水原先輩
「言葉で分かり合えないなら、行動で示すしかないと思ったんです!」
水原先輩のそんなトンチンカンな言い訳から幕を開けた。
「いやいや、連絡先を聞くぐらいだったら今まででもいくらでも機会があったでしょうに……。 暴力に訴えるとか、風紀委員長とは思えない行動ですね。」
俺は未だにヒリヒリと痛むの太ももを擦りながら、水原先輩を軽く諭した。
俺と水原先輩は、ほぼ毎日と言っていいほど、朝の身だしなみチェックで顔を合わせている。
「それに何ですか、言葉で分かり合えないからって。喧嘩を売ってきているのって、ほぼほぼ水原先輩ですよね。」
「?」
「訳わかんないって顔すんな! いっつも俺に意味もなく絡んできて不快にさせてくる人と、連絡先なんて交換できる訳がない!」
いつもいつも登校時に俺だけを呼び止めて、一緒に話していた悟には何のお咎めもなし。
俺だけがいっつも怒られる。
理不尽すぎて腹が立つ……。
「そ、その……あれは違っ……。」
「アニメが好きだって言うのだって、何とかして俺から下品な会話を出させて説教したいがための口実なんじゃねえの?」
「…………。」
ほら黙った。
やっぱりな、毎日毎日俺と悟が話しているアニメに文句入れてくるような人間が、アニメ好きな訳が無い。
まあでも、確かに胸だ尻だのと下品な会話を学校内で話していたのは事実。
そこはしっかり真摯に受け止め反省しよう。
「とりあえず俺は、今から急いで昼食を食べなきゃいけないし、このアニメも見なきゃならない。 これ以上の用が無いならこれで失礼します。」
俺は黙って俯く水原先輩を背に、静かに昼食を食べられるポイントを探した。
正直今の下らない会話で、十分以上の貴重な時間を費やした。
ーーーオタクだからってナメやがって。
「ま、待って下さい!話を聞いて下さい、瀧川君!」
「まだ何か怒り足りない事でもあるんですか?」
「違うの、朝のアレは……違って……。 本当はただ貴方と話したいだけなの! ごめんなさい分かりづらいような表現方法をして……。」
「……………。」
一体何言ってんだ、こいつは。
ん、でも待てよ……。こんな展開俺が読んでいたラノベにもあったような気がする……。
「ツンデレか。」
「…………!!?? ち、ちちち違いますよ!!」
なんだ違うのか。 まあ確かにいつも凛としている水原先輩が、俺にだけツンデレとか、無い無い。
「で、でも……表現方法が上手くいかないのは確かです……。 何故か分からないけど、貴方だけを……瀧川君だけを引き止めて怒りたくなるというか、いえ、違いますね……。 本当は普通に楽しくお話がしたいんですけど、上手くいかなくて……。 今日こそは今日こそはと頑張っているんです……。」
恥ずかしそうにモゴモゴと話す水原先輩は、そのまま俯いて縮こまってしまった。
ーーー一般的にそれをツンデレというのでは?
そう突っ込みたくもなったが、敢えて俺は黙っておくことにした。
もし水原先輩の言う事が本当ならば、明日の朝からはもしかしたら様子が変わっているかもしれない。
ここは連絡先を交換しておくべきだろうな。
「…………分かりました、連絡先交換しましょう。」
「…………ふぇっ!? ほ、本当ですか!?」
「仕方なくですよ、仕方なく。 ただ、お小言だけはマジ禁止でお願いします。」
「は、はい、勿論です!宜しくお願いします!」
ふにゃりと情けない笑みを浮かべる水原先輩の顔を、俺は初めて目の前で見た気がした。
それからは水原先輩と会話もほどほどに、俺は昼食を食べながらアニメを見ていた。
「意外とアニメとやらも面白いですね。」
俺の見ているアニメを横から覗き込んでいる水原先輩は、早速自分がアニメに疎い事をバラしてしまっているのだが、まぁ大人しいからヨシとしよう。
「…………ところでちょっと気になったんですけど、昼飯食べなくて大丈夫なんですか?」
「え、あ………………。」
俺に言われてようやく気付くとか、大丈夫なのかこの人……。
「あ、あ〜~!! すみません瀧川君! 私ちょっと急用を思い出しましたので、これで失礼しますね!」
ババッと凄まじい勢いで立ち上がった水原先輩は、まくし立てるように俺にそう言うと、走って屋上から姿を消してしまった。
「まぁ、いっか。」
ーーーーーー。
昼休みも終わり、またしても退屈な午後の授業をそれとなく聞き、何事もなく平和に授業は進んでいった。
「あ〜ぁ、ダルかった。さて、帰るとしますか。」
下校時間、俺は午後の授業で凝り固まった体を伸ばしながら、はぁっと大きくため息をついた。
机に掛けてあったカバンを手に取り、無造作に机の上に置くと、手当たり次第に机の中の教科書やノートをカバンの中にぶち込んでいく。
「祐一君!」
「おわぁぁ!ビックリした! 一ノ瀬かよ……ビビらせやがって……。」
「そんなにビックリすることかなぁ。それよりも昼間の屋上での水原先輩との件、何か進展あった!?」
一ノ瀬は大きな瞳はキラキラと輝かせながら、ズイッと俺に歩み寄ってくる。
「なんでお前がその事を知っている。 まさか俺の事を尾行していたんじゃないだろうな?」
「まさかぁ、そんなことあるわけないじゃなぁい。たまたま屋上に行ったら、祐一君と水原先輩が話しているのが視界に入ってきただけだよぉ。」
どうやらコイツは自覚が無いのだろうが俺は知っている。
一ノ瀬は嘘をつくと、必ず言葉が間延びするクセがあるのだ。
「はぁ…………まぁいいや。 取り敢えず水原先輩とは連絡先交換した。だがそれだけだ。」
「連絡先交換しちゃったの!? 信じらんない!!」
一ノ瀬は、俺が今まで見た事が無いほどに激怒している様だ。
しかし、怒られる様な事は何もしていないと思うのだが……。
「じゃあ、私とも連絡先交換して下さい!」
一ノ瀬は自分のカバンからスマホを取り出すと『んっ。』と言いながら、俺にスマホを差し出してくる。
「どういう事だよ……。 水原先輩と連絡先交換して、どうしてそれが一ノ瀬と連絡先交換する事に繋がるんだ?」
「いいから、早く! 私は祐一君とは幼稚園からの付き合いなのに、私が知らないのはおかしいから!」
何か癪に障る事があったのだろう。なんか知らんが一ノ瀬はプリプリと怒りながら、俺に連絡先を交換せよと促してくる。
「はいはい、わかりましたよっと……。はい、コレでいいか?」
「やったぁ、やったぁ! やっと祐一君の連絡先ゲット!」
一ノ瀬は俺の連絡先が入ったスマホを眺めながら、一人教室内を浮かれた様子で走り回っていた。