十一 安全策と罪悪感
厳原殿は、一命を取り留めたのだそうだ。
テロの後処理を消防隊員の皆様方に任せて生徒会室に戻ってきた拙者達は、厳原殿の母君からの連絡に胸を撫で下ろした。
だが、緊急搬送された病院の集中治療室において、予断を許さない状況なのだという。
「…………分かってるだけで、重傷者が四十人以上。軽傷者は数えられないくらい、か。死人が出なかったのは不幸中の幸いなんだろうけどさ」
親しい間柄の人間の命が危険に晒された。
千振殿の呟きに含まれたその事実に、生徒会室の中の空気が一層重くなる。
「こんな日がくるのは、分かっていた。だけど、最悪の形になってしまった」
目を伏せて俯き、きつく手を握りしめた殿の言葉には、悔しさが滲んでいた。
分かっていた、とは、どういうことだろうか。
あの機械の鎧を纏った女や、伊達という首謀者らしき男。
奴らがネクストアース社と、その社長である神埼優人を狙った理由に、殿には心当たりがある?
拙者自身の「本当の力」の件もある。疑問を口にしてみようとした時。
「やあ、みんな。とんでもないことになってしまいましたねえ」
生徒会室の扉が開いて、この場に相応しくない軽薄な声が響いた。
「何を、しに来たのでござるか」
こいつ、状況がわかっているのか?
へらへらと笑みを浮かべながら現れた八須に対して、不快感を隠すことができなかった。
しかし、拙者の棘のある物言いにも八須が怯んだ様子はない。
「言わなきゃわかりませんか? コーヒーの豆を挽いている人に、これからコーヒー淹れるんですかって尋ねるようなもんですよ、寒太郎くん」
「いいから。要点をお願いします」
温厚な殿でも、今は八須の軽口に付き合っている余裕はないようだ。
それ以上無駄口を叩くな、と釘を刺すような口調に、八須も笑みを消した。
「皆さん、逃げますよ。敵の狙いは我々ネクストアース社の人間ですからね」
それは、至極真っ当な提案。
去り際の伊達の口振りから考えれば、奴らがまた行動を起こすことは明白だ。
一番の狙いが社長だったとしても、その娘である殿が命を狙われる可能性は高い。
その時に、また無関係な者達まで巻き込むことだってあり得る。
身を隠すなら、早い方がいい。というのは理にかなった判断であろう。
「逃げるのはいいとして、どこへ?」
「こんな時のためにネクストアース社には要人を匿う施設があるんですよ。社長と、奥さんは護衛付きで先にそっちに向かってもらいました。相手の動きが読めない以上、こっちはとりあえず安全策を取るしかありませんので」
「わかった。移動の準備を」
八須の言葉に迷うことなく決断を下し、生徒会室の出入り口に向かいだす殿。
「私も少し、落ち着いて考えをまとめる時間と場所が欲しい」
そう言いながら、殿はちらりと拙者に視線を向けた。
確かに、殿とはゆっくりと話をしなければならないことがある。
そもそも、殿が行くというのなら拙者には従う以外の選択肢がない。
「まー、仕方ないよねえ」
千振殿にも八須の申し出を断る理由はなかったようだ。
寝そべっていた生徒会室のソファからぴょんと起き上がって、拙者と共に殿の後ろにつく。
「それでは、引率の役は任されますよ。もう外に車を用意しておりますので、皆さんついてきてくださいね」
そう言って歩き出した八須の後を追う途中、まだ薄く煙の上がる体育館の様子が見えた。
まだ苦しんでいる人々を残して、自分達ばかりが安全なところに逃げる。
そのことへの罪悪感を押し殺し、拙者達は学校を後にしたのだった。
ここから一日一話程度の更新になります。
プロットは出来上がっておりますので、最後までは問題なく進むはず……なんですが、文量によっては一日二話になったり、二日に一話になったりすると思います。
よろしくお願いします。