プロローグ
人は自分と違う意見を持つ者が現れた時、どんな対応をするのだろうか。
例えば、そう例えばである。アニメの中のヒロインが現実世界に出てきてくれたらなぁ、とか。
勿論そんな事はありえないとは分かっている。結局のところは机上の空論でしかないのだが、考えるだけは自由なのだ。
だがこの世の中では、その考えを口にするのもはばかられる為、人々は口を噤み、マイノリティーな考えを捨て、『世間一般』の思考の元に歩みを進めてゆく者が殆どだ。
先述の通り自分と、若しくは『世間一般』の考えと違う者が現れた時、それを容認するのか否定するのか、それは自由だが、声高らかに自分の意見を主張したところで、到底容認されるとは考えられない。
何故なら、今まさにちょうどその場面に出くわしているからだ。
「貴方、前にも私に注意されていませんでしたか!?何度注意をされれば気が済むんですか!?」
金切り声をあげ、キャンキャン喚くこの女子生徒は高校三年生の風紀委員長『水原蓮華』だ。
黒髪ロングヘアーでサイドを三編みにしてハーフアップアレンジしている。
背は女子生徒にしては高めで170センチ超えているだろうか。
スタイルもよく、巨乳でクビレもある。
いつもカリカリしているせいか、切れ長のツリ目でいつも不機嫌そうだ。
なんつーか、性格もめちゃくちゃ厳しそうだし……てか、実際に厳しいか。
そんな彼女に、俺とオタク仲間の『谷塚悟』は一階の下駄箱奥の廊下であっさり捕まった。
「別に先輩には関係無いですよ。俺は友達とアニメについて語ってただけですから。」
「ですから、それが駄目だって言ってるんです!」
「アニメの話したらいけない校則でもあるんすか?」
「アニメどうこうよりも、その……下乳だの、お尻だの……。と、とにかく話の内容が変態すぎるんですよ!!」
「…………以後気をつけます、行こう。」
俺は水原先輩の横をすり抜けるように躱しながら廊下を歩きだす。
正直、下ネタを話した俺も悪いかもしれないが、下ネタを話していなくても呼び止められるのだから、水原先輩とは『水と油』の関係であり、この学校内では一番出くわしたくない人物である。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
水原先輩は今日は珍しくしつこく、俺達の前に回り込んで立ちはだかった。
「何ですか、朝礼始まっちまいますよ。」
俺はウンザリしながら頭を掻く。
朝一番から風紀委員長のお小言を聞かなきゃならないなんて、地獄でしかない。
漫画やアニメなら『厳しい風紀委員長に叱られる』いい画になりそうだが、漫画やアニメでもないし、ましてや究極のドMでもない。
「あ、貴方の連絡先……教えて下さい。」
「はぁ?何で俺が風紀委員長にわざわざ連絡先教えなきゃならんのさ!? 嫌ですよそんな罰ゲーム! 一体俺に何のメリットがあるんですか!?」
「あ、貴方の風紀を正すために決まってるじゃないですか! 毎朝私が電話をして、直すべきところを教えてあげます!」
「うげっ、アホか!冗談じゃない!結構です、いりません。おい、行こうぜ!」
「ちょ、ちょっと!?」
俺は引き留めようとしてくる水原先輩を無視して、友達と教室に急いで向かった。
「なぁ祐一、さっきの会話でピンと来たんだけどさ、風紀委員長、ありゃ絶対にお前の事好きだぜ?」
席に着くなり、俺の前に腰掛けた悟が茶化してくる。
「はぁ?風紀委員長が?あり得ねぇ。 風紀委員長からしたら俺は目の上のたんこぶでしかねぇよ。」
そう、俺こと『瀧川祐一』は風紀委員長である『水原蓮華』とは犬猿の仲であり、お世辞にも仲が良いなんて言える関係ではなかった。
初めは本当に些細な事から呼び止められるくらいだったんだが、次第に呼び止められる回数が増えていった様な気がする。
で、気が付いたら毎日風紀委員長に呼び止められて、イチャモンつけられるってのが日課になっちまった訳だ。
多分、俺が生粋のオタク野郎なのが気に入らなくて、用もないのにわざわざ声を掛けてきているのだろう。
てか、それなら悟も同罪だろうが……。何で俺だけ叱られなきゃならんのだ!
「こんな日陰者を好きになる奴なんて、いる訳無いだろ。」
自分で言ってて悲しくなるが、如何せん事実だから仕方がない。
まぁ、確かに風紀委員長はあのクソ真面目な性格さえどうにかなれば美少女なのに、勿体ない。
どの口がほざくのか、と自分自身にツッコミを入れたくもなったが、しかし人間とはそういう生き物だ。
「さぁ、ホームルーム始めるぞー。席に着けー。」
ガラリと教室のドアを開けて担任が入ってくる。
「祐一、あの風紀委員長と何かあったら、すぐに俺に連絡しろよ!」
「バカな事言ってねぇで、さっさと前向け。」
まだ若干眠い俺は、温かなそよ風も相まってたまらず欠伸をしながら手で払う。
六月になり、気温も段々と温かくなってきた事で、学校の教室という空間だけで眠くなるのだ。
こればかりは致し方ない。
俺は、担任のくだらない話を子守唄代わりに聞き流しながら、頬杖をつきながらウトウトと眠りにつきそうになっていた。
ただただ毎日をのんべんだらりと過ごしている俺にとって、この時間は至福のひと時なのだ。
――――――。
ホームルームも終わり、授業が淡々と過ぎていく中、俺はいつの間にか眠ってしまっていた様で……。
『……くん、いち君、祐一君!!』
俺は机に突っ伏したまま、眠いながらも呼ばれる声に耳を傾けた。
「……………その声は一ノ瀬か。 すまんが今俺は冬眠中だ。話しかけてきてくれるな。」
クラスメイトである一ノ瀬が話しかけてきたという事は、もうあのくだらない授業が終わったという事だ。
「……そうしたいんだけどね、祐一君にお客さん。風紀委員長だって。」
クラスメイトで幼馴染の一ノ瀬が気まずそうに俺の体を揺すりながら起こしに掛かる。
彼女は窓際最後尾に座る俺とは真逆の、廊下側最前列に座っている。
彼女は図書委員で、いつも休憩時間にはよく分からない分厚い本を読んでいる。
彼女の名前は『一ノ瀬桜』
サラサラの黒髪ショートボブヘアー、黒縁の真面目メガネ、美少女なのに、何故かいつも自信なさげに俯いていて周りのみんなと目を合わせない。
俺とは幼馴染のため、会話はよくしていた。そのせいか、高校生になっても俺とは普段通りの接し方をしていた。
成績優秀、容姿端麗。
たまにハッキリと物事を言うこともあり、芯はしっかりしていると思う。
そんな彼女が嘘や冗談などを言わずもなく………。
一ノ瀬の言うとおり、机に突っ伏した顔をゆっくりと持ち上げて廊下の方に目をやると、そこには風紀委員長の水原先輩が立っていた。
「マジかよ………、教室にまで押しかけて来ていったい何の用なんだよ。」
六月のこの日を境に、俺の生活が少しずつ変化していく事になるのだが、俺はまだその事を知らない。