陰キャと屋上
一ノ瀬に起こされた俺は廊下で待つ水原先輩の元へと向かった。
そりゃあ、足取りは遅い遅い…………。
「はぁ……。何の用ですか?すんげー手短にお願いしたいんですけど。」
俺は嫌味たっぷり水原先輩にそう吐き捨てた。
「れ、連絡先を交換して下さい!!」
水原先輩は紙とペンを持って、俺に突き出す形で頭を下げながらそう懇願してきた。
――――――。
人は口を揃えてこう言う。
『陰キャはキモい』『陰キャが伝染る』『陰キャは喋んな』『陰キャはウザい』って。
まぁ、確かに自他共に認める陰キャの俺からしても、いわゆる陽キャとは相容れないものだと思っているから、そう思われていても一向に構わないのだが。
要約するとこれって告白って事じゃね!?
いや、要約すらしてないな……いきなりの事で頭ン中がパニックになっているんだ。
ーーーしかし、落ち着いて考えてみろ……無い無い無い無い!!
一瞬連絡先を交換してくれって言うトーンが、今朝と違う感じで言われたから勘違いしそうになったけど、これって普通に俺を説教する為に交換しろって事なんだよな。
はい、無理でーーす!!
余程のドMでもない限り、連絡先を交換してまで説教されたい奴はいない。
「いや、無理。だって今朝も言ってたけど、俺に説教する為に連絡先交換したいんだろ?絶対に嫌だって。」
「いえ、違うんです!その………。」
「とにかく、俺は水原先輩と連絡先を交換する気はありません。お引取り願います。」
俺のその言葉に諦めたのか、水原先輩はすごすごと帰っていった。
「よかったの?水原先輩帰しちゃって。祐一君に朝何があったのか分からないけど、多分普通に連絡先交換したい感じだったよ?」
俺の後ろからピョコリと顔を覗かせながら、一ノ瀬はそう話す。
「まさか、そんな事ないない。あの人は毎朝俺を見るや否や、いちゃもんつけてくるような人だ。そんな人俺の事を好き?ありえない。」
「まぁ、祐一君がそう思ってるなら別にそれでいいんだけど……。」
一ノ瀬はそれだけ言うと、スタスタと歩いて自分の席に戻ると、机の中からいつもの分厚い本を取り出して読み始めた。
――――――。
午前中のつまらない授業も終わり、地獄の昼食の時間がやってくる。
普通ならば昼食の時間は勇み足で購買に出かけたり、友人とくだらない話などをして過ごすものなのだが、俺にも一応、悟というオタク仲間はいたが、昼間は別グループの奴らとツルんでいる為、このクラスでは正直、友達と呼べるような奴はいなかった。
要はボッチと言うやつである。
俺からしたら、むしろその方が楽でいいとさえ思っていた。
階段を上がっていき、三年生の教室棟よりもさらに上、つまりは屋上に繋がる階段を上がり切ると、ガコンッと屋上へ出るドアを開けた。
「おっし、また今日も独り占め!ラッキー!」
屋上辺り一面を見渡したが、生徒達の姿は見えなかった。
予め言っておくが、屋上に出る事自体は別に禁止されていない。
ただ単に皆が屋上に出てこないだけだ。
それもそのはず、屋上の縁は全面に4、5メートル程の柵が張り巡らされており、その先端は大きく内側に返しが付いている。
余程の筋力自慢かアルパインクライマー、ボルダリング経験者でない限り、登るのは難しいだろう。
という訳で、せっかく屋上に出てきてもまるで刑務所の中に居るような気分になり、景観が最悪の為、誰も寄り付かないのだ。
「さてと、昨日配信されたばかりの新作アニメでも観ながら、飯でも食うとしますか。」
俺は屋上に張り巡らされた柵を背にして、座り込むと、おもむろに制服のポケットからスマホを取り出して、動画配信サービスアプリを開く。
「ふーん、なかなか面白い動画を観ているじゃないですか。」
俺が屋上で一人、弁当を食べようと包を開いていたまさにその時だった。
何処かで聞いた事のある、凛とした爽やかな女性の声が、俺の背後から聞こえてきたのだ。
「み、水原先輩!? な、何でここに!? ここに来る事はクラスメイトの誰も知らないはずだぞ!?」
水原先輩の急な登場に俺は明らかに狼狽していた。
見られていたのが他の女子達ならまだしも、よりにもよって『風紀委員長』の水原先輩である。
先輩は腕組みをし、鋭い眼差しを俺に向けてくる。
てか、さっきのあの会話で心折れなかったのかよ……すげぇメンタルだな。
「貴方の昼食の時間にまで邪魔しようなんて思ってもいないです。 ただ、貴方の観ているそのアニメ知っていますし、実は私もアニメ好きなんです。」
「まっさかぁ! あのバカくそ真面目でアニメ大嫌いな規律正しい水原先輩が、実はアニメが好きでしたなんて、無い無い!」
俺はケラケラと笑いながら、左手をブンブンと横に振る。
「な、何で私がアニメ好きじゃいけないんですか!?」
「いやいや、だって毎朝俺のアニメトークにイチイチあれこれイチャモン付けてくる人ですよ? それで『実は私もアニメ好きなの、キラッ!』とか言われても納得いく訳無いですよ。」
今まで散々罵っておきながら、実は私もアニメ好きでしたなんて、信じろと言う方が無理がある。
「確かに瀧川君の言う通りかもしれない……。でも瀧川君、口は災いの元という言葉があるのですよ?」
それだけ言うと、水原先輩は静かに俺の隣に腰を下ろすと、静かに俺の太ももの上に手を乗せてくる。
ーーーーそして。
ミヂミヂミヂミヂ…………!!
俺の太ももはズボンごと、水原先輩の強烈な抓りにより激しく捩れた。
「いででででで!! ストッ、ストップ、ストーーップ!」
「やめて欲しかったら、私と連絡先を交換して下さい。」
「む、無理無理無理無理!イデデデデ!!」
ミリミリミリッッ……!!
俺の太ももを抓る力が一層強くなった気がして、遂に俺の太ももの耐久力が限界を迎えた。
「イダダダ!!わ、わかった、わかったから! 連絡先交換する、交換するから、ヤメて!」
俺のその言葉と同時に、先輩は俺の太ももからそっと手を離した。
くそ、言葉でダメだったからって暴力に走りやがって、なんて野蛮な女だ!
などと思っていた次の瞬間、自分の耳を疑うような言葉が水原先輩から発せられた。
「本当ですか!?……ぁあ!!やっと、やっと瀧川様の連絡先が手に入る!!」
「ん?………は?瀧川……『様』……!?」
「あっ!!」
俺の言葉と同時に、慌てた様に手で口を塞ぐ水原先輩だが、今更もう遅かった。