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眠る太陽の下で月は目覚める  作者: 伝記 かんな
1/12

膝枕

創作小説第4作目です(*^^*)

1作目から物語は繋がっていると気づいて、

読み返してくださる読者さま。温かいお見守りと優しいお心遣い、

心より深く感謝致しますm(__)m。・゜・・゜・。∞

大きな謎に立ち向かう各主人公たちの、心の模様と成長を

お見守り下さると幸いです。

どうかお時間の許す限り、よろしくお願い致します。



心依架と白夜が織り成す、世界の行方は如何に・・・・・・








                 プロローグ




「みぃ、一緒に帰ろ~!」


「ん?まよごん。

 彼ピと帰るって言ってなかった?」


「急用ができたからゴメンね、ってさ。

 はーっ?ってなるよね。

 別れてやろうかな!」


「よしよし。かわいそーに。

 心依架さんが付き合ってあげよ。」


「みぃだけだよ~!そう言ってくれんの~。

 ついでに遊んでこ~!」



彼女たちの身を包む制服は、

都内でも上位に入る進学校のもので、

有名デザイナーが手掛けたということもあり

好感度が高い。

この制服が着たくて、

大川内おおかわうち 心依架みいか

嫌いな勉強を頑張り、無事入学を果たした。

しかし、予想がつく通り

入学してからの彼女の成績は、下の下。

常に落第点ギリギリを何とか凌いで、

三年間過ごしてきた。


いさみ 真世心まよこ、通称まよごんは

心依架と同じ考えで入学した、親友である。

成績も似たり寄ったりで、

追試兼補習仲間でもあった。

ただ、性格が真逆の為、

価値観に支障が出る事は日常茶飯事。

それもひっくるめて、

互いを尊重して認め合っている。

仲良くなったきっかけは、

名前に同じ“心”という漢字がある事。



「Pluteの新作出たね。」


「行くしかないっしょ。」


「見るだけとか、怒られないかな?」


「いいっしょ?クソ高すぎだよね~。

 学生でも手が届く金額にしろっての。

 楽に稼げるとこないかなー。」


「ホントそれ。高すぎだよね・・・・・・

 スキマバイト、いいらしいじゃん。」


「あー。でもさ、最近りおなが

 ガッコー側にバレて、謹慎くらってた。」


「ウチのガッコー、

 バイトダメだもんね・・・・・・」


―進学校っていう時点で、アウトだろって話。

 それくらい、分かってたけど。


「社会勉強、させろっての。」




心依架と真世心は

途切れることなく話しながら、

都営地下鉄に乗車する。

帰宅ラッシュ時真っ只中なので、

車内は混み合っていた。

何とかスペースを保てる場所へ入り込み、

二人は声のトーンを落として会話する。


「そだ。みぃ。今朝のやつ、

 キレーに撮れてたじゃん。」


「うん。自分でも、いいなぁと思った。」



少し早起きして、自宅の近くを散策する。

それは心依架自身、好きな時間だった。

そして、スマホで撮影する。

気になったら、ひたすら収める。

散策して撮影した画像は、すぐに

SNSに載せていた。

コメントやいいねを寄せてくれるのは、

同級生か真世心くらいではあるが。



「コレさ、見えにくいけど、

 小鳥が写ってるんだよね。」


心依架はスマホを扱い、

今朝散策して撮った画像を

真世心に見せる。


「小鳥?」


「何か、見たことないやつ。」


拡大しても、鮮明には把握できない。


「雀っぽいけど。」


「多分、違う。何か、キレーな色してるの。

 この前も見掛けてさ。」


「・・・・・・コレって、いつもの

 お化けの森付近っしょ?」


「うん。いつもの。」


「激ヤバい鳥だったりして。」


「・・・・・・そうは、

 思わなかったけどなぁ。」



お化けの森。これは通称である。

東京都内に広がる、不釣り合いな新緑。

国の保有区域なので、一般人は

立入禁止なのだが、興味本位で

周辺を散策する者たちは多数、いる。

勿論、踏み込める

ギリギリラインの話ではあるが。

心依架の場合は

通学ルートで付近を通る為、

緑が綺麗だなと思いながら遠目に撮っている。


この場所に関する噂は、ほとんどが

信憑性に欠ける内容だ。

幽霊が出るとか、

激ヤバい生き物が住んでいるとか、何とか。

都市伝説も、限りない。

この間、無謀にもドローン撮影を試みた

動画配信者が、見せしめのように

捕まっていた。




地下鉄を降りて駅構内を出ると、

渋谷のLEDビジョンでは、まさに

二人が話していた

“Plute”に関する広告が流れていた。


《Pluteの新作・サードニクスですが、

 お陰さまで予約が殺到しておりまして、

 順番待ちが続いている状態です。》


《そうなんですよね!

 自分も予約していますが、まだ

 手に出来てないんですよぉ。

 早く使ってみたいです!》


《ご予約ありがとうございます。

 ご購入されて手元に届いている

 ユーザー様には、多大な高評価を

 頂いておりまして、嬉しい限りです。》


《デザインが素敵なのは勿論ですが、

 AI機能がとても優秀だって聞いてます!

 使っている本人の個人情報を、

 しっかり管理してくれるそうですね。》


《Plute独自が開発したAIプログラムは、

 ユーザー様と連動して、

 オンラインでのアクティビティを

 積極的にサポートしてくれます。

 脅威へのプロテクトもセキュリティも、

 外部のソフトウェア無しで

 十分に働いてくれますから、

 ネットライフを気軽に、

 快適に楽しめる環境が整います。》


《個人情報の流出、本当に怖いですよね。》


《アップデートも独自で行いますから、

 常に最適で安心な状態を保ってくれます。》


《凄いですね!

 届くのがとても楽しみになりました!》



「クソ高すぎる理由、何となく分かった。

 やっぱり欲しくなるじゃん。

 予約だけでもしよーかな~。」


ぽつりと、真世心が呟く。


「その勢いで買っちゃいそーだね。」


相槌を打つように、心依架は言葉を掛ける。


「来たってなったら、親に頼み込んで

 買っちゃえばいいよね。」


「事後報告でね。」


「就職祝いって事でいいっしょ。」


―自分は、

 まよごんみたいには、難しい。


「いいかもね。」


「みぃもさぁ、進学祝いで

 買ってもらうってことで予約しよ~。」


「受かるわけないし。心依架さんの

 頭の悪さ、知ってるでしょ?」


勉強が目的じゃない受験を頑張る熱は、もう

自分には残されていない。


「みぃなら、奇跡的に受かるんじゃね?」


「そんなに甘くない。」


「あはっ!だね~。

 落ちたらさ~、ウチで働けばいいじゃん。」


「え。いいの?

 それ、ガチで考えるけど。」


「いいっしょ!」


互いに笑い合う。



真世心の両親は、小規模ながらも

ベーカリーを営んでおり、

美味しいと評判が高く、人気を集めている。


楽観主義で勢い任せの真世心だが、

真面目に将来の事を考えていたのは

心依架自身、意外な事だった。

跡を継ぐ事を決心した彼女は、両親の下で

パン製造の修行を兼ねて

働くことになっている。


しっかり先を見据えて歩き出した親友が

羨ましいと思うし、

置いていかれた気持ちで一杯だった。

自分とは、本当に真逆。

環境も、考えも。何もかも。



信号が青になる。

二人は、スクランブル交差点の雑踏に

埋もれていった。









12月に入って、著しく

寒さが厳しくなっている。

冷たい夜風が、帰路を歩く心依架の頬を

無造作に撫でていった。

マフラーに顔の半分を埋めて

少し身震いしながら、夜空を見上げる。


東京の、狭い夜空に煌めく星を

肉眼で捉えて数えられるのは、

たかが知れている。

今夜は満月という事もあって、明るい。


スマホを片手に、ぱしゃりと撮る。

彼女の、シャッターを切る速度は速い。

見たものを、即座に撮る。

だからピンボケも多数ある。

それはそれで本人は、

味があって好きだったりした。



大学には行かず就職したいと思っていたが、

両親が許してはくれなかった。

大学は行っておけ。

そう何度も言われたので、

無難な大学を受験する事になっている。


受けて落ちるなら、納得するだろう。

そう考えて、受験勉強を諦めている。

目指すものが何もなくて、ただ勉強するのは

苦以外の何ものでもない。


スマホで撮るのも、ただ何となく

好きだからだ。

見たものを撮る。それだけだ。

こだわりもなく、ただ、何となく。


今の自分の状態は、多分、ろくでもない。


奇跡的に受かって進学しても、

腐っていきそうだ。

ただ流れて、歳取って、生きていきそう。


結婚とか、正直めんどくさい。

特に自分が恋愛とか、気持ち悪い。

真世心とか周りの人が幸せなら、

それでいいと思っている。

推しを画像で拝むだけで十分幸せだし、

好きな歌や曲を聴くだけで満たされる。

好きな服を着て、

好きな靴を履いて歩いて、

週一でネイル変えて、

好きなご飯とスイーツを

たくさん食べて、撮って。


危機感は、勿論ある。

好きなことばかりを求めて、今後

それでいいのか。

でも、どうしていいのか分からない。

ただ、流れていく。

それだけ。



「・・・・・・

 楽しいこと、ないかなぁ・・・・・・」


ぽそりと呟いて、ため息をつく。



―夢中になれる、何か。

 その何かが、分からない。



かと言って、自分が駄目になるような

危険な事は、したくない。

平和に、楽しく。

お金にも困らなくて。



心依架は、ふ、と笑った。



―ご都合主義も、いいとこ。

 苦労せず勝ち取ろうとする意識が、腐ってる。



心の底では分かっている。

好きな事に一筋で、身を投げても苦じゃない程

没頭できる何かを見つけたい事。

それに出逢いたいと、飢えている事。


流されたくないと、もがいている事。




自宅のマンションの近くにある、小さな公園。

昼間はママ友の奥様たちが

子どもたちを遊ばせて談笑している。


ここにはよく、深夜散歩に出かけている。

バレてはいないはずだ。

父親は、よく出張先で泊ってくるし、

母親も、夜に出掛けている。

あ、言い方良くなかった。出勤している。


パリピのたまり場と化している時は

勿論、素通りして帰るようにしていた。

だから、大丈夫。


ここには、良い画像が撮れる素材が

たくさん詰まっている。

ブランコ、滑り台、鉄棒。ベンチ。

幹は細いけど、春には綺麗な花を咲かせる

桜だってある。ちょっとした花壇も。

一年中、違う顔を見せてくれる。


今夜は満月だし、

かなり良い感じの写真が撮れそうだ。

後で、出掛けてみよう。








心依架が住んでいる場所は、

閑静な住宅街にある

築30年の10階建てマンションである。



「ただいまー。」


「遅かったじゃないの、心配してたのよ。」


玄関のドアを開けると、すぐに

母親の穂香ほのかがリビングから

顔を出した。


「ごめん。遊んできた。」


「駄目とは言わないけど

 あなた、受験生なのよ。」


「ごめんってば。息抜きも必要でしょ?」


半ば振り切るように心依架は、

自分の部屋へ入ろうとする。


「・・・・・・ご飯、用意してるから温めて食べてね。

 もう行くから。」


穂香は、それ以上何も言わず

リビングへ戻っていく。


面倒だという態度を取る自分に、彼女は

腹を立てたりしない。それはいつもだ。

しかし出勤前に自分が帰ってこないのは、

流石に心配だったのかもしれない。


彼女の、メイクばっちりの顔を見て思う。




自分の家庭は、崩壊寸前だろう。


父親の雅人まさとは出張勤務が多く、

泊まってくる事が多い。

帰ってきたとしても、遅い時間だ。

でもこれは、表向きだと思っている。

確実に、女の人がいる。

だからよく泊ってくるし、

強い香水のにおいを付けて帰ってくる。

今夜だって、多分。


母親の穂香は、ほんの最近まで

専業主婦だった。

きっと、父親の浮気を見抜いている。

怒りもせず黙っている彼女が、

不思議でならない。

その腹いせなのか、夜働きに出掛けている。

高級ラウンジの、接客。

母親の歳で雇ってくれるとこ、あるんだ。

変な関心の方が強いけど、確かに穂香は

綺麗な部類に入ると思う。

娘が言うと、身内の欲目なのかもだけど。


だから、両親がいない夜の時間が存在する。

寂しいというのはない。

何も喋らない二人を見る方が、気まずい。

独りでいられる時間は、好きな方だ。

好きな事できるし。説教されずに済む。


家族揃って一緒に過ごす時間なんて、

いつから無くなったのだろう。

家に帰ってきても、楽しい事なんてない。



心依架は、ため息をついた。







穂香が家を出た後、雅人から

出張先で泊まるという連絡があった。

やっぱり。今日も、そうだろうと思った。


時刻が22時を過ぎた頃、

ジーンズと大きな緩めのパーカーを着て

フードを深く被った後、マフラーを巻いて

心依架は玄関のドアを施錠し、

心置きなくマンションから出て歩いていく。



―綺麗。



煌々と輝く月に、スマホを宛がう。

ぱしゃり。


ぼんやりして写っているけど、いい。

この瞬間が、好き。


少し浮き立ちながら、夜道を歩いていく。

白い息が寒さを自覚させるが、それよりも

月光の明るさに、身体が目覚めていく。

朝日よりも、染み込む。



気ままに撮影する彼女を、

帰宅途中のサラリーマンとか

コンビニへ買い物に行く親子連れが、

横目にすれ違っていく。



―変人だと思われているかも。



景色を撮り始めた頃は

周りの目が気になったけど、今は

もう慣れている。



公園の真上には、野外ステージを照らす

スポットライトのように月が浮かんでいた。


しんと静かな空気を感じ取り、

心依架は足を踏み入れる。



―おー。いいねー。



連続して、シャッターを切る。


今夜は、とても良い夜だ。

月の光が温かい。

満ちて、溢れている。


足取り軽く、公園の中央へ歩いていく。

被っていたフードを取り、背伸びをした後

しばらく月を眺めて、ぱしゃりと撮る。


素材を探すように見渡すと、

ベンチに寝転がっている人影を捉えた。

誰もいないと思い込んでいたので、

少し身を強張らせる。



―・・・・・・酔っ払い、かな?



様子を見守るが、ピクリとも動かない。


そっと近づいてみる。


左腕を枕にして、眠っているようだった。

白髪に近い銀色の髪。

あまり見掛けないカラーリングだ。

襟元と袖のファーに埋もれた寝顔を

覗き込むと、青年だと把握する。


目を奪われた。


溢れ出た月光が、

彼の為に注がれていくような、感覚。


幻想的で、美しく捉えてしまうのには

理由があった。

青年の顔立ちは、夜目でも分かるくらい

綺麗に整っている。

瞼を閉じている表情でも、十分すぎる程。

目を開けたら、きっと、もっと美しい。



半ば無意識で心依架は、スマホを翳す。


ぱしゃり。


その音で、我に返った。


思わず、撮ってしまった。



―・・・・・・何やってんの。

 これ、ダメでしょ。



すかさず画像を消去しようと、

手を持っていこうとした時。


「・・・・・・そこのJK・・・・・・」


呼び掛けられて、びくっとする。


「寝顔は高いよ・・・・・・」


緊張しながら青年の方へ目を向けると、

彼は大欠伸をしながら

のっそり起き上がる。


「膝枕してくれたら、帳消しにする。」


眠そうな顔で言って、微笑んだ。



―・・・・・・な、何言ってんの、こいつ。



言われた内容が内容なだけに、

今さっき感じた幻想的な美しさが

消し飛んでしまった。

すぐに、言葉を返す。


「・・・・・・すみません。

 すぐ消しますから・・・・・・」


反射的に出してしまった後、

しまった、と後悔する。


はぁ?月を撮っていただけで、

あなたを撮ったわけじゃありませんけど。

しかも、JKじゃないし。


こう言えば良かった、と。


相手は目を閉じていたから、

自分がスマホを向けて撮ったとは

分からないし、制服を着ていない今は

高校生だとは、決めつけられないのに。


自分の絶望的な馬鹿さ加減に、うんざりする。


「ね。膝枕。」


聞く耳を持たないのか、尚も

笑顔で言ってくる。


「・・・・・・あ、あの・・・・・・

 消しますから、許してください。」


許しを請うしかなかった。

でも、断って、変な事されたら、どうしよう。

大きな不安を抱えつつ、答えた。



ちっ、と音が鳴る。


「もういいよ。」



急に興味が無くなった、というような。


もういいよ。

心無い言葉が、胸に突き刺さる。


青年は眠そうに欠伸をして、再び

ベンチの上に寝転がった。

まるで、何事もなかったかのように。


これに心依架は、呆気に取られる。

そして、沸々と込み上げる、何か。



―意味分かんない。舌打ちされて、

 雑な扱いされて。何様?

 警察、呼んでやろうかな。



本気で緊急通報をする前に、先程撮った画像を

消去しようと、アプリを開く。


しかし、写っていたものを目に入れて、

その指が止まった。



―・・・・・・えっ?!

 何、これ・・・・・・



思わず、青年に目を向ける。


「・・・・・・」


確認するように、再度恐る恐る

画像へ視線を落とした。



―・・・・・・何なの、これ。



透明人間が、服を着て寝ているような。


青年の寝顔も、綺麗にネイルをしている手も、

“写っていない”。


込み上げた怒りが、吹っ飛んでしまった。

芽生えるのは、大きな戸惑いと、

もう一度撮りたいという、欲求。



心依架は、息を整えた。



―・・・・・・膝枕って・・・・・・

 アレよね?腿に頭乗せるやつ。



初対面で、そんな事

絶対に嫌だし、したくない。

しかも相手は、全く知らない男。

力で抑え込まれたら、何もできない。


でも、確かめたい。

また、撮れるのか。

こんな、不思議な画像が。



一歩、踏み出す。

それが、足枷を断ち切るきっかけとなる。

駆られた衝動は、もう止まらない。


つかつかと歩いていき、青年の頭を

両手で勢いよく持ち上げた。


「・・・っ?!おわぁっ!」


勿論青年は、心依架の突然の行動に

驚いて、目を開ける。


それによって出来た隙間に

自分の太腿を滑り込ませ、乗せて座った。


どくんどくんと跳ね上がる心臓によって

羞恥の熱が全身に回り、顔を赤く染める。


「もっ、もう一回撮らせてっ!!」


何を、言っているのか。

何を、やっているのか。

自分でも分からないが、これは本能だ。

もう一度、撮らなくては。



半ば訴え気味の彼女を、青年は

目を丸くして見上げる。


しばらく互いに、そのまま膠着した。


固まった空気を解くように、

青年は顔を綻ばせる。


「フツー、頼んでからするんじゃないの?

 もう、してくれてるけど。ふふふ。」


柔らかい笑い声が耳に届き、

心依架は耳まで熱くなるのを感じた。


指摘されて、気づく。

自分は、駆け引きが

致命的に下手くそなのだと。


「いいよ。いいねぇ。

 言ってみるもんだなぁ。

 安売りしてまで、撮りたいんだ?」


「確かめるだけ、だし。」


「へー、何を?」


「いいから、早く寝てくれない?」


この男に敬語なんて、使う必要はない。


「ふふふ。」


青年は可笑しそうに笑った後、

素直に瞼を閉じる。


「好きなタイミングで、どうぞ。」




突然訪れた静けさが、

呼吸する事を思い出させる。

はぁーっ、と大きく息を吐いて、

新鮮な空気を取り込むように、鼻で吸う。



―・・・・・・何、この状況。



自分の招いた結果が、酷く恥ずかしい。



―初めて出会った男の人を、

 秒で膝枕してあげてまーす・・・・・・って。

 どう考えても、これ、変態でしょ。



羞恥心と葛藤する心依架に

お構いなしで、彼は心地よさそうに

寝息を立て出す。



―・・・・・・もう、寝てる・・・・・・



本当に、眠るだけの為に

膝枕を要求した。下心は、なかったのか。


ほっとしたと同時に、

じっと青年の寝顔を眺める。

このくらいは、許されるだろう。



―・・・・・・ゼッタイ、

 女慣れしてるよね、この人。

 


今まで会ってきたリアルな繋がりの中で、

顔立ちが一番綺麗で、美しい。

これだけ整っていて愛想が良ければ、

自然と周りに人が寄ってくるだろう。


冷たい風が吹き込んでいるが、

優しい微笑んでいるような

丸い月の光が、自分たちを

温かく照らしている。


少しも、寒くない。


この不思議で温かい時間に、しばらく

心依架は浸った。


次第に、うとうとと、微睡む。




一瞬、寝落ちしたのだろうか。


目的を忘れて眠った事に、驚きを隠せない。



―・・・・・・え?寝落ちした?

 何やってんの。撮らなきゃ。



まだ、とろんとする目を

無理やりこじ開けてスマホを片手に持ち、

瞬時にシャッターを切る。


ぱしゃり。


今度は、きちんと写っているだろうか。

ドキドキしながら、画像を確認する。



―・・・・・・写ってる。



鮮明に。

彼の美しい寝顔を、収めている。

“普通”に、寝顔の画像として、写っていた。



「・・・・・・良いの撮れた?」


ふんわりと眠そうな声が、耳に届く。

びくっとして視線を落とすと、

眠気でとろけている様子の青年が

自分を見上げている。


「・・・・・・」


何て答えていいのか、かなり悩んだ。

でも、事実を伝えるしかない。

そう考えて心依架は、先程撮った方の画像を

青年に向けて告げる。


「・・・・・・これ、どういう事?」


「・・・・・・へー。こんな加工アプリあるの?」


「加工、してない。」


「はぁ。」


「何で、写ってないの?」


スライドして、今撮った画像も見せる。


「どうして写ってんの?」


「撮るの、上手いねぇ。」


「何で?」


「何で、と言われても・・・・・・」


呑気に呟いて、大欠伸する青年。

のらりくらりと続く質疑応答に、若干

心依架はイライラする。


膝枕してやっているのが、馬鹿らしい。

いや何で、まだしてやっているのか。

自分が、とても馬鹿らしい。


「もう、いいでしょ。」


「あぁ。ありがと。いい膝枕だったよ。」


のそりと青年は起き上がって、

心依架のすぐ隣に背を預ける。

その距離が近すぎたので、即座にベンチから

腰を上げて離れる。


「夜の一人歩きは危ないよ。」


まだ眠そうな様子で、彼は言葉を漏らす。

じっと見据えて、はっきり言い返した。


「大丈夫。フード被ってるし、

 怪しい奴と思って誰も近寄らないし。」


「今、被ってないよねぇ。」


「・・・・・・いると、思わなかったから。」


「いつか、襲われちゃうよ。

 君、かわいいから。」


「・・・・・・」



―かわいいって、ゼッタイ言い慣れてるよね。

 今まで何人の女に、言ってきたの?



言おうと思ったが、初対面なので口を噤む。

自分が、人見知りだという事を、

今思い出した。


「君、あのマンションの子だよねぇ?」


「・・・・・・えっ?」


「膝枕のお釣り。送ってあげるよ。」


「・・・・・・」



―マンションに住んでるって、

 何で知ってるの?



少し怖くなった。

答えるとバレると思って無言でいると、

追い討ちを掛けるように

言葉を投げられる。


「自分もね、そこに住んでんの。

 帰るとこ一緒。」


心依架は、目を見開いた。

動揺を隠せないまま、青年を見据える。


「・・・・・・嘘、でしょ?」


「通学中、スマホで

 ぱしゃぱしゃ撮りながら歩いてんでしょ?

 自分、何回か目撃してるんだよ。」


「・・・・・・待って。」



―自分は、会ったことないけど。

 ・・・・・・いや。

 撮るのに集中してて、

 周りを見てなかっただけ、かも。


 じゃあ、さっきJKだって言ったのは、

 制服姿目撃してたから、分かったって事?



「ご近所さんだし、仲良くしよう。」


「・・・・・・さよなら。」


「え。何で?」


心依架は、青年に背を向けて歩き出す。

気持ち、早歩きして。


「何か変な事言った?」


その後を、青年も立ち上がって付いていく。


スマホを片手に持った。

いつでも、通報できるように。


「付いてこないで。」


「心当たりないんだけど。」


「膝枕。」


「それは、取引成立だよねぇ。」


「画像、消すから。」


「あれ、面白いじゃん。消すの勿体ないよ。

 一緒に原因を探してみようよ。」


「・・・・・・は?」


「写ってない原因知りたくて、わざわざ

 膝枕してくれて撮ったんでしょ?

 その勇気、活かそうと思わない?

 被験者自分だから、自動的に

 協力するのが筋だと思うけど。」



―言われている事は、

 正しいように聞こえる。でも。



「知らない人と、いきなり

 仲良くとかできないし、怪しい。」


「これから、少しずつ仲良くなればいいよ。」


「い、意味わかんない。」


「暇なんでしょ、君。」


言われて、ズキンと胸が痛む。


「楽しませてあげるよ。日常を。」



心依架は、立ち止まった。


早歩きしたせいで、少し息切れを起こした。

白い息が、漏れる。

振り返ると、青年の笑顔が

月光とともに輝いていた。


顔立ちが整っているのは、罪だ。

理不尽な発言をしているのに、思わず

受け入れてしまいそうになる。


「薬とか、ゼッタイ嫌だから。」


「そんなもんで手に入っても、

 身体がボロボロになるでしょうが。

 自分のポリシーに反する。」


「・・・・・・身体の付き合いとか、

 ゼッタイに嫌。」


「ごめんね。子どもに手を出すほど、

 飢えてないの。自分、健全な大人だから。」



―子ども。違うし。

 もう、大人として認められる歳ですけど。



睨みつけるが、彼は動じない。


「・・・・・・じゃあ、楽しませるって、

 どうやって?」


問い掛ける。

目的が、全く読めない。

ここまで自分に近づく理由が、全く。


「考える時間を、楽しめばいいじゃん。」


「・・・・・・はぁ?」


「君と、自分にしかできない事。」



―・・・・・・やっぱり、こいつ、

 頭のネジがぶっ飛んでるの、かも。



「意味分かんない。」


「とりあえず、連絡交換しよ。」


「いや、するわけないっしょ。」


まよごんとのノリで、ツッコんでしまった。


「自分はね、“白夜びゃくや”って名前。」


「・・・・・・“白夜”?」


「検索してみて。

 天候の方じゃなくて、SNSね。」


言われるままに、スマホの画面を開く。


“白夜”。夜が来ない時期の事ではなく、

SNSの方。


「・・・・・・」


ヒットしたその情報を、凝視する。


「・・・・・・ホスト。」


「成り行きの副業だけどね。」


フォロワー、かなり多い。

しかし、それよりも気になるのが。


「・・・・・・

 お金とか、持ってないから。

 知ってると思うけど、学生だし。」


「ふふふ。悪いけど、意外と稼いでんの。

 お金に困ってないよ。

 君んとこのマンションに、独り暮らし。」


「えっ?」



―自分んちのマンションは、3LDK、だよね?



「遊びにおいでよ。いつでも大歓迎。」


「・・・・・・ちょ、ちょ待って。」


改めるように間を置き、問い掛ける。


「何で?自分みたいな子ども引っ掛けて、

 何が目的?」



ものは言いよう。

相手が自分の事、子どもだと言うのなら

それで譲るとして。


人気ホストなら、

女にも困っていない、はず。

でもって、お金も。

なのに、何で、普通の学生である自分に

踏み込もうとする?



「毎日、楽しくないんでしょ?」


彼は素朴な疑問を、

無垢な子どものように投げてきた。


「貴重な膝枕貸してくれた、恩返しかな。」


「取引なんでしょ?」


「さっきまでは。」


「さっきまでは?」


青年―白夜は、微笑んだ。


「君との時間、面白そうだから。

 それって、立派な理由になると思わない?」


その柔らかい笑顔が、

降り注ぐ月光に溶け込んでいる。


「十分君も、楽しめると思うよ。」



じっと、訝しげに彼を見据える。


気づいたことがあった。

心依架は、白夜と少しだけ距離を詰める。


「・・・・・・背、自分と変わんない。」


ベンチに座っている時は、分からなかった。

心依架の身長は、165cm。

女子の中では高い方に入る。

そして彼との目線は、ほぼ変わらない。

ということは。


「うわ。唯一の弱点を。」


痛手を食らったというように、天を仰ぐ。

その姿を、冷ややかに眺める。


「・・・・・・こーゆーこと、

 平気で言っちゃうけど、楽しい?」


「痛いねぇ。いきなり被弾した。」


そう言いながらも、笑っている。


「良い夜になったよ。ありがと。」


添えられた感謝の言葉が、現実へ引き戻す。


「また会いたい思うから言うけど、

 一人歩きは危険だよ。止めた方がいい。」


そう告げる彼の表情は、真顔だった。

起こった不可思議な出来事を、

帳消しにするように。


「どうしても夜の散歩したい時は、

 誘ってほしいなぁ。一緒に行こうよ。」


「そーいうの、ウザい。」


今度は、躊躇わずに言った。

しかし白夜は動じる様子もなく、微笑む。


「素を晒せる相手って、貴重だよ。」


「キモい。」


「ふふふ。」


心依架は、そっぽを向いて歩き出す。

彼も、間隔を置いて歩き出す。

同じ方向に。


「ガチで警察呼ぶけど。」


「嘘じゃないから。帰る家の方向、同じ。

 何階に住んでるの?」


「言うわけないでしょ。」


「自分はね、最上階。1003号室。」


「・・・・・・」


「ホストは、しばらく休業するつもり。

 ぼちぼち本業頑張ろうと思ってね。

 十分稼いだし、やりたい事できそうだから。

 ほら、時間は大切に過ごさないと。」


「・・・・・・」


「あ。DMで連絡してくれてもいいよ。」


「ちょっと。」


呆れた様子で、心依架は振り返った。


「全く信じてないんだけど。」


気づけばもう、

自宅のマンション前に着いている。

見透かそうと視線を送る自分に、彼は

やんわりと告げた。


「透明人間の謎、明かそうよ。

 ・・・・・・それじゃあ、お先に。」



横を通り過ぎていくと同時に、

上品な、甘い香水の匂いが漂う。


先程までは感じなかった、彼のリアリティ。

これは、現実なのだと自覚させる。



その後ろ姿を、心依架は呆然と

見送る事しか出来なかった。














                  1











“白夜”。


フォロワー数、約3万人以上。

“某有名な夜の街のホスト”という

プロフィールだけ記されている。

彼自身の投稿は、

自撮りした日常生活風景が多いが、

彼を支持する女性たちの投稿が

話題を集めている。


膝枕。

これは、客の特権らしい。

数々の女性たちの膝枕で、

幸せそうに眠っている彼の画像ばかりが

次々に出てくる。

なるほど、名物だったのか。


それの、あまりの多さに

心依架は呆れた。


自分の膝枕なんて何の価値もないが、

明らかに他の人たちとは

決定的に違う画像が撮れたという事。


彼の姿が、写っていないという事だ。



「あれー?みぃ。それ、白夜じゃん?」


真世心が自分のスマホを覗き込んで、

声を上げる。

リサーチに夢中になって

気配に気づかなかったのもあるが、

彼女が彼の存在を知っていた事に

目を見開く。


「まよごん、知ってんの?」


素直に問い掛けると、彼女は意味ありげに

ニヤニヤしながら答える。


「バズり中のホストでしょ?

 接客せずに、ほどんど寝てるらしいよ。

 女性客の膝枕で。エグいよね~。 

 でもそれがいいらしくって、

 彼目当てに来る客が殺到してるんだって。

 寝顔に癒されるとか、何とか。

 みぃ~。こいつはレベル高いよ~。

 やめときな。」


自分が、ガチで狙っているとでも思ったのか。

勘違いもいいところだ。


「違うし。」


「リアル、こーゆー男がいいんだ?」


「いいわけないっしょ。」


少し食い気味だった、かも。

否定に力強さを加えると、

逆の意味に聞こえるのは何故なのか。


「みぃの気持ちを考えて

 店に乗り込んでみたいけど、

 お金も自由もないもんね、ウチら。」


「・・・・・・別に、会いたいと思わないし。」


一瞬、昨晩の事を

真世心に話そうと思ったが、

ガチで応援されそうだし、

どう話していいか分からないので、

胸に秘めている。


「加工レベルの美顔だよね~。」


加工じゃなく、天然だった。


「近くにいないかな~。このレベル。」


住んでるみたい。自分とこのマンションに。


「あ。みぃ。今度の日曜日、

 彼ピのクリスマスプレゼント買うの

 付き合ってほしいんだけど。」


良かった。話題が逸れた。


―クリスマス。

 そうだ。そんなイベントが

 今月は、あった。


「いいよー。」


「でもって、遊ぼ~。」


「はいはい。」


「みぃは、クリスマスどうすんの?」


「・・・・・・それを聞く?」


―クリスマスは、推しのライブ動画を観て

 過ごすと決めている。



「なぁ、ちょっといいか?」


二人に声を掛ける、男子生徒がいた。


久我 拓紀(くが ひろき)。

クラス委員長兼優等生という事もあって、

自分たちと話した事があるのか考える程

交流がない上に、次元が違う世界の住人だ。


「ウチらに、何か用?」


珍しい訪問客に、真世心は

首を傾げながら問う。

自分も、同じ気持ちだ。


「神隠し事件のこと、知ってるか?」



“神隠し事件”。


噂には、聞いている。


以前にも同様の事件が起こっていたらしく、

その被害者たちは未だに

行方不明だという。

最近また、それが浮き彫りにされて

ニュースになっていた。


心依架たちの両親が

若い頃に起こっていたのは、

小学生くらいの子どもたちが

突然、いなくなるというケース。

最近起こっている方の被害者は、

彼女たちくらいの女子学生だという。



「突然、いなくなってるやつでしょ?」


「昨日の夜、沢渡が消えたらしい。」


「えっ?」



沢渡 明日葉(さわたり あすは)は、

クラスメイトの女子だ。

可愛いというより、

綺麗と言った方が合っている部類の、

清楚でおとなしい印象を受けている。

彼女も、久我に匹敵する優等生である。

家出する様には、見えない。


思わず、彼女の席に目を向ける。

朝のホームルーム直前だが、その姿はない。


「自主的に、注意喚起してるんだ。

 登下校は、極力一人歩きしないようにって。

 お前らも気をつけろよ。」


そう告げて彼は、心依架たちから離れると

近くの女子に同様、話し掛けている。

それを眺めながら、真世心は言葉を零した。


「・・・・・・

 知り合いが、そういう目に遭うと

 ちょっと怖いね。」


こんな時は大抵、

“そんなわけないっしょ!

家出したい時もあるんじゃない?”、と

言い返すかと思っていたが、

意外と真に受けている。


「・・・・・・うん。」


表情を暗くする彼女に

目を向けながら、相槌を打った。


その事件は、手掛かりも形跡も

全く掴めていないらしく、

捜査に行き詰っているという。

都市伝説に近い事件なので、

様々な憶測と論争が起こっていた。


事実、行方不明者が

一人も帰ってきていないというのは

・・・・・・怖いという言葉以外、

何も出ない。



―・・・・・・あいつ、もしかして

 これの事を心配して言った、とか。



白夜が真顔で、自分に告げた言葉。


“一人歩きは危険だよ。止めた方がいい。”


そうだとしたら、完全に保護者だ。



―・・・・・・何で、親目線?

 子ども扱いにも程があるでしょ。



若干、イラついた。


家に送るとか、一人歩きは危険だとか、

紳士的な優しさとかで、言ったわけじゃない。

保護者目線だったのだ。確実に。


「みぃは一人歩きのクセがあるから、

 気をつけた方がいいかもね。」


真世心の表情は、いつも通りの

明るい笑顔に戻っていた。


「クセって・・・・・・

 好きで撮ってるだけだし。」


「襲われてるの、綺麗系が多いみたいだね。」


「じゃあ、大丈夫。」


「みぃは、かわいいもんね。」


「それを言うなら、まよごんでしょ。」


「おっ。うれしいぞ~。」


頭を、ぐりぐり撫でられる。

やめろ。



担任が教室に入ったと同時に、真世心を含め

席を立っていたクラスメイトが席に着いた。

心依架は、くしゃくしゃになった髪を

手櫛で直しつつ、教壇へ目を向ける。


“おはよう”と軽く声を掛けると、

彼は皆を見渡して口を開いた。


「知っているかもしれないが、最近

 女子学生を狙った事件が増えている。

 それと関係があるか、まだ不明だが

 沢渡が昨日の夜から

 行方不明になっている。」



教室内は、しんと、静まり返っている。


先程久我が、注意喚起して回っていた

効果もあるが、こういう場で

包み隠さず改めて話されたという事は、

“神隠し事件”の身近さを

自覚せざるを得ない。


「登下校、予備校など外出する時は

 必ず誰かと帰るか、

 親御さんたちに送り迎えしてもらう事。

 一人で出歩くという行為は控えるように。

 いいな?」


“はい”、と、皆は小さく返事をする。


「来週から期末テストが始まるが、

 共通テストまで、あと僅かだからな。

 それも見据えて体調管理等、

 気をつけて過ごすように。」



―期末テスト。そうだった。



その単語は、見事に現実へ引き戻した。


流石に勉強しないと、まずいかもしれない。

補習とかで、冬休みを過ごしたくない。

卒業できないとか、そんなのは嫌だ。


その気持ちが、勉強する方向へ導いた。










ただ目の前の期末テストを

コンプリートする為に、心依架は

夜出歩く事を控え、勉強に励んだ。


登下校も、なるべく

人通りの多いところを通ったり、

スマホで撮るのも、周囲に気をつけながら。

クラスメイトが行方不明になった事もあるが、

迫る現実に抗う勇気もない事を、

改めて自覚した。



本音は、逃げ出したいくらいなのに。


自分って、何でも中途半端なのだ。

それが、堪らなく嫌になる。

流されたくない気持ちは強いのに、

気づけば逆らえない自分がいる。

この矛盾を、どうすることも出来ない。


多分、大学入試への勉強も

それなりに始めるだろう。

でも、その遅れは取り戻せないと思う。


落ちたら、就職して、親元から離れればいい。

それが、唯一の抵抗なのかもしれない。












                  *












無事、期末テストは補習を受けることなく

コンプリートできた。流石の真世心も

それなりに勉強したらしく、

同じくギリギリで大丈夫だったらしい。


“冬休み補習”は、ゼッタイに避けたい。

その思いが、今回は実ったようだ。


ほっとしたと同時に、

数週間前に出逢った白夜の事を思い出す。


あれから、彼との接点はない。

出歩いていないのもあるが、

あの日の夜に撮れた“透明人間”は、

スマホのバグなのではと思い始めている。

一緒のマンションに住んでいるという

情報も、本当なのかと疑い出す。

知り合いのマンションに泊っていて、

偶然自分を見掛けた、とか。

SNSでの情報が強すぎて、信用するには

かなりの勇気がいる。


考えるのは憶測でしかないが、

一回しか会った事がない他人を、

まるっと信じられるかと言ったら・・・・・・

不可、だろう。

そこまで自分は、心が広くない。



気づけば、終業式を迎え、

クリスマスイブになっていた。











                  *











推しのライブ動画配信が、

まさかの中止になるなんて。


ご褒美が得られず、一気に萎えて

不貞腐れた心依架は、

自分の部屋のベッドに転がる。



―・・・・・・何か、良いことないなぁ・・・・・・

 今年のイブ。



毎年クリスマスイブには、

ケーキとかチキンとか、

形だけでもクリスマスらしい事をしようと

穂香が頑張っていた。

雅人も、この日だけはと

早めに帰ってきたりしていた。


でも、今年は。

ついに、心が折れてしまったのか。

穂香は自分と、クリスマス風の晩餐をした後

仕事に出掛けてしまった。

雅人は、日常と変わらず帰ってこない。



―出歩きたい。

 出歩こうかな。

 神隠しにあっても、別にいいでしょ?

 だって、自分がいなくなっても

 親は悲しまないだろうし、

 いない方が、自由になれると思うし。


 ガチで、病みそう。



ぼーっと天井を眺めていると、

柔らかく微笑む白夜の顔が、頭に浮かんだ。



“遊びにおいでよ。いつでも大歓迎。”



―・・・・・・いつでもって・・・・・・

 今日みたいな日でも、いいって事よね。



とある衝動が、抑えきれなくなる。



―本当にいるのか、確かめるだけでも、

 いいよね。



違う人が出たら、

“すみません、間違えました”、で済む。

緊張感はあるが、それよりも

彼の言葉が、彼女の背中を押していた。



“楽しませてあげるよ。日常を。”



他人様の家に訪問するとか、

高校生になってから

真世心の家以外に、あっただろうか。


どくんどくんと、鼓動が強く鳴る。





最上階の外廊下から眺める景色は、

自宅の階よりも開放感があって良いが、

風も強く吹き込んで、とても寒い。


今夜は、かなり冷え込んでいる。

天気予報では、雪が降るらしい。


ホワイトクリスマスなんて、

響きがいいだけで、普通の雪。

そんな風にしか思っていない。

世の中のカップルにとっては、

特別に思えるのかもしれないが。



心依架は、、羽織っているジャケットの胸元を

両手でしっかり掴み、身震いさせながら

ゆっくり歩いていった。


いざ、玄関のドアを目の前にすると、

少し怖気づく。



―1003号室。

 間違い、ないよね。



何度も、何度も番号を確かめる。

じっとドアを見据えて息を整えると、

インターホンに手を伸ばす。



ピーンポーン。


手が震えたけど、しっかり押すことが出来た。



しばらくの、間があった。


ガチャン。


小さく音が響いた後、静かにドアが開く。

向こう側から覗き込むように顔を出す

人物の華やかさに、目を見張る。


緩やかにうねる長く明るい茶髪は、

しなやかなボディラインに纏わりついている。

綺麗に上がった睫毛を瞬かせ、

真っ直ぐに心依架を捉えた。


洗練された、大人の若い女性。


“すみません、間違えました。”


そう言葉を紡ごうとした瞬間、

女性が口を開く。


「白夜。お客様みたいだけど。」


部屋の中へ向かって彼女が言った

単語に、心依架はビクッと肩を揺らす。


「んー?誰ー?」


気だるそうな、

聞き覚えのある声が耳に届く。

逃げ出したくなったが、そうもいかない。


部屋の奥から姿を見せた彼は、

鎖骨が見えるほど開いた

黒のカットソーを着ている。

その繊細な肌の白さに、鳥肌が立った。


「・・・・・・あぁ。

 来たんだ、本当に。ふふふ。」


可笑しそうに柔らかく微笑む白夜に対し、

心依架は何も言うことが出来ず、

固まってしまう。


そんな二人を眺めながら、女性は彼に尋ねる。


「知り合い?」


「ご近所さん。」


「・・・・・・そう。」


まじまじと、上から下へと視線が向けられて

怯みそうになる。


「養護施設でも始めるの?」


「まさか。直感。この子は化けるよ。」


「ふぅん。珍しい。」



会話が、読めない。

戸惑っていると、

女性は部屋内へ戻ってしまう。


急に何故戻ったのか分からず、絶えず笑顔の

白夜に問おうとしたら、

彼女は黒いボアコートを羽織り、

ハンドバッグを持って現れる。


「追って連絡するわ。」


「ありがと。」



―・・・・・・えっ?帰るの?



心依架を一瞥した後、女性は颯爽と

ヒール音を鳴らして

エレベータへと歩いていく。



何も言えず、ただそれを見送っていると

ふんわりと声が掛けられた。


「クリスマスイブなのに。予定はないの?」


それは、こっちのセリフである。

彼女の圧がなくなって解放された途端、

出たがっていた言葉を吐き出す。


「彼女さんじゃないの?帰して良かったの?」


「あぁ。仕事仲間だよ。大丈夫。」



―仕事仲間。

 副業の方・・・だろうか。



「君の方こそ、

 彼氏と過ごさなくていいの?」


「・・・・・・そんなの、いない。」


「ふふふ。一応、聞いただけだから。

 気を悪くしないでね。」


ふわふわ笑う彼を、心依架は睨むように

じっと見据える。


本当に、ここに住んでいるんだ。


「正直、来ないと思ってたけどねぇ。」


「・・・・・・確かめたかった、から。」


「ふふふ。そう。」


「出掛けたいんだけど。」



“こんな寒い夜に?”


そう言われると思った。



「・・・・・・君は思ったよりも、

 聞き分けが良くて、いい子なんだねぇ。

 温かくしておいで。風邪引かないように。

 マンションの出入り口で、

 待ち合わせよう。」



夜、一人歩きするのを控えていた事を、

まるで知っていたかのように。

彼は、快く受け入れてくれた。


不思議だった。


会って、まだ二回目なのに。

どうして、自分の事を

分かってくれているのだろう?


こちらは会わなかった分、

先入観や思い込んだ彼の像が

出来上がっていたのに。


柔らかな微笑みと言葉が、それを

綺麗に溶かしてくれた。











マフラーとジャケットを装着し、

スマホをポケットに入れて

心依架は、マンションのエントランスへ

下りていく。

すると、首元と袖が温かそうな

ファー付きのロングコートを羽織った白夜が、

既に待っていた。


言葉を交わすことなく、二人は並んで

マンションから出て、路上を歩き出す。


白い息が、夜中の暗さに強く残る。

頬を撫でる風は、

痛みを感じるくらいに冷たい。


でも、なぜか。

耐えられない程ではなかった。

いつもなら、これほど冷え込んでいると

歯をカチカチさせて震えている。


強がっているせいなのか。

隣にいる彼の温かさが、

届いているせいなのか。



「もう君の名前、聞いてもいいかなぁ。」



吐く息を見上げながら、白夜は

言葉を投げ掛けた。

その横顔を、スマホで撮りたい衝動に

駆られたが、心依架は我慢しつつ

答えを返す。



「・・・・・・心依架。」


「どんな字書くの?」


「心に、にんべんのころも、架け橋の架。」


「へぇ。いい名前だねぇ。」


「・・・・・・本名だから。」


「分かるよ。うん。

 いい名前を、もらったんだねぇ。」


「白夜って、本名じゃないでしょ。

 本名は何?」


「・・・・・・ふふふ。」


笑っただけで、答えてくれそうにない。


「・・・・・・言いたくないなら、

 別にいいけど。」


「そうしてもらえると、助かるかなぁ。」


「本業って、何?」



しばらく、間が空く。


彼に目を向けると、目が合った。


「君はまだ、自分、信じてないでしょ?」


その問い掛けの意味は、分かる。

的を射ていたので、視線を逸らして

何も言い返さなかった。


「信じていない相手に何を言っても、

 受け入れてはもらえないからねぇ。

 ・・・・・・話すのは、まだ早いかなぁ。」


かなり、アバウトな答えである。


普通にサラリーマンとか、職人とか、

そういう職業じゃないって事、だろうか。

引っ掛かる言い回しだった。



あっという間に、

いつもの公園が見えてくる。

今夜は流石に、先客はいないようだ。



「・・・あ。降ってきたみたいだねぇ。」


白夜が率先して、公園へと入っていく。


その後を心依架も追おうとすると、

目の前に、小さな白い影が舞う。

一つ、二つ、徐々に増えていった。



空は灰色だ。

この前は、真っ黒い夜空に

煌々と月が浮かんで、明るかったのに。


それでも、彼の後ろ姿は

はっきりと捉えられる。



ぱしゃり。


許可を得らずに、撮ってしまった。


「・・・・・・撮れた?」


振り返った白夜の表情は、

怒りもせず穏やかだ。


「・・・・・・普通。」


彼の姿が消えて写るなんて事は、ない。


「まぁ、そうだよねぇ。」


のんびり言って、彼はベンチへ歩いていくと

ゆっくり腰を下ろす。

同時に、吸い込まれるのではと思うような

大きな欠伸をした。


「心依架ちゃん。好きに撮っていいよ。

 自分は、ここで寝てるから。」



―こんな寒い夜に?



思わず、吹き出した。


「凍死しちゃうよ。」


「あ。笑った。かわいい。」


言われて、スンと、無表情になる。


「あれ。言われ慣れてないのかな?

 恥ずかしがることないのに。」


言い慣れてるかわいいを貰っても、

嬉しくも何ともない。


「かわいくないし。」


「ふふふ。十分かわいいよ。」


うるさい。

言おうとして、止めた。



雪が降る公園の風景は、

タイミング的なものものあるが

あまり撮った事がない。


ぱしゃり。ぱしゃり。


次々にシャッターを切っていると、

彼の笑い声が届く。


「シャッター切るの、早くない?」


「瞬間を撮りたいってだけ。」


狙って良い絵が撮れるのは、プロの人だ。


スマホを白夜に向かって翳し、

心依架は言葉を投げる。


「何で、いつも眠そうなの?寝不足?」


ぱしゃり。


彼はベンチに背中を預けて、微笑む。


「そんなとこかなぁ。

 ・・・心依架ちゃん。自分、

 いっぱい撮っていいからさぁ。

 膝枕してくれない?ほら、今

 副業休業中で、飢えてるんだよねぇ。」


ふざけんな。

言おうとしたが、飲み込む。


「誰でもいいなら、さっきの仕事仲間の人に

 頼めばいいでしょ?心依架よりも

 ずっと大人で、めっちゃ綺麗な人だし。」


「彼女に頼んだら、倍の対価が必要になる。」



―ガチトーン?

 ・・・・・・あの女の人、怖いのかな。


 確かに、圧凄かったし。

 弱み、発見。



ぱしゃり。



「誰でもいいってわけじゃないよ。

 心依架ちゃんの膝枕がいいんだよ。

 ね。お願い。

 クリスマスプレゼント、あげるから。」



―・・・・・・クリスマス、プレゼント?



懇願する彼を冷ややかに見据えながら、

心依架は、ぱしゃりとシャッターを切る。


「取引って事?」


「これから頼んだら、いつでも快く

 受け入れてねという気持ち、かな。」


「ふざけんな・・・・・・」


ガチで言ってんの?


「警察、呼んでいい?」


「呼ぶ前に、お願い。」


「いや、あの、さ・・・・・・

 どうして、そんなに膝枕してほしいの?」


「透明人間の件、解明したいでしょ?」


「それと、何の関係があんの?

 あれ、スマホのバグかもしれないし。」


「クリスマスプレゼント、

 喜んでもらえると思うけどなぁ。」


「物で釣られると思ってんの?」


「いつでもどこでも被写体になるからさぁ。

 よろしくお願いします、心依架さま。」


手を合わせて、頭を下げている。


そこまでお願いする程、自分の膝枕が

価値のあるものとは思えない、が。


「・・・・・・引くけど。」


「君の膝枕、今まで会ってきた中で

 特上に安らぐんだよねぇ。

 眠りも深くなるというか。」


その場しのぎの言葉では、ないのか。


じろっと睨みを利かせて、心依架は

白夜に視線を送る。


「特上に安らぐって、どういうこと?」


「変な気が起こらない、というか。

 ・・・んー、と。言葉って難しいね。

 質の良い眠りを得られるって事。

 これって、自分にとっては

 重要なんだよねぇ。

 本業に関わるんだけど。」


「・・・・・・?」



―眠るのと本業が、何で関わるの?

 枕作る人・・・ってわけじゃないよね。



「論より証拠。見せてあげる。」


「よく分かんないけど・・・・・・」


何か、引っ掛かる。


「心依架が魅力ないって事は分かった。

 そんな膝枕で、

 質の良い眠りが得られるって?」


「そう。特別な眠りだよ。」


悪びれもなく、にっこりと笑って言った。


魅力ないっての、肯定したな?


「・・・・・・いつでもどこでもって・・・・・・

 遠慮なく撮っていいって、ガチなの?」


「うんうん。」



被写体。そうだ。

なぜか自分は、彼を撮りたいっていう

衝動を抑えられない。

この、美しい被写体を。



ぱしゃり。



「・・・・・・

 遠慮なく、撮るけど。」


「ふふふ。了解って事でいいのかな?

 こちらも遠慮なく、膝枕頼むね。」


「ただ、ゼッタイないだろうけど

 変な事したら、終わりだから。」


「絶対、と言い切るのは、どうかなぁ。

 まぁでも、条件だと言うなら、それで。」



何か、どうでもよくなった。


自分の膝枕に、敷居の高さは全くない。

それでこの、美しい被写体を

好きに撮れるのなら。別に。



「言っておくけど、自分が特定の膝枕

 決めるの、今までにない事だからね。

 君は自分にとって、貴重な存在になる。

 それだけは頭に入れておいて。」


「・・・・・・貴重な存在?」


「今は分からなくていいよ。

 心依架ちゃんは十分、魅力的だって事。」


ふんわりと笑いながら、そんな言葉を吐く。

到底、受け入れられない。


「変な気が起こらないのに?」


「ふふふ。ホント、言葉って難しいよねぇ。

 ちょっと、違った伝わり方

 したかもしれないねぇ。

 今のところは、と言っておくね。

 機嫌直して、心依架ちゃん。」


「・・・・・・」



心依架は、ベンチの方へと歩いていく。

白夜の目の前に立つと、じっと彼を見据えた。



綺麗な顔立ち。

宝石のような瞳。

繊細な白い肌。


これだけ美しい被写体は、

今までに出逢った事も、見た事がない。

そして、この強い衝動も。



ぱしゃり。



「・・・・・・

 何を、見せてくれんの?」


ぽそ、と呟く。


「おいで。心依架ちゃん。」


ぽんぽん、と白夜は、ベンチに軽く手を置く。

近い距離の、すぐ隣を。


警戒心を解かずに彼を見据えながら、

ゆっくりと隣に腰を下ろす。



寒い、というのもあるが、

こんな近くに温かさがあるというのは、

とても、ほっとする。


異性が傍にいて安心するという現象は、

今までにないのかもしれない。


家族の温もり。

それを、思わせるような。


いつから、なくなったのか。


気を緩ませると、

寄り掛かってしまいそうだった。



しばらく、二人は空を見上げていた。


雪は舞う程度で、深まる気配はない。

しかし灰色の闇は、明ける様子もない。


緩やかな呼吸と共に昇る

白い息の行方を、眺める。



ぱしゃり。



空に向かってシャッターを切った直後、

ふわりと、甘い匂いが漂った。


彼が付けている香水。

それに気づいた時にはもう、膝の上に

重みと温かさが存在していた。

視線を落とすと、

瞼を閉じている彼の顔が映り込む。


すぐに届く、小さな寝息。


もう、眠りに落ちているのか。



―・・・・・・寝つき、良すぎでしょ。



変な気が起こらないという言葉は、

とても複雑だと思う。

女としての魅力を感じないから。

そんな風に捉えてしまったが、寄り掛かれる程

心を許すことができるとしたら、

話は別に考えられる。


“眠る”という、無防備な姿を

晒せるという事なのだから。



寝顔を眺めていると、瞼が重くなってきた。


そう。この前も、だった。

彼の寝顔を見ていると、

自分も眠たくなってくる。


眠っている場合じゃないのに。

何を、見せてくれるのか、

答えてもらわないと・・・・・・



そう思う程、誘われる。





















きらきらと、光が降ってくる。



―・・・・・・あれ?

 降ってるの、雪じゃなかった?



イルミネーションのような、眩しい光の粒。

それが、上から注がれるように

舞い降りている。


灰色だった空は、真っ白で何も映らない。

そして公園の風景も、一切消えている。

座っていたベンチも。白夜も。


ただ、自分だけが、

地面とも分からない場所に立っている。



―……夢?



これは、夢の中なのか。

そう思ったら、この状況は理解できる。

そうか。夢か。



「心依架ちゃん。」


背後から掛けられる声に、

びくっとして振り返る。


微笑む白夜が、そこにいた。


「クリスマスプレゼント、何がいい?」


―夢の中で、それを聞く?


「・・・・・・言って、本当にくれるの?」


「自分らに遠慮っていうのは、禁止。

 言ってみて。」


「無理っしょ。」


「どんなものでもいいから。」


―どんな、ものでも。

 夢だし、遠慮ナシって言うんだから

 別にいいよね。


「・・・・・・サードニクス。」


「サードニクス?宝石の?」


「違う。スマホ。」


「・・・・・・あぁ。新作の、ね。」


「あれ、高すぎんの。

 製造も追いついてないって言うし。

 そんなの頼んでも、無理でしょ。」


「ふふふ。気づいてるでしょ。

 ここは、夢の中なんだよ。

 無理だと思う?」



降っていた光の粒が、急に

意思を持ったかのように一箇所へ集まる。


「・・・っ?!」


集まる場所は、自分の胸元。

粒が塊となって、

光源のように強い光を放つ。

あまりにも眩しくて、ぎゅっと目を閉じた。



少し経って治まるのを感じ、

恐る恐る瞼を上げる。

すると、目の前に浮かぶ物体を

視界に捉えて、驚いた。


数週間前に見に行った、最新のサードニクス。

淡い上品なピンク色の、

美しいボディ。


「手に取って、使ってみたら?」


この光景に驚きもせず、白夜は促した。


言われるままに、心依架は

ふわふわと浮かぶサードニクスを

そっと両手で取る。


質感。金属の冷たさ。

手に馴染む感覚まで、リアルだった。

手にする事ができた喜びとともに、

これが夢とは思えないという驚きが隠せない。


触れたと同時に、

画面が光って文字が浮かんだ。


『初めまして、ユーザー様。

 私の名前を決めてください。』


「えっ・・・・・・」



店では、サンプルとして見れただけで

実際は扱わせてもらえなかった。

初期設定なんて、分からない。


「名前、決めてあげたら?」


面白そうに、彼は提案する。


急に、言われても。

戸惑っていると、再び画面に

別の文字が浮かぶ。


『ユーザー様の名前を教えてください。』



―・・・・・・これなら、答えられる、かな。



現れたキーボードで、

“心依架”、と文字を入力する。


『心依架様、ですね。それでは、

 一時的に私の名前は“心”と致します。

 正式にお決まりになりましたら、

 設定から変更可能です。

 宜しくお願い致します。』



目を見開いた。

こんな気遣いまで出来るのか、と。



―サードニクス、すごっ。



夢だという事を忘れて、感動する。


「ふふふ。喜んでもらえたかなぁ。」













のんびりと掛けられた彼の声と、

頬を撫でる冷たい風で、目を覚ました。


灰色の空。白い雪。公園の風景。

そして、自分の膝枕で眠る、白夜。


夢から、覚めたのか。


あまりにも、リアル過ぎた。

心依架は思わず、

手にしていたスマホに目を向ける。


いつも使っている、自分のスマホだ。

何も、変わっていない。


やっぱり、夢は夢なのか。


少し残念に思えたが、例え夢だとしても

サードニクスを手にする事が出来て、

幸せな気持ちになった。



白夜は、眠ったままである。

何となく、微笑んでいるように見える。


ぱしゃり。


いつでもどこでも、撮影可能。

制限なく撮れるって、かなりヤバい。

気づけば、今日だけで

かなり撮っている。白夜ばかりを。



「・・・・・・ふあぁぁ、よく寝た。」


彼は目を覚まし、大きな欠伸をする。

そんな瞬間まで撮ろうとしてしまうのは

どうかと、指を止めた。


白夜は、ぼんやりした目を向けて瞬くと、

ふんわり笑って、告げる。


「本物は、後日プレゼントするね。」


「・・・・・・えっ?」


「サードニクス。」


心依架は、驚かざるを得ない。



―いや、自分の夢・・・・・・だったよね。

 えっ?何で、知ってるの?



見た夢に、白夜が出てきたのは確かだ。

だが、それは夢の中の彼であって、

存在していたとは・・・・・・


まるで、一緒に夢を見ていたような口ぶりだ。


ゆっくり身体を起こした彼は、

ベンチの背に身体を預けて

戸惑っている心依架を優しく見据える。


「リアルでも、手に入れないとね。

 大丈夫。サードニクスに詳しい人と

 コネがあるから、すぐに届くよ。」


「・・・・・・い、いや、あの・・・・・・」



夢、じゃないの?

何で、知ってるの?

本物プレゼントって、何?


いろんな疑問が押し寄せて、

言葉を詰まらせてしまう。

そんな彼女に対して、彼は決して

笑みを絶やさなかった。


「もうそろそろ、お家に帰ろっか。

 ・・・まだ、時間ある?良ければ、家で

 あったかいココア、飲んでいかない?」



























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