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40話:女子二人でお出かけ2

しばらく彩音視点が続きます


「ありがとうございました~」


 店員に見送られながら彩音は店を出る。少し遅れて胸に大きな紙袋を抱えた楓が続いた。


「彩音さん、ご教示いただいてありがとうございました!」


 楓が満面の笑みで駆け寄ってくる。その愛くるしい物腰に、彩音は昔友達の家で飼われていた犬を思い出した。

 少し小柄なボーダー・コリーで、彩音を見るやいなや尻尾を引き千切る勢いで振り回して突撃してきたものだ。

 うん。なんかこう、楓はあの子っぽい。


「別に。これくらいなんて事無いわ。これからも何か困った事があったら気軽に相談しなさい」

「は~い。でも、ホントパソコンって凄い種類あるんですね。今も眼が回ってます」

「そんなものよ。色々と理解できるまでは中古のパソコンは避けた方が無難ね。安いからって買うと失敗するから」


 スマホで時刻を確認する。まだお昼には早い時間だった。


「さてどうする? 他にどこか行きたい場所はある?」

「せっかく秋葉原まで来たんですから、マンガの専門店をハシゴしたいです!」

「お、いいわね。じゃあ買ったパソコンはコインロッカーに預けましょうか。荷物になるし、どこかにぶつけて──あ~……先にマンガ見て回るべきだったわ……気が利かない女でごめんなさい……」

「いやいや先にパソコン買いに走ったのあたしですから! そこへこまないで下さいよ!」

「うー……ホントに?」

「ホントに! さぁ、早く行きましょ! で、終わったら彩音さんオススメの美味しいゴハンが食べられるお店に連れて行って下さい!」


 楓が彩音の手を握る。

 細くしなやかな指は、少し冷たくて、でも同時に暖かかった。

 その感触に彩音が驚くより早く、楓が歩き始める。


「あの、楓ちゃん……?」

「そろそろ混み始めたので。こういうの嫌ですか?」

「……嫌じゃ、ない」


 誰かと手を繋いで街を歩くなんて。大学生の頃、友達とじゃれ合ってやった時以来だった。


「じゃこのままで。はぐれちゃうと大変ですから」

「……そ、そうね。私は秋葉原、はじめてだし」

「あたしだって慣れてませんよー。ところで、彩音さんは最近何かマンガ読みました? オススメのとかあります?」

「え、オススメ? そうね……楓ちゃんも読めるヤツだとすると──」

「あたしでも読めるヤツ?」

「楓ちゃんまだ高校生でしょ。エロが強いのは──」

「……そういうの、読まれるんですね」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「待って! 待って下さい! 彩音さん逃げないで! 叫びながら走らないで! ほらすっごく目立ってます! 目立ってますからぁっ!」


 一回りも年下の子と喋るのは、なかなか大変だった。

 その後、有名なマンガ専門店を巡回した結果、彩音は紙袋一杯分のマンガを買ってしまった。小説執筆が上手くいかずにネット巡回をしてしまった時、web広告や電子書籍サイトで見かけた作品達である。

 いずれもラブコメ──ちょっと過激な内容──で完璧な衝動買いだった。


「……こういう買い物、いつぶりかな」


 衣食住を満たす為の消費ではなく、娯楽の為の浪費。下手をすれば就職した以来かもしれない。

 お金を使うのってこんなに楽しかったんだと頭の悪い感想を持ってしまった。


「これが大人買いかぁー……いいなぁ」


 マンガやライトノベルを三冊ほど買った楓が心底羨ましそうに紙袋を見つめてくる。

 何故だか猛烈な後ろめたさに襲われた。


「バ、バイトでもすれば学生でもこれくらい買えるわよ。楓ちゃんは──部活があるからバイトは無理か」

「ですね」


 楓が残念そうに笑う。

 律から改めて聞いているが、楓は高校で水泳部に所属して競泳に汗を流している。

 かつての自分──森村彩音のように。

 その事実が、秋山楓という少女に親近感を覚えさせていた。ラブコメマンガが好きなところも含めて。


「さて、じゃあそろそろお昼に──」


 歩き回ったのもあって適度な空腹感を覚えていたところだ。これなら美味しくお昼もいただけるというもの。

 ところが引っ張り出したスマホが表示していた時刻は──。


「とっくにお昼過ぎてた……! こりゃ今行っても混んでるなぁ……」

「ごめんなさい……専門店とか滅多に来ないのでつい……」

「あぁ、私も楽しく買い物できたから気にしないで。じゃあ今日はご縁が無かったって事で、その辺りで済ませましょうか」

「いえいえ、もったいないです。彩音さんさえ良ければ、オススメのお店は晩ゴハンにしませんか?」

「……無理しなくていいわよ?」

「してないですって。それに晩ゴハンにすると時間ができますから、彩音さんとのんびり友達デートできます」


 にぱっ、と楓が微笑む。何の気兼ねも無い、心底無邪気な笑みである。

 彩音は自分の頬に熱を感じずにはいられない。ああもう。どうしてこの子も律みたいに何の躊躇も無くそういう恥ずかしい事が言えるのか──!

 彩音が顔を背けようとするが、楓がそれを追ってくる。腰を曲げて、眼を瞬かせて、下から覗き込むように彩音の顔を見てくる。その仕草がまた愛くるしいのだ。


「どうしました?」

「……楓ちゃん、モテない?」

「え、えぇ!? なんですか急に!?」


 今度は楓が頬を赤める番だった。

 さっきまでの無邪気な物腰はどこへやら。落ち着きなく視線を彷徨わせて、おろおろと身じろぎをする。


「ぜ、全然ですよ?」

「でも告白された事くらいはあるでしょ?」

「まさか。一度もありません」


 キッパリと断言された。


「……ホントに?」

「はい。男子からそういうの言われた事は一回も無いです」


 そんな馬鹿な。だが、楓に嘘を言っている気配は無い。

 彼女のクラスの男子共は揃って腑抜けだったのか? 器量が良い上にこんな気遣いのできる子を放っておくなんて──。


「……楓ちゃんってさ。中学で律と会ったのよね?」

「はい、そうです」

「それからずっとあいつと一緒?」

「ですね。クラスもずっと一緒です」

「遊ぶのも?」

「割と。あいつ、基本いつも一人でしたから。ずっと絡んでました」

「なるほど理解した」


 男子共は腑抜けではなかった。戦術的撤退を決め込んだのだ。玉砕覚悟とは勇気ではなく蛮行である。

 思わず顔も名前も知らない男子達に哀悼の意を表してしまう彩音に、楓が言った。


「さぁ、気を取り直して友達デートの続きをしましょ!」

「つ、続きたって、どこ行くの?」

「決まってます、カラオケです!」

「カ、カラオケ!? もう二年も行ってないんだけど!?」

「ならリハビリしましょ! さぁさぁ!」


 こうして彩音は再び九歳年下の少女に手を握られて、カラオケ店に走ったのだった


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「そういうの読まれるんですね」 これは恥ずかしい
[良い点] ライバルにまで隙を見せるとかもうそれも魅力だわ
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