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42話:女子二人でお出かけ4


 それから夕食を食べるには良い移動になった為、彩音と楓は電車に乗った。

 燃えるような赤色が差し込む車内は、土曜という事もあって沢山の人達で賑わっていた。その中で揃って座れたのは僥倖だ。


「彩音さんオススメのお店ってどこなんですか?」

「あんた達の高校の近く。あの商店街よ。あそこ個人経営の隠れた名店的なのが多くてね」

「じゃあ今後は律も連れて……」

「ええ、行きましょうか。あの子もたまには外食して、のんびりとゴハンを食べるべきだし」

「確かにそうかもしれません。でも……」

「でも?」

「そうすると、その日は高浪のゴハンが食べられないというか。あたしは、土日はあいつのゴハンは食べられないんですけど……」

「…………」

「……あいつのゴハン、美味しいですよね」


 ボソリと呟くようにして、楓が言った。

 今彼女は律手製の弁当を昼食にしている事は、彩音も知っていた。

 毎朝、二つの弁当箱──最初は律が自分の弁当箱を楓に貸して、自分はタッパーを弁当箱の代わりにしていたが、やがて楓専用の可愛らしい弁当箱が用意されて元に戻った──に甲斐甲斐しく料理を詰め込んでいる律の姿は、なんかもうメッチャ微笑ましい。


「……そうね。美味しいわよね……」


 味そのものは、当然ながらプロの料理人には劣るだろう。

 電子レンジでは作れない献立もある。

 けれど、なんだろうか。彩音的には他を寄せ付けない『幸せな味』がするのだ。


「私達、ヘタな料理だと満足できなくなってるかもね……餌付けよ、餌付け」

「……彩音さんは、毎日律のゴハンを……?」

「うん。正直、引越してから自分の部屋でゴハンを食べた記憶が無いわ。コンビニで買ったお菓子くらいか」

「え。そんなにですか?」

「献立も増えてて、色々と試行錯誤もしててさ」


 お金は渡しているが、いつも半分は返されている。自分の分を作るついでだから、という事らしい。


「ホント甘えてるなぁって思う。情けない」

「…………」

「今は役割分担で食器洗いや片付けは私がやるようにしてるけど……ゴハンはやらせてくれない。毎朝絶対に作ってくれてる。そしたら自分で何とかしようとするのも、なんというか、悪いなぁって思っちゃって」

「外堀埋めてきてますね、高浪」

「そのせいかもしれないけど、引越してから二キロ痩せて体脂肪率も下がったわ」


 なにせ律が作る電子レンジメシは低脂質で高タンパク。野菜は摂れるし食物繊維も豊富だ。

 肌の調子も良く、崩れがちだった体調は気味が悪いほどに改善されつつある。お通じも良くなって、睡眠の質まで向上した。

 まさに健康的な生活。実に素晴らしいと思う。

 でも、なにより彩音の心を穏やかにしてくれているのは、彼が──律が側にいてくれる事だ。


「……満たされてますね」

「え?」


 彩音は首を巡らせて、横に座っている楓を見る。


「今の彩音さん。幸せそうです。満たされてるって感じがします」

「そう……なのかな?」


 分からない。

 分からないけど、今の生活に焦燥感はまったく無い。精々、web小説の続きを上手く書けない事に対する苛立ちがあるくらいだろうか。

 少しの沈黙。電車が走る不規則な音が二人を包む。

 そんな中で、彩音は楓に何か躊躇っているような気配を感じた。揃えた足先をパタパタと動かして、首を軽くストレッチさせる。妙に落ち着かない素振りだった。


「どうしたの?」


 言いにくい事でもあるのだろうか。もしかして今日退屈過ぎたか? ああ、そうかもしれない……!

 そもそも二十五歳の元OLの絶賛ニート中の女が、人生を最も謳歌していると言って過言ではない高校生と一緒にショッピングだの何だのしている方がおかしいのだ。


「ごめんね、楓ちゃん。今度は律に言って──」

「web小説」

「え?」


 彩音の訴えを遮るように、楓が言った。


「『年下スウェット』。あの作者さんが連載を再開したんです」

「へ……へぇ~……」

「でも、なんだか上手くいっていないみたいで。活動報告でしっくり来ない、悩んでるって書いてました」

「……楓ちゃん的に、連載再開した『年下スウェット』はど……どう、なの?」

「好きですよ。今まで使ったシチュエーションが出てきますけど、見せ方っていうのか。ただ、ちょっとか、過激なシーンが増えてるのが気になる、かも?」


 照れ臭そうに頬を掻く楓に、彩音は罪悪感で卒倒しそうになる。

 同じようなシチュエーションでもフックを効かせれば大丈夫、と思ってアレコレ試したのだが──。

 今すぐ土下座したい衝動を必死に諌める。落ち着け彩音、自分があの変態妄想web小説の作者であるとバレてはいないのだから、ここはポーカーフェイスを決め込むシーンだ……!


「ほ、他には、何かない……?」

「え、えっと……これはあたしの勝手な想像で、YANEAさんには失礼かもしれないんですけど」

「ぜ、全然。全然全然? ちっとも失礼じゃないと思うわ。だから、な、なに?」

「……YANEAさんが『年下スウェット』を書いてもしっくりしないのって、今の彩音さんみたいに満たされたからなのかなぁって考えちゃって」

「……満たされ、る……?」

「これ、もう完全にあたしの妄想なんですけど。YANEAさん、お仕事ホント大変だったみたいです。多分、どうにもならない辛さとか悲しさとか、そういうのぶつける為に『年下スウェット』を書いてたのかなって思って」


 聡い子だな、と思う。

 リハビリ用の短編や活動報告や本文のあとがきに会社への恨みつらみは書いた。

 読者も嫌な気分になるだろうから一言二言にしていたが、感想をくれる常連読者の中には、今の楓のように鋭い指摘をして、慰めてくれる人達もいてくれた。

 でも、そうか。

 今の自分は──。


「満たされてるから──自分を、空想で誤魔化す必要が無くなったから──?」

「はい。上手く書けなくなっちゃったのかなぁと。ホント、勝手な妄想です」


 楓が申し訳無さそうに笑う。

 彩音の罪悪感が加速する。今すぐ自分が『年下スウェット』の作者YANEAであると打ち明けて、この聡明なメガネっ子を抱き締めたい。ハグしたい。

 でもできない。だって、楓は自分と律の関係を知っている。こんな賢い子なら、何を題材に『年下スウェット』を書いているか、すぐに理解してしまう。


(そうなったら絶対に嫌われる! 汚物に向けるような眼で見てきて絶交される!)


 そんなのは嫌だ。

 あの頭のおかしい会社のせいで、大学生の頃の友達とは疎遠になってしまったのだ。同性の友達らしい友達は、秋山楓だけなのだ。

 あ、なんか泣きたくなった。というか死にたくなった。


(自己保身最優先の自分が死ぬほど憎いっ!!!!!)


 今すぐ電車のガラス戸に頭をぶつけたくなったが、楓にドン引きされるだけなので、歯を食い縛って我慢する。


(満たされる……確かに今、私は満たされてる。朝から晩まで律と一緒にいられる。あの子とほとんどど……同棲してるようなもの……『年下スウェット』って妄想に逃げる必要が無い……だ、だって──!)


 今の自分は、毎日が徹頭徹尾、尊いのだから!


(なら、私はもうあのweb小説が書けないの……?)


 それは──待ってくれていた読者の為にも受け入れがたい。

 せめて完結させる事が……でも、あの話って何をどうすれば物語は終わるんだろう?


(律とああいう事してる妄想だけで書き始めたから話なんて無いようなもんじゃない……! くっ、ど、どうすれば……!)


 上手く書けない理由は楓のお陰で判明した。

 でも、これは解決のしようが無いぞ──!

 そんな風に心中で頭を抱えていると、電車は目的の駅に着いてしまった。


お読みいただきありがとうございます。

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