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十二 避難所

 NEPAの輸送車両に乗っていたのは、二時間足らずであったと思う。


「着いたぞ」


 車の揺れが止まり、同乗していた鶴城殿に促されて荷台から降りると、そこはどこぞの山の中だというのがわかる場所だった。


 輸送車両の正面には灰色の箱のような飾り気のない建物が佇んでいる。

 学校の校舎と比較しても劣らぬほどには大きい。


 これが、避難施設なのだろうか。


 建物の周囲には開けた土地が広がっていて、運動場らしき場所も見えた。

 敷地の周囲には遠めに見ても高い壁が設けられており、その向こうには鬱蒼と生い茂る木々の姿がある。


「ここは俺らの演習場としても使ってんだよ。十キロ四方はネクストアースの私有地で、森の中にはいたるところに監視カメラやセンサーが設置されてる。有事の時の避難所としてのセキュリティは申し分ないはずだ」


 拙者がきょろきょろとしていたからだろう。

 肩を並べて歩いていた鶴城殿が説明してくれた。


 なるほど。

 演習場、でござるか。


「そんなんどうでもいいよ……こんな山奥に建てるとか馬鹿じゃないの」


 恨み言を口にする千振殿の顔色と機嫌はすこぶる悪い。

 車酔いでござろうな。

 輸送車両の荷台には窓もなかったうえに、ここに着くまでには曲がりくねった道を通っているのがわかるくらいには揺れた。

 日頃まともに運動をしていない千振殿にはしんどかったのも無理はない。


「大丈夫ですか? よかったら先にトイレに案内しますけど。あと、お薬とかも」

「ん、なんとかなると思う……地に足着いたらマシになったよ」


 ふらつく千振殿の背中をさすりながら傍らを歩く平殿。

 その額には包帯が巻かれていた。


 平殿曰く、伊達がいきなり目の前に現れて殴ってきたのだそうだ。

 狙撃のために陣取っていた場所で頭から血を流して気絶していた彼女は、あの後すぐにNEPAの隊員達によって救助され、手当てを受けることになった。


 大きな怪我ではなかったとはいえ、自分もまだ本調子ではないだろうに。

 率先して他人の世話をするところが平殿らしい。


「おうおう、いつもそのくらいしおらしけりゃ静かでいいな、チビすけ」

「うるっさい、ゴリラ。その服をゲロ袋の代わりにしたっていいんだかんね」


 うむ。

 千振殿もそれだけ啖呵が切れるなら大丈夫でござろうな。

 少し安静にしていればいつもの調子ではしゃぎだすに違いあるまい。


「こっちだ。社長は第一小隊と一緒に先に着いてる」


 避難施設の中に入ってからは鶴城殿が先頭に立ち、殿と拙者、千振殿は迷いなく歩くその背中に従う形となった。

 外観と同じく通路も簡素な造りであったが、気を付けてみれば内部放送用の機械や、非常用の電灯が要所に設置されているのがわかる。

 いざという時に迷って出遅れましたでは話にならん。

 拙者も中の構造を頭に叩き込んでおかねば。

 階段や曲がり角の位置、部屋の間取りには注意を払っておくとしよう。


「統真ちゃん!」


 作戦室、という札がかけられた部屋の扉を開けた途端、聞き覚えのある声が響き渡った。


 百合殿だ。

 拙者達よりも先に中で待っていたらしい彼女は、殿の姿を見つけるなり駆け寄ってきて、そのまま抱き着く。


「よかった……怪我はない?」

「平気。私は、なんともないよ」


 半泣きの百合殿を抱きしめ返しながら、殿はその背中を優しくさすっている。


 娘が通っている学校の体育館が爆破されたうえに、夫の殺害未遂だ。

 百合殿のこの反応も無理はないだろう。


「…………む」


 殿が百合殿を落ち着かせた後で作戦室の扉をくぐった時、背中に不快な感覚が走った。


 大人が数十人集まっても窮屈に感じることはなさそうなほど、広い部屋だった。

 扉の正面にある壁には巨大な画面が佇んでおり、腰ほどの高さのところに操作盤だと思われる機械仕掛けの台が見えた。

 部屋の中央には大きな丸い机が一台、床から生えるように設置されている。

 天板に画面らしきものが埋め込まれているところをみると、あれも何かしらの機械だろう。

 その他にも部屋中至る所から、拙者には不快な機械の気配が感じられる。

 この基地全体を管理したり、監視したりしている場所なのだからそれはやむを得まい。


 とりあえず拙者は入り口に一番近い場所で控えておくことにした。


「社長、みなさん、お連れしましたあ」

「ああ。見れば分かる」


 拙者の横を音もなくすり抜けて入室してきた八須に対して、重い響きの声が答える。


 中央の机の傍らに腕を組んで佇んでいた社長は、百合殿と共に殿が姿を見せても表情一つ変えることはなかった。

 それが少し癇に障るが、黙っておこう。

 今、拙者の感情にまかせた言動で場を乱すことが愚かな行為なのは、理解できる。


「状況を」

「はいはい。ただいま説明させてもらいますよっと」


 前置きもなく指示を出した社長に従って、八須が部屋の奥まで移動して何やら機械を操作する。

 すると、壁の画面がじんわりと光を放ちだした。

 その後、機械音痴の拙者にはまるで意味の分からない画面の切り替わりが続く。


「この二人は……」

「うん。今日のテロリストのお二人さんだね。もう、身元は割り出せましたから」


 やがて映し出されたのは二つの顔写真。

 横に並べられているうち、左が強面な男、右が妙に不機嫌そうな表情をしている女だった。


 この顔、忘れるはずもない。


「男の方の名前は、伊達誠太。そして、女の方は吾妻琴理。調べてみてびっくり。なんと二人とも、元々はうちの会社の社員だったんですねえ」

「げっ、そうなの?」


 八須の報告を聞いて、最も大きな声をあげたのは千振殿だった。


 拙者は鶴城殿の様子を盗み見る。

 伊達という男は明らかに鶴城殿と顔見知りであるかのような口ぶりだった。

 何かしら思うところがあるのではないかと踏んだのだが、その顔色に変化はない。

 鶴城殿は、休めの姿勢で待機しているだけだ。


「しかも、伊達も吾妻も発展科学部門の研究者ときたもんです。この二人の研究分野は全く異なっていて、うちで働いている時に接点はなかったようなんですけど」

「ふうん。だったら、バチボコ高学歴のエリートじゃん。なんでそんな奴らが?」


 似たような立場で思うところもあるのだろう。

 千振殿は首をかしげている。


「まあ、元社員ということは、うちをクビになってるわけでもありますから」

「二人とも、自主退職だ。会社側から解雇したわけではない」


 クビ、という言葉に即座に反応して、社長が八須の発言を訂正する。

 彼らが会社を恨んでいることへの言い逃れともとれる言葉だが、社長の場合、ただ事実を述べただけなのであろう。

 拙者としては社長が二人のことを覚えていて、会社を辞めた理由を把握していることの方が驚きだった。


「伊達の研究分野は生物学、化学、医学、組織工学でして、人体の一部をごく短期間で再生させる細胞を開発してたんだそうです。皮膚とか、血管とか、筋肉くらいなら、多少破損しても、ものの数分で回復できるようになるほどの技術だったとか」

「あ、それ覚えてる。外部から発ガン性のリスクがあるって難癖つけられて頓挫したやつじゃん」

「そのとおり。世間様のご意見を尊重した結果、日の目を見なかった形になります」

「いや、一時期めっちゃ騒がれてたでしょうよ。社長、会見とか開いてなかったっけ? なんであんたが伊達のこと知らない感じで話してんのよ」

「お金にならなかった事業に興味がないもので」


 呆れたような視線を送る千振殿に、悪びれもせず答える八須。

 実にこの男らしい答えだ。


「本来なら、伊達には別のポストで研究を続けてもらう予定だった。しかし、メディアが彼の学生時代の素行不良を取り上げたことで状況が変わった。まだ臨床段階にも至っていなかったにも関わらず、危険な研究であるかのようなレッテルを貼られてな。私が会見を開いたのは、そのせいだ」

「結果、吊るし上げをくらった伊達さんは、やる気をなくして退職。その後は海外の方でグレーな仕事をしてたみたいですけど」

「…………会社は自分を守ってくれなかったと、そう思っていても仕方はないですね」


 殿が暗い顔で呟く。

 あれだけのことをしでかした相手であっても、境遇に心を痛めるようなところがあったのだろう。

 そういう人なのだ。


「動機は十分、か、どうかは、わかんないけど。そんで? 女の人の方は?」


 この辺り、千振殿はさばけたものだ。

 事実は事実、過去は過去として処理してしまう。


 優しさゆえに思い悩む殿とは、ちょうどいいバランスなのかもしれない。


「吾妻の方は元々、外部の企業の人間だったようです。そこで人工筋肉の開発に携わっていましたが、経営難だった会社をうちが買収して合併、吸収した形になります」

「それだけ聞くと、我々を恨む動機としては薄い気がしますが……」

「合併後しばらくは真面目に働いて成果も出していたみたいですけどね。突然、辞職して、それ以降はどこで何をしていたのかもはっきりしてません」

「仕事を辞めた理由ねえ……セクハラとか、パワハラとか?」

「こっち見ながら言うのやめてもらえます?」


 自分に疑わし気な視線を送る千振殿に、八須は肩をすくめて見せる。


「理由はどうあれ、彼女が今回のテロで大きな被害を出した実行犯であることは疑いようがありません。伊達に扇動された、というのが今のところ濃厚な線でしょうね」


 確かに、あの吾妻という女の言動は、自分がしていることに後ろめたさを感じているようでもあった。

 根拠のない勘ではあるが、拙者も彼女が主犯ではないと思う。


「以上がテロリスト二名についての情報です。現在、警察、メディア、うちの情報網をフル動員して、捜索にあたってます。ここにいる皆さんは、彼らの身柄を拘束できるまでここで待機、ということで。なにか、質問は?」


 部屋の奥の画面の前で、全員の顔を見回す八須。

 社長は険しい顔のまま口を閉ざし、その傍らで百合殿は所在なさげに視線をあちらこちらに向けている。

 殿も、千振殿も、拙者の位置からは背中しか見えないが、口を開く様子はなかった。

 入り口に近い位置の鶴城殿も静かに佇んでいる。平殿はそもそも室外で待機だ。


 ここが頃合いだろう。


 そう踏んで、拙者は前に出た。


「その質問は、伊達や吾妻に関わらぬことでも構わないでござろうか」

「おや、寒太郎くん。いいですよ。言ってみてください」

「拙者のことでござる」


 口に出した瞬間、場の空気が変わったのが分かった。


 百合殿以外の皆が、これから拙者が尋ねることに対して身構えるような、それでいて図星をつかれたときのような顔になる。


 なるほど。

 皆、知っていたのだな。


 知っていて、黙っていたのだ。

 拙者は今から、自分についての隠し事を暴く立場になるというわけか。


「あー、まあ、そうなるよねえ。流石にスルーは無理っしょ」


 全員の顔色を窺い、最初に口を開いたのは千振殿だった。

 口振りは明るいが、どことなく後ろめたそうだ。


 観念しようか、みんな。とでも言いたげな様子である。


「今回のテロは君の大活躍で収束しましたからね。いや、素晴らしい。日頃から統真ちゃんのために鍛錬していた成果が出せて良かったじゃないですか」

「馬鹿にするな。あれが鍛錬云々の話ではないことくらい、わかっている」


 自分でも驚くほど、茶化そうとした八須に対する語気が荒くなってしまった。


 それでも構わない。

 そもそも拙者はこの男にどんな印象をもたれても気にならん。


「教えてほしいのでござる。拙者は何なのでござるか。どうして、あんなことができた?」

「隠し事には隠しておいた方がいいと判断する理由があるものなんですけどね。社長、寒太郎君はこう言ってますけど、どうしますか?」

「遅かれ早かれ伝えるつもりではあった。それが今日だっただけだ」

「左様ですか。了解しました。準備をするから、ちょっと待ってくださいね」


 言うなり、八須は壁際の機械の操作盤に顔を近づける。


「えー、先生、出番ですよ。ちょっとこっちに来てもらえますか?」


 どうやらどこかと通信をしているようだ。

 先生、とは、誰のことだろう。


 八須が呼び掛けてからほどなくして、部屋の扉を叩く音が鳴った。


「お邪魔しますよっと」

「……あれ?」


 扉が開き、顔を覗かせた人物を見て、殿と千振殿が怪訝な表情を浮かべた。

 演技ではなく、二人もこの人がここに居ることを意外に思ったようだ。


「双葉先生じゃん。なんで?」

「お前と似たような感じだよ。実は俺も、ネクストアースの関係者」


 目を丸くする千振殿に、いつも通りの朗らかな笑顔で応じて双葉先生は部屋の中に入ってくる。

 関係者、とは、どういう意味なのだろうか。


「それで? 俺はなんでここに呼ばれたわけ?」


 よく見れば、先生の皺のよった背広には肘や膝を中心に汚れがついている。

 この様子だと、体育館での爆破の後、そのままここへ連れてこられたと考えた方がよさそうだ。

 とりあえず無事だったことを喜ぶべきなのだろうが、あまりにも場違いな登場にその機会を逃してしまった。


「寒太郎君に本当のことを教える流れになりました。職業柄、お得意でしょう?」

「そうか…………どうだかなあ、あんまり自信ないぞ」


 双葉先生は一度拙者の方に視線を向けて考える素振りを見せ、溜息を吐いた。


「やり方は? 俺に任せてもらってもいいんだよな」

「どうぞどうぞ。ご自由に」


 投げやり、とはまさにこのこと。

 適当な八須の態度にも腹を立てた様子はなく、双葉先生は腰に手を当てて、拙者や殿、千振殿と向き直った。


「だ、そうだ。お前ら、面食らってるとこすまんが、ちょっと外で体動かすぞ」

「……ええっと、運動、ですか?」


 体をほぐすように肩や首を回す双葉先生に、殿がおずおずと尋ねた。


 確かに、先生の意図がよくわからん。


「論より証拠。百聞は一見に如かず、さ。ごちゃごちゃ喋るより体で理解した方が早いこともある。ほら、ついてこい」


 先生はこの場で語るつもりはないようだ。

 我々の返事も待たず、さっさと部屋の外に歩き出してしまう。


「なんかよくわかんないけど、行こっか」


 殿と拙者と顔を見合わせた後、千振殿がそう言ったことで、我々は先生の後を追って外へと足を運びだすのであった。

 双葉六平先生は、私の前の作品である「ビリジャンパー」で、主人公を務めていた人物です。

 本編の時間にして十五年ほどの月日が経過し、彼もすっかり中年になりました。

 今作では、脇役として頑張ってもらいます。

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