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七 晴れの日の終わり

 入学式において、我々生徒会の面々にはそれぞれ役が割り振られていた。


 殿が生徒の代表して式辞を述べるのは当然として、千振殿は音声を流す役を担い放送室に入る。

 拙者と厳原殿は、新入生が入場する時に扉を開けるのを任されていた。


 もうじき開式だ。

 会場には既に在校生と、新入生の保護者が席についている。

 先ほど扉の向こうに整列して待っている新入生の様子を窺ったが、皆、落ち着かないようであった。


 それもそうだろう。

 今、この場にはざっと見渡すだけでも二千は下らない人が集まっているのだから。


 その主役が自分達だと自覚すれば、浮足立つのも無理はない。


「新入生、初々しかったねえ。私達も、あんな感じだったのかなあ」

「どうでござろうな。拙者は特に、視線を集めていたのは覚えているでござるが」

「あー、そうだったそうだった。寒太郎くん、すごい目立ってたもんねえ」


 扉の前に並んだ拙者と厳原殿。

 拙者達の入学式は二年前のことになるのか。


 高校から神野学院に入学した厳原殿のような人々には、仮面付きの拙者の姿はさぞ面妖に映ったことであろう。


「拙者がこうして生徒会などという立場で受け入れてもらえているのも、全ては殿のおかげ」

「そうでござろうなあ」

「!」


 突然、拙者の口振りを真似した厳原殿が悪戯っぽく笑う。


「私ね、本当はこの学校でも生徒会長になるぞって思って入学してきたんだ」

「存じているでござる」


 そうでなければ既に圧倒的な支持を集めていた殿と対峙して、立候補しようとは思わないだろう。

 単純な学力なら厳原殿に軍配が上がっていたであろうし、演説も殿に負けず劣らずであった。

 どうしよう寒太郎あの子すごいよ私絶対負けちゃう、と殿が家で泣き言交じりにべそかいていたことは、拙者だけの秘密だ。


 それほどまでに、厳原殿は強く、芯のある女子だった。


「最初はさ、悔しかったんだよ。負けちゃったかあ、二番かあ、ってね」


 言葉とは裏腹に、厳原殿は嬉しそうな表情で視線を前に向ける。

 その先に座っているのは、我らが殿、そしてこの学校の生徒会長だ。


「今は、統真ちゃんを支えてる方が、楽しいかも」

「わかるでござる。その気持ち。わかりますとも」

「寒太郎くんは、ぞっこんだもんねえ。統真ちゃんに。でも、私も、だいぶ分かるようになってきたよ? ほら、今、とってもキリっとした顔してるけど、あれ、緊張を隠してる」

「ご明察。間違いないでござろうな」


 会場の前方に用意されている専用の席で、引き締まった顔をしている殿。

 だが、その心中は余裕しゃくしゃくなどではない。


 あれは必死に、不安を抑えて、自分を鼓舞しているのだ。


「一生懸命で、力がある。だけど、スーパーマンじゃないんだよね。私が……私達が必要なんだって思わせてくれる、会長さんだよ。統真ちゃんはさ」


 厳原殿が言う私達に含まれているのは、生徒会のことばかりではないだろう。

 在校生も、先生方も、そしておそらく、これから入学する者達も、殿にとっては必要だ。


 人に必要とされ、自らも人を必要とする。


 殿を見ていると、人の上に立つとはそういうことなのではないかと、拙者は思うのだ。

 それを、厳原殿もちゃんと見抜いておられるようだった。


「良き右腕に恵まれたのでござるなあ、殿は」

「あれ? 寒太郎くんは、自分が右腕じゃなくていいの?」

「拙者は侍ですので。殿の一部であってはならんのでござる」

「なにそれ」


 可笑しそうに厳原殿が言った時だった。


『まもなく式が始まります。会場の皆さまは――』


 会場全体に響き渡るのは、式の始まりを告げる千振殿の声。

 音響機材を通して聞こえてきたそれに、厳原殿が、おしゃべりはここまで、と口元に右手の人差し指を当てて見せる。


 つくづく可憐な人でござるなあ。

 これに骨抜きにされる男はさぞかし多い事であろう。


 続く携帯電話の電源は云々、という千振殿の指示に合わせて、会場内が徐々に静まり返っていく。


 だが、その静寂の途中で、微かに、だが確かなざわめきが生じた。


『静粛にお願いします』


 千振殿がすかさず、そう言葉を挟んでいなければ、騒ぎはもっと広がっていたのだろう。


 ざわめきの中心は、来賓席のほうだった。

 理事という札のおかれた席に座った、黒いスーツ姿の人物。

 言うまでもない、社長だ。

 まさか本人が姿を現すとは思っていなかった人々が、興味深げな視線を送っているのが分かる。

 どちらかといえばその数は生徒より、保護者の方が多いような気もするが。


「あれ、統真ちゃんのお父さん?」

「そうでござる。もう少し、目立たない形で入ってこれなかったものか」

「…………ふうん。そういう感じなんだね」


 それから再び会場が落ち着くまでに、少し時間がかかった。

 皆が座る姿勢を正し、ようやく揃って前を向いた頃。


『新入生、入場』


 千振殿の合図に、拙者と厳原殿は、よし来たと会場の扉を開けた。


 扉の向こうから最初に一歩踏み出して一礼したのは、一年A組の担任の先生である。

 その後に、学級の生徒が続き、また別の学級の担任、生徒、担任、生徒と入場が繰り返されていく。

 大きな拍手で会場の全ての雑音が飛んでいった。


 新一年の学級数はG組までの七つ。

 入場が完了するまでには、五分はかかるでござろうなあ。


 開きっぱなしの扉の傍らで、体育館の壁にかけられた時計を見ながら拍手をしていたその時。


 それは、やってきた。


「う、ぐっ、ああ?」


 頭が割れるような強烈な耳鳴りと、背筋を下っていく痺れのような感覚。

 これほどまでの不快感を覚えたのは、本当に久しぶりだった。


 近づいてきている。

 すぐそこまで、やってきている。

 体が、警告しているのだ。


 どこだ?

 この気配は、どこから?


「寒太郎くん? どうしたの?」


 持ち場を離れて、周囲に視線を巡らせる拙者を不審に思ったのであろう。

 厳原殿が心配そうな表情をこちらに向けている。

 しかし、答えている余裕はない。


 会場では、入場を終えた新入生たちが用意された席に着き始めていた。

 皆、拍手を止め、静かに式の始まりを待っている。

 この様子だと、異常を感じ取っているのは拙者だけ、ということか。


 しかし、それはほんの短い時間のこと。


「!」


 まず聞こえたのは硝子の割れるけたたましい音だった。


 場所は拙者達の居る二階ではなく、三階の観覧席の辺りから。

 多くの人が突然のことに身をすくませ、次いで、ざわめきが波紋のように徐々に広がっていった。


「い、今の音、なに? 何か割れた?」

「わかりません。拙者がすぐ確認に……」


 踵を返して、三階に向かおうとした拙者の背後で、ずん、と重い音がした。


 今度はどうした。

 何か、落ちてきた?


「人、で、ござるか?」


 振り返ってみれば、会場のちょうど真ん中に先ほどまでなかった黒い人影が一つ。

 その正体を目で見て観察するより早く、気付く。


 あいつだ。


 先ほどから途切れることなく続いていた強烈な不快感の原因。

 得体の知れない、高度な電子機器が放つ独特の気配を、その人物は全身から放っていた。


「……るく、思わないで」


 ぼそぼそと、低い声で呟いたそいつが、腰の辺りから何かを取り出して床の上に放る。


 円盤のような形をした黒い機械だ。

 ごとん、と、落下した円盤の上の平たい面で、明滅を繰り返している赤い光。

 その明滅の感覚は、徐々に短くなっていく。


 ちょっと、待て。

 あれは!


「……っ! みんな、離れろ! 早く!」


 爆発物だ。

 自分が思い浮かべた最悪の事態に対処するため、拙者は声を張り上げて駆け出す。


 拾って、窓の外に投げ捨てるか?

 駄目だ。そんな暇はない。

 だとすれば、方法は一つ。


「南無三!」


 円盤の上になって、腹ばいの状態で覆いかぶさる。

 これでどれだけの被害が抑えられるかはわからないが、爆発で撒き散らされる破片さえなければ、多少は――


「ごめん。それ、無駄だから」


「は? ……………おい! ちょっと、待て!」


 這いつくばって顔を上げた拙者が見たのは、不快な気配を纏った人物が一つ、二つ、三つと黒い円盤を投擲している姿だった。

 さっきまで拙者がいた入り口の近く、三階の観覧席、そして最後の一つは来賓の方々が座っている方向へ。


「しまっ……」


 拙者が認識できたのは、そこまで。

 腹の下から何かが膨れ上がる感覚の後、体が一気に押し上げられたのが分かった。


 同時に、轟音が響き、視界が白一色に染まった。

 日常パートが終わりました。ちょっとだけ名残惜しいです。

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