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赤子の声

作者: バオール

 赤ん坊の泣き声がした。

 網戸から生暖かい外気が入ってくる、その風に赤ん坊の泣き声も孕んでいた。

 共同住宅の角部屋は夏になると暑くなる。

 それは本当に不満だった。

 あとは我慢できることは多い、だが角部屋は暑いという経験が次の部屋選びに役に立った。

 この部屋ではエアコンは役立たずで、自然の風が頼りになることも多かった。

 大家が年を重ねたため、共同住宅を手放すそうだ。

 その後は建物を建て替えるそうだ。

 外で男の二人組が建物の周りを先ほどから歩いている。

 当時の建築基準法でも不適法などと喋っている――そうか、俺は法律違反の建物に住んでいたのか、男たちの会話を聞いて思った。

 だったら家賃も安くしてほしいな、そう思うがそれは無理な事なのだろう。

 外の男たちは赤ん坊の泣き声より、けたたましい油蝉の方を気にしているようだ。

 街中にしては蝉がいる――そんな会話をしていた。

 この辺りは意外に樹木が多い、蝉は樹木を住処にするのだろう。

 俺の部屋は引っ越し前に片付いていた。

 持ち物はほとんど捨てた。

 片づけているときに大学時代の課題が多く出てきた。

 百点満点の出来だった課題も、今では何のことかさっぱり思い出せなかった。

 記憶力の無さに、頭の悪さに辟易した。

 次の部屋は彼女と二人暮らしだった。

 俺の物は生活必需品以外は、お気に入りの小説ぐらいしかない。

 二人暮らしを無事に過ごせれば、俺たちは結婚して子供を作るのかもしれない。

 そうしたら、どこかの誰かを赤ん坊の声で悩まさせる事になるのだろう。

 それは想像でしかないが、ありそうな未来だ。

 視界の隅を黒い影が横切った。

 この部屋にいて不満なことがもう一つあった。

 それは空気入れの部分から虫が入ってくることだ。

 あるはずの虫避けがなく、時々乱入者が現れた。

 ジージーと鳴いている。

 乱入者は蝉だった。

 部屋に入ってきた途端に暴れ狂っていた。

 私は死んでしまう。

 俺は台所に行って、水を飲んだ。

 熱中症にかかっているのかもしれない、俺は蝉が言葉を喋っているように思った。

 お前のせいだ。

 外で赤ん坊が泣いていた。

 苦しい、あの声を聞くだけで、腹から分解しそうだ。

 頭から水道水を被った。

 お前が孕んだ猫に餌をやっていたのは知っているぞ。

 俺は闇の中を散歩するのが好きな近所の黒猫を思い出した。

 太っていると思ったが、身籠っていたようだ。

 その猫の子供が私の羽をむしったのだ。

 赤ん坊の声――それは子猫の鳴き声だった。

 ジジジジジジジジジッ――蝉は鳴いた。

 蝉は俺に向かって執拗に突撃してきた。

 避ける度に、手で突撃から身を守るたびに、鱗粉のように蝉の破片が飛び散った。

 砂塵のように、蝉の体が粉々になりつつあった。

 俺は思わず叫び声をあげていたのだろう。

 玄関扉をドンドンと叩く音が聞こえた。

 建物を調査していた二人組の男かもしれない。

 俺は蝉の執拗さに蹲ると、玄関扉が開いた。

 大丈夫?――扉を開いたのは、俺の彼女だった。

 蝉は玄関に向けて突撃した。

 蝉? 彼女は手を前に向けて、身構えた。

 蝉は彼女の体にぶつかって、粉微塵となった。

 虫、虫、気持ち悪い――彼女はその場で足踏みして、自分の服を点検したが、何もついていないことに安堵した。そして俺が蝉ごときで慌てふためいたことをニヤニヤしながら笑った。

 そう、多分切っ掛けはそれなのだろう。

 引っ越しして、しばらくして彼女は妊娠した。

 妊娠して、親族だけで結婚式をあげて2年が経過した。

 子供は腹の中に入ったままだった。

 胎児が死亡して腹の中で石となる症状もあるそうだが、医者によると俺の子供は生きているそうだ。

 胎児の状態を調べてもゆっくりと成長している以外、母子ともに健康だと言われた。

 いつかはこの世に生まれてくる。

 そう言われたが、俺にはいつ生まれてくるか分かるような気がした。

 俺はたびたび孕んだ腹に耳を当てた。

 胎内から地獄で罪人を苦しめる油の音が聞こえる気がした。

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