2章 10話 ごめんね
「アクト君...お願いがあるの」
「ん?なんだ?俺ができることなら何でもするが?」
「アクト君...私と付き合わない?」
梨沙はアクトに向かってそう発した。もちろんアクトはポカンとしている。
「え、いや...え?」
「アクト君が嫌ならいいの...」
「いや、嫌ってことはないが...ケンイチと付き合ってるんじゃないのか?」
「...私たちね、昨日別れたの」
梨沙はそうなった経緯を全部話した。いとこということ、親の仲、健一の想いを全部。
「...そういうことか」
「うん」
「でもよ、それならなんで俺に付き合ってほしいと?セリアじゃダメなのか?」
「セリア君とはちょっといろいろあって...嫌いってわけじゃないけど、ちょっと嫌かなって」
「ちなみに聞くが、付き合ってほしい理由ってのはあるんだろうな?特段俺を好きになったわけじゃないだろうし」
「うん、アクト君には悪いんだけど、そういうことじゃない。理由は──」
梨沙はアクトに自分の考え、理由を話した。何もごまかすことなく。
「なるほどな...」
「だから、私と付き合ってる振りをしてほしいの」
「......」
アクトからすればこれはある種の地獄だろう。彼女など居たこともない上に、梨沙のことを想っていたのだから。恋人の振りをするなど、無茶ぶりもいいとこだ。だが、
「いいぜ。恋人の振り、しようじゃねぇか」
翌日、梨沙はアクトと登校していた。少しでも恋人っぽくするために、形から入りたいとのことらしい。ちなみに、アクトは普段セリアと登校しているが、梨沙が理由を話すと、
『なるほどそういうことか!そういうことならいいぜ!兄貴を使ってくれ!がんばれよ!』
と、元気よく言ってくれた。
「ねぇ、アクト君」
「ん?どうしたスズ?」
「昔から気になってたんだけど、なんでスズなの?」
「え?鈴城のスズだけど...嫌だったか?」
「嫌じゃないけど...せっかくだし名前で呼んでくれないかな?振りとはいえ恋人だし...」
「お、おう。じゃあそうするわ」
登校中そんな話をしていると、里美が後ろから来た。
「梨沙、おはよう!」
「あ、里美。おはよう」
「前川さん、だっけ?おはよう」
「あー、えっと...たしかー...タクト!」
「アクトな」
「あ、そうだったっけ。で、二人で登校?」
「うん」
「おやおや?梨沙ー、新しい彼氏でも作ったのかい?早いねぇ」
里美は多分からかったつもりだろう。だが、
「うん」
「うんうんだよね、からかっただけ......え?」
「いや、だから、新しい恋人(振り)だよ?」
「え、えぇーーー!!!」
梨沙の声が響いた。無理もない、最近別れたばかりの知り合いが、違う男と付き合っているのだから。
「いやいや!冗談きついって梨沙!エイプリルフールはもう過ぎてるよ?」
「冗談なんかじゃねぇぞ。俺は梨沙の恋人(振り)だ」
「...嘘...だよね?梨沙?」
「ふふ。嘘ではないけど本当でもないんだよ?里美」
梨沙は里美に話した。アクトが梨沙の恋人の振りをしていること。そうするにあたった理由を。
「なるほど...そういうことね」
「だから、里美も協力してくれる?」
「それはこっちから頼みたいくらい!」
「助かる。俺としても、スズの願いは極力叶えてあげたいからな」
「おやおや?タクトも紳士だねぇ」
「うるせい。そしてアクトだ」
こうして、梨沙の計画に里美が加わった。
同日朝。健一はいつもより早く家を出ていた。きっと、今日は梨沙が登校すると予想し、せめて登校の時は顔を合わせないようにとの計画だろう。
「にしても早すぎたか」
いつもなら他の登校者であたりは軽くにぎわっているのだが、今は静寂に包まれている。そんな中、思いがけない一人の人物と遭遇した。
「おや?高尾君かな?」
「...梨沙の父さんですか」
「こんなところで合うとは奇遇だね。ちょうどそろそろどうなったか聞こうと思ってたところだよ」
「そうですね。俺も近いうちにお話ししに行かなければとは思っていました。俺は時間あるんですが、どうです?」
「そうだねー」
梨沙の父は時計を確認する。そして大きくうなずき、
「じゃあ、あの公園でどうかな?」
「はい」
健一と梨沙の父は公園に入っていき、ベンチに腰掛けた。
「さてと...それで、それからどうかな?」
「...結論から言います。別れました」
「そうかそうか順調......えぇ!?わ、別れた!?」
「やっぱり予想ついていませんでしたか」
「いや、だって、梨沙だってそんな素振りは一切...」
「他言しないようにしてるんで、それを守った結果かと」
「ちなみに聞くけど・・・理由は?」
「親同士の仲ってのが1番ですかね。俺も梨沙も、できることなら離れたくなかった」
「なら、別れることなくても──」
「俺もそれだけなら別れてませんよ。親同士の仲と同等に、俺の母さんの性格が理由です。あなたならわかっているでしょう?」
「...嫌なものは何が何でも否定する性格......」
「そうです。それを俺たちの恋に向けられたら、梨沙がどれだけ傷つくか。だから別れたんです。恋人の親に傷つけられる彼女を見たくないから...」
それを話している健一は、今のにも泣きそうな顔をしていた。だが、今梨沙の父がどんな言葉をかけても、励ましにも救済にもならないだろう。原因を作った張本人でもあるのだから。でも梨沙の父は、それをわかっていながらも、言葉を掛けなきゃと思っていた。
「原因を作った私が言うのは、空の言葉にしか聞こえないかもしれないが。梨沙を想ってくれてありがとう。そして、私は君を信じるよ。きっとその壁を越えて、梨沙を想い直してくれると」
「っ!?」
「っと、少し話しすぎたかな。それじゃあ私は行くよ。また話を聞かせてくれ」
「......」
健一は、公園を出ていく梨沙の父を見ることなく、ずっとうつむいて、地面に目から溢れた水滴を落としていた。そこに...
「健一君...」
「!?」
登校中の梨沙とアクト、里美は適当に駄弁りながら歩いていた。そして、公園から何やら見覚えのある人物が出てくるのが見えた。
「あれ?お父さん?」
「ん?梨沙か、登校中かい?」
「うん!お父さんはどうしたの?公園なんかから出てきて」
「ちょっととある人と話をしててね。...そうだ、きっとまだベンチにいると思う。話して来たらいい」
「え?誰なの?」
「会えばすぐにわかるさ。じゃ、お父さんは仕事はあるから」
そう言って梨沙の父は歩き出した。
「うーん。とりあえず公園に入ってみよっか」
「そうだな、誰かも知りたいしな」
「うん、あたしも賛成!」
そう言って公園に入りベンチに目をやるそこには...
「健一君...」
「!?」
健一は急いで顔を上げた。声の主が誰かは、はっきりしている。きっと少しでも早く顔を見たかったのだろう。見れば気まずくなると知りながらも。
「り、梨沙...」
「梨沙だけじゃないよ」
「前川、それに...」
「アクトだ」
梨沙たち三人は、健一が座っているベンチの前に立っていた。
「今、お父さんとあって、公園でとある人と話していたって言ってて、話してきたらいいって言ってたんだけど...健一君のこと?」
「...多分な」
「ケンイチ、おやじさんと何話してたんだ?」
「...そいつは言えねぇ」
「高尾、あのことなら隠さないでいいよ。アクトは知ってるみたいだから」
「は?」
健一は驚いた顔でアクトを見る。アクトは頷き、答えた。
「この前、お前変だったからな。ずっと上の空って感じで。それに梨沙も来なかった。だから何かあると思って梨沙の家に行って聞いたんだ」
「勝手に話してごめんね、健一君」
「はぁ...まぁ、こいつならいいさ。それに、俺も一人勝手に話したやついるしな」
「比岐島でしょ?」
「なんだ前川、知ってるのか...ってそうか。お前ら付き合ってんだもんな」
「そういうこと。んで、梨沙のお父さんと話していたのってやっぱりあのことなの?」
「あぁ」
健一は梨沙の父と話したことをすべて伝えた。最後の言葉を除いて。
「なるほどね、まぁ、大方予想通りって感じだね。て言うか梨沙。お父さんに言ってなかったの?」
「言えないよ!あんなに後押ししてもらったのにこうなっちゃうんだもん...」
「それは...悪かった」
「ううん、健一君だけの問題じゃないよ。それに、最後に決めたのは私だし...」
そう会話していて、お互い胸が苦しかっただろう。言葉の最後がかすれて聞こえる。そして、アクトが口を開く。──のために。
「なぁ、ケンイチ。聞いてほしいことがある」
「え?アクト?今いうのそれ?」
「今しかないだろ?ケンイチ、言っていいか?」
「内容が分からねんだ、言っていいかどうかなんてお前しか分かんねぇだろ」
「それもそうだな。じゃあ言うぜ。よく聞けや」
梨沙と里美は息を飲み、アクトを見守っていた。そんな中、アクトは大きく深呼吸をし、健一に言った。
「俺、梨沙と付き合うことになったから」




