2章 5話 思いもよらない事実
『誘拐』
健一の頭をよぎった最悪のパターン。それを考えてしまった健一は、居ても立ってもいられなくなり、急いで靴を履き、外に出ようとドアを開けた。
「梨沙ー!」
「え!?ちょっと健一君!?どうしたの!?」
ドアを開けると、何やら荷物を持った梨沙が玄関前にいた。
「...は?」
「大丈夫?健一君?」
「それはこっちのセリフだ!梨沙、怪我は!?」
「あるわけないよ!急にどうしたの?!」
「突然いなくなるんだ!心配するに決まってんだろ!」
「...あ、そういうことか」
梨沙は察したらしい。
「大丈夫だよ、ちょっと健一君の家に行ってただけ」
「は!?なんでだよ」
「家近いけど、さすがに帰ってほしくないなーって思ったの。だから、健一君のお母さんにお願いして、健一君のお泊り道具持ってきてもらったんだ!」
そういって梨沙は、手に持っていた少し大きめの鞄を見せた。それはどこからどこからどう見ても、健一の物だった。
「はぁ、驚かせんなよ...」
「ゴメンね?でもびっくりさせたかったから...」
健一は腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「健一君!?大丈夫!?」
「あぁ。全く、本気で焦ったぞ...」
その場に崩れていた健一は立ちなおし、梨沙を抱いた。
「え、ちょっと、健一君?」
「頼むから、勝手にどこかにいかないでくれ...」
「健一君...」
梨沙が健一の顔を覗き込むと、健一は今にも涙があふれそうな顔をしていた。本気で自分を心配してくれた。梨沙はそう思っただろう。
「ごめんね。でも大丈夫。もうどこにもいかないよ」
そう言って梨沙は、身長的にギリギリではあったが、健一の頭をやさしくなでた。
それからしばらく、梨沙の部屋に居た二人。梨沙の母が帰ってきて、梨沙は母に頼みごとをしていた。
「...なんか申し訳ないっす」
「いいのいいの!梨沙が男の子を家に泊まらせたいなんて言ったの初めてなんだから!全く、彼氏がいるならいるって言ってくれればいいのにね?」
「は、はぁ...」
健一は、結局梨沙の家に泊まることになった。そして、梨沙の母に、
『どうせならご飯もたべなさいな!おいしいの用意してあげるから!』
と言われ、今食卓に着いている状態。
ちなみに梨沙の母、鈴城 マリエ(すずき まりえ)はイギリスと日本のハーフ。長い間日本に居たので日本語はペラペラだ。梨沙と同じで金髪のロング。身長は健一より少し低いくらいだ。日本人のような名前をしているのは、日本人の母がそうしたいと願ったかららしい。
「ごめんね健一君。お母さん、お客さんが来ると張り切っちゃうから、多分作りすぎると思う。多かったら残してもいいからね?」
「いや、出された分は食える限り食う。もったいないし、みっともない姿は見せたくないからな」
「それでそれで!二人はいつから付き合ってるの?梨沙なんてそんな素振りなかったのに!」
「もうお母さん!」
梨沙母の茶々を受けつつ料理を待っていると、玄関から物音がした。
「ん?おいマリエ。客人か?」
男の人の声がした。健一は、誰が来たのか予想が付かなかったが、すぐに解答が返ってきた。
「あ、お父さん帰ってきた!」
「あら、健人さん、おかえり。今回は早かったのね?」
健人。そう呼ばれたのはこの鈴城家の大黒柱である梨沙の父。鈴城 健人だった。日本人で、見た目はかなり若々しく見える。身長は健一より少し高いくらいと、割と高身長。黒髪で、一目で父親とわかりそうな感じだ。
「あぁ、思った以上に仕事が早く片付いてな...って、誰だ君は?」
「あ、どうも。俺、向かいに住んでる高尾の長男。高尾健一です。」
「高尾健一...はぁ。なんでまたお向かいさん...しかも長男が?」
「健人さん、それがなんとね?」
「なるほど、そういうことで上がっていたのか」
「そうなの!せっかくだから料理も食べてもらおうかと思って!」
「いいじゃないか。ぜひ食べて行ってくれ」
「は、はぁ...ではそうさせていただきます」
梨沙母が梨沙父に事情や関係を話した。健一としてはとても緊張したことだろう。なんせ、相手は恋人の両親。場合によってはすぐに追い出されることもあったろう。梨沙は一人娘で、両親の愛を受けながら育ったことだろう。だから、『そんな娘を渡すわけにいかん』と言われるのではと思っていたが...
「はい、お待たせ!足りなかったらまだまだ作るから、遠慮なんてしないでたくさん食べてね!」
「は、はい...」
「まだ若いんだからしっかり食べんとな!」
全くそんなことはなく、逆に歓迎されていた。こうも進められるとかえって食べにくいというものだ。
「なんかごめんね健一君」
「いや、梨沙が気にする必要はないが...」
「お母さんもお父さんもあんまり急かさないで!健一君が困っちゃうでしょ!」
「いや、いいって梨沙」
健一は料理に手を付けた。一口食べて驚いた。
「どう?どう?」
「なんだこれ...」
「どうした?口に合わなかったか?」
「健一君?」
「...これめちゃめちゃうまいじゃないっすか!」
そう。お世辞抜きで他の飲食店に負けないほどの味だった。
「そう?いつも通りにやったんだけど...ね?いつも通りよね?」
「どれどれ...あぁ、いつもどおりだな」
「うん、いつもの味だね」
「...これがいつも食卓に?」
「うん、そうだよ?」
健一には衝撃的だっただろう。お世辞抜きで絶品な料理が毎日この食卓に並ぶというのだから。健一の家も、けして美味しくないわけではないのだが、比べるのが失礼なのではと思うおいしさだった。
「これなら、店開いたら儲かるんじゃ?」
「それね~、梨沙の友達が来た時も言われるのよ~。彼氏君にまで言われちゃったらどうしようか迷っちゃうね」
「うーん、美味しいとは思うけど別に普通だと思うんだけどなー」
「まぁ、マリエが店をやるっていうなら、俺も手が空いてる時は手伝うけどね」
仲のいい夫婦だ。率直な感想を健一は持っただろう。
「そうそう、こっちのことはいいの!それで、二人はいつから付き合ってるの?」
「もう!お母さんはそんなことばっかり!」
「いや、梨沙。それくらいはいいだろう」
「健一君!?...まぁ、健一君がいいならいいけど」
きっと一人娘が恋しいのだろうと健一は感じた。だから、話せる限りは話した方がいいだろうと思ったのだ。
「とりあえず付き合い始めたのは、先週の木曜ですかね」
「あら、まだ出来立てなのね。仲がいいからてっきり、こっちに来てからすぐだと思ったのに」
「まぁ、お互いにいろいろあったんすよ」
「それで、どこまでいったの?」
「...いったとは?」
「それはあれよ、デートとか手を繋いだーとか、あとは...キスとか!」
「え、ちょっとお母さん!?」
これは流石に答えにくい。そう感じた健一は、
「じゃあどこまでいったと思いますか?」
と逆に聞いてみた。それで帰ってきた答え次第で、返答を変えようって根端だ。
「そうねー、今の梨沙の反応を見る限りキスまではいってそうね」
流石母親。娘の反応だけで察しが付く。それが健一の感想だった。そして健一の答えは、
「そうですね、もしかしたらそこまでいってるかもしれませんね」
「あら、当たっちゃったかな?」
「どうでしょう」
はぐらかした。流石に恥ずかしくてそこまでは言えない。それが健一の答だ。だが、娘の反応で察することができる親も流石というべきだっただろう。一歩の梨沙は顔を真っ赤にしている。
「まぁまぁ、この話はまた後にするとして、ごはん冷めないうちに食べちゃいましょ!」
「俺はもう食べてたぞ」
「私も!」
「...食べましょうか」
そうして、軽い雑談を交えながら食事をとることにした。
「ごめんね健一君。部屋の余りがないから、私の部屋になるけど」
「俺は大丈夫だが...」
食事が終り、泊まる部屋をどうするかということになったが、余っている部屋がないので、梨沙の部屋に泊まることに。もちろん明日は学校なので、その準備もしたうえでの泊りである。
「梨沙はいいのか?」
「あんまり物をいじらなければ大丈夫だけど...特にタンスはだめね?」
「女子の部屋を物色するほど落ちこぼれてねぇよ」
そう会話していると部屋のドアが開いた。
「はいこれ、飲み物とお菓子ね。大したもの用意できなくてごめんね~?」
「あ、いえ。ありがとうございます」
「あ、梨沙、お風呂沸かしておいたから入るなら入りなさい。健一君も、入りたかったらどうぞ、バスタオルとかは用意するからね」
「はーい」
「分かりました」
そう梨沙母からのお伝えだった。
「梨沙はどうするんだ?」
「うーん、なんかいろいろあって汗かいちゃったし、入ってこようかなー」
「そっか、じゃあ俺もその後で借りていいか?」
「うん、大丈夫だよ。お母さんに伝えとくね」
「あぁ、頼む」
「じゃあ行ってくるからね」
「あぁ」
そうして梨沙は部屋を出て行った。そして、また健一は梨沙の部屋で一人になる。もちろん何かあるわけでもないので、携帯をいじって暇をつぶしていた。そんな時に、部屋のドアが突然空いた。
「お邪魔してもいいかな?」
「あ、どうぞ...っても梨沙の部屋ですが」
「ありがとう」
来たのは梨沙の父、健人だった。
「どうしたんですか?」
「いや、少し気になることがあってね」
「気になること...ですか」
健一には心当たりが全くなかった。それでも梨沙父は気になると言っている。何のことだろうと考えていると。
「君...高尾君って言ったっけ?」
「あ、はい。高尾健一です」
「高尾、ね...お母さんの名前って高尾 美佐かい?」
「はい。よくご存じで」
このときは、近所だから挨拶でもしたのかと、健一は思っていた。
「そうか...これではっきりしたよ」
「はっきりした...ですか?」
「実はね...」
でも違った。この会話のせいで、健一と梨沙の恋が狂うことになるとは、これを始めた梨沙の父、健人ですら思いもしなかった。




