山岳編、前編
「「「「……」」」」
僕らはあまりの出来事に固まってしまった。おっさんは相変わらず痙攣したまま気絶している。
というか、なんで生きてんだ、このおっさん。
「すみませーん!!大丈夫ですかぁ!?」
声の方を向くと、上からタンクトップを着た女性が下りてきた。
「ごめんごめん。間違って落としちゃった!!」
間違っておっさんを落とすか?なんなんだこの二人は。
「あ、あの。どっか怪我しちゃいました?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「そ、それよりこの人は大丈夫なんですか?」
「痙攣しているが」
「こ、この人の心配した方が。すみません」
おっさんの痙攣が止まり、立ち上がる。
「あっはっはっは!!この人は大丈夫よ!!」
「ガッハッハッハ!!あぁ、びっくりした!なかなか危なかったぜ」
いや。
落ちてますやん。
危ないというか、落ちてますやん。
「驚かして悪かったな。俺たちはクライマーの「ガク」だ」
「私は「サン」よ。二人合わせて「山岳」なの!!」
知らんがな。
「えっと。僕はウィル。こっちはMr.スミスにレヴィ。テイラーです。」
「よろしくね。ところでクライマーってことはこの山に登っていたって事?」
「この断崖絶壁をか?」
「はわわわ。怖いです」
「そうよ!!この山脈が今行ける山脈の中で一番高い山だからね」
「どうだろう。君たちも一緒に登ってみないか?」
「「「「いえ、結構です」」」」
「ガッハッハッハ!!そうか!!大丈夫だ!危険はない!」
いや。
落ちてメッチャ痙攣してたじゃないですか。
「大丈夫よ!!ちゃんとレクチャーするから。みんな上るってことでいいかしら?」
人の話を聞かない二人だ。
「仕方がない。なら俺とウィルが上るか。」
なんでやねん。
何急にやる気出してんだ、このふんどしは。
「私たちは帰ろうかな。テイラーの人見知りが発動してしまったから」
「す、すいません。私はちょっと無理です」
レヴィはうまくテイラーに便乗したな。
「ガッハッハッハ!!まぁ人見知りなら仕方ないな。では二人は行くとするか!!」
「そうね。山はいいわよ!!」
「いやいやいや。こんな所を上るのか?危ないでしょ?何でこんな所を上るの?」
「「大丈夫。その答えは山が答えてくれる!!」」
駄目だこの二人。
意味が分からない。
とりあえず僕らは一度じゃぶじゃぶの里まで戻る。
「じゃあ、楽しんできてね!!」
「ごめんなさい。行ってらっしゃい」
こうして僕とMr.、山岳の二人で、山脈を上ることになった。
「じゃあここから登ろうか」
「あの。僕登山なんかしたことないんだけど」
「登山というより、ロッククライミングね。道なき道を進むのよ?」
「危険なんじゃないのか?」
「そのふんどし姿に言われたくはないけど。まぁ大丈夫よ?ゲームでは死なないから」
そういう問題か?
「ところでお二人はリアルでも山に登っているんですか?」
「そうだよ。俺たちは夫婦でよく登山に行っているんだ」
「こう見えて私たち、元プロのクライマーなのよ?でも最近なかなか忙しくて登りに行く機会がなくて。それで「何者にでもなれるAOL」の世界ならロッククライミングもできるんじゃないか?と思ってこのゲームを始めたの」
なんかいいな。そう言う夫婦の形も。
「そういえばさっき岳が落ちた時、サンはなんか叫んでなかった?」
「あぁ。あれは「落」って言ったのよ。山ではなにか物を落とした時「落」って叫んで下にいる人たちに注意を呼び掛けるの。まぁまさかこんなおっさんを落とすとは思わなかったけどね」
僕もまさか空からおっさんが落ちてくるとは思いませんでした。
「ガッハッハッハ!!だがゲームでのクライミングもいいな。落ちても死なないから、普段行けないような場所でも行けるんだからな」
確かにそれは強みだ。あんな高いところから落ちたら怖いだろうが。
「ここの山脈は、2000m~3000mの山でなっている。山は100m上るごとに0.6℃、つまり1000m上ると6℃気温が下がるんだが。そのふんどし姿で平気か?」
「気にしないでくれ。これは俺のロマンだ」
気になるわ。絶対寒いだろ。
「そうか。ロマンは大切にしなくちゃな。ではまずは練習からしようか」
「そうね。とりあえず、登れるところまで登って、一度降りてきてみて」
そう言われ、僕とMr.は壁際に立つ。
「「……」」
僕らは動けずにいる。どうしたらいいのかわからないのだ。
「まずはそこの手でつかめる所を持ってみて。そして大事なのは、登る前にしっかりとつかむ順番と方向を見ておくことよ」
そう言われしっかりと壁を見ると確かにつかめるところが所々にあった。
「じゃぁやってみようか」
「そうだな」
こんなことゲームじゃないと中々体験できないなぁ、と思いながら少しづつ登っていく。
しかし5分ほどたつと腕がきつくなってくる。
「いたたた。僕もう限界かも」
「なら一度降りてきなさい!!無理はしないで!!」
僕は上った道を恐る恐る降りる。これ、登り寄り下りの方が楽なんじゃないか?
「僕もしかしたら向いてないかも」
「そんなことないわ。今のは上り方が悪かったのよ。いい?基本的には足を使って上るイメージなの。今のは腕を使って上っていたからいけないのよ」
「そうだな。歩くように、はしごを上るように上ってみな。それと手は上るときは曲げていいが、基本は腕を伸ばしておくんだ。そして体重を後ろにかけておくと結構楽だぞ。上るときは体重を壁側、それ以外は後ろだ」
そんなテクニックがあったのか。
なんだか行けそうな気がした。
「ありがとう。もう一回やってみるよ」
「おう!その意気だ!」
「頑張って!!」
僕は壁を掴み、気合を入れて上を向く。
「あ……」
そこには赤いふんどしがあった。
そこには赤いふんどしが、ひらひらとなびいていた。
おっさんがはいているジェネラルな赤いふんどしが、なびいていた。
「やはり僕には無理そうです」
あまりの光景に、一気に気持ちが萎えてしまった。
「大丈夫!!気を確かに!!」
「あれは山が見せる幻覚だ!!気をしっかり持て!!」
どんな幻覚だ。そんな幻覚を見せる山には上りたくない。
「どうした?大丈夫か?」
ちょうど降りてきたMr.が声をかけてくる。
「上る時は僕が先でいいですか?」
「何かあるのか?」
「僕を先に行かせてください。お願いします」
「か、構わないが」
「絶対ですよ。僕が先に行きます」
「あ、あぁ。わかった」
こうして僕の本気のお願いで順番は、ガク、サン、僕、Mr.になった。
余談だが、ロッククライミングはリードクライミングとトップロープクライミングという二種類の方法があり、ビレイヤーという確保者が先に支点を確保し、クライマー(登る人)があとに続いて登る。
リードクライミングは、まずビレイヤーが壁にボルトとカラビナという器具をかけ、そこにロープを通しておく。
クライマーはそのロープを手繰りながら登り、ビレイヤーはクライマーの進度に合わせて、カラビナの位置を変え、一緒に上へ進む。。
僕らがやるにはこのリードクライミングだ。
「確かに腕がさっきより大分楽ですね。これなら行けそうです」
僕はもう一度軽く登ってみたが、先ほどとは違いかなり上りやすかった。
「よかった。それでは次の練習ね。このロープをつけて逆さまになって、バランスをとってみて」
「それは何か意味があるんですか?」
「もちろんあるぞ。理由は2つ。まずはバランス感覚を養うためだ。そしてもう一つがロープから手を放して道具をバッグからとったり、戦闘をしやすくするためだ」
というわけでロープに吊るされて逆さになる。
初めはクルクル回ってしまったり安定せずふらふらしてしまったが、だんだんコツを掴みできるようになってきた。
「よし、ウィルはいいようだな!!スミスは。いいようだがくくっ。そのかっこ。くくっ。やめてくれないか?」
僕は何事かと横を向くと、仁王立ちしたMr.がいた。いや、吊るされているから逆仁王立ちとでもいうべきか。
逆さまのまま、全く動かず、顎まで垂れ下がった赤い布、そしてもっこりとしていて、赤い布で隠された股間。
赤いふんどしの変態が逆さまに吊るされていた。
これには3人とも我慢できず、大笑いしてしまった。
本人は特に気にしていないようだが。
というか本気でその恰好で、登る気なのかこのおっさんは。
こうして練習を終えた僕らの山登りは始まった。