十六 首謀者は静かに近付く
神埼優人の家族をはじめとするネクストアースの関係者が、NEPAの護衛と共に山間部の演習施設に避難をしてから四時間が経過した頃のことであった。
国道沿いにある古びたラーメン屋で、伊達誠太は一杯のラーメンを注文した後、ひたすらに替え玉を繰り返し、麺を貪り食っていた。
山のような巨躯の男のあまりに気持ちのいい食いぶりに、五玉を超えたあたりから店主も、その様子を面白そうに眺めていた。
「すまん。替え玉、追加だ」
「兄ちゃん、よく食うねえ。二桁も替え玉した奴なんて、ウチの店始まって以来だよ」
「もうそんなに食ったか。数えてなかったよ」
そう言って、伊達は器に残っていた麺を豪快にすする。
「はいよ、おまちどうさん」
「……おい、俺、チャーシューなんか頼んでねえぞ」
「いいんだよ。どうせ今日はもうじき店じまいだ。二桁達成記念のサービスさ」
「そうかい。ありがとうな」
店主がカウンター越しに自分の前に置いたチャーシュー付きの替え玉を、伊達はすぐさまスープの残った器に入れて、箸でほぐしだす。
「にしても、あんた、すげえガタイだな。プロレスラーかなんかかい?」
「あん? ま、そんなもんだ。この後、ちっと体を張る仕事があんのよ」
「こんな時間からかい? 格闘家ってのも大変なんだねえ」
「かもな。今回はしくじれねえんだよ」
「大勝負ってやつか? いいねえ。しっかり腹ごしらえしときな」
店主が感心したように息を吐いた時、備え付けられていたテレビで垂れ流されていたニュース番組の画面が切り替わった。
『本日、東京都の私立神野学院高等学校がテロリストによる襲撃を受けた事件についての続報です。犯人グループの声明によるところ、神野学院と関係のあるネクストアース社の要人を狙った計画であることが……』
原稿を読み上げるアナウンサーの硬い声が、伊達の麺をすする音と共に店内に響く。
「物騒な話だよ。入学式だったんだってさ。生徒さん達もかわいそうになぁ」
「金持ちに恨みがある奴は多いってことだろ。いつの時代でもな」
鼻を鳴らした伊達が、麺を食べきった後のスープを一気に飲み干して立ち上がる。
「勘定だ。これで頼むわ」
懐からしわくちゃの万札を取り出した伊達は、それを無造作にカウンターの上に置いて出口の方へと歩き出す。
「ちょっと、兄ちゃん! 多すぎるよ! 釣りは?」
「それも記念だ。ごちそうさん。もっと客、入るといいな」
「待てって! いくらなんでもこんなにもらえな、い……?」
振り返りもせずさっさと出ていってしまった伊達を追いかけようとした店主の足が、ぴたりと止まった。
その視線の先で、アナウンサーが淡々とニュースの続きを報じている。
「こいつは……」
たった今、自分の目の前で気持ちよく食事をしていた男が、画面に映っている。
「えらいこった」
テロリスト、首謀者、伊達誠太と矢継ぎ早に報じられたその内容に、店主はカウンターの上に残された万札を呆然と見つめ続けるのだった。
この替え玉のくだりは現実でもあったことです。
気前のいいラーメン屋の店主さん、ありがとうございました。