危惧
「あーほら、まだ俺達お互いの事をよく知らないし、一ノ瀬の件も明日辺りにまた進展があるかもしれないですし……そんなに早まらなくてもいいと思いますよ?」
俺は精一杯思いつく限りの言い訳を並べて、さも『俺は憶えていましたよ? でもまだ早くないですか』感を出しながら、忘れていた事を隠した。
「そうですね……早かったですよね……でも、なんか一ノ瀬さん達のを見てたら焦っちゃって……。」
「そうですよね、ごめんなさい……何か水原先輩の気持ちも考えずに……。」
「そんなことありません! 私は昔からずっと瀧川君を見てきました。瀧川君の事は誰よりもよく知っているつもりです!」
水原先輩は俺の事を高く評価しすぎなんじゃないか、と思うほどに俺の良さを力説してくれる。
俺がこんな事を考えている間もずっと水原先輩は俺の良さについて語っている。
「そうです、そうなんですよ、瀧川君!!」
水原先輩は何かにふと気が付いたかの様にマシンガントークを止めると急に俺の手を取って言った。
「お互いの事を知るために、お試しで付き合ってみませんか?」
「いやいや、それ関係の事で今一ノ瀬達がトラブっているんですよ? なのに俺達が似たような事してていいんですか?」
俺は流石にこの提案には否定的な意見を出させてもらった。
一ノ瀬達がトラブって問題になっている中で、俺と水原先輩が付き合い出したとなれば、一ノ瀬は『当てつけ』かとでも言わんばかりに俺達の行動を非難してくるかもしれない。
そうなれば一ノ瀬に同調した女子達が味方する恐れがある。
「大丈夫ですよ。彼女は悟君を利用して瀧川君を手に入れようとしましたが、私達はお互いを知るために付き合うんですから何も問題はありません。」
水原先輩は自信満々の様子だが、どうも不安要素があり過ぎる。
まぁ、俺と水原先輩が付き合おうがどうしようが、確かに他の人にはとやかく言われる覚えはないし、関係の無い話なのだが……。
「……まぁ、いいですけど。何で今なんですか?一ノ瀬達の件が片付いてからでも十分に時間はありますよね。」
「これは瀧川君の為でもあります。」
「……俺の為?」
「はい、もし一ノ瀬さんが悟君にフラれた事がクラスメイト内で広まったとしたら、一ノ瀬さんがまず一番最初に相談する相手は誰になると思いますか?」
水原先輩のその問いかけに、一瞬胸のあたりがズキッと痛むような、そしてギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
「俺になるって訳か……。」
「そうです。そうやって外堀を埋めていけば、次第に悟君がフッたという話ですら与太話にできてしまうという訳です。」
「でも、アイツにそこまでの発言能力は無いと思うぞ? いつも分厚い本ばかり見てる『本の虫』だからな。」
一ノ瀬を昔から知っている俺からしたら、いつも難しそうな本とばかりにらめっこしている変わり者にしか見えない。
「はぁ……。瀧川君と一ノ瀬さんは、本当に小さな時から一緒だったんですか?」
「え?」
「中学時代に何か、一ノ瀬さんに変化はありませんでしたか……?」
何やら呆れたように深いため息をつく水原先輩だが、中学時代の一ノ瀬の事を言われてもそんなパッと思いつく様な事は……ん、待てよ。
「あの一気に外見が変わった時か!? 確かにあの時は誰か全く分からなかったが、そんなに気にしていなかったな……。」
そう、普段は大人しく地味子と言われていた一ノ瀬は中学時代の一時、イメチェンをしてきて『学校一の美少女』と称された時期があったのだ。
それまでは水原先輩が『学校一の美少女』だったのだが、それが塗り替えられたのは一ノ瀬が最初で最後だ。
だが当時の俺には二次元の女子にしか興味が無く(今もだが……)、現実の女子がどういう容姿をして来ようがそんなに気にしていなかった。
「あのイメチェンには要因となった事があるんですが、何だったか覚えていますか?」
水原先輩はさっきから何が言いたいんだ?
まてよ、一ノ瀬のイメチェン……確かあの前日は……『俺が一ノ瀬をフッた日』だな……。
「多分その顔はあらかたの予想が付いてるみたいですね。 そう、あのイメチェンをする前日、瀧川君は一ノ瀬さんをフりました。 勿論一ノ瀬さんは元々は眼鏡を掛けた大人しめの女性でしたが、告白を断られた一ノ瀬さんは翌日に自身の素顔を見せ、周りから注目を集める事で『逃がした魚は大きいんだぞ』と瀧川君に知らしめたかったのでしょう。」
なるほど……。
そしてもし、一ノ瀬がその姿をして学校に来たら『学校一の美少女』が返り咲くという訳だ。
そして幼馴染である俺から『フラれた』という言質を取り、単純な男子達を味方につけ悟を孤立させる事で、一ノ瀬は発言力を手に入れることが出来る。
そうなったら、オタクで陰キャ組の悟の発言力はほぼ皆無となるだろう。
「水原先輩、この出来事を一から掘り起こして考えたんですが、もしかして俺が張本人ですか?」
改めて色々考えてみたのだが、俺が元凶な気がしてならない。
「言い難いですが、そうなりますね……。でも、理不尽すぎます!!」
「成程……だから水原先輩が彼女になるっていう訳なんですね!」
「そういう訳です!」
水原先輩はいつもの風紀委員の威厳は無く、ただ一人の女の事して俺の隣にいてくれている、そんな気がしたのだった。




