃ。ふぉふぉ』
らぶらぶって。
もう。おじいちゃん。
『・・・・・・御影様。この御恩は忘れませぬ。
一族皆、貴女様を歓迎いたします。
どうか今後とも、百夜と共に
末永く・・・・・・』”
深々とお辞儀されて。
言葉も、結婚の挨拶みたいな。
そういえば、“御影”の声が聞こえなかった。
出てくる気配さえも。
和装の紳士が姿を消した頃には、
三人の話はまとまっていた。
とりあえず今から自分たちを、栞さんが
自宅まで送ってくれる。
そして、翌日の昼前に用事があるから、
叔父さまがゆりさんを連れて
車で白夜を迎えにくる。
白夜と入れ替わりで、ゆりさんが日中
自分の傍に付いてくれるという形になった。
ひとまず、家に帰れるってことが嬉しかった。
急に、お腹空いてた事思い出して。
お腹の虫が、ぎゅるぎゅる鳴いてしまった。
めっちゃ大きな音で。
“自分もヤバい。”
“僕も。”
“私も。”
妙な一体感が生まれて、
思わず笑ってしまった。
生きてるって、忙しくて大変だよね。
―“「心依架。お疲れさま。
本当、よく頑張ったわね。」”―
そう言ってハグしてきた栞さんからは、
思っていた通りタバコ香りがした。
少し低めな声と相まって、色っぽい。
彼女の声を聞いて、すごく肩の力が抜けた。
自分の中ではホント、
お姉ちゃん的存在だから。
こうしてハグして
労ってくれたのは、とても嬉しかった。
―“「栞さんこそ、
本当にお疲れさまです。」”―
―“「・・・・・・ありがと。
あなたからそう言ってもらえると、
疲れが吹っ飛ぶわ。」”―
―“「いいよぉ。さぁ、おいで。」”―
―“「・・・・・・
何で、腕広げているのよ。」”―
―“「自分からも君に、よしよしと
労いのハグを・・・・・・」”―
―“「本気で言ってないわよね?」”―
―“「え。いらないの?」”―
―“「逆に、いると思ってるの?」”―
見えていないけど、
どんな光景なのか浮かんで、笑った。
帰り道、あの門番の可愛いお姫さまに
会う事はなかった。
あの子にも、お疲れさま言いたかったのに。
でも、よく考えたら
あの時間まで起きて門番してるのって、
おかしいよね。ゆっくり休んでほしい。
行きの時は、あんなに怖かったのに。
三人で通る地下道は、全然怖くなくて。
わいわい話しながら
帰ったのもあったけど。
視界が真っ白だったのも、あったかも。
二人の温かさに挟まれて歩いたから。
何も、怖くなかった。
あっという間に
自宅のマンションに帰り着いて、
それこそ栞さんも一緒にご飯食べようと
誘ったけど、彼女は丁重に断った。
―“「心依架の手料理は本当に食べたいけど、
お邪魔虫にはなりたくないから。」”―
その言い分に、白夜は
“「全然気にしないのに」”と言葉を返していた。
自分も同じ意見だったけど、
栞さんの立場だったら確かに、遠慮する。
無理に引き止めることなく、
彼女に深く感謝しながら見送った。
玄関先で迎えられた、フレグランスの香り。
自分ちに帰ってきた。そう思ったら急に
どっと疲れが襲ってきて。
白夜に支えられながら、ソファーに座った。
―“「ゆっくり座ってて。
ここで眠ってもいいよ。
運んであげるから。」”―
彼の優しい声音に
本当に甘えそうになったけど、
一緒にご飯食べたい気持ちが大きくて。
眠気を何とか抑えて、食卓が整うのを待った。
彼に、どこに何があるか
教えてもらいながら食べ進めて。
お腹空いてたのもあったけど、
めっっっちゃ美味くて。
自分やっぱ、料理センスあるじゃんと
思ってしまった。勘違いだったとしてもいい。
彼も、“「美味すぎ。美味い。ヤバい。」”と
連発しながら、がっついてた。
それが、とっても嬉しかった。
明日ゆりさんが来るなら、
何か料理を教えてもらっちゃおうかな。
明日の晩御飯も、作っちゃおう。
そう考えたら、明日を迎えるのが
すごく楽しみになった。
お腹が満たされた後の記憶が、あまりない。
多分寝落ちしちゃったんだろうと思う。
気がついたら、きちんと
ベッドに運ばれていた。
ずっと、白夜の温もりが離れることなく。
ずっと、安心感に包まれて。
ふわふわ温かい時間に、浸った。
何も目に映らないのに、
いつもよりも幸せだと思えたのが不思議で。
見えない方が、いいのかも。
そんな変な事まで考えてしまった。
そう。今だけなんだから。
彼の温もりだけが寄り添う時間に、
どっぷり浸ろうと思った。
忙しない日常を迎えるために
整えておこう、と。
ママとまよごんには、
“ウィルス感染症による免疫低下で、
一週間程度の隔離が必要”だと説明した。
白夜が考えた理由だけど、何で
こんな事を思い付けるんだろう。
確かに、これだったら納得してもらえた。
通話で伝えると、二人は心配しながらも
“何かあったら必ず伝えて。飛んでいくから。”
と、言葉をくれた。
本当の事を伝えられないのは
ちょっと心苦しいけど・・・・・・
言葉にするのが、難しすぎる。
だから、せめて。
治ったら、すぐに会いに行こうと思った。
そういえば、マナさんから連絡があった。
“「一週間後、家に行くから」”という。
その時期が、目が治る時と一緒だったから
何か関係してるのかも。
白夜が出掛ける時は、ゆりさんが
家に来てくれて付き添ってくれる生活が
3日程経った後。
晴さんが、家に来てくれた。
勿論姿は見られなかったけど、
彼女の雰囲気というか。
とても明るくて、温かくて。超絶癒された。
まよごんちのパンを大量、
手土産にしてくれて。多分、これが
自分ちの手土産になるなんて、
まよごんたちは思わなかっただろう。
ちょっと複雑だったけど、
美味しいパンたちの香りを嗅いだ途端
幸せすぎて、涙が出そうになった。
ゆりさんと三人で、それを食べて。話して。
ほとんど女子会だったな。
めっっっちゃ楽しかった。
しかも。二ヶ月先に
晴さんが演奏するコンサートチケット、
もらっちゃった。白夜と二人分。
ゆりさんも、叔父さまと二人分。
これ同時に、Wデート確定っしょ。
うわぁ。楽しみっ。
目が見えなくなってから、ずっと
晴さんのピアノを聴いている。
癒されるのは勿論だけど、
何ていうか、元気がもらえる感じがして。
デバイスでも十分、効力ある。
でも、生で聴いたらホントにヤバい。
贅沢にも自分は、初でそれを経験した。
あれは、ホントにすごい時間だったなぁ。
推しのライブに何回も行ってるから
分かるけど、一体感って
その時だけしか味わえない。
迫力も違う。心が震える感覚も。
一度知ったら、病みつき。
この楽しみができたのは、ホントに大きい。
ゆりさんもだけど、
晴さんも超絶忙しいのに、
自分に寄り添ってくれる。
ホントに嬉しいんだけど、どこか
申し訳なさがあった。
だけど、それには
朋也さんが笑って言ってくれた。
『彼女たちは、どんなに多忙でも
大事なものが何かを心に留めている。
君は、それの拠り所になっている。
申し訳ないなんて思わないことだ。』
彼の言葉は、深い。
噛みしめて理解するのは、まだ難しいかも。
でも。何となく分かった。
彼女たちは、忙しさを理由で
大事なものを置き去りにはしない。
そんな、素敵な人たちなのだと。
現実じゃないような生活が
5日過ぎた頃の夜。
白夜と一緒のベッドで眠っていたので
今思えば、“間”での出来事だったのかも。
夢だったのかもしれないけど。
真っ白で何もない空間に座り込んだ
自分の所へ、ふわふわで黒い毛玉が現れた。
すぐに“彼の方”だと、分かったんだけど。
手の平サイズの小さい姿だったから、
かわいいと思ってしまった。
そういえば、“御影”が現れる気配は
まだ感じない。
“彼”は、ふわりと自分の膝上に乗った。
【何時まで寝たふりをする。】
重低音の声は、相変わらず
かわいくない。でも。怖いとは思わない。
―“「貴方が来てくれるのを待っていたの。」”―
え。そうだったの?
するりと言葉が出たのには、驚いた。
なんだ。御影、いるじゃん。
【我は、暇じゃないのだ。】
―“「ふふっ、そうなの?」―
【あれの所業の所為で、常世が
荒れ放題なのだ。整えるのに忙しい。】
―“「きちんと、仕事しているのね。」”―
【我を、何だと思っているのだ。】
―“「承知の上でございますよ。彼の方。」”―
【・・・・・・たっぷりと、
膝枕してもらう。割に合わん。】
―“「いくらでもどうぞ。」”―
御影は微笑んで、膝上に乗る“彼の方”を
優しく撫でた。
ふわふわ。触り心地、最高。
・・・・・・膝枕というより、
毛玉が乗ってるだけなんだけど。
まぁ、“彼の方”が満足なら、いっか。
【・・・・・・我なら一瞬で、
お前の目を治せるのだが。】
・・・・・・えっ?
―“「・・・・・・人間の所為で起こって
降りかかった出来事には、
手出しできないんでしょう?」―”
【・・・・・・うむ。】
―“「百夜たちが、何とかしてくれているわ。
それを心依架は待っているし、
私も治ると信じているから。」”―
貴方は、見守ってくれるだけでいいの。
言葉は紡がれなかったが、そう聞こえた。
【誠にお前は、怖いもの知らずだ。】
毛玉が揺れる。
―“「そこが、好きなところなんでしょう?」”―
おっと。
【どこか、ずれているのだ。お前は。】
―“「照れているの?」”―
【その解釈も、奇妙だ。】
―“「可愛い。」”―
【解せぬ。】
―“「愛しているわ。」”―
【・・・・・・】
―“「貴方は?私のこと、愛してる?」”―
うわぁ。御影、その質問、攻めすぎっしょ。
【・・・・・・知らぬ。】
―“「まぁ。ふふっ。前の貴方なら、
そんな答えは返ってこなかったわ。」”―
【我に、人間の感情を求めるな。】
―“「百夜の影響かしら?変わるものね。」”―
【我が、人間の影響を受けるわけがない。】
―“「膝枕したいっていう願望が生まれたのは、
その受けるわけがない
人間の影響なのでしょう?」”―
【・・・・・・】
―“「本当、素直じゃないのね。貴方って。」”―
【本当に、飲み込んでやろうか。】
―“「喜んで。」”―
【・・・・・・お前という人間はっ・・・・・・
解せぬにも程がある!】
怒ってるみたいだけど、
小さいしふわふわだし全然怖くない。
―“「貴方という存在は、
可愛くて堪らないわ。」”―
【お前は何もかも、常軌を逸する。】
―“「それ、貴方なりの誉め言葉ね。」”
【・・・・・・お前も、変わった。】
―“「目が治ったら、また一緒に
お散歩しましょう。」”―
【・・・・・・
それまでには、整えておく。】
―“「ふふっ。嬉しい。」”―
“彼の方”ってホント、御影には弱いよね。
愚痴りながらも、聞いてくれてるし。
お二方は、めっちゃ仲良しで
とても温かくて、明るい。
きっと白夜も、どこかで見守っていて
自分と同じく笑顔だったと思う。
その翌朝。
テレビから流れてきたニュースに、
めっちゃ驚いた。
樹海で発生した火災もだけど、
“国の所有区域”が一般解放されるという動き。
住宅とか店舗が立ち並ぶ計画もあるらしい。
『あの施設』や『国の隠密組織』の存在は
報道されていなかったけど、
樹海の調査を実施していた件と
その生態と未知の病原体を研究する為の
施設がある事を、明らかにしていた。
一般解放に踏み切った理由を、自分は
白夜に詳しく聞くことはしなかった。
きっと当事者で、国に関わる人と会議してるし
プロジェクトリーダーだから知ってると
分かっていたけど。
彼は、変えたかったんだと思う。
叔父さまと二人三脚で動いているのは、きっと
組織の在り方を改めたかったのだと。
拭うだけではなく、生まれ変わりたかった。
自分自身も、育った環境も、全て。
そんな気がした。
咲茉も、きっと。今の白夜を見て
喜んでいるだろう。
彼は、新しい道を歩き出したんだと思う。
これから、あの区域は
誰でも自由に行き来できるって事だよね。
最初の内は、興味本位で訪れる人が
ほとんどかもしれない。
今まで、いろんな噂が飛び交ってたし。
事実は、言葉にするのが難しいくらい
深いところにある。
全てを把握できる人なんていない。
知ったとしても受け入れられず、
戸惑う人もいるだろうな。
でも、きっと。
彼らが願う未来に、進んでいく。
自分は、そう信じている。
だって。
愛して止まない彼が決めて、歩く道だ。
信じなくて、どうすんの。
一緒に歩いていくんだから。
これができるって、幸せなことっしょ。
支えてくれる、みんながいる。
それが分かるから。笑顔で歩いていける。
7日目のお昼頃。
宣言通り、マナさんが家に来てくれた。
白夜が彼を玄関で迎えて、自分は
座っていたリビングのソファーから
立ち上がって挨拶した。
すると、ぼそっと声が届く。
「・・・・・・お待たせ・・・・・・」
・・・・・・あ。そっか。マナさんって普段、
こんな感じだったっけ。
“間”とか“常世”での元気で明るい彼が
印象強くて、ギャップが。
「御足労ありがとうございます。」
白夜の声が、自分のすぐ隣から聞こえた。
彼から手を握られて、
ソファーへ座るように促される。
「・・・・・・白夜くん経由で、始めるよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
その言葉の後。
ふわりと、風が舞い込む感覚が。
・・・・・・ん?窓、開けてなかったよね?
『初めまして。お姫さま。』
・・・・・・お姫さまって。
言ったのは白夜かと思ったけど、違う。
視界に映り込んでくる
この爽やかイケメン、誰?
『俺は、高城 俊太郎。
一応、“医者”ってことになってる。』
医者・・・・・・?えっ。
お医者さま?
でも、姿が見えてるって事は、この人・・・・・・
『お察しの通り、“常世”の住民だ。
あんたの目を治しに来ただけだから、
そんなに構えないで。』
いや。この状況、構えるっしょ。
どう見ても、お医者さまっぽくないし。
『・・・・・・って言っても、知らない奴が急に来て
はいどうぞ、っていかないか。』
・・・・・・そんな、
眩しい笑顔を浮かべられても。
『今、あんたの目の焦点は
“常世”に向いていて、
戻す事ができなくなっている状態。
お姫さまの力が強すぎるんだ。
でも、白夜の力が働いているから
何とか繋ぎ止められているんだけどな。』
・・・・・・御影の力が、強い?
『お姫さまは、それを分かっていて
控えていたみたいだけど。
・・・・・・心配いらないから。大丈夫。
切り離す事なんてしなくても、
きっかけがあれば、制御できるようになる。
あんたの力も、中々強いから。』
・・・・・・
そう、だったんだ。
何となく分かった。
御影は、それで出てこなかったんだ。
『・・・・・・おっ。
少しは、分かってくれたみたいだな。』
「・・・・・・治せるって、事ですよね?」
『ああ。』
恐れを知らないなんて、違う。
御影は、“彼の方”と会えなくなるのが
恐かったんだ。
「“御影”の事を、切り離さずに?」
『そうだ。聞き分け良くて助かる。』
できれば、そう。
それができたら、いいと思う。
“彼女”にはもう、寂しい思いをさせたくない。
「・・・・・・よろしくお願いします。」
『了解。
呼んでもらえるか?白夜とのデバイス。』
“心”。
そういえば、目が見えなくなってから
“間”にも行ってないし、会ってない。
「・・・・・・“心”。」
光の粒が、目の前に溢れる。
それが手の平に集まって、
見慣れたスマホの形になっていく。
『会いたかったです!心依架様!』
そう言われると、素直に嬉しい。
「自分も会いたかったよ。」
『・・・・・・
この殿方は、どちら様ですか?』
「えっと・・・・・・お医者さま。」
『何か、具合が悪いのですか?』
『自覚症状なし、か。診てもいいか?』
手を差し出されて、渡そうとすると
“彼女”はブルブルと震えた。
『私、は、元気です。どこも悪くありません。
無理です。白夜様以外の殿方には、
触れられたくありません。』
『おいおい。それは、語弊があるだろ。』
勘弁してくれよ。と、彼は苦笑する。
『この子の目を治す為だ。頼む。』
『・・・・・・
心依架様の目を治す、というのは一体、
どういう事でしょうか?』
彼の言う通り、“心”は
自分の目が見えてないのに
気づいてないみたい。
『このままだと、あんたの大好きな白夜様が
一生見えない状態だし、綺麗な景色も
撮ることもできない。』
うわ。それ、かなり痛い。
『そんな、非常事態だとは・・・・・・
・・・・・・ああ、確かに、分析が
不可能な状態になっています。
なんてことでしょう。気づきませんでした。
申し訳ありません。お医者様。』
『ははっ。謝らなくていいのに。
・・・・・・俺に任せてほしい。
白夜の許可は取ってある。』
『はい。よろしくお願いいたします。』
“心”は自ら、ふわりと浮かんで
お医者さまの元へ飛んでいく。
彼は“彼女”を手に収めると、
画面をスワイプし始める。
『・・・・・・すごいな。フォルダの中、ほぼ
白夜と花の画像だらけだ。』
『愛の結晶でございます。』
その言い方、恥ずかしいから。
『・・・・・・シークレットモードってやつが
気になるな。解除しても
問題なさそうだけど・・・・・・
これ、外したら駄目なのか?』
『可能ですが、一部初期化が必要になります。
心依架様の許可がなければ、外せません。』
一部、初期化って・・・・・・
『それをすると、どうなる?』
『フォルダ内の画像が、削除されます。』
『・・・・・・なるほど。』
・・・・・・
今まで撮った画像が、消えるってこと?
それ、別に何も問題は・・・・・・
『お姫さまのメモリと、
リンクしているってことか?』
『はい。例の花様とリンクしている為
実行すると、御影様に関する記憶も
削除されます。』
「えっ・・・・・・」
それって、マズくない?
“彼の方”と、会えなくなる事にも繋がりそう。
『それは、避けたいところなんだよな。
白夜が悩んでいた点だ。
・・・・・・原因は分かった。
あとは、抜け道があるかどうか・・・・・・』
『難しい、という事ですね・・・・・・』
“彼女”の声は、悲しげに響く。
『諦めるのは、まだ早い。
手がある内は不可能なんて考えるな。』
すごく、力強い言葉。
『・・・・・・
仰る通りです。お医者様。
諦めては、いけませんね。』
彼は頷くと、“心”を自分に返して
真っ直ぐ視線を向けてくる。
『今度は、お姫さまの番だ。
診たいが・・・・・・あんたも、
白夜以外の男には、とか
言わないでくれよ?』
「い、言いませんよっ」
少し笑った後、両手を頭に伸ばしてきた。
挟むように置いて、じっと、彼は
自分を見つめたまま動かない。
・・・・・・この人、背が高いな。
顔も、ちょー整ってるし。
生きてる頃きっと、モテたと思う。
あ。でも自分はダントツで、白夜だけど。
『・・・・・・“現”でも、スマホに
白夜の画像が沢山ありそうだな。』
「・・・・・・はい。」
恥ずいくらい、あります。
『溺愛でございます。』
だから。言い方。でも、間違いない。
『・・・・・・
最初に白夜と出会った時に、撮った画像。
白夜だけ写ってなかったやつ。
それ、まだフォルダに残ってるか?』
「え?あ、はい。ありますけど・・・・・・」
大切な思い出の一枚だ。
勿論、お気に入りフォルダに保存してる。
あれがきっかけで、白夜に
興味を持ったんだよね。
結局、何であんなのが撮れた謎が
解けないままで・・・・・・
それが、一体何だろう?
『無意識で撮ったと思うが、それが
お姫さまが目覚めたんだ。
心依架とリンクした、
きっかけになっている。』
「えっ?」
簡単に、解けてしまった。
『・・・・・・使えそうだな。』
自分の頭に置かれていた
彼の両手が、離れる。
『“心”。その一枚を、心依架のメモリから
アップロードしてくれ。できるか?』
『それは、勿論可能です。ですが、
アップロードしても、解除の際に
削除されてしまいますが・・・・・・』
『バックアップする。
俺の力で、飛べる。大丈夫。』
・・・・・・?どういうこと?
『白夜に会いに行こう。心依架。』
確信を持ったような。
何の疑いも浮かばない、綺麗に澄んだ瞳で
手を差し伸べられて。
それで彼に会いに行こうなんて、
言われてしまったら。
「・・・・・・会いに、行きます。」
何もかも、どうでもよくなる。
掴んだお医者さまの手は、
とても大きくて頼もしく思えた。
『心依架の意思に従ってくれるか?』
『勿論でございます。
お力添えを、よろしくお願い致します。』
『ああ。任せてくれ。』
『・・・・・・心依架様。
アップロードを開始します。
その後、シークレットモードの解除を
実行します。よろしいですか?』
「・・・・・・よろしく。」
『承知しました。始めます。』
“彼女”から、光の粒が溢れ出す。
・・・・・・御影。
あの時あなたは、白夜と繋がっている
“彼の方”を見つけて・・・・・・
思わず、撮ってしまったんだよね。
自分も、眠っている白夜が
お月さまの光に溶け込んでいて・・・・・・
とても綺麗で、美しいと思って
撮ってしまった。
お互いに、惹かれたんだ。彼に。
『目を閉じて。白夜に呼ばれたら、
開けていいからな。』
お医者様の言葉に従い、瞼を閉じる。
「・・・・・・ありがとうございます。
お医者さま。」
御影に、自分に、光をくれて。
『ははっ、気が早いな。
・・・・・・でも、受け取っておくよ。』
ずっと、笑顔で励ましてくれて。
『・・・・・・アップロードが終了しました。
解除に移ります。』
白夜に、会いたい。
“あの人”に、会いたい。
想いは、一緒。
*
澄んだ青空が広がる世界に、佇む青年。
彼の世界に訪れた男は、
横に並んで声を掛けた。
「お疲れ。」
その短い労いに、彼は笑う。
『疲れない身体なんで。大丈夫。』
「・・・・・・いろいろ、ありがとな。」
彼の存在を知ったのは、ずっと前。
妹の中に住みついていた彼は、まだ
少年の姿で。瞳に、拭えない闇を抱えていて。
こんなに逞しく、
立派に育っていたのを知って
会ったのは、つい最近。
“常世”で生きている彼は、
この曇りない青空のように、清々しい。
『何も、してないけどな。』
心当たりがない、というように笑う。
そう言うのが、どれだけすごい事なのか。
彼は、自覚がない。
「・・・・・・俺には、
本音ぶちまけていいんだからな。」
どんなに、苦しい思いをしたのか。
それを妹に見せることなく、彼は。
『もうずっと前に、ぶちまけたよ。彼女に。
だから、俺は真っ直ぐ歩けるんだ。』
彼女。
名前を紡がずに告げる彼に、男は少し
もどかしく思った。
「そういうのを、聞いてないんだよ。
ゆりの事・・・・・・本当は、
ずっと想っていたんだろ?」
幸せにできないと思い、離れて。
同じく妹を想う蔵野さんに、委ねて。
どんな形になっても。彼は。
『・・・・・・想っていた?それは違う。』
浮かべる微笑に男は、はっとする。
『進行形だよ。ずっと。変わらない。』
彼女に対する、俺の想いは。
彼女が幸せになる事で、報われる。
「・・・・・・悪かった。ごめん。」
『ははっ。謝られると困る。』
彼は、天を仰いだ。
『・・・・・・みんなの笑顔が、さ。
俺を満たしてくれる。だから、
これからも進んでいきたいんだ。』
澄んだ青空に浮かぶ、笑顔たち。
悲しい顔になったら、寄り添いに行けばいい。
俺の存在が知られなくても。
その人が、笑顔になれたら。
「・・・・・・応援する。」
『ありがとう。』
「また来るよ。」
『気が向いたらで。』
「今度は、爺さんも連れてくるから。
世間話でも聞いてやってくれ。」
『おおっ。それは嬉しいな。
楽しみにしとくよ。』
その世界には、青空が広がっている。
曇ることがない、彩りには。
幾多の笑顔が、浮かんでいる。
物語を最後まで読んでくださり、
心より深く感謝したします<m(__)m>。・゜・・゜・。∞
この世界は閉じられますが、何かのきっかけで
開くこともあるかもしれません。その時は、
温かい目でお見守りくださると幸いです。
長い間、この世界を支えてくださった方々に
重ね重ねになりますが
心より深く感謝致します<m(__)m>。・゜・・゜・。∞
これからも、新しい世界で進んでいきますので
お時間の許す限り
よろしくお願いいたします(*^^*)♡。・゜・・゜・。




