39話:女子二人でお出かけ
そして週末。
「彩音さ~ん♪」
約束の時間キッカリに集合場所である駅前に現れた秋山楓に、彩音は思わずドキリとする。
下はスキニーのパンツに、上はワンサイズ大きいシャツとジャケット。踵が少し長いパンプスの美脚効果がなかなかに凄い。オシャレと機能性を両立させた小振りのリュックもまた愛らしかった。
「お待たせです」
「別に。私も五分前に来たところだし」
涼しい顔をして嘘を吐く。三十分前に着いてしまい、暇すぎてスマホで『年下スウェット』の最新話を書いていた。
そうやって何でもない風を装う彩音を、楓は興味深そうに肯きながら見つめる。品定めというほど不躾ではなかったが、さりとて気持ちのいい視線でもない。
「なに?」
「あ、すいません。綺麗だなぁと思いまして」
「ふ、ふぇ……!」
瞬間湯沸しみたいに熱くなった顔を背ける。まったく、律といいこの子といい、どうして恥ずかしい台詞と真顔で言ってくるのか。これが若さなのか? 自分もこれくらいの歳の頃はそうだったのだろうか。
そっぽを向いた先にはカフェのガラス戸が、彩音の姿を歪みなく浮かび上がらせる。
薄いパープルのサテンスカートにブーツで足を固め、上はボーダーのカットソーに上着としてちょっとゴツめのGジャンを引っ掛けている。
カジュアルな出で立ちだと思うが、ギリギリまでどんな服がいいのか検討がつかず、ネットに転がっていたコーデ案から自分に似合いそうなモノを選んで通販で買ったものだ。サイズが合うかどうかは賭けだった。
(雑も雑な買い物だったから無邪気に褒められると逆に辛い……!)
髪も美容室で徹底的に整えてもらった。彩音の髪のボリュームと長さに美容師が大興奮してひたすら色々と薦めてきて大変だった。
美容室なんて学生時代以来で、かつ律と楓とコンビニ店員としか満足に話していなかった反動で泣きそうになってしまった。
結局は理髪してもらい、緩くウェーブをかけてもらう程度に留めてもらったが。
(あぁもう次はバッサリ切って──あぁぁぁ~そうするともう律にドライヤーかけてもらえないじゃん! あぁぁぁぁぁ~~~~!!!)
「彩音さん? どうしました?」
「あぁなんでもないなんでも! そ、それで今日の予定は? す、すぐスイーツ店行く? 私はそれでも全然構わないんだけど!?」
メッチャテンパった。誰かと一緒に出歩く事がこんなに緊張するなんて思わなかった。
もし相手が律だったら、何かがどうにかなっていたに違いない。
「まずはちょっと買い物に付き合って欲しいんですけど、いいですか?」
「か、構わないけど。何買うの?」
「タブレットPCです」
電車で降り立った先は、彩音にとって未知の場所だった。
「……楓ちゃん、秋葉原なんて来るの?」
駅構内に大量に張り出されたアニメの看板に感嘆しながら改札を抜けると、その先にはアニメと家電製品の街が広がっていた。
「マンガ買う時にちょくちょく」
慣れた様子で歩き始める楓に慌てて着いて行く。昔は様々なコスプレイヤーが闊歩していたらしいが、今は外国人観光客がひしめき合っていた。
「マンガなんてスマホのマンガアプリで充分じゃないの?」
「私のスマホ、画面が小さくてマンガは読みづらいんですよ。だから好きなマンガは紙の買ってたんですけど、それが不便だなぁと思ってまして」
「タブレットPCを買いに来た訳か。まぁ今だとスマホで大体事足りちゃうけど、あったらあったで便利だもんね、アレ。どんなの買うの?」
「キーボードをくっつけられるヤツです。あたしはただのタブレットで良かったんですけど、親が」
「ノートPCみたいに使えるタイプにしろって事か。機種にもよるだけど、パソコンの基本的な使い方も学べるし、あれば便利よ。最近は若い子の方がパソコン使えなくて、就職した後大変だってまとめサイトで見た」
「ウチの親も使えるに越した事は無いからって。ただ、あんまり高いのは止めてくれと……」
「安い買い物じゃないからね。ただピンキリよ? 安物買いの銭失いの世界」
「彩音さん、もしかしてパソコン関係お強いですか?」
「大学の友達に詳しい子がいてね。その子から色々と。そのせいで前の仕事で大変な目に遭っちゃった訳だけど……」
IT企業なのに、経営側が全くITに明るくないメチャクチャな会社だった。よくよく調べると、そういう所は決して珍しくないらしい。
結果、現場の兵隊にすべての皺寄せがゆく訳だ。まさに地獄である。
「私でよければ、タブレット見繕ってあげるわよ?」
その提案を口にした瞬間、強烈な後悔に襲われる。
自分程度が一体何を言っているのか。身の程を弁えろというのだ──。
「ホントですか!?」
それなのに、秋山楓は迷子の末に親を見つけた子供のように眼を輝かせる。
「メッチャ助かります! パソコンとかもう何が何やらというか。種類も多くて、何を気をつけて買えばいいのか、ネットで検索しても全然分からなくて」
「ま、まぁそんなもんよ。じゃあ、簡単なレクチャーも含めてしてあげる。まずはタブレットが売ってるお店を探しましょう」
「それなら目星をつけてます! こっちです!」
「ちょ、ちょっと待って楓ちゃん!」
満面の笑顔の楓に手を引かれて。彩音は数年ぶりの買い物へと繰り出したのだった。




