2章 1話 結ばれた糸に忍び寄る影
次の日。
梨沙と健一は一緒に登校していた。里美の姿はない。
「あの...健一君、せっかくだから苗字じゃなくて名前で...呼んでほしいな」
「は?なんでまた」
「だって...せっかく付き合っているのに苗字でなんて他人行儀っぽくて嫌だよ」
「そ、そうか。じゃあそうすっか」
「うん、そうして」
普通な会話だと思っているのだろうか。何食わぬ顔で話しているが、周りからすれば甘々な会話だっただろう。
教室に付くと何やらざわついていた。
「どうしたんだろう?ちょっと聞いてこよ!」
「あぁ」
そういって健一と梨沙が一緒に聞きに行くと、二人は今いるほぼ全員に囲まれた。
「ちょっ、ちょっと!みんなどうしたの?!」
「おいおい、なんの冗談だ?」
梨沙も健一もクラスの迫力に押されていた。
「おい高尾!鈴城さんと付き合ったって本当か?!」
「梨沙ちゃん!噂は本当なの?!」
などなど、みんなで一斉に押し寄せ、みんなで一斉に質問攻めしてきた。
「ちょっと落ち着いて!みんなで一斉に喋ってもわかんないよ!」
「そうだてめぇら落ち着け!梨沙が困ってんだろうが!」
言い返した。だが、
「聞いたか!?今まで異性を苗字でしか読んでこなかった高尾が、鈴城さんを名前で呼んだぞ!」
「こいつはやっぱり問いただす他ないな」
「みんなの彼女である鈴城さんがー!」
と、時々変なものも交じってはいるが、みんな真実を知ろうと必死だった。
そのとき、
「いい加減にしなよ!」
ひときわ大きな声にみんな驚き、教室は静かになった。
その声の正体は里美だった。
「問いただしてどうするわけ?付き合ってたとして、真っ当な理由がなきゃ別れさせるつもりとか?馬鹿じゃないの!その人に想いを寄せるのは勝手だけどさ、それに本人を巻き込むんじゃないよ!」
里美は梨沙たちとクラスの間に割って入りそう言った。
その言葉を聞いて我に戻ったのか、みんな頭を下げて謝り、席に戻って行った。
「さ、里美...」
「まったく、梨沙はほんと押しに弱いんだから」
「前川、お前...」
「なにさ高尾、その『なんでお前が止めるんだ』みたいな顔は」
「いや、お前もみんなに紛れていろいろ言ってるもんだと思ってたからな」
「はぁ...あたし言ってなかったっけ?梨沙が相手じゃかなわない、諦めが付くって。つまりそういうことよ。応援するよ!二人の恋」
里美はニカッと笑い、自席へと戻った。
梨沙と健一も席に着いたが、席が隣なので授業の前まで話していた。
みんなの視線がこっちに来てる気がしてちょっと居心地が悪くはあったが、いい時間だっただろう。
午前の授業が終わり昼休みになると、梨沙は女子に、健一は男子に囲まれ身動きが取れなくなっていた。
「梨沙、高尾君と付き合ってるってホント?」
「ほ、本当だけど...」
「本当なんだ!それでそれで?」
「......え?」
「え?じゃなくて!どこまでいったの!キスは?」
「き、ききききキスなんてしてないよ!」
梨沙は顔を真っ赤にしながら答えた。
「それに!私たちが付き合ったの昨日の夕方だよ!」
「え?!そうなの!もっと前から付き合ってるのかと思ったけど」
「そうそう、梨沙ってば高尾君のことになると落ち着きなかったもんね」
「そ、そんなこと!...ないとは言えないかも...」
梨沙も里美に指摘されたことがあるのを思い出して、否定するのをやめた。
「でも、付き合ってばっかりならわからないことも多いよね。私たちに相談とかしに来ていいよ!」
「え?いいの?ありがとう!」
女子たちはみんな頷き、昼の時間が無くなりそうなことに気が付き自席へ戻って行った。
梨沙が女子に囲まれているのと同時刻、健一も男子からいろいろ聞かれていた
「なぁ、高尾。俺たちもこうやって問い詰めるようなまねはしたくないんだ」
「じゃあやるんじゃねぇよ」
「お前が白状しないからこうなってるんだろ!それで?付き合ってんの?鈴城さんと」
「はぁ...あぁ、付き合ってるよ」
「一体いつから!?そんな素振り一切なかったよな!?」
「昨日の夕方だ」
「昨日の夕方?なんだそうなのか、そりゃわかんねぇはずだ」
「いや、まず昨日の夕方のことなのになぜもうここまで広まってるのか聞きたいのだが...」
それは心からの疑問だ。何日か経っていたのならまだしも、昨日の今日でここまで知れ渡っているのは不思議でしょうがない。
「あぁ、そのことか。それなら心当たりがあるんじゃないのか?」
「心当たり?...まさかとは思うが...」
「あ、おい!高尾?!」
健一は席を立ち、男子集団をかき分けてとある一人の元へ行った。
「前川、お前の仕業か?」
「およ?意外と速かったなー。今日はまだバレないと思っていたのに」
「どういうつもりだ?」
「いや、どういうつもりも何も、あたしが振られたって話を友達としていたら、それを盗み聞きしていた人が勝手に広めただけだよ」
「おまえなぁ...」
健一は頭を抱えた。教室でそんな話をするなと言いたくはあったが、振ったのは事実。言おうにも言えない状態だった。
「あ、今、そんな話教室でするなって思ったでしょ!」
「...良くわかったな」
「多分あたしにしかわかんないけど、あんた、顔に結構出てるからね?」
「なんでお前しかわかんねぇんだよ」
「ん~、付き合いが長いから?」
「はぁ、まぁいい。これからはあんまり変なこと言わないでくれよ」
「わかったわかった、善処するよ」
その言葉を最後に二人の会話は終わり、健一は男子集団をかき分け自席に座ると、
「な?だっただろ?」
「あぁ。全く、いい迷惑だよ」
「まぁまぁ、いいじゃないか。鈴城さんとそういう仲になれたんだからよ」
「周りに言われても素直にはなれないな。とりあえずもうすぐ休み終わるから戻れよ」
「あ、もうそんな時間か。んじゃ」
健一に言われた男たちは自席へと戻って行った。
梨沙も健一も昼休みの大半を潰され残念がってはいたが、噂されるのも悪くはない。そう思っていた。
放課後、また集団に囲まれそうになったのを健一は、梨沙の手を引きながら脱出した。
「はぁはぁ...ここまでくればさすがにこないだろぉ...」
「はぁはぁ...そ、そうだね...ありがとう、健一君...」
「俺もあぁいうのはごめんだからな...」
「こんなに走ったの久しぶりかも...ちょっと...休ませて...」
「あぁ、俺もちょっと...あそこのベンチで良いか...」
梨沙と健一は近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。
「はぁぁ...」
「全く...あいつらは俺らのことをどうしたいんだか」
「祝ってくれるのは嬉しいけど、こういう形は嬉しくないなー」
「そうだな、祝ってくれるのはいいんだがなー」
こうなるなんて思ってもいなかった。梨沙も健一も同じ気持ちだろう。
「...でも」
「どうした?」
「でも、なんかこういうのも、悪くはないかなって」
「どうしてだ?」
「だって、健一君と付き合ってるんだってより強く思えるから」
「...そうか」
多分自分では気が付いていないだろう。健一は顔を真っ赤にしていた。
梨沙はそのことに気が付いていた。だが言えなかった。自分の言ったことに、今更ながら恥ずかしさが込み上げてきて、梨沙も顔を真っ赤にしていたのだ。
息を整えた2人は何も話さず帰路を辿っていた。そこに
「およ?高尾ー!梨沙ー!」
「ん、前川か」
「あ、里美...」
健一はいたって普通だったが、梨沙は申し訳ないと言わんばかりの顔をしていた。
「梨沙、気にしてるの?あたしが高尾に告白して、振られたこと」
「...うん」
梨沙は消え入りそうな声で返事した。
「じゃあ、あたしに高尾を譲ってくれる?」
「そ、それは嫌!」
梨沙の怒声が響いた。だが里美も健一も一歩も引かない。
「だったら何も負い目を感じることないじゃん。高尾も今の結果を望んでいる。梨沙も高尾と結ばれたい。それでいいじゃん。あたしのことなんて気にせず、ちゃんと青春しなきゃ!」
「里美...」
「前川の言う通りだ。俺たちは俺たちらしくいればいい。負い目なんて感じる必要はない」
「高尾本人に言われるとちょっと傷つくけど...まぁそういうことよ。気にしない気にしない」
里美はニカッと笑って見せた。梨沙にはまぶしく見えただろう。
「おい梨沙!どうした!?」
「え?」
「梨沙、どうしたの?涙なんか流して」
「なみ...だ?」
言われてから気が付いた。梨沙の目には涙が貯まっていた。本人もどうして涙が出たかなんてわからないだろう。だから止める方法もわからない。ただただ、目から透き通った水滴が流れるのを許すだけだった。
「どうしてだろう...悲しくもないのに、痛くもないのに涙が出てくる」
梨沙は気づいていないだけで、答えはすぐそこにあった。
「どうしても何も...」
「どうしてって...」
里美と健一はそろって言った。
「「そんなの、うれしいからに決まってるだろ(じゃん)」」
「え?」
「梨沙、教えてやるよ。涙の理由は2つしかねぇんだ」
「涙の理由が2つ?」
「そうそう、1つは悲しい時。もう一つは嬉しい時だよ」
「じゃあこの涙は...」
「そうだ。きっと、嬉し涙だ」
梨沙は言われて理解した。健一と結ばれたことの嬉しさと、里美が自分のことより梨沙や健一のことを考え身を引いたことへの感謝の想い。この二つが重なり涙が出たのだと。
梨沙は里美のほうを向き言った。
「里美、ありがとう」
「お礼なんて言わないで。さすがにつらい物もあるから」
「そうだね。でも里美のおかげで私は結ばれたから、だから...」
「わかってるから言わないで!泣きそうなの堪えてるんだから」
「だとよ梨沙」
「それでも、ありがとう」
「全く。それじゃあたしは帰るから、二人はいちゃいちゃしながら帰りなさいな」
「茶化すなよ」
「へへっ、じゃね!」
里美は走って帰って行った。梨沙と健一はゆっくり歩きながら、ゆっくり色んな話をしながら帰って行った。後ろの影には気付かずに。
「兄貴、見つけたぜ。あぁ、間違いねぇ、あいつは...」




