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恋の色は濁り色  作者: ピチュを
2章 二人の恋路
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2章 19話 引っ越し

「引っ越し、決まったから」

「「...え?」」


健一の母から放たれたその言葉に、梨沙と健一は思考を停止させられる。


「引っ越しは5月24日火曜日ね」

「あ、あぁ」

「それじゃあ、ゆっくりね」


健一の母はそう言って部屋を出て行った。梨沙と健一は呆然としていた。


「え、引っ越しって...」

「あぁ、皿洗ってる時言ってたやつだ」

「じゃあ健一君...」

「...あぁ、5月24で引っ越しだな」

「でも6月の半ばだって...」

「早まったみたいだな。なんでかは知らんが」


梨沙も健一も、さっきまでのテンションは完全になくなっていた。結局、その後もテンションは戻らず、会話も少ないままその日を終えた。






翌日。5月16日月曜日。唐突に決まった健一の引っ越しまで、あと8日。健一宅に泊まっていた梨沙は、健一と共に学校に向かう。学校に行く前に、自宅へ荷物を置いている。登校途中も、昨日に引き続いて会話が少なく、テンションも低い。そんな中、里美が元気よく走ってきた。比岐島も一緒だ。


「?どうしたの二人とも、そんな暗い顔して」

「あ、里美。おはよう」

「前川と比岐島か」

「どうしたよお二人さん。いつもと全然違うじゃん」

「「......」」


梨沙も健一も何も言わなかった。いや、言おうとしなかった。余計な心配をかけないために、引っ越しのことは言わないつもりなのだろう。


「ねぇ二人とも?何かあったの?」

「...いや、大したことは何もない」

「じゃあ大したことじゃないことがあったの?」

「そ、それは...」

「...仕方ねぇ。言ってやるよ」

「健一君?」

「ここまで心配させといて言わねぇのも違うだろ?」

「流石高尾だな。で、何があった」

「...俺、24に引っ越すことになった」

「「あぁ、24にね。なるほどなる...ほ...ってえ!?引っ越し!?」」


当たり前というべきか、驚いた表情を見せる里美と比岐島。


「あぁ。今月の24だ」

「今月の...え、ちょっと待って!」


里美はメモ帳のようなものを取り出した。何枚かページをめくり、止まったかと思うと驚くことを口にする。


「その日って...梨沙の誕生日じゃん...」

「え、そうなのか?鈴城さん」

「...うん」


場が沈黙に包まれた。当然といえば当然だ。誕生日というめでたい日に恋人が引っ越すのだ。みんな何を発していいかわからないでいる。だが健一はその空気を断ち切り言った。


「...仕方のないことだ。元々、引っ越すかもしれないというのは梨沙には言っていた」

「でも誕生日だよ?さすがにちょっと──」

「仕方のねぇことだ!...決まったもんは仕方がねぇ...」


健一が声を張った。仕方のない。確かにその通りだが、里美の耳にはそれが自己暗示にしか聞こえていなかった。


「高尾。仕方ない仕方ないって、自分に言い聞かせてるだけじゃないの?」

「は?なわけねぇだろ」

「だって今の高尾。いつもの高尾じゃないもん。無理してるんでしょ?」

「それは...」

「いいよ、里美」


梨沙が口を開いた。


「どうして?恋人が引っ越しちゃうんだよ?悲しくないの?」

「それは悲しいよ。でも、健一君の家族も何か理由があって引っ越すんだと思うの。だったら私たちが何を言っても変わらない」

「そりゃーそうかもしれないが、高尾だけに残ってもらうのもできるんじゃないか?」

「もう引っ越しの手続きを済ませたらしいからそれは無理だな」

「つまり...もうどうしようもないってこと?」

「そう言ってんだろ...」


それから沈黙が流れた。健一が引っ越すというのはもう変えられない。だからと言って、今さら明るく振る舞うこともできない。四人はそのまま何も喋ることなく、学校まで歩いて行った。






学校についてからも特に何もなかった。授業も普通に受けていたし、昼も多少の会話はしていた。少し変ではあったが、基本的に何も変わらない。そのまま放課後になった。


「健一君、帰ろ?」

「あぁ」

「ケンイチ、ちょっと待ってくれ」


健一を呼び止めたのはアクトだった。


「何か用か?」

「少し話が合ってな。お前のためにも周りに聞かれないところで話したい」

「...わかった、なら公園でどうだ」

「あぁ」

「なー兄貴―、帰ろうぜー」

「セリア、悪い、ケンイチと話があるから途中まででいいか?」

「なんの話だ?俺いちゃダメなん?」

「...ケンイチ、どうだ?何の話かは察してるだろ?」

「別に構わねえぞ。梨沙もくるか?」

「え?う、うん」


梨沙、健一、アクト、セリアの四人は、学校を出る。そして、特に会話をすることもなく公園に着く。


「さぁケンイチ、単刀直入に聞くが、あの件どうなった」

「昨日決まった」

「...本当か?」

「あぁ」


アクトは少し寂しそうにうつむく。その横でセリアは何が何だかわからない顔をしていた。


「あの件ってどの件だ?」

「セリア君、それは──」

「それはケンイチが引っ越すって話だ」

「あぁ、ケンイチが引っ越す...はぁ!?引っ越す!?」


アクトはきっぱりと言った。それに対しセリアはかなり驚いた様子を見せた。


「お、おい!引っ越すってどういうことだよケンイチ!」

「言葉通りだ」

「ケンイチ、日程は決まってるのか?」

「...今月の24だ」

「「は!?に、24!?」」

「あぁ、そうだ」

「ちょっと待てよ!その日って...」

「あぁ、たぶん兄貴と同じ事考えてる...」

「「24って梨沙の誕生日じゃねぇか...」」


アクトとセリアは驚きのあまり声が出ないでいる。そこに、


「セリア君、アクト君。気にしないでいいの。私はもう知ってるし、それを受け入れてるから」

「な、なに言ってんだよスズ!誕生日に恋人と離れるなんて悲しくないわけないだろ!」

「それは悲しいよ?でも、健一君の家も、訳あって引っ越すなら仕方ないなって」

「でも...だからって!」

「セリア。もうやめろ。スズがいいってんならそれでいいじゃねぇか」

「でもよ!」

「俺だって気持ちは同じだが、本人の意思が一番だろ」


アクトのその言葉にセリアは口詰まる。


「まぁ、そういうことだ。それじゃあ帰るぞ。話はこれだけだろ」

「待てケンイチ、もう一つ聞きたいことがある」

「なんだ?」

「引っ越し先、どこなんだ?」

「......言わねぇ」

「なんでだ?隠すようなことじゃないだろ?」

「言いたくねぇんだよ。それに知ってどうする」

「どうもしねぇよ。ただ、友人が引っ越すのに引っ越し先も知らないのは気持ちが良くないんでな。それに、その口調から察するが、スズにも言ってないんだろ?」

「それは...」


健一は黙った。図星だ。引っ越し先は梨沙にもまだ言っていない。昨夜、聞かれはしたが答えなかったのだ。


「なんで言ってくれないんだ?」

「言いたくねぇからだよ」

「どうしてだ?」

「理由なんてねぇよ。言いたくねぇから言わねぇってんだ」

「...そうか、だったら詮索はしねぇ。だけどよ」


アクトは健一の胸倉をつかみ、健一にしか聞こえないくらいの小声で言った。


「お前が言いたくないならいいが、スズくらいには言ってあげろよ」


アクトは言い終わると、健一から離れた。


「セリア、帰るぞ」

「あ、あぁ...」


アクトとセリアは公園を出て行った。健一と梨沙も帰路に着くが、やはり会話はなかった。






それから数日。会話こそ少なくはあったがいつもと変わらぬ日々が続いていた。そして5月24日。この日は梨沙の誕生日だ。そして、それと同時に健一の引っ越しでもある。引っ越し業者が来るのは夕方らしく、学校には行っていた。学校ではいろんな人から誕生日を祝われ、プレゼントも何個か貰っていた。その日の放課後、梨沙と健一、そして里美と比岐島とアクトとセリアは一緒に帰っていた。会話はほぼない。


家に着くと健一は家に入り準備を済ませ出てきた。


「健一君、本当に行っちゃうんだね...」

「あぁ」


梨沙は悲しげな声で言った、それに続くように、


「高尾!元気でいなさいよ!」

「高尾、元気でな」

「ケンイチー!またな!」


里美、比岐島、セリアも健一に向かってそう言った。だが、アクトは車に乗ろうとする健一を止め、耳元で言った。


「スズに、言ったのか?」

「...言ってねぇよ」

「そうか」


それだけ聞くとアクトは健一から離れ、手を振る。車が発進しそうになったとき


「健一君!私!待ってるから!大好きな健一君のこと、ずっと待ってるから!」


そう梨沙は叫んだ。泣きながら叫んだ。車の窓から健一が手を出し、手を振っていた。その健一の頬には、一筋の涙があった。

梨沙は膝から崩れ落ちた。声を上げて泣いていた。それを止められるものなど誰もいない。その場にいた全員が梨沙に寄り添うことしかできない。健一と梨沙は、恋人という関係のまま、距離が離れてしまった。

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