相談事
政庁に戻り、蛍がぼくを追いかけていたことを聞いて驚いたので、今度は一緒に行こう?と誘うと、無表情ながらコクリと頷いたので、次でかけるときは、声をかけなきゃなぁ…なんて思いつつ、古市場で起きた不思議な出来事を孔明に話した。
「『山海経』ですか…」
「うん」
「おかしいですね…そもそもは、『山海図経』の筈なのですが…しかも帝室に保管されているものを…市井の民が…」
「いやっ…風貌は民という感じではなくて…どちらかというと、孔明が着ているような服装をしてたかなぁ」
「私…ですか?今の服装は、そこまで不思議な格好でしょうか…」
「あっえっ…ちがくて…」
あっ…そうだよね…、今、目の前にいる孔明の格好は、一般的な官吏が着用する着物(禅)であって、前世のゲームで見ていたようなあの着物じゃないもんなぁ…。
「もし。孔明様。阿斗様が仰られているのは、正装としてお召になられているこちらでは?」
「あぁ!そう!それ!」
月英さんが持ってきたのは、前世で最も孔明を孔明たらしめるあの服!あぁ…生で見られるなんて…
「阿斗様?いかがなさいましたか?」
「ちょっとくしゃみが出そうだったから」
「…?左様ですか。しかし…そう…ですか。であれば、その人物に子龍殿が気づかなかったのも無理はないかもしれませんね」
「ん?どうして?」
「その前に、月英。重いのに持ってきてくださってありがとう」
「いえ。では、下げますね」
「ええ。頼みます。…それで、その人物なのですが、恐らく仙術を究めた道士であろうかと思われます」
「ほうほう」
「まさに面妖な行いをする者たちであり、少し前に、張角という人物が、自身の力を用いて民を誑かし、悪徒を率い徒に国を乱しました。そのような悪辣の徒ではないかとは思われますが、まず間違いはないでしょう。して、幾らで売ると?」
「銭五だったかな」
「ふむ…」
眼の前にいる孔明は、一言呟くと目を瞑り深く考え込んでしまった。奥から白湯を持ってきてくれた月英さんが、「ああなると長いので、こちらを飲んでお待ちになってくださいね」と微笑みながら告げてくれた。目を瞑りながらも気配はわかるのか、目の前に供されている白湯を一口飲んではまた考え込む…。本当に長考するんだなぁ…。あながち、自宅に籠もって策を練るってのも間違いじゃないのかもしれないなぁ…。
●
室内が薄暗くなってきた。月英さんが、燭台に灯を点けて回っている。軍議に出なくていいのだろうか…少し心配になり、尋ねると、「殿が、今日一日阿斗に付いててくれと言われたそうですよ」と教えてくれたので、一安心。自分のせいで叱責されたらたまったもんじゃない…。というか、父上甘いなぁ…。軍議より息子優先かい!
「ふむ…そうですね…」
おっ?
「ん?なにがどうしたの?」
「阿斗様。その道士が言った値で買いましょう」
「それは…なぜ?」
「私が興味を持った。というのもありますが、今後阿斗様の扶けとなる可能性が高いと感じたからですかね。明日、私は軍議に参加するため同道できませんし、子龍殿ももちろんなので…」
「では、私が同道いたしますわ」
「しっしかし…」
「大丈夫です。男性に見えるように服装を整え、二、三名守りの兵をお借りできれば」
「ふむ…それしかない…ですかね」
「そうだね。まぁ古市場に着いたら、少し遠巻きに見ててほしい。昨日出会ったのも、子龍と少し離れてしまった時だからね」
「畏まりました。では、手配をいたしますので、月英。明日は頼みますね」
「はい。畏まりました」
さぁ…。明日は気になる道士と対面だ!