表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2000字短編

あいり♡時限式

作者: 百地おもち

 バレンタインの夜、玄関のチャイムが鳴った。その時、俺はテレビを見ていた。里帰り中の姉さんが、ソファで雑誌を読んでいる。

 対応に出た母さんが、嬉しそうに戻ってきた。


優斗(ゆうと)にお客様よ。あいりちゃんって子」

「え……」


 あいり。


 名前を聞いて息を飲む。急いで玄関へ向かった。


「こんばんは」


 霧砂奇(きりさき)あいりが立っていた。睫毛が長く、黒目がちな双眸は小鹿のようだ。あいりが、持っていた紙袋へ右手を入れる。


「ごめんね、こんな時間に。今日のうちに済ませたくて。愛してるよ、ゆーくん」


 そう言って、あいりは包丁を取り出した。彼女の目から涙が溢れる。


 あいりと付き合ったのは、三ヶ月前。彼女は異常に嫉妬深く、身内以外の女性とは、口をきくことさえ許さなかった。

 俺と雑談した松田先生は、通り魔にバットで殴られた。肩の糸屑を取ってくれた関さんは、植木鉢が落ちてきて怪我をした。


 あいりがやった証拠はない。だが、彼女の言葉を聞いてしまった。


『ゆーくんに近付く害虫は、あいりが潰さなきゃ』


 正直、限界だった。今朝、学校で別れを告げたばかりだ。


「こんなに好きでも、今のあいりじゃダメなんだよね。だったら、あいりも、今のあいりは要らないや。じゃあね、ゆーくん」


 彼女は包丁を自分の体へ突き立てた。幾度も幾度も。駆けつけた母さんと姉さんが、悲鳴を上げる。あいりの華奢な体が倒れこんだ。


「……らず……から」

「え?」

「……じゅう、ろく……たら……しよ……」


 か細い声で呟くと、霧砂奇あいりは事切れた。




 あれから十六年。事件の後、他人が怖くなった俺は、立ち直るまで時間を要した。優しい女性と出会い、今ではなんとか人並みの暮らしが出来ている。


「いってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


 身重の妻へ手を伸ばす。そっと触れると、赤ん坊が腹を蹴った。性別は聞いていない。産まれた時の楽しみにとってある。


「叔父さん、いってらっしゃい」


 妻の背後から、ひょこりと少女が顔を出した。姉の娘、姪の理世(りせ)だ。休日になると、よく手伝いに来てくれる。


「今日は掃除を頑張るつもり。ピカピカにするからね」

「ははは、頼もしいな」

「理世ちゃん、ありがとう」


 理世が慌てて首を横に振る。


「気にしないで。下心がありまして、感謝されると罪悪感がぁ……」

「下心? ああ、理世ちゃんの誕生日だものね」

「プレゼント、期待してまーす!」


 二人に手を振り、会社へ向かう。帰宅したら姉夫婦の元へ、理世を送って行く予定だった。




 プレゼントの箱がゴトリと落ちる。目の前の光景が信じられない。


「お帰り、ゆーくん」


 血だまりに妻が倒れている。理世が赤く濡れた包丁をぶら下げていた。


「理世……」

「違うよ。あいりだよ、霧砂奇あいり。ゆーくんの愛する彼女だよ! あはっ」


 あり得ないと即座に否定した。だが、あいりしか知らないことを、姪が次々と口にする。


「松田と関を潰してあげたよね。忘れちゃった?」

「だ、だけど、お前は理世で……」

「このコに転生して、あいりはずっと眠ってたの。産まれた時間がきて、さっき目が覚めたんだ」

「じゃあ、理世の人格は?」

「消しちゃった。害虫駆除で忙しいのに、やめてとか、嫌だとか、泣き喚いてうるさいんだもん」


 そんな筈が無い。亡くなった者は戻らない。そう否定したいのに、死に際にあいりが残した言葉が脳裏を過る


『必ず戻ってくるから。十六歳になったら結婚しよう』


 あいりは、女の子に転生しようと強く願って死んだという。十六歳になったら、新しいあいりとして、俺の元へ戻ると誓って。


「あーあ、叔父と姪じゃ結婚できないね。運次第だから仕方ないけど、残念だな」

「運?」

「そ。一番近くにいる女の子の胎児に急いで入らないと、どこかへ引っ張られるの。ゆーくんを残して、天国なんか行けないよ」


 ため息をついた彼女が、足元の妻を見下ろす。


「今度は大丈夫かなあ? これには入りたくないけど、どっちだろ?」

「何を言ってんだよっ、お前はっ!!」


 怒鳴る俺に怯むことなく、あいりは首筋へ包丁をあてがった。


「愛してるよ、ゆーくん。十六歳になったら必ず戻るね」


 刃が動脈を傷つける。滑稽な冗談のように、勢いよく鮮血が飛び散った。あいりが床の上へくずおれる。


「うあ、ああアアァッ!」


 叫びながら、妻に駆け寄った。抱き起こした体は、まだ温かい。もっと早く帰宅していれば守れただろうか。


 気が狂う寸前に、弱々しい産声が聞こえた。


「あっ……」


 俺たちの大切な赤ん坊が泣いている。




 事情聴取の警官は、同じ質問を執拗に繰り返した。嘘が無いかの確認作業だ。


「貴方が帰宅すると、奥様と理世さんが倒れていたんですね?」

「はい。それで、すぐに電話を」


 返答する一方で、違うことを考えていた。


 赤ん坊は病院で診てくれている。子供の性別を確認せず、ブランケットに包んで救急車を呼んでしまった。


 あの子は男か? それとも女か?


 警官に尋ねたら、すぐ教えてくれるだろう。だけど、俺はまだ問いかける勇気を持てずにいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ