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50話:はずかしいこというのきんし


「高浪、昨日の『年下スウェット』の最新話読んだ?」

「…………」

「……高浪ー?」

「え。あぁ……すまん、聞いていなかった」


 彩姉と『週末、一緒に昼寝をする』という約束を交わした翌日。俺はいつものように駅前で秋山と待ち合わせをして、学校に続く商店街を歩いていた──のだが、家からここまでの道中の記憶がまったく無かった。

 眠ったはずなのに寝た気がしない。頭の中は彩姉の昼寝提案でいっぱいだ。我ながら煩悩にまみれていると自己嫌悪し続けていたら、気づけば秋山と合流していたのだ


「……あんた、顔ちょっと赤いよ? 風邪でも引いた?」


 こちらの様子を窺いながら、秋山が表情を曇らせる。

 気のせいだ、とは、何とはなしに言い出し辛かった。顔の表面に熱が集まっている自覚があるのだから。


「ちょっと考え事をしていてな。知恵熱というヤツだ」

「えーどうせ彩音さんの事でしょー」

「……何故、そう思った?」


 声が裏返らなかった事を誰かに褒めてもらいたかった。

 何故だ。何故何の躊躇いもなく見抜いてきた、秋山──!?


「あんたが熱出しちゃうくらい考える事なんて、彩音さんの事くらいじゃない。何かあったの? 昨日更新された『年下スウェット』の内容的には完全復帰も近いかなって感じだったけど。『愛衣さん』と『リオくん』の力関係が逆転して、『愛衣さん』から『リオくん』に迫る予想外の展開! あれは良かったわぁ~……」

「そう……だな……」


 まさか現実でも似たような事態になっている、とは、さすがの秋山も思うまい。

 いや、彩姉と俺の間に上下関係なんて存在しない。昔は沢山の意地悪もされたけれど。昔の頃に戻って欲しいとは感じたが、あの下着ズリ下ろしは勘弁願いたいな。

 ともあれ、『年下スウェット』の展開が眼に見えて変化したのは確かだ。


「……君のお陰だ、秋山。ありがとう」

「? なんであたし?」

「君と遊びに行ってから、調子を取り戻しつつある」


 更新を再開した『年下スウェット』の内容が、ただのシチュエーションの二番煎じ状態から脱した。今まで手玉に取られる側だった『愛衣』の『リオ』に対する振る舞い方が変化して、反撃を開始したのだ。

 必死に押し隠していた素の自分を、少しずつ表に出すようになった。

 本性を知られれば『リオ』に嫌われると怖がっていたのに、その恐れを乗り越えた。

 ブレーキの壊れた暴走特急の様相を見せる『愛衣』に、これまで余裕綽々で接していた『リオ』が浮き足立つ事態となっている。

 この立場の逆転劇は予想外だったのもあったが、立ち位置が変化した事で、今までに無かったシチュエーションが生まれた。その結果、秋山の反応の通り、読者達の評判はすこぶる良いものとなっている。


「きっと君と買い物に行く事で、良い気分転換ができたんだと思う。俺ではとてもできなかった事だ」

「別にあたしは何も。ゴハンもご馳走になって、こっちの方こそ良くしてもらいました。面白い写真も撮れたしね」

「写真? 彩姉のか?」

「そ。でも高浪には見せてあげなーい」

「……女子同士の秘密という訳か?」

「まぁそんな感じ。お、ちょっと妬いた?」

「少しはな」

「彩音さんがいいよって言ったら見せてあげてもいいけど……あの様子だと、それは無いかなぁ」


 なんだか無性に気になった。買い物に行った先でどんな写真を撮ったのだろう。しかも秘密にしてしまうなんて。

 そこまで疑問に感じて。今更ながらに思った。


「君も、少し変わったか?」

「え?」

「土曜以降からか。元気になったというか。そんな印象がある」


 声音や表情、物腰──そうした諸々が明るくになったというか。


「えへへ~。あたしも彩音さんに元気貰っちゃったからね」

「……そうか……それは……ああ、良かった。とても良かった」

「な、なにその反応。孫の成長を喜ぶおじいちゃんみたいな顔して……」


 その例えはまったく分からないが、心の底から嬉しかったのだ。

 昨晩の彩姉の態度から、その兆しを予期はしたが、どうやら事実だと思って良さそうだ。


「彩姉が昔の頃に戻りつつある……」


 再会してから全く口にしなかったワガママ。

 そのワガママを現実にする為に外堀を埋めるような行動。

 かつての勢いを取り戻し始めたweb小説。

 そして、他人に明るさを与える影響力。


「それが、とても嬉しいんだ」

「……そっか。良かったね、高浪。あんたが頑張った結果だよ」

「そうか? 半共同生活をはじめてから多少は前向きになってくれたと思っていたが、決め手には欠けていたと思っていた。秋山が遊びに誘ってくれた事が大きいと感じている」


 やはり家の中でじっとしているのは気が滅入るし、余計な事を沢山考えてしまうのだろう。

 俺は一日中家にいても苦にならない人間なので、その辺りで気遣いが足りていなかったと猛省している。身体を動かす事や買い物に興じる気分転換の重要性を実感した。

 かと言って、一緒に寝る事を高校生男子に提案するのはどうかと思うが……。


「そんなに深刻に受け取らないでよ。さっきも言ったけど、あたしの方こそ色々良くしてもらっちゃったくらいなんだから」

「……俺も彩姉を誘って出掛けようかな」

「お。それってデート?」

「まさか。俺と彩姉は交際していない。俺なんかが彩姉とつり合う訳がない」

「……高浪」


 秋山が止まった。数歩先に進んだところで俺も足を止める。

 振り返ると、目尻を吊り上げた秋山が仁王立ちをした。


「あんた、彩音さんにそういう事絶対に言っちゃダメだよ?」

「……何故だ?」

「付き合ってる付き合ってないは、その、なんというか。彩音さんを困らせちゃうだけだからアレだけど。最後の『つり合わない』ってヤツ。多分、彩音さん逆に捉えちゃうから」

「……彩姉の方が、俺とつり合わないと? まさか──」

「元気だった頃の彩音さんなら違うんだろうし、随分上向きになったと思うけど、彩音さんは一度自信を無くしちゃってるんだよ?」


 言われるまでもない──と言い返そうとしたが、喉元で言葉が止まった。

 半共同生活をはじめてから、そこそこ時間も経った。『年下スウェット』の更新再開も、恐らくはこのまま軌道に乗って、読者達から暖かな言葉を貰い続けるだろう。

 そうした手応えもあって彩姉への認識が昔に戻りつつあったが、まだ楽観視してはいけない。


「律の自己評価の低い言葉に過剰に反応して、マイナスに捉えちゃうと思うの。一緒に暮らしてると、そういうのを感じる事とかなかった?」


 改めて記憶を掘り起こす必要は無かった。

 昨日、彩姉が嫌いな食べ物は減らしてくれ、という子供のようなワガママを言った時だ。その発言に昔を懐かしんで無反応だった俺に血相を変えて平謝りしたが、彼女が謝る必要なんて一切無かった。俺は怒るどころか喜んでいたのだから。

 秋山が言っているのは、そういう事だろう。


「高浪の謙遜は謙遜ってレベルじゃなくて卑下になってるって話、前にもしたような覚えがあるけど、いい加減やめなさい。あんたにそのつもりはなくても、彩音さんは全然違うモノとして捉えちゃうから。いい?」

「…………」

「? なに? 納得できない?」

「いやまったく。秋山、君には心理カウンセラーの才能があるのでは?」

「何を寝惚けた事言ってるのよ……今日まで彩音さんとあんたと接してきて、大体の事情が分かっていれば、誰だってこのくらい予想つくわ」


 溜息混じりにそう言った秋山の声には、少しの呆れと、大きな暖かみがあった。

 母親が子供をたしなめる時の声音とどこか似ている。そんな気がする。


「高浪は他人から感じる感情とか、そういうのにもう少し自信を持って。彩音さんは何があろうと、あんたの事を嫌わないし、嫌いになるような事を思ってない」

「……そうだといいんだが」

「そうそう、あたしが保障してあげる」

「そうか。分かった」

「……え。二つ返事?」

「駄目か?」

「ダ、ダメじゃないけど……」

「君の事は俺自身より信頼している。君の言う事ならそうなんだろう。実感を持つまではかかりそうだが」

「…………」

「なんだ?」

「……はずかしいこというのきんし!」


 秋山が大股で歩き始めて、俺を横切って行った。

 慌てて彼女の背を追いかける。


「恥ずかしい事とはなんだ? おい、秋山」

「はずかしいことははずかしいこと!!!」


 よく分からないが怒らせてしまったらしい。

 彩姉もそうだが、秋山も時々突然怒り始める。どこに導火線があるのか分からない。

 分からないが、対処法はそれとなく理解しつつあった。


「……今日の弁当はそぼろ丼だ」


 秋山の足が止まった。肩越しにこちらを振り向く。

 赤みが差した頬と、どこか恨みがましい色をたたえた瞳が見えた。


「ひ、ひきょうもの……」


 食べ物で釣っていると自覚はあるので、その罵倒は地味に効いた。


「でも、あ、ありが、とう……」

「気にする事は無い。大会が近い以上、体力をつけるのが仕事だろう?」

「うん……あぁ、そうだった。あたし、明日から朝練はじまるから、しばらく一緒に登校できなくなる」


 秋山が、しゅんと肩を落としてしまう。


「あんたの部屋のお掃除も、またしばらく無理かも」

「気に病む事じゃない。頑張れよ、大会。彩姉を連れて応援に行く」

「そ、それは死ぬほど恥ずかしいからやめて欲しい……!」

「…………」

「だ、だからそういうしょんぼり顔しないでよ卑怯でしょっ!?」

「…………」

「あ、あぁもう! 分かった! 分かった分かった! 彩音さん連れて来てもいい! そ、その分お弁当は──!」

「ああ、任せてくれ」


 その程度で秋山が力を尽くせるのなら、朝五時に起きて手間暇かけて弁当を作るのもやぶさかではなかった。


お読みいただきありがとうございます。無事50話まで来ました。


皆様のお陰様で10000ptに達しました。目標としていたラインだったので感無量です。ブクマいただいた方、ポイント評価いただいた方、本当にありがとうございました。もうトウフなのでびちゃびちゃし続けています。麻婆豆腐化してご飯の上にぶち撒かれている感じです。ホントにびちゃびちゃしています。引き続きブクマ、ポイント評価いただけますとびちゃびちゃし続けます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんとに君は優しいね 一夫多妻がないのが悔やまれる
[一言] 楓ママあああぁぁぁ・・・(退行)
[良い点] (・∀・)ニヤニヤ この二人は周りからどう見られてるんだろう 生暖かい視線なのかなーw [一言] >「……はずかしいこというのきんし!」 ARIAの藍華を思い出しましたw 早く新作みたいな…
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