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十四 食わせ者の本性

 拙者と双葉先生が並んで皆のところに戻った時、一番に声を挙げたのは千振殿だった。


「せんせー、体罰はよくないと思いまーす。これ懲戒処分案件じゃないですかー?」

「冗談でもドキッとすること言うんじゃないよ。寒太郎の肉体も精神もノーダメージだから、体罰にはあたりません。指導の一環です」


 にやにやと笑いながら言った千振殿に、先生は嫌そうに返事をする。


「てかさ、先生の体、どうなってんの? 後で調べてもいい?」

「やなこった。誰が好き好んで生徒の自由研究の材料になりますかってんだよ。おい! 髪! 抜こうとするんじゃないよ!」

「えー、いいでしょー。また生えてくるかもしれないじゃん」

「こないかもしれないでしょうが! 三十過ぎたおっさんの髪の毛事情はな、デリケートなんだよ!」


 ぺたぺたとしつこく先生にまとわりつき、抜毛を試みている千振殿は放っておくとして。

 拙者は真っ直ぐ、殿の元へと歩み寄った。


「殿。ただいま戻りました」

「おかえり。大丈夫だったか? 結構、こっぴどくやられてたけど」

「心配ご無用! この通り。怪我一つないでござるよ!」

「……そっか。なら、いいんだ」


 手足を大袈裟に曲げ伸ばしてみせる拙者に対する殿の返答は、どこかぎこちなかった。


 ぷつり、と会話が途切れ、何か言わねばと焦って拙者が言葉を探していた時。


「はいはい、お疲れさまでしたね。寒太郎くん、とりあえず、自分への理解は深まりましたか?」

「おかげさまで、ネクストアース社が拙者に隠し事をしていたのは分かったでござる」

「んー、その言い方はよくないですねえ。それ、隣の統真ちゃんにも刺さってるって気が付きませんかあ? 言葉は選んで口にした方が賢明だと思いますけど」


 薄ら笑いを浮かべて近づいてきた八須の軽口に、何も言い返すことができない。

 こいつや社長を責めるということは同時に、殿を責めることでもあるのだ。


 腹は立つがここは堪えて、折を見て一対一で話をすればいい。


「まとめると、キミはうちの会社が関わっているヤバい存在。頭のそれは、危険なキミの力を制御するための装置。あ、視力を補強するってのは嘘ですからね。これまでは普通の人間みたいに暮らしてもらってましたけど、今日は状況が状況だっただけに、本来の能力を一部発揮してもらいました、と。理解していただけましたか?」


 つらつらと用意していたような言葉を並べおってからに。

 ならば、一つだけ切り返させてもらおうか。


「なぜ、今日までその事実を隠してきたのでござるか?」

「さあ?」

「なっ……」

「僕でしたらキミのような存在はずっと研究施設の中に繋いで閉じ込めておくんですけど。わざわざそんな被り物をつけさせて、あろうことか自分の娘と一つ屋根の下で生活させている社長のお考えなど、一つも理解できませんねぇ」


 口の端を吊り上げて、蛇のような笑みを深めた八須の手が拙者の肩を叩く。


「嘘を吐いていたのは、キミを守るためだった。それで納得しちゃどうだい?」


 低く、拙者にだけ聞こえるように囁かれた声。

 胡散臭い敬語抜きで放たれたその言葉にこそ、この男の本質が現れている気がした。

 拙者がこいつを快く思わぬように、こいつもまた拙者のことを取るに足らぬものだと思っている。

 その剥き出しの本心を向けられて初めて、拙者が感じたもの。


 これは、間違いなく恐怖だ。

 この八須という男は、どこまでも得体が知れない。


「八須。もう御託はいいだろう。これからのことについて、伝えろ」


 険悪な空気を断ち切るように、それまで黙っていた社長が口を開いた。

 この人の言動に救われたと思ったのは初めてのことだ。

 無論、拙者を気遣ってのことというわけではないのだろう。


 だが、助かった。


「ああ、そうですね。失礼しました。それじゃあ皆さま、ちょっとよろしいですか」


 ぽんと手を打って、八須が白々しいほどに明るい声で話を切り替える。


「とりあえず、今後はここと、ネクストアース本社の二手に分かれて行動します。私と、双葉先生が本社に戻る。そして、残りの方々がこちらという形です」

「どうして二手に? わざわざ分かれる必要はないのでは?」

「向こうの狙いは二つ。ネクストアースという会社そのものと、社長です。こっちに人を集めていて、会社の方が潰されてしまってはお話になりませんから。しかし、危ないと分かりきっている場所に、社長や、そのご家族を置いておけないでしょう。本社にはNEPA の第一小隊。こっちには第二小隊を充てます」


 八須の言葉に鶴城殿も平殿も、異論を述べることはなかった。

 おそらくこれは了承済みのことだったのであろう。

 それなら拙者から言うことは特にない。


「八須には本社で伊達と吾妻の捜索の指揮をとらせる。二人の居所が判明し、無力化するまで、我々は待機だ」


 駄目押しとばかりに、社長が有無を言わせぬ口調で言い放った。


「ここのことは外部に知られてないはずだから、安心してていいはずですけど。もしもの時は、寒太郎くん。キミが頑張らなきゃいけませんよ」

「……言われずとも、そのつもりでござるよ」

「最悪、一時間くらい粘ってくれたら、俺もここまで跳んでくるからさ。頼りにしてるぞ」


 不承不承、といった調子で八須に返事をした拙者を気遣うように双葉先生が申し出てくださった。


 それは、間違いなく心強いことでござる。


「ほかに、なにかありますかね?」

「はいっ! はいはいはいっ!」


 この場はこれでお開き。そんな調子で一応、皆の意見を伺った八須に対して、勢いよく手を挙げた人物が一人。


 それは以外にも、殿の母君。

 この場で最も蚊帳の外であるかのように思われていた百合殿であった。


「ええっと、はい。どうぞ、夫人」

「ねえ、みんな、お腹すかない?」

「……はい?」


 唐突な百合殿の発言に、八須が初めて面食らったような表情を浮かべた。


「難しいことは分からないけど、みんなお昼からなーんにも食べてないでしょう? それはよくないと思うの。ね、よくないわよね?」

「ちょっと、仰っている意味が私にはわかりかねるのですが……」

「もう! ニブいわね、八須くん! 分かるでしょう!」

「にぶっ……いえ、すみません。説明していただけますか」


 ざまあみろでござる。


 ぷんすかと腹を立てる百合殿に、社長の前であるせいか八須は何も言い返せないでいる。


「だからぁ! キッチンよ! ここにキッチンはあるのかって言ってるんですけど!」


 いや、言ってないです。


 そんなことは誰も言い出せない雰囲気で百合殿は憤る。


 その後、八須と双葉先生は「食べていけばいいのに」という百合殿の申し出を丁重に断って出発。

 残された面子は、有無を言わさず食事をとるという流れになったのであった。

 慇懃無礼な人、というのは現実にもいらっしゃるものです。

 私はそういう人に対して、不快、というより、怖い印象を受けます。

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